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第五話

 フィルニーアが、自分の周囲に展開させていた魔法を消す。違う属性を五つも出しておきながら、同時に暴走させることなく消す、というのはその実恐ろしいまでの高等技術だ。
 どれくらい高等かと言うと、そこそこ力のある魔法使いなら、今のを見ただけで小便撒き散らしながら穴という穴から汁を垂れ流して土下座するレベルだ。

「で、その魔法ってなんだよ」

 俺は話を進めるべく急かしたてた。

「うむ。《ミキシング》という技術さね」

 フィルニーアは宙に浮かべていた杖を手元に引き寄せ、今度は同時に光を三つ灯した。
 光魔法でも基本レベルに入る《ライト》だ。
 フィルニーアはその光を三つ集約させて合体、さらに強い光を生み出す。その光量は《ライト》の上位版である《ブライト》よりも上だった。

「これが《ミキシング》だよ」
「いや意味分かんねぇよ」

 自信満々に言うフィルニーアへ、たまらず俺は解説を求めた。

「つまり、だ。魔法と魔法をかけ合わせて、より強力な魔法にするのさ。とんでもない集中力と針の先よりも微細なコントロールと、深淵とも言える知識があって初めて可能とする技術さね」
「それは《スキル》なのか?」
「いいや、違う」

 フィルニーアは頭を振って否定した。

「これは《スキル》でも何でもない。ただの技術さね」

 言って、フィルニーアはまた光を三つ呼び出し、今度は細長い光に変化させて見せた。まるで蛍光灯みたいだった。

「魔法ってのは、自分の魔力を介して世界法則を捻じ曲げることを言う。つまり、自分の魔力が宿っているという点で共通相似してるんさね。そこを糸口にして魔法同士を合体させる。でも、互いに魔法の現象として確立されているから、それを混ぜるのは至難さね。魔力を邪魔させないようにしつつ、合体させるんだからね」

 つまり、《スキル》ではない《スキル》――言い換えれば裏技だ。
 これは魔法の可能性を極限にまで上昇させるものでもある。同時に、《スキル》ではないのだから、どんなバグが起こるか分からない危険性もある。あくまで想定だが、爆発したり、魔法そのものが消滅したりするのだろう。そんなリスクがある上に、成功させるのは至難の業とくれば、相当なものだ。
 まさにハイリスク・ハイリターン。
 俺はごくり、と喉を鳴らした。

「さぁ、これから訓練を始めるよ。こいつを習得すれば、例え相手が格上だったとしても、そう簡単には負けないからね」
「勝てないのか?」
「さぁね、それは神のみぞ知るってやつだよ」

 俺の問い掛けに、フィルニーアは意地悪く笑った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 この裏技(ミキシング)の理論とコツを座学で教わった俺は、早速外に出て練習することになった。
 この技術はハッキリ言ってメチャクチャだ。
 魔法に宿る魔力同士の波長を会わせて重ね、そこを起因に魔法の特性を殺さずに合体させる、というものだ。
 もう何を言っているのか分からないだろうが、そういうことらしい。

「じゃあ何があっても死ぬことはない魔法──《ライト》で訓練をするよ。魔力消費も少ないからね」

 森の中にある広場まで移動してから、フィルニーアは言った。こころなしか緊張しているようで、いつもより表情が固い。
 それだけ危険性があるってことだよな。
 俺は再認識しつつ、精神を昂らせて魔力を高めていく。

「《ライト》」

 俺は両手でサッカーボールぐらいの球体を抱えるようにして魔法を唱える。
 この世界の魔法は内心で《レシピ》と呼ばれる魔法陣を思い浮かべる、そこに魔力を注ぎ込むことで発動する。この魔法陣には魔法の発動に必要な《世界法則をねじ曲げる》公式が埋め込まれているのだ。
 ふわり、と、何もなかった両手に光が生まれる。
 この《ライト》は日常生活において便利な魔法だ。およそ一時間くらい光り続けるし、光量もちょうどいい。
 まぁ、光魔法と呼ばれる由縁になった魔法だし、魔法使いなら全員が使えるはずだ。それぐらいポピュラーで、魔法が使えない人間でも知っている魔法の一つだ。

「じゃあその魔法から、魔力の波長を感じ取りな」
「意識を魔法に集中して、自分の魔力と引き合わせるようにして感じる、だな?」
「そうさね」

 フィルニーアが頷くのを見てから、俺は意識を集中させた。
 煌々と光る魔法の明かりに全神経を注いで、その光の中で脈動する魔力を感じ取る。
 そこに俺の体内にある魔力を少しだけ掌から出して、その魔力とくっつけるようにする。

 ――ぱぁんっ、と、魔法の光が弾けたのは、その時だった。

 その眩しさに俺は一瞬だけ目を焼かれ、思わず両手で目を覆って蹲った。

「かっかっか。失敗さね」

 声だけで分かる。めっちゃ上から目線で見下されているのが。
 むかつく。すっげぇむかつく。
 だが俺にはどうしようもない。視力がただ回復するのを待つしか方法はない。

「でもまぁ、魔力を感知出来たまではいけたみたいだね。思った通り筋は悪くない。さすがR(レア)ってとこさね?」
「それ、すっげぇバカにされてる気がするんだけど!」
「何言ってんだい。褒めたさね。割と手放しで褒めた気がするさね」
「それをバカにしてるって言うんだよ!」

 俺が力一杯抗議すると、フィルニーアはからからと笑うばかりだ。

「くっそ! 見てろよ! ぜってぇ習得してやるからな!」
「あんまり期待しないで期待しておくよ。ほれ、《ヒール》」

 フィルニーアの魔法が発動する。
 仄かに温かい何かがじんわりと目に染み込んできて、一気に視界が回復する。治癒魔法だ。

「とりあえず魔力が尽きるまでやるしかないさね。ほれ、さっさとやりな」
「言われなくてもやってやる!」

 俺はがなってから、また魔力を集中させた。
 ゆっくりと、慎重に。
 さっき失敗したのは、魔力が強すぎたからかもしれない。
 そう思ってより微弱な魔力を放つ。だが。

「何も起こらないさね」

 フィルニーアはやはりニヤニヤしながら告げた。
 どうやら今度は弱すぎたらしい。

「くっそぉ、もう一回!」
「おー今度は消えたね」
「うっせ! もう一回!」
「今度はバラバラに砕けたさね」
「ちくしょうもう一回!」
「今度はヒビの入りまくったハート型になったさね」
「失恋か! もう一回!」
「何だか名状しがたいナニモノかになったさね」
「SAN値! もう一回」

 俺は挫けず、失敗するその度にフィルニーアからバカにされても繰り返す。
 けど、結局その日は魔力が尽きるまで回数をこなしても、一度も成功できなかった。
 この裏技(ミキシング)、めっちゃ難しい。

「ぜーっ……ぜーっ……」

 全身に汗をびっしょりかきながら、俺は背の低い草の上に寝転がっていた。
 あーもう指一本動かせねぇ。
 ぼーっと痺れるような頭のせいで、あんまり考えることも出来ない。

「情けないって言いたいとこだけど、まぁいきなり出来るとも思ってないさね」

 フィルニーアは魔法で俺の上半身を起こすと、口の前に赤い実を近づけてくる。柿ピーみたいだ。

「魔力を回復させる果実さね。食べな」

 言われるがまま俺はゆっくりと口を開けると、その果実が放り込まれる。
 俺はゆっくりとそれを噛む。ぷちゅ、と音がして皮が弾け、水分が口の中に広がる。

「甘……すっぱ! いや辛い! ってか痛い! いや痛い痛い痛い! なにこれ!」

 俺はひりひりする舌を出す。手団扇で空気を運びいれるが、少しも改善されない。
 なんだよこれ、甘いと思ったら酸っぱくなって、んでもって辛くなるとか。しかも辛くて痛いとかとんでもないんですけど。
 涙目で抗議の目線を送ると、フィルニーアは空中で笑い転げていた。声さえ出ないくらい笑っていて、時々「くひっ」とか言って引きつってやがる。

「あー面白かった。脇腹()るかと思ったわ」
「全身こむら返り起こせば良かったのにって思ってる」
「イヤなこと言うんじゃないさね。それより、魔力はどうだい?」

 言われて俺は指を動かしてステータス画面を呼び出した。
 さっきまであった虚脱感は無くなっている。おそらく回復しているのだろう。
 数値を確認すると、MP:八九〇/八九〇とあった。

「……完全回復してる」
「そいつは良かった。それじゃあ特訓始めようか」

 そう言って、フィルニーアは悪魔のように笑んだ。

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