彫刻と余興8
東門に来てからまだ一ヵ月を過ぎたばかりではあるが、それで把握した東門の戦力を元に考えると、おそらく現在の平原に出ている魔物達に、中級ぐらいの魔物を数体投入するだけで、容易に均衡は崩れるだろう。防御に徹すれば少しは耐えられるだろうが、そう長くは保てない気がする。
だが、数こそ少ないが、東の森には上級の魔物まで居る。支配層がそうそう攻めては来ないと思うが、今の東門では人員が少なすぎるな。
「シトリーとしてはどうなの?」
「んー?」
既に魔物の国は在るが、そこのところはどうなのだろうか? そう思ったのだが。
「いいんじゃない」
「いいの?」
「人間の国だって幾つもあるのだから、魔物の国だけ一つじゃなきゃダメって方がおかしいと思うよ?」
「まぁ、それはそうなんだけれど」
「勿論、侵略しようとするのであれば、抗うだろうさ。とはいえ、東の森に居る魔物全てで侵攻してきたとしても、あの国は揺るがないけれど」
「魔族の侵攻を撥ね除けているぐらいだからね」
「そうだよー。あの国は強いから!」
相変わらず魔物の国の事を話すシトリーは得意げだが、そういえば、シトリーはその魔物の国に所属しているのだろうか? 何かしら協力はしているようだが、元々北側からやってきた魔族軍に付いてきたところで出会ったのだから、その時には国を出ていたはずだが。
そう思うと、ボクはシトリーだけではなく、プラタの事もよく知らない。二人が妖精と魔物である事ぐらいしか知らないな。
「・・・・・・」
それを気にすると、少し哀しいというか虚しくなる。
「大丈夫? ジュライ様?」
そんなボクに、シトリーが心配そうに声を掛けてきた。
「大丈夫だよ。少し考え事をしていただけさ」
心配するシトリーに笑いかけると、視線をフェンへと向ける。
「それで、他にはどこに行って来たの?」
「南にあるナン大公国に行ってまいりました」
「へぇー。どんなところだった?」
「そうで御座いますね。印象としましては、荒っぽいところでした」
「荒っぽい?」
ナン大公国は軍事に重点を置いている国家で、魔法使いの養成に力を入れている。特に攻撃的な魔法を好む気風があり、実力主義的な部分があるので、そういうところがフェンには荒っぽく見えたのかもしれない。
「何処へ行っても戦闘や訓練、果ては喧嘩ばかりで、彼の地は粗野で蛮野な者達の集まりで御座いました」
「・・・うわぁ」
戦闘はまぁ、多分平原での話だろうし、訓練は軍の調練の事だろう。もしかしたら、戦闘はその際の模擬戦の事を指すのかもしれない。しかし、喧嘩がそんなにしょっちゅう起こっているのか。五年生から南門に行くのだが、大丈夫だろうか? まだ時間はあるが、今から思い遣られるな。
「何か対立が起きた場合、話し合いよりも実力行使が多いように見受けられ」
「・・・・・・」
「そして、どうやらその時における規則を制度化しているようです」
「なるほど。随分と血の気が多いのね」
「基本となる法は在るようですが、それが適用されるのは大事の場合が多く、当事者間のちょっとした諍いなどは拳で解決する場合が多々見受けられ・・・」
「はは。蛮族だねー」
フェンの言葉に、シトリーがおかしそうに笑う。
「でも、それって商人とか大変そうだし、魔法使いの場合はどうなるの?」
商いをしていると、金銭のやり取りをする分、諍いも多いような気もする。それに、魔法使いとそうでないものでは、差が絶望的なまでに開いている。
「力の無い者は護衛を雇っていたり、司法や行政機関に直ぐに頼れるように常に準備しているようです。それに商人や農民など、職によって守られている範囲も異なるようです。特に生命や生活に関りが深い職ほどに手厚く守られているらしいのですが、詳しくは分かりませんでした。そして魔法使いですが、魔法使い同士であれば規模の小さな魔法は使用可能で、魔法使いと魔法の使えない者では、魔法の使用は禁じられている様です」
「なるほど。あくまで人間という枠内での喧嘩か」
「はい。魔法も極力周囲に被害が出ないようにする事が求められているようですので、魔法使い同士ですと、直接の戦闘は避けられる場合も多いようです」
「その場合は?」
「盤上遊戯や論争、魔法の階梯の高さ、見た目の美しさなどで決めるようです」
「比較的大人しいのね」
「はい。その分時間が掛かる場合が多いようですが、魔法を行使しての戦闘で及ぶ被害に比べれば、その方がいいらしく」
「被害ね」
「はい。損害は当人達が弁償する必要があり、人死にが出た場合、その者達は捕まるようなので」
「なるほど。争えど周囲に害は及ぼすな、と」
「はい」
「喧嘩自体が害だとは・・・」
「思わないでしょう。住民にとって喧嘩の観戦は、娯楽の様なものになっているので」
「そうなんだ」
「時にはどちらが勝つか賭けていたりもしていました」
「・・・荒々しいねー」
それは、ボクと肌が合いそうもないな。南に行ったら、波風立てないように気をつけないといけないな。
そんな風にフェンが教えてくれるナン大公国の様子に、面倒な地だなと呆れていると。
「他には、妙な魔法を試している者達がおりました」
「妙な魔法?」
フェンの言葉に、ボクは首を捻る。
「あれを魔法と言っていいのかは分かりませんが、魔力を線に込める実験を行っている様でした」
「線に魔力を込める?」
「はい。魔力を込めた線を用いて文字や記号などを書き記す事で、魔法を付加するのと同じ効果を及ぼそうとしている様でした」
「ほぅ。それは興味深い実験だな。それで、結果はどうだったの?」
「線に魔力を込める事には成功したようですが、魔法を付加するまでには至らなかったようです」
「そうか」
新しい世界の開拓はわくわくするが、人間もまだ捨てたものではないな。そんな方法の発想は、ボクにはなかった。たとえ失敗でも、まだ改良すれば何とかなるかもしれない。
「ですが、その線を用いてごく小規模の魔法の発現には成功しているようです」
「おぉ! それは凄いな」
それならば、まだ可能性があるという事になるだろう。
「その魔法を発現させた方法は判る?」
文字や記号でどう魔法を表現しているのだろうか?
「色々試しておりました。目的の魔法を絵で描いてみたり、文字で説明してみたりと」
「うんうん」
「ですが、その悉くは失敗に終わりました。それでも諦めることなく、思いつくがままに書いていった結果、記号と文字を組み合わせることで魔法の発現に成功したようです」
そう言うと、フェンは前脚を上げて、器用に空中に文字や記号を書いていく。
それは小さな火を発現させたモノらしいが、火を表す文字が中に書かれた火を模したような記号の周囲に、よく解らない線が何本も組み合わさった模様が書かれている。正直、どうしてこんな模様を書こうという発想に至ったのかが解らないような複雑な模様だ。
「これを線に魔力を込めて書けば、爪の先ほどの小さな火が発現します」
フェンが書いた文字や記号は結構広範囲に及び、全体を俯瞰してみた場合、それは火が燃えている様子の絵を表現している事に気がつく。しかし、その複雑さに、文字や記号の大きさを考慮して結果を鑑みれば、あまりにも効率の悪い方法でしかない。それでも、新たな可能性ではある。
「ふーむ。それは学園に行ったら少し試してみようかな?」
線に魔力を込めるというのは難しくはない。書く記号などの案もあるので、こちらでも色々試してみよう。
「それにしても、面白い発想だな。各国こんな感じで色々と魔法の研究はしているんだろうな」
それは人間界だけの話ではないだろう。特に魔族辺りは、各方面に戦争を仕掛けているだけに、研究が進んでいそうだな。
「しかし、新たな可能性、ねぇ。他に何かあった?」
「他には、準備をしているようでした」
「準備?」
「おそらく南の森へと進軍する用意ではないかと」
「ああ、まだ諦めていないのね。無理だというのに」
「はい。ですが、今すぐにという訳ではないと思います」
「平原での足場も、ハンバーグ公国よりも進んでいないのだから、まずは平原での支配権を握るところからだと思うけれど」
砦の維持が難しいのか、東側の平原よりも出てくる敵性生物が弱いというのに、ナン大公国が平原に築いている砦の数は、ハンバーグ公国と比べて少ない。それでも進軍の為に砦の配置が縦に伸びているので、ハンバーグ公国よりは森に近い位置に砦が築かれている。
「人間は少しずつ支配地域を拡大している様ではありますが、未だに平原全土を手中に収めるほどではありませんね」
「まあね。現在外に侵攻しているのはナン大公国だけだし、ハンバーグ公国は砦こそ築いているけれど、あれは防衛の為だからね」
その為、ハンバーグ公国が平原に築いている砦の配置は縦ではなく横に長い。大結界の前に築いた盾という役割だが、それでもまだ完全ではないので、結構横を抜けられているのが現状だ。
「そして、ユラン帝国とクロック王国は平原に砦を築いていない。ユラン帝国は西の森のエルフに気を遣っている部分があるけれど、両国ともに単純に人員不足だね。砦の維持までは厳しいといったところか」
「人間は魔法使いが少ないですから」
「そうだね。それなら結界を張る魔法道具でも創ればいいが、そこの研究もあまり進展してないからな」
「創造主ほどとは言わずとも、人間界を覆っている結界程度の魔法道具は創れないのですか?」
「創れるのだろうが・・・どうなんだろう。創ってはいるかも。ただ、創るのに時間が掛かっていたり、単に技術者不足で配備できるほどの物が確保できていないのかも。だから、今は魔法使いが複数人で結界を張っているところが多いんだろうね」
「そうで御座いましたか」
「ボクの個人的な予想でしかないけれど」
肩を竦めてお道化てみせるが、それだけ魔法品を創れる術者は少ない。付加術師でさえ多い訳ではない。だから、水準を人間界のものに合わせた品でも、創って売ればちょっとした財産ぐらいは築けそうなぐらいなのだ。・・・まぁ、その後が面倒なのでやるつもりはないが。
人間はやっと外の水準の背中ぐらいが、遠くに見えてきた程度でしかない。それは昔に比べれば劇的な成長ではあるが、結局まだ立ち上がったばかりでしかないのだ。それでも、着実に一歩ずつ成長している。あとは周囲の成長速度次第だな。
「他には何かあった?」
ナン大公国の話は色々聞かせてもらったが、人間界の話でも結構興味深い話があるものだな。
「彼の国では他にめぼしいモノはありませんでした」
「そうか」
「他には、南の森にも再度足を延ばしてまいりました」
「おぉ。どうだった? 妖精には出会えた?」
前に南の森について話をした時に、アルセイドについてプラタが話してくれたが、その時にはフェンはアルセイドには出会わなかったらしいからな。
「はい。おそらくあれがそうではないか、という存在を確認致しました」
「どんな感じだった?」
「深い森の中でしたので見間違っている可能性もありますが、肌の色は黒もしくは褐色。背丈は創造主とあまり変わらなかったので、百七十後半ぐらい。髪は背丈よりも長く、色は肌よりも若干濃いように思えました。服などは着用しておらず、浮遊しながら漂うように森の中を移動しておりました」
「なるほど」
ナイアードの時は住処が水の中だからだと勝手に思っていたが、上位精霊というものは服を着ないのだろうか? 前にやってきた精霊は服を着ていたので、そういう文化が無いという訳ではないと思うのだが。
「内包魔力や漂う雰囲気もかなりのものでしたので、西の森に居た上位精霊よりも強い存在だと感じました」
「そうか・・・深い森の中に特化しているとはいえ、ナイアードも湖の中と範囲を限定した存在なんだけれど」
適応範囲を限定しそれに適応出来た場合は、その場所や状況においては強くなるが、その分それ以外では弱くなってしまう。
なので、深い森と限定して適応したアルセイドが強いのは解るのだが、ナイアードも西の森の中にあった湖の中と限定して適応しているはずなんだが・・・精霊にも個体差があるのか、同じ上位精霊でも格が違うのか。
「ただ、南の森の上位精霊には、意思が在るのかどうか分かりませんでした」
「どういうこと?」
「先程も申し上げましたが、漂うように移動しているだけで、何か反応があるようには見えませんでした」
「なるほど。だけれど、意思はあると思うよ。一応上位精霊だからね」
この辺りはプラタが居れば訊けるんだが。シトリーでも分かるのかな? そう思い、シトリーの方に顔を向ける。
「あれにも意思はあるよー。だけれど、あまり感情は表には出さないねー。暗い森に適応しているからか、性格も暗いんだよ」
シトリーはどこか困ったような呆れたような感じで肩を竦めた。
「そうなんだ。でも、エルフに力を貸しているんでしょう?」
前にプラタがそんな話をしていた。
「貸してはいるけれど、基本的には他の精霊達だねぇ。あの上位精霊は余程の事でもない限りは、気分でたまに力を貸すぐらいだから」
「なるほど。という事は、ナン大公国の侵攻の際は他の精霊が手を貸しているのか」
「そうだねぇ。人間ぐらいでは森にもろくに入れないから」
「それじゃあ、この前の魔族の侵攻の際は?」
「あの時も手を貸してはいないよ。あそこのエルフは精霊の力を借りなくても十分強いし、他の精霊も強いからね。それに、アルセイドは強すぎて同調が難しいんだよ」
「そうなの? 同調ってそんなに難しいものなの?」
プラタと同調魔法を行使してみたが、魔力を同調させるまでが難しいだけだった気がする。それに、魔力差は埋められるみたいな事を言っていた記憶があるけれど。
「同調する両者にあまりに差がある場合、同調魔法は魔力が高い方が低い方に合わせないといけないんだけれど、それでは高い方としては魔力を抑え続けなければいけないし、高い方が抑えていても低い方は必要以上に魔力が引き出されてしまい、魔力の消耗が激しくなるんだよ。それだけではなく、魔力を循環させるので、低い方はそれを受け止めきれない場合があるし、高い方は高い方で、あまりに弱い魔力を受け入れると、調子が崩れかねないんだよね」
「受け止めきれないとどうなるの?」
「良くて即死。最悪壊れるかなぁ。魔力を循環させている器官が全て駄目になるからね。そうなったら何もできなくなるんだよ。意識があるかどうかは場合によるけれど、意識がある状態でそうなったら、狂ってしまうぐらいに精神的にきついらしいよ」
「そ、そうなんだ」
「因みに調子を崩すと、大半は当分魔力が上手く扱えなくなるぐらいで済むけれど、たまにそれがずっと続いて弱い魔法しか扱えなくなったりするんだよね」
「それは・・・大変だね」
「種族の中で守られながら安全に暮らしていく分には問題ないよ。それでも元が強かっただけに、心が折れるのも珍しくないけれど」
「・・・・・・」
「でも、精霊の場合は短期間調子が悪くなるだけだね。ただ、それは精霊にとってはもの凄く気持ち悪いみたいだよ」
「なるほどね」
そんな弊害があったのか。どれぐらい差があるとそうなるのだろうか?
「アルセイドってどれぐらい強いの?」
「そうだねぇ。深い森の中なら下位、いや中位のドラゴンと同等ぐらいかなぁ」
「それはまた、凄く強いね」
「まぁ、だからか、色々と壊れてるんだけれどもね」
「壊れてる?」
「気分の浮き沈みが激しかったり、性格が歪んでたり、趣味? がおかしかったり。ああ、確か魔物とか変な生き物を飼っていたような」
「魔物とかを飼ってるの?」
「うん。森の一角を囲って、そこで飼ってるよ」
「そうなんだ。そんなことが出来るんだね」
「そして、定期的に壊して遊んでる」
「・・・は!?」
「だから、性格が歪んでるというか、趣味がおかしいって言ったでしょ?」
「・・・・・・」
何というか、凄いな。そうとしか言えなかった。
「そんな風に壊れちゃってるからかな? その分強いんだよ。私が思うに、自分が壊れても頓着しないから、無意識にも加減しないのかもね」
「なるほど」
「それでも稀にエルフに力を貸すんだよ。その時はちゃんと魔力を制御しているようだから、完全にいかれている訳ではないようだけれど」
「そうなんだ」
「うん。それと、プラタの言う事だけはしっかり聞くみたい」
「そうなの? 他の妖精は?」
「妖精の森から妖精が出てくる事自体珍しいんだけれども、プラタほどしっかりは聞かないかな。それでも従いはしているようだけれど」
「へぇー、なんで?」
「知らない。強いからじゃない? 他の妖精も強いのにね」
そう言うと、シトリーはクスクスとおかしそうに笑う。
「ま、今となっては関係ない事だけれども」
「そうなの?」
「だって、プラタ以外が森を訪れる事はないし」
「ああ、そう言えばそうか」
三人居る妖精の内の一人は妖精の森を守り、一人は兄さんの中だもんな。残っているプラタしか外を巡れないのか。
「そういう訳で、アルセイドは壊れているけれど、強い精霊なのだよー」
「なるほど。それは益々南の森の攻略難度が上がるという事か。というか、南の森だけ場違いなまでに強いね。東の森でもそこまで強くないと思うよ」
「まぁ・・・あそこはアルセイドが住み着いた森だからねぇ」
「ん? 関係あるの?」
「あるよー。あの森にはエルフの方が先に住んでいたんだけれど、アルセイドが住み着いて気まぐれにそれを守護するようになってからは、エルフもまた現在のように適応した強さを得たし、森自体も自分に合わせて変えてしまったからねー。アルセイドが住み着く前は、あの森ももう少し明るくて、エルフも元々西のエルフと大差ない強さだったんだよー」
「そうなんだ。でも、西の森はナイアードが守護しているんだよね?」
「まぁ、そのおかげで西の森のエルフも森の中では強化はされているけれど、適応まではしていないんだよー」
「なるほど」
エルフや精霊だけではなく魔物もだが、適応ってのは格段にその存在を強くするんだな。
「ん? じゃあ、精霊の適応と魔物の適応って同じなの?」
「んー、遠くはないけれど、同じではないねー」
「そっか。なら、精霊の適応を魔物に使う事は出来ないのか」
「うん。精霊の適応では、どう弄っても魔物には応用出来なかったねー」
どうやらもう試した後らしい。まぁ、ボク程度が考えつく事だ、長いことその事について考えていたシトリーがそれに思い至らないはずはないか。
「他には何かあった?」
ボクはシトリーからフェンに顔を向けて問い掛ける。
「上位精霊についてはそれぐらいですね」
「そっか。森の方はどうだった?」
「森の中は、エルフ以外にも魔物なども存在しておりましたが、やはりエルフがもっとも強い存在のようです」
「ふむ」
「エルフの動向につきましては、前回と大きく変わってはいないようです」
「そっか。まぁ、何か変化があった訳でもないからね」
「はい」
魔族が森を攻めて以後、外からの侵略もないようだし。
「他には特に。しかし、それからそのまま更に南を目指してみました」
「森の更に南といえば、魔物の国?」
「正確には違うけれどもねー」
「そうなの?」
「森の外は魔物の国の支配地域ではあるけれど、どちらかと言えば竜人の支配地域だからね」
「ああ、魔物の国が保護しているという」
「そだよー」
それならば、一応魔物の国ともいえるのか。
「それで、どうだったの?」
竜人という存在は、シトリーの話の中でしか知らないからな。そもそも、南の森を抜けた先の情報は、人間界には存在しない。
「森の先に広がる湿地帯の中で、その竜人と思われる存在を確認致しました」
「どんな感じだった?」
「はい。身の丈はほとんどの個体が二メートル以上。二足歩行で、全身鱗の様なモノで覆われており、太く長い立派な尻尾が生えておりました。顔は前に伸びた形をしており、口には鋭い牙を備え、手足にも鋭く頑丈そうな爪を確認しました。移動速度は人間よりも少し早く、よく分からぬ言語を使用しておりましたので、何を話していたのかまでは不明。戦闘の際は鎧を身に纏い、使用していた武器は剣・槍・弓で、魔法の使用も確認致しました。主食は近くに在る湖や川に生息している魚のようでしたが、草や虫も食べておりましたので、雑食なのではないかと推測致します。住処は湿地帯の中にあり、幾つもの家族が寄り集まった村の様なモノを複数形成しておりました。因みに、男と女の区別が小生には難しく、どことなく丸みを帯びている方が女性であろうことしか分かりませんでした」
「ほぅほぅ」
「よく調べてるなー。あれの雌雄は見慣れれば結構判ってくるもんだぞー」
「そんなものですか?」
「そんなものだなー」
そう言うと、シトリーは楽しそうに笑う。
「でも、他にも身体能力が中々に凄いんだぞー。魔法に頼らずとも、身体能力だけでそこらの魔法使いと張り合えるほどだからな!」
「それは凄いな」
魔法による支援は強力だし、魔法による攻撃だけでもかなり厄介だ。それに生まれ持った身体能力だけで張り合うというのだから、竜人とは余程素早く力強い存在なのだろうな。
「だけれどもね、竜人は数が少ないんだよ」
「数?」
「そう。それだけ強くてもね、数が少ない為に魔物の国の保護下にあるんだよ」
「何か争いでもあったの?」
西の森のエルフは、そんな感じで数が減っていったはずだが。
「争いはあったけれど、それよりも、竜人は元から子どもが出来にくいんだよ」
「そうなんだ」
「うん。強いからなのか、中々子どもが出来なくてね。人間の方が断然数が多いぐらいだよ」
「へぇー。竜人は少なかった?」
「そうで御座いますね。村を幾つか目に出来たほどですが、村の住民の数は然程多くはなかったので、もしかすれば西のエルフよりも数が少ないかもしれません」
「そんなに!!」
「まぁ、兵士や住民として魔物の国の首都にも居るから、西のエルフよりは数が居るよ」
「ああ、そうなのか。流石に今の減りに減った西のエルフよりも少なかったら問題だからね」
ただでさえ減っていた西の森のエルフは、先の魔族との戦いで更に数を減らしているからな。今は支配域の森の警備が辛うじて維持出来ているぐらいしか数が居ないらしい。
「それでも少ないんだけれど。でも、まだ絶滅するほどじゃないよ」
「そっか。なら安心だね」
西のエルフも、今で瀬戸際っぽいし大丈夫なのだろうか? まぁ、ボクが気にする事でもないか。西のエルフは人間嫌いだしね。
「しかし、南の森の先も湿地なのか」
東の先は沼地だが・・・似たようなものだよね? どちらも水気が多い訳だし。
「結構広い湿地帯でした」
「へぇー」
「他にも大小様々な湖と川が点在しており、竜人だけではなく、人の上半身に魚の下半身が合わさったような種族や、四足歩行の山の様な生き物に、軟体動物の様な種族など幾つか居りました。竜人ほど数は確認出来ませんでしたが」
「そうなんだ。色々居るんだね」
広いというのであれば、それだけ居てもおかしくはないのかもしれないが。
「ああ、あの辺りは水の中で暮らしている種族が多いからね。地上にはあんまり顔を出さないんだよ」
「そうなんだ」
「中には精霊に近いのも存在するけれど」
「精霊に近い?」
「半魔力体の様な存在が居るんだよ」
「半魔力体ってどういう事?」
簡単にいえば、妖精や精霊は魔力の集合体だ。特に妖精は意思のある魔力とも言える存在で、かなり特殊な存在である。精霊はそんな妖精に準ずる存在のはず。そんな存在に近いというのはどんな感じなんだろうか。
「不老でほぼ不死。そこに居てそこに居ない存在」
「?」
「説明が難しいんだよ。霞の様な存在だと思ってもらえればいいかも」
「う、うーん、分かった」
いまいちよく分からないが、シトリーも困っているようだし、今の段階では分かった事にしておこう。いつか見る機会もあるかもしれないし。
「とにかく、色々居るんだよ! 数はそんなに居なかったり、生息域が水中だからほとんど見掛けなかったりするんだけれど」
そんな興味深い話を色々聞いていたが、気づけばもう夜中。
話が溜まっていたのでまだフェンの話は終わっていないが、明日はセルパンの話を聞くとしよう。しかし、その前に少し眠ることにする。
三人にそれを告げて壁に寄りかかって眠ると、翌朝に目を覚ます。薄っすら開けた目の先にある窓から見える景色はまだ薄暗いが、まあ朝は朝だ。
「ん、ん?」
そこで膝に重みを感じて視線をそちらに向けると、そこにはシトリーの姿があった。
「あれ? どうしたの?」
「おはよー、ジュライ様!」
ボクの言葉に上を向いたシトリーが挨拶をしてくれたので、それに挨拶を返す。
「プラタが戻ってきたからねー」
シトリーに理由教えてもらい隣に視線を動かすと、そこにはいつの間にかプラタが座っていた。
「おはようございます」
ボクの視線に気がついたプラタが挨拶をする。
「おはよう。いつの間に戻ったの?」
「つい先ほどで御座います」
「そっか」
何をしていたのか気にはなったが、まあいいだろう。必要ならば教えてくれるだろうし。
「おはようフェン。おはようセルパン」
向かいに座る二人とも挨拶を交わすと、水魔法で顔を洗って目を覚ます。それを終えると、早速セルパンに話を聞こうと思ったのだが。
「ご主人様」
「ん?」
プラタに声を掛けられる。
「御報告があります」
「何?」
「そう遠くない内に人間界に刺客が送られてくるようです」
「はい!?」
突然のプラタの発言に、ボクはついおかしな声を出してしまった。
「刺客ってどこから!?」
「死の支配者からです」
「は!? なんで!?」
「余興、だそうです」
「余興?」
「なので、対処可能な強さの敵らしいですが、それでも強いので御気をつけください」
「・・・それはまた面倒だな」
兵士達だけで対処可能ならいいんだが、流石にそんな存在の相手をしたら、目立つなんてものではないよな。それだけは本気で勘弁願いたい。
「ボクが対処しなくても大丈夫なぐらいの敵・・・だよね?」
そんなボクの願いを込めての問いに、プラタは僅かに首を傾げた。
「それは分かりません。対処可能としか・・・ですが、おそらくご主人様が対処しなければ無理かと」
「・・・・・・うわぁ・・・どうしよう」
それは今からどうにか対処法を考えなければならないな。誰かに見つかる前に発見して対処できないだろうか。