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彫刻と余興2

 そもそも転移の際に対象を情報体に変換して魔力と化すとは、魔力に存在の情報を載せるという事なのだから、周囲の魔力に情報を記録する事は不可能ではないはずだ。
 それが完成すれば、後はそれを取り出す魔法を組み込むだけだが、それは多分簡単だ。転移の際には、目的地で情報体を再構成する魔法も組み込むが、それに比べれば楽なものだろう。
 さて、ではどうやって外部に保管庫を形成するかだが。

「うーん。その前に」

 保管庫の作成魔法を考えなければならない。目的を考えれば、どうやって情報を魔力に刻み込めるかの方法か。外部に保管庫を創るのは、その後だろう。
 といっても情報と魔力は構成の基本が同じなので、共有させるのは難しくない。取得も出来るので、情報を保存する為の保管庫を製作するのも、そう難しい事ではないと思う。
 そこまで考えつけば、次は外部に保管庫を製作する方法に移る。外部に保管庫を製作した場合、最初に考えなければならないのは、情報が霧散してしまわないようにする事だ。魔力が多いという事は、他の魔力と混ざりやすい魔力の特性上、周囲にある同じ魔力に溶け込みやすいという事なのだから。
 それではどうするかといえば、霧散しないように区切らなければならない。基礎部分が同じ様に魔力でも出来ているはずのボク達が、こうして世界に溶け込まないでいられるのは、外部の魔力と存在が区切られているからだ。
 これは保管庫として領域を確保する事で解決しそうだが、それをどう外部に確保するかだ。

「・・・うむむ」

 それが難しい。組み込むのではなく、普通に魔法を行使する時でも、外部に保管庫の様なものを創る事はしたことがない。

「ちょっと試してみるか」

 という訳で、周囲の魔力を使用してみる。
 要領は世界の眼の時と同じ様に周囲の魔力と同調して、周囲の魔力をその場で使用する。これは多分、無系統に属するのだろうな。
 保管庫の様なモノの製作は意外にあっさりと出来た。といっても、区切っただけなので、これに何かを保管するのはまだ難しい。
 この区切った部分に何か情報を保管させる為に、多少弄って、情報が保管しやすいように整備していく。
 いくら外部に保管庫を創れたからといって、容量を完全に無視していては、あまりに大きな空間を区切る必要がでてきてしまう。

「・・・・・・」

 黙々と創った保管庫を改造していく。容量削減とか容量拡張なんて大して気にしないでいいのは嬉しいな。久しぶりにのびのびと手を加えられる。これは気分転換になっていい。
 そうして完成した保管庫に、一度構成した適当なものを、もう一度情報体に変換してから保管していく。

「ふむ。これはいい、が・・・」

 保管は出来たし、それは何の問題もない。しかし、これを維持し続けるのは少々難しいようだ。なにせ、改造している最中にも、仕切りの部分が緩やかに周囲に溶けていくように揺らいでいっているので、このままでは保てても一日から二日で瓦解してしまう。
 これを魔法道具に組み込んだ場合、少なくとも数十年は維持出来なければいけないのだから、この部分を考えなければならない。

「・・・ふむ」

 それとは別に、このまま保管庫が瓦解してしまった場合、保管している情報は一体どうなってしまうのか、という疑問が浮かんでくる。普通に考えれば、魔力に保管しているのだから、魔力の中を漂いながら溶けていくのだろうが、どうなんだろう? 仮にそうなったとして、溶けるまでの時間も知りたい。それが判れば、その間に漂っている情報を引き上げて再度保管するという事が出来るかもしれないのだから。何事も保険は必要であろう。
 という訳で、保管庫はこのまま維持しておくことにする。中身は消えても何の支障もないモノばかりなので、そのままにしておく。
 そんな事をしている内に日もすっかり暮れてしまったので、ボクは寝ることにする。
 保管庫が壊れるにはまだ時間が掛かるので、ずっと視ている必要もないだろう。経過観察はそこまで必要ないと思うし。
 という訳で、今日はもう寝るとしよう。





「準備が整うまでの間、何か余興を催したいですね」

 何処かの薄暗い場所で、半身が死人で半身が暗闇という死を模ったような女性は、その空間に二つ置いてある玉座の様な豪奢な椅子の一つに腰掛け、独り思案する。

「楽しんでもらうにはどうすればいいのか・・・派手にいくのでしたら、ドラゴンの様な目立つ存在を使えばいいのでしょうが、あのような、ただ派手なだけしか取り柄が無いというのは、些か趣に欠けますね。・・・ふむ」

 女性は目を瞑ると、深く思考に埋没していく。

「破壊は簡単ですが、それもやり方次第ですね。演劇の下調べがてら、防衛試験を行ってもいいですが、加減が難しいですね。既に手持ちの駒は強くしてしまったものが多いですから・・・ふーむ」

 女性は少しも動かず、困ったように思案し続ける。

「・・・そうですね・・・とりあえず、もう少し新しい手駒が集まるまでの間は、旧時代の王達を含めた一部の王達にちょっかいを掛けてみましょうか。王でしたら、多少強い相手でも対処できそうですし。なにより、近習は選りすぐりの精鋭揃いでしょうから、遊び程度であれば問題ないでしょう。それが終わる頃には手頃な新人も増えているでしょうから、その後に各国を攻めてみるのもいいですね」

 そう決めると、女性は薄く目を開き、楽しそうな笑みを小さく漏らしてから、玉座からゆっくりと立ち上がった。





 翌朝、目が覚めても保管庫は変わらずそこに在った。区切った枠の境界部分を確認してみるも、まだまだ大丈夫そうなので、このまま夜までは余裕で保つだろう。
 そう思い朝の支度を済ませると、朝食を食べに行く。
 明るく広い食堂には、幾つもの横に長い食卓が並び、それを囲むように椅子が置かれている。
 落ち着いた色合いの床は綺麗に掃除されており、食堂の天井は他の部屋よりやや高い。その天井からは、綺麗な見た目の少し大きな照明が、等間隔で釣り下がっている。
 食堂を見渡してみるも、朝食を食べている人はそこそこ居るだけで、空席の方が多い。
 ボクは小さいパンと水を貰って、適当な空席に腰掛ける。
 本日のパンは楕円形のパンで、上に数種類の果実が少量ずつ載せられている。火が通っているので新鮮とは言い難いが、火が通った事で透き通り輝く果実は、これはこれでいいものだ。
 手のひらよりやや大きいそのパンを一口齧る。最初にパンの少し苦みのある豊かな味が広がると、続いて果実の甘酸っぱい味が広がっていく。
 そこにパンと果実の、爽やかながらも奥深い香りが鼻孔をくすぐり楽しませてくれる。なんというか、これはパンというよりもお菓子に近い気がするが、中々に美味なのだから、それは些細な問題だろう。
 七口ほどでそのパンを食べ終えると、最後は水と共に飲み下し、衣嚢に入れていた手巾で口元を拭う。

「ふぅ・・・ごちそうさま」

 小さいパンとコップ半分程度の水。それだけでお腹いっぱいになるが、正直少し食べ過ぎた感じがする。もう少し量を抑えないといけないな。
 動くのが面倒だったので、少し食休みを挿んで、食器を返却する。
 それが済むと食堂を後にして、宿舎の一階へと下りていく。
 廊下の窓から見える空は明るいものの、まだ太陽はあまり昇っていないようで、眩しいほどに明るいという明るさではない。
 三年生の時に、死をわざわざ人の形に詰め込んだ様な女性と出会ってからというもの、最近はこの明るさに少しホッとする部分もあるが、それでもボクは薄暗い程度が丁度いい。
 宿舎の外に出ると、一度空を見上げる。今日は雲量が少なく、このままいけばいい天気になるだろう。ボクにとっては残念でしかないけれど。
 東門前に移動すると、目的の集団を見つけて合流する。東門の見回りは一部隊五人で行うが、今回は部隊長以外は全て生徒であった。
 全員集まると、防壁上に移動して見回りが始まる。
 今回は南の境界付近まで行くが、行きは変わらず平原の見回りだ。
 やはり門付近の平原には生徒が多い。というのも、門側の大結界を出てすぐに、出城の様な小さな砦が築かれているのだ。
 そこを護るのは兵士達だが、数はそこまで多くはない。しかし、大結界近くにあるその砦まで近づく敵性生物は少なく、日に数度、数える程度の敵性生物の襲撃があるぐらいだとか。それも砦に近づく前に殲滅される為に、安全度は高い。なので、ここを拠点として活動している生徒は少なくないのだ。
 その生徒や兵士達を眺めながら先へと進む。
 周囲には複数体の魔物が確認出来るが、直ぐに発見され、殲滅された。やはり平原という遮蔽物の少ない地では、接近するのは容易ではない。未熟な生徒達でも、警戒を怠りさえしなければ、接近を許すことなく殲滅可能なのだから。
 それでも、たまに生徒のみならず、兵士にも死傷者は出ている。それは油断というのもあるが、接近速度が異様に早い敵だったり、存在を消すのが巧みな魔物が居たりするからだ。
 まあもっとも、そんな敵は東の平原においても強い部類に入るのだろうが。
 現在のボクの視界には、そういった強そうな敵は確認出来ていない。確認出来るのはどれも魔物だが、下級と最下級の間ぐらいの強さの魔物ばかりだ。
 つまりは、脅威となりそうな存在は近くには居ないという事。それでも大結界の近くに魔物が確認出来れば、たとえ相手が弱かろうと関係ない。見回りの役目は、大結界に近づく脅威の発見・報告なのだから。
 そういう訳で、早速見つけた大結界に向けて駆けてくる魔物を、部隊長が無線で報告する。そうすると、付近に居る兵士か生徒達が討伐してくれるが、勿論間に合わずに大結界が攻撃される事もままある。それで破られた時はボク達の出番だ。
 しかし、大結界は薄く脆くなっているとはいえ、弱い魔物の攻撃程度であれば、少しの間は耐えてくれる。そうでなければ困るが、前に調べた限り、この大結界もそろそろ素体の方が危ういんだよな。
 その時はその時でどうなるのか興味はあるが、魔力の薄さが改善されるので、結果的にはいい方向に向かいそうではある。しかし、大結界が消えてすぐは混乱するだろうな。魔力の薄さが無くなれば、敵性生物が押し寄せてくる可能性も高まる訳だし。
 そんな考えをしながら、大結界を攻撃し始めた魔物を眺めていると、近くに居た生徒達が駆けつけて来た。それはとても見覚えのある一団だったが、一部見知らぬ顔が混じっていた。
 その駆け付けた生徒達が、あっさりと大結界へと攻撃を始めたばかりの魔物を討伐すると、部隊長が無線で無事に討伐された事を報告する。
 それが終わると、見回りが再開されるが、そこで魔物を討伐した生徒達と目が合う。しかし、直ぐに見回りが再開されたので、特に言葉を交わす事もなかった。目があったのも一瞬だけであったし。
 それにしても、こんな感じでペリド姫達と再会する事になろうとは。世の中何が起こるか分からないというのも面白い。





「ああ! 行ってしまいますわ!」

 去っていくオーガストの背中に目を向けながら、ペリド姫は残念そうに口にする。

「どなたかお知り合いの方がいらっしゃったのですか?」

 そんなペリド姫に、行動を共にしている一人の女性が問い掛ける。

「ええ。二年生の途中まで一緒にパーティーを組んでいた方よ」

 ペリド姫はオーガストを示しながら、女性にそう説明した。
 現在のペリド姫のパーティーには、ペリド姫以外にマリル・スクレ・アンジュのいつもの三人の他にも、新たに二人の女性が加わっていた。
 その二人は年齢的に、ペリド姫達四人よりも片方が五つ、もう片方は九つほど離れているが、れっきとした学生である。ただし、ジーニアス魔法学園の生徒ではなく、ユラン帝国にある別の学園の学生であった。
 というのも、この二人は元々ペリド姫付きの儀仗兵を務めていたのだが、今回の奴隷売買の一件で、一時的にでも学園に戻るのであれば、条件として安全の為にも、必ずいつもの三人以外の護衛も付けなければならなくなってしまったのだ。
 そこでこの二人が護衛として選ばれたのだが、他国で活動するのに兵士のままでは何かと不便なので、一度帝国内の別の学園に籍を置き、その学園を経由して、護衛として派遣されたのであった。身分が兵士ではなく学生であれば、討伐任務の際にも支障がでない。
 二人がジーニアス魔法学園の学生ではないのは、ジーニアス魔法学園は誰であろうとも始まりは一年生からなので、それでは一緒に東門に向かう事が不可能である為であった。
 それと、ジーニアス魔法学園には一緒に入学した他の護衛が居たのだが、一年生の時にペリド姫が大所帯を嫌がりパーティーを分けた結果、ペリド姫達が有り得ない速度で進級してしまった為に、未だに早いものでも三年生止まり。という事情もあった。

「左様でしたか」

 ペリド姫の説明に、護衛の女性達は納得したように頷くと、離れていく背中に目を向ける。

「ふふ。不思議そうね」

 眺めている二人の女性へと、ペリド姫は悪戯っ子のような笑みを向けた。

「はい。不思議といいますか、不自然といいますか・・・」

 困惑したような護衛の女性達に、オーガストを知っている四人は苦笑めいた笑みを浮かべる。

「強そうに視えない?」
「申し訳ありませんが、そうです。しかし、弱いと言いますよりも、魔力がほとんど感じないのが逆に不自然といいますか・・・普通はもっと魔力が外に漏れ出ているものだと思うのですが・・・」
「ええ、そうね。あれはあまりにも完璧すぎるわ。だからこそ逆に不自然なのだけれど、当の本人はそれに気づいていないのよね」

 ペリド姫は見えなくなったオーガストの方に顔を向けて、おかしそうに、もしくは困ったように微笑む。

「それでも私達どころか、シェル様よりも強いのですよ?」
「シェル・シェール様よりもですか!?」

 ユラン帝国最強位よりも強いというペリド姫の言葉に、護衛の女性達は驚愕の表情を浮かべる。自分達が所属している国の切り札とも言える存在の強さぐらいは、流石に女性達も知っていた。それどころか、その強さに憧れてさえいた。

「ええ。あれこそが高みなのでしょうね。私の目指す頂よ」

 ペリド姫はオーガストが去っていった方に手を伸ばす。走れば届くその距離は、近そうでありながら、あまりにも遠かった。





 魔物発見後に見回りを再開してから防壁上を歩いていくも、視界には新しい敵性生物は捕捉出来ないので、そのまま何事もなく詰め所に入り、昼休憩を行う。
 詰め所内には先客が居たものの、特に気にすることなく思い思いの席に腰掛け、昼食を摂ったり窓の外を視たりして時を過ごす。
 そして十分に休息を取ると、詰め所の外で整列して見回りを再開させる。
 午後の見回りが始まったものの、視界で捉えている魔物は離れていて、大結界の近くでは視られない。しかし、いきなり走ってくる事もあるので、気は抜けない。
 視界だけは変わらず広く取りつつ、歩いていく。これも馴染みだしたので、先日のように少し無理をしただけで疲れが出るようなことはないだろう。
 油断なく視界を平原に向けていたものの、結局何も無いままに夕方に詰め所に入っていく。
 詰め所内には先客が居た。東門ではよく先客が居る事が多いが、もしかしたら見回りの人数が少ない分、見回りに出ている部隊の間隔が短いのかもしれない。
 とりあえず軽く挨拶だけして、席に着く。
 部隊長が食糧庫から持ってきた夕食を食べて、自由時間になった。
 ボクは窓際に移動して外を眺める。
 そういえば、食糧庫に食料を補充しているという人にはまだ会った事が無いな。こうやって食べる事で消費して保存食を回し、常に新しい状態に保っているという。その為、定期的に食料を補充する部隊が各拠点を回っているという話なのだが、どうやら時間が合わないみたいだ。
 まあもっとも、ボクはその食糧庫にも行った事が無いのだが。どんな風に保存されているのだろうか? 部隊長が持ってくる保存食は、缶詰だったり袋に密閉されていたりと様々ではあるが、普通に箱に詰めるなりして棚に並べられていそうではあった。
 そんな事を考えながらも、平原には眼を向け続ける。というよりも、視界は常に確保しているので、結果的に一定距離の様子は常時監視している状態になっているのだけれども。
 平原は相変わらずの様子で、魔物が闇の中を動いている。この時間に平原に出ている生徒は少ないが、警邏は変わらず行われている。それでも全体の数は日中ほど居ないようだ。
 そんな風に平原を観察していると、はじめて魔物以外の敵性生物を発見する。詳細は分からないが、それは小動物のようで、平原に浅い穴を掘って身を隠している。
 頭に細長い角があるのが魔力の様子で判るが、何の動物だろうか? 周囲を警戒しているようだが、敵意のようなものが感じられるので、獲物を狙っているのだろう。
 そのまま暫く観察を続けてみるも、近くには何も通らない。たまに通っても魔物だが、流石に魔物は食べられないのか、はたまた勝てないと判断しているのか、襲うような素振りはなく、身を隠したままジッとやり過ごしている。
 視界を少し拡げてみるも、近くに手頃な動物は確認出来ないが、代わりに警邏の兵士達が居た。

「ふむ」

 進んでいる方向が違うので遭遇する事はないだろうが、あの小動物は人間も食べるのだろうか? 襲撃をしそうなので、おそらく食べるのだろうな。
 とりあえず暫く観察を続けた後、記憶にある東側の平原に出るという敵性生物の情報を頭から引き出す。観察を続けたので、何となく全容は把握できた。
 まず特徴的なのが、頭部にある細長い角だ。長さは三十センチ程だろうか。角を除いた体長が四十センチ程なので、身体と比べてみてかなり長い。
 角の太さは五センチあるかないかといったところか。先が尖っているようだが、直接見ている訳ではないので、詳細までは判らない。
 穴に籠ってはいるが、穴が浅い為に、身体が完全に穴の中に入っている訳ではないようだ。
 他には、角の根元の両側に縦に長い耳らしきものが生えているのが確認出来た。身体は特に脚部の筋肉が発達しているようで、足は速そうだ。
 それらの要素から該当する敵性生物は、串刺しウサギと呼ばれている生き物か。
 危険度はそこまで高くはない。奇襲してくるだけで、強い訳ではないという。その奇襲もちゃんと周囲に目を配っていれば問題ない程度。ただ、その角は細い割には頑丈で滑らかな色合いらしいので、細工用の素材として、そこそこいい値で売れるらしい。
 奇襲の方法は、穴から跳び出てきて、名前の通りに角で相手を串刺しにしてくるという。穴が浅いのも、跳び出しやすいようにではないかと考えられている。
 確か雑食ではあるが、肉を好む傾向があるとも書いてあったな。
 つまり、こちら側から見れば、小遣い稼ぎには持って来いな相手ということか。
 それからも、平原の観察を続ける。視界の重点を平原に置いているので、普段よりも平原に向けている視界は広い。
 視界の中には、魔物の他に生徒や兵士達が確認出来るが、それだけだ。あとは動物も少数だが確認出来るも、先程の串刺しウサギ以外の敵性生物は確認出来ない。魔物にでも倒されているのかな? もしくは生徒や兵士達に狩られているか。それとも森からあまり出てこないのかも。
 そう思い、生徒手帳を懐から取り出して、改めて調べてみると、東の平原に関する項目にそのような事が書かれていた。どうやら魔物以外の敵性生物を平原であまり見掛けないのは、森と平原の境付近に生息しているからのようだ。道理で大結界周辺ではほとんど目にする機会がない訳だ。
 生徒手帳を仕舞い、夜が更けても観察を続けていると、視界の端に魔物以外の新しい敵性生物を捉える。
 それは、周囲に居る魔物に負けず劣らずの強さを秘めている様に視える。内包魔力で浮き彫りになった姿は四足歩行で、大きさは人間の大人より明らかに大きい。
 特徴となる部分が見当たらないので、ただの四足歩行の大きな獣にしか視えない。
 記憶の中に該当する敵性生物は数体居るので、特定は難しい。ただ、大きさを考えれば・・・クマだろうか? そう思えば、そう視えなくもない。確か、東の森の浅い部分の一部を縄張りにしている敵性生物だったはず。魔物が支配する森の中で縄張りを形成しているというだけでも、その強さが窺い知れるというものだ。
 そのクマらしき敵性生物は一体だったが、周囲に居た三体の魔物と戦っている様であったので、視界の範囲を少し狭めて、その分その敵性生物の方へと伸ばしてみる。
 三対一で魔物と戦うその敵性生物だが、三体居る魔物の単体での強さは、敵性生物に比べれば劣っている様に視える。しかし、その差は僅かだ。
 つまりは敵性生物が不利という事だが、さてさて、どうなることやら。
 現在は魔物達が敵性生物を囲んでいるようだ。魔物達も全て四足歩行なので、見た目は四体ともに似ている。大きさは敵性生物の方が断然大きいが。
 敵性生物を囲んでいる魔物の一体が背後から敵性生物に跳びかかるも、それに気がついた敵性生物が身体を右に捻り、右前脚でその魔物を吹き飛ばす。
 それを見計らった正面と左側面の魔物が跳びかかってくると、敵性生物は跳びかかってきた正面の魔物へと噛みつき、そのまま後脚で立ち上がると、地面に叩きつけるような勢いで首を下へと振って、魔物の前脚の一部を噛み千切った。
 それでいて側面の魔物を防ぐ為に、硬化させた左前脚で魔物との間を埋める。魔物も牙を強化しているようで、敵性生物の硬い前脚に牙を突き立てる。
 そのまま左前脚に噛みつかせた魔物を振り落とそうと、敵性生物は足下に倒れた魔物を踏みつける形で、前脚に体重を乗せて魔物の上へと勢いよく落とした。
 それで魔物を一体踏みつぶすと、四足歩行に戻った敵性生物は、依然前脚に噛みついたままの魔物へと、もう片方の前脚で攻撃する。
 その間に吹き飛ばされた魔物が戻ってくるも、敵性生物は前脚に噛みついている魔物への攻撃を継続しながら、戻ってきた魔物へと顔を向ける。おそらく威嚇しているのだろう。
 威嚇をされて様子を見るように距離を取りながら、魔物は敵性生物の背後を取ろうと動く。
 そんな魔物の動きに合わせて、敵性生物が右へ左へ首を回して、その魔物を視界に収め続けようと努めるうちに、前脚に噛みついていた魔物が息絶え消滅する。それでも、魔物の牙は敵性生物の左前脚の骨まで届いていたようで、あれでは直ぐに使い物にはならなさそうだ。移動も困難そうだし。
 それでも一対一となった事で、敵性生物は魔物の方を向くために身体の向きを変える。
 相対した魔物と敵性生物は暫く睨み合った後、魔物の方が何処かへと逃げていった。
 残った敵性生物は、片足を持ち上げ移動を開始する。やはり傷は深かったのだろう。それでも、撃退したのは凄い。
 こういう他者の戦いが視られるというのが密かな楽しみではあるが、直接見ている訳ではないので、詳細は判りにくい。音も聞こえないので、そういう部分でも判りにくい。
 普段は生徒や兵士達と魔物の戦いだが、今日は少し目新しい組み合わせだった。
 基本的に魔物同士の争いはあまりない。全くない訳ではないが、数は少ない。特に東側の魔物達は所属している勢力が在るからか、魔物同士の衝突はたまにしか視られない。平原に出ているのは同じ勢力の魔物達なのかもしれないな。
 それからも何かないかと平原に目を向けながら、魔法道具のあれやこれを思案する。残念ながら、保管庫はまだ残っていた。ただ、大分境界があやふやになってきたので、もうすぐ消えそうな感じがしている。現在の消失速度だと、多分明日の見回りの途中で消滅すると推測出来るが、どうなるだろうな。
 そのまま結局、何事もなく朝を迎える。
 毎度のように起きてきた部隊長や部隊員達と挨拶を交わし、朝食を済ませると、詰め所の外で整列して見回りを行う。
 平原に居る魔物と戦う生徒や兵士達を眺めながら、周囲の様子を窺う。その途中、とうとう保管庫が消滅した。
 消滅したことで中に収められていた情報は周囲に流れたが、消滅までには至っていない。しかし、幾つか何処かにいってしまった。魔力に距離などは関係ないので、一瞬で何処かに流れていったのだろう。要は無差別に転移したという事なのだろうな。
 まあそれはいいか。それよりも、今は周囲に漂っている情報が別の場所に流れてしまわないようにしておかないとな。
 そう思い、周囲の情報に魔力の糸をつける。といっても情報の一部のみになので、区切ったり色を付けたりはしない。それをしては、情報が周囲に溶けていかなくなる恐れがあるからな。
 とりあえず、あの程度の保管庫であったならば、なにもしなければ大体一日半から二日ぐらいを目安に見ればいいようだ。周囲への溶け具合も確認出来たし、中々の収穫となった。
 あとはこの情報体の消滅速度を確認さえ出来れば十分だろう。しかし、外部に創る保管庫というのも、想像以上に維持が大変だ。自分に合わせたとしても、これを数十年以上維持していくのは難しいな。どう工夫すればいいのか。既存の魔法を改造していくというのはわくわくしてくるが、やはりこういった方面が性に合っているのかもしれないな。まだよく分からないが。
 とりあえず、見回りを続けながら情報体へも眼を向け続ける。
 情報体は外側からゆっくりと周囲に溶けていってはいるが、それも魔力に載せた情報までにはまだ届いていない。やはり情報を記載していようと、魔力は魔力。保管庫同様に存在の維持は難しいらしい。
 では、何故仕切ると大丈夫なのだろうか? 意識を前を歩く部隊員に向ける。そこには当然その存在が居るも、魔力でも出来ているはずのその存在は、周囲に溶けていくことなくそこに居る。それは何故だろうか?
 そもそも、存在を区切っているこの仕切りとは何だろう? 世界に満ちる魔力とその存在とを隔てる壁ではあるが、では、何故その壁は溶けていかない? 魔法で創れる以上魔法で出来ているはずなのだが・・・いや、もしかしたら、存在を形成している仕切りと、ボクが保管庫を創った際に創造した仕切りは別物なのだろうか? ・・・では、ボク達を仕切っているこれは何だ?
 そう思うと、自然と己が手に目を落としていた。そこにあるのは綺麗な手、ではなかった。

「・・・・・・」

 そこに在ったのは、傷痕だらけの手であった。
 手の状態なんて普段あまり意識を向けた事はないが、それでも全くない訳ではない。しかし、改めて確認したその手は、あまりにも傷だらけで、異様に皮膚が厚く硬い。
 自分の手がそんな手である記憶はなかったはずだが、目の前には確かにそんな手が在る。
 訳が分からない事態に直面し、思考の檻に囚われそうになるが、そこで視界に複数の魔物の姿を捉えた事で、何とか意識を飛ばさずに済んだ。今はそんな事をしている時間ではない。
 その魔物達は大結界近くまで移動しているが、既に他の部隊が発見・報告しているようだ。ただ、珍しく周囲に生徒や兵士達が居なかったようで、到着が遅れそうだ。
 魔物達が大結界に到着したのと、ボク達の部隊が到着したのはほぼ同時であった。
 ボク達も立ち止まると、最初に発見・報告した部隊の部隊長と、こちらの部隊長が何やら言葉を交わし始める。その間、ボク達も防壁上から魔物の様子を観察する。
 大結界に近づき、攻撃している魔物の数は全部で九体。視た感じ、強さはギリギリ最下級ではなく下級に入る程度なので、ここの平原の中では平均的で突出して強い訳ではない。ただ、厄介なことに数が少し多い。
 魔物の内四体は二足歩行で、残りは四足歩行だ。よくそれで速度が合うものだと思うが、魔物と動物とを一緒に考えるのは間違っているのだろう。
 四足歩行の魔物が一体後ろに下がっているが、残りの八体は大結界を攻撃している。しかし、これぐらいの魔物の攻撃では、大結界は直ぐに破られる事はない。それでも大分危うくなってきていた。

「・・・・・・」

 防壁上から見守っている部隊員達がざわつくが、視界の中にこちらへと急行している部隊を二つ確認する。だが、今の速度では間に合わないだろう。
 大結界は素体が無事な限りは破られてもまた再生するが、それでも時間が掛かるので、その場合、直るまでの間はこちらで対処しなければならないし、破られた大結界の応急処置も必要になってくる。
 要は面倒なのだが、幸い東側の兵士は魔法使いが多いので、その辺りは大丈夫だろう。
 そんな事を思っていると、大結界が破られ、魔物が大結界内部に侵入してくる。その瞬間、最初に発見していた部隊が一斉に攻撃を行う。どうやらボクが考え事をしている内に、攻撃準備を整えていたようだ。
 それで侵入してきた魔物の内四体が消滅するも、まだ半分が残っていた。それに、その瞬間に下がっていた一体が突撃してくる。
 ボクが視線を横に向けると、ボクが所属している部隊が攻撃準備をしていたので、慌ててボクも同じように攻撃準備を整えると、直ぐに部隊長の号令が下り、一斉に攻撃を行う。
 それで残っていた四体と突撃してきた魔物の計五体の魔物が消滅した。
 魔物を発見した部隊長がそれを報告している間に、ボク達は先に進む。発見した部隊は、向かってきている部隊が到着するまで待ってから、移動を始めるのだろう。大結界の応急処置は、そのやってきた部隊が行うのだとか。
 間もなく昼になるが、境付近までもうすぐな為にそのまま進んでいき、昼も大分過ぎた頃に目的の詰め所に到着した。
 詰め所の中には駐在している兵士以外の先客は居なかったので、手近な席に着く。程なくして部隊長が持ってきた保存食で昼食とする。
 その後に食休みとなったので、ボクは窓際近くから窓の外を眺めながら、先程感じた違和感について少し考えてみる事にした。

しおり