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彫刻と余興

 ハンバーグ公国の特産物は小麦だ。現在は時期が少し過ぎてしまった為に、収穫が終わり播種(はしゅ)の季節ではあるが、収穫の時期は風に揺れる小麦が美しい。特に、夕陽に照らされた小麦は、どことなく哀愁的なのがいい。あまり見た事はないが。それでも、防壁上からの景色はそれは素晴らしかった事だろう。
 それを残念に思いつつも、ボクは見回りの為に防壁上を北に向けて歩いていく。
 東側の駐屯地に来て十日ほどが経過した。こちらは平原が中々に騒がしい。とはいえ、その大半は大結界から少し離れた位置で生徒や兵士に狩られているので、見回り自体は多少のんびりしたものだ。
 それでも、今までの西門と北門に比べれば大結界近くでよく敵性生物、主に魔物を見かけるので、一回の見回りに掛ける時間は今までで一番長いかもしれない。
 東門の警固に就いている兵士は魔法使いの割合が多く、これはハンバーグ公国が魔法使いの育成に昔から熱心であったからだといわれている。それを裏付けるかのように、魔法使いの人口は五ヵ国の中で最も多い。
 次いで多いのはナン大公国だが、こちらはどちらかと言えば質より量なので、年によってはハンバーグ公国以上に魔法使いが在籍している場合がある。しかし、一定数以上に魔法使いが増えると森へ遠征に行くので、あまり安定はしていない。それでも、二番手は堅持しているが。
 東側の平原には、兵士以外にも生徒達が泊まりで討伐任務に就いている。平原には兵士や生徒達が泊まる為の拠点となる施設も一応造られてはいるが、大結界内に比べれば、安全とは言い難い。
 拠点にも見張りが置かれ、一応結界も張られてはいるが、大結界から離れた場所に建っている関係上、敵性生物の動きが大結界周辺よりも活発なので、気休め程度でしかない。それでも無いよりはマシだろう。
 勿論、その施設を利用せずに野営するというのも認められている。
 東側は平原での防衛に力を入れているので、平原に出ている警邏の数も多い。その分、防壁上からの見回りの人数は、今までの二つの門よりは少なく、一部隊五人のみだ。主役は平原の方なので、それで問題ないようだ。
 そんな中でも気づかれずに防壁内に入ってきたのだから、かつて兄さんに倒されたスノーの厄介さがよく分かる。まあ記録されている強さは上級だったしな。それも上級の上。一体で一国が滅びかねない強さだろう。もしくは人間界全体かな?
 目安難度でしかないが、同じ目安難度の基準だけで言えば、弱い個体のドラゴンの一つ下辺りだ。人間が遭遇した中では最上級の強者という事になる。確か、一応人間はドラゴンには遭遇したことがないという事になっていたし。
 そんなスノーですら相手にならなかったのだから、兄さんの強さは昔から異様だった訳だ。これで期待されていなかったというのだから、会った事はないが、祖父の目は節穴だったという事だろう。
 今日の見回りの最中も大結界の近くに寄ってきた魔物は居たが、それは要請に応えて駆け付けてきた、近くを警邏していた兵士達に直ぐに討伐された。
 しかし、その分進む速度が落ちたので、一日で進めた距離は、西門や北門の時の半分ちょっとぐらいでしかない。まだここに来て約十日だが、ここの見回りだと割とこれが普通だ。
 何も無ければ一日と少しぐらいで境界近くまで到達できるのだが、運が悪いとその道のりを大体三日ぐらい掛けて進む事になる。まあ普通は二日ぐらいと思えばいいか。
 初日の見回りを終えて、ボクは詰め所で一息つく。
 ハンバーグ公国は小麦の産地だけありパンが美味しいので、配給品の乾パンでも中々に美味しいものだ。
 夜は窓際で平原を眺めるが、後発の見回り部隊が休憩の為に入ってきたりしたので、下手な事は出来ない。
 とはいえ、東側の平原は魔物が多いので、夜でも眺めているだけで退屈はしない。近くで兵士や生徒達が夜戦を行っている時が割とあるので、それを観戦したりも出来る。
 そういえば、先にここにペリド姫達が来ているらしいが、何処に居るのだろうか? 平原だろうか? まぁ、最早どうでもいい事ではあるが。
 平原を眺め続けて朝を迎える。これはどこでも変わらない。やることがあまりないのだからしょうがないが。クリスタロスさんのところに在る訓練所のように、人目が無い訳ではないのだから。
 朝になり、起きてきた部隊長と部隊員達と共に朝食を済ませると、詰め所の外で隊列を整え、見回りを再開させる。
 本日は適度に雲が空を覆ういい天気で、前髪を揺らす微風が平原から吹いている。平原では戦闘が多発しているからか、漂う空気はどこか埃っぽい。
 そんな空気に混じって、微かに花の甘い香りが届いてくる。おそらく平原に咲いている花だろう。こちら側は北側と違い、寒い季節になってきたというのに、平原は色とりどりだ。
 ただ、平原は騒がしい為に所々踏み荒らされてはいるが。それでも花は健気に咲いている。
 気温は丁度いい。日中に屋外で動く事を考えればまだ少々暑いが、それはしょうがない。
 平原に眼を向けてはいるが、視た感じで言えば、多分今日も大結界に近づく魔物を目にする事だろう。先に排除することは可能だが、警戒しているのは何もボク一人ではないので、それはやめておいた方がいいだろう。
 そのまま少し歩くと、案の定大結界近くを徘徊している魔物を発見する。
 見つけた魔物は、影がそのまま出てきたかのように全身真っ黒で、二足歩行をしており、鎧のような物を着ている様にみえなくもない。
 何故か大結界から少し離れたところで、くるくると小さな円を描くようにして歩き回っている。何がしたいのか分からないが、害意の様なモノは感じない気がする。しかし、ずっと同じ場所を歩き回っている姿は、どことなく気味が悪かった。
 そのまま平原を警邏している部隊へと無線で応援を要請すると、それに応じた近くの部隊がやってきて、その魔物を排除した。それにしても、あの魔物は何がしたかったんだろうか。よく分からないな。
 魔物が倒されたのを見届けると、ボク達は見回りを再開させる。
 視界を広く取ってはいるが、これにも大分慣れてきた。とはいえ、現在の広い視界を維持出来るかと問われれば、難しいと答えるだろう。維持し続けるには、多少視界を縮めねばならない。
 しかし、これは最初からそう想定していた事なので、特に問題は無い。それを考慮した上での、現在の視界の広さなのだから。
 そんな拡大させている視界に魔物を捉えるも、大結界からは少し離れている。しかし、事前情報通りとはいえ、魔物以外の敵性生物をみかけない。東側の平原は魔物が多いとはいえ、魔物以外が全くいない訳ではないはずなのだが。
 ここの平原は魔物が強い分、魔物以外の敵性生物もそれなりに強い。強さの目安的には、北の森の奥に出るという敵性生物ぐらいの強さがあるらしいが、平原なので難度は下がる。
 ボクはまだ平原には出ていないが、既に事前に単独では危ないので何処かのパーティーに入るか、誰かもしくは何処かと組んだ方がいいと忠告されている。それも一度や二度ではない。同じ人ではないので、それだけ危険だという事だろう。
 ま、ボクに関して言えば問題ないのだが。それでも忠言には感謝している。
 ぼんやりとそんな事を頭に思い浮かべている内に今日の午前の見回りが終わり、全員で詰め所に入っていく。
 やはり詰め所は何処も変わらないらしく、西門と北門に在った詰め所と外観は大差ない。内装は多少特色が出ているものの、部屋の配置に、室内に武具類や食料などが置かれているところは変わらない。
 詰め所に入ると、先客が居た。
 先客の正体は、おそらく夜警組だろう。誰も彼もが眠たそうな顔をしている。日中の担当に当てはめて考えれば、現在の彼らは夜中と同じだもんな。寝るのが遅い者がそろそろ寝る時刻ぐらいか。
 そんな先客には軽くお辞儀だけして、少し離れたところに腰掛ける。人数が少ないので、あまり場所を占領しないで済む。
 昼食は乾パンだが、東門の乾パンは、パンのほのかな甘みを僅かな塩分が引き立ててくれているので美味しい。なので、北門の時の様に微妙な気持ちで食べる必要はない。
 その食事を終えると、食休みの為に少し時間を置いてから詰め所の外で整列する。
 整列を済ませると、引き続き北へと向けて歩みを進める。今のままの速度では、境界に到着するのは明日だろう。無理をすれば今日中に到着できそうだが、流石にそこまではしないだろう。
 視界には魔物の姿を捉えてはいるが、大結界からは離れているので、今のところは問題ない。今日はもう大丈夫そうかな。
 そう思いながら見回りを続ける。視界には魔物の他にも警邏中の兵士達や、討伐任務に就いている生徒達が確認出来る。
 それにしても、門から離れた場所で生徒だけのパーティーが確認出来るというのは、何だか新鮮だな。今までは日帰りで討伐任務に就いていたから、門から離れるという事は無かったものな。ここから野営を行うようになって、行動範囲が一気に広がったということか。これは討伐任務が少し楽しみかもしれない。
 とはいえ、監督役が付くのは変わらないので、独りという訳には行かないのがとても残念ではあるが。
 そんな風に思案している内に夕方になっていた。明日の日程が在るからか、今回は少し早めに休むらしく、近くの詰め所に入っていく。
 他に誰も居ない詰め所で夕食を摂ると、各自思い思いの相手と会話に花を咲かせる。
 そんな中でも、ボクは変わらず独りで窓の外を眺めながら平原を観察する。
 その途中で他の部隊が詰め所の中に入ってきた。見た感じは後発の部隊で、夜警組ではないだろう。つまり、同じようにここの詰め所に宿泊するという事か。まあボクは眠らないので関係ないが、少人数同士なので問題は無いだろう。聞いた話では、寝る部屋は広く、寝具類も十分数が揃っているらしいし。
 そういう訳で、軽く挨拶を交わしただけで、再度窓の外に目を向ける。それにしても、ここは平原もだが、森の中も活気があるな。ちょっと眼を森の浅い部分まで伸ばしてみただけで、結構な量の魔物が確認出来た。
 いくら範囲を絞っているとはいえ、これ以上継続して森の中を視るには世界の眼でなければきついので、一旦視界を大結界近くまで狭める事にする。
 しかし、少し視ただけでも疲れた。これは通常の視界を拡げている事の弊害かもしれないな。思っている以上に疲れが溜まっていたらしい。今夜ぐらいは視界を狭めて過ごすとしよう。
 大結界から少し先ぐらいまで視界に収めればいいだろう。平原以外の防壁上とその内側は警戒があまり必要ないので、詰め所周辺ぐらいまでにしておけば大丈夫か。見回りはしっかり行われているのだから、一夜ぐらいは眼の休憩に当てても問題ないだろう。
 さて、何をしようか? ここでは平原の様子を視て楽しんでいたから、それが出来ない以上、代わりの事をして過ごさなければならない。寝るのは簡単だが、他人と同じ部屋で寝るのは、正直勘弁願いたい。本当は宿舎でも一人がいいのだから。そういう訳には行かないが。
 考えている内にほとんどの者が眠ったが、二人ほど残って会話を続けているので、あまり目立つことは出来ない。しょうがない、何か思考実験でも始めるとするかな。
 何の思考実験をしようかと考え、一つ思い至る事があった。それは少し前に完成して皆に渡した腕輪。それに組み込まれた蘇生魔法は、使いきりなうえに、直前の状態にしか戻せないという半端な品であった事を思い出す。あれをまだ研究したいと思っていたところだったので、それをするとしよう。
 まずは蘇生する状態の記録から考えていこう。
 常時記録し続けるのは、容量を無駄に使うだけなので、装着中に最も状態のいい時の記録だけを残せるようにしたい。しかし、その為には常時身体の状態を確かめる魔法が必要だし、記録した情報を保管する領域まで確保しなければならない。一瞬の状態の記録とはいえ、一つの存在の記録ともなれば、それだけであまりにも膨大な情報量になってしまうが、その辺りをどうにかする事が出来れば、かなりの進歩となる。
 後は、使い捨てではない魔法道具にしたいが、その辺りはどうすればいいのだろうか・・・こちらもあまりにも難しい。
 課題は山積しているが、答えの手がかりはまるでない。目的が明確な分焦れるものの、どこから手をつければいいのかも分からない状況ではな。
 しかし、そうも言ってはいられないので、万全の状態を保存できる領域の確保から考えよう。状態を記録しても、それを保存しておく場所がなければ意味が無いからな。
 存在一つの膨大な情報量の記録を保管して維持し続けるとなると、かなり難しい。それこそ、それだけで腕を完全に覆いつくさなければならないほどだ。身体の状態の常時記録まで組み込めば、腕だけでは足りない。それも大分見直した状態の魔法で、だ。腕輪を創る際に一番最初に組み込もうと思った当初の魔法であれば、上半身全部を覆った素体でも、足りるかどうか。
 それだけに腕輪、いや籠手で収まる範囲まで改良しないとな。これは普通に魔法を改良するよりも難しい。
 改良部分はこれだけではないので、記録の保管庫部分だけでは腕輪よりも小さい容量に収めたいが。
 参考にするのは、自分の体内にある保管庫。よくよく考えてみれば、この保管庫はどうなっているのだろうか? 元となるモノが最初からそこにあったので、それは兄さんが創ったのだろうが・・・少し手を加えたとはいえ、基本的にこれが体内に存在するという事しか知識に無いんだよな。

「・・・ふむ」

 気になったので確認してみる。体内だからか、確認が困難だ。それでも何とか視る事が出来た。

「・・・・・・なんだこれは」

 それを一言で言い表すならば、異様。もしくは異次元。
 世界が歪曲して幾重にも増え、それが揺れているように思えて、視界が酷くぼやけている様にしか視えない。濃霧の中、見知らぬ地を彷徨っているようで、視ているだけで恐怖や不安が全身を駆け巡っていく。
 使い方だけは知っていたが、ボクはよくこんなものを平然と使っていたな。なによりも、何でこんなものを兄さんは創れたんだ? 意味が解らないどころではない。脳が理解を拒絶しているようで、妙な感じだ。

「・・・・・・うっ」

 その場で勢いをつけてぐるぐる回った時のような気持ち悪さを感じて、思わず口元を押さえてしまう。

「これを参考にするのは止めておこう」

 口元を押さえた手の中で小さく呟く。多少容量が増えようとも、自己流で情報の保管庫を創るとしよう。
 まずは情報の圧縮方法から検討していこう。保管庫の改良よりも、まずは保管に必要な容量を調べなければいけないからな。
 従来の圧縮方法でも問題ないが、もう少しどうにかならないだろうか。

「・・・うーむ」

 思案するも、そう簡単に新しい方法が思い浮かぶはずがない。なので、凡人のボクは既存の方法を改良する方が賢明だろう。
 しかし、どうしようかな・・・組み込むのではなく、普通に行使するのであれば簡単なのだが。
 うーむ。魔法だけではなく、魔法道具作成も難しい。これは日々修練だな。
 そうして思案している内に朝となる。結局、ボク以外にも二人が会話しながら夜を明かしていた。
 起きてきた部隊員や部隊長達と挨拶を交わすと、朝食を摂った。後から来た部隊は少し遅れて発つらしいので、夜を明かした二人以外はまだ寝ているようだ。
 詰め所の外で隊列を整えると出発する。今日は北門の管轄との境界付近に建つ詰め所で折り返して、東門へと引き返す予定だ。
 平原は相変わらずではあるが、大結界付近には何も居ない。その代り、北を目指す魔物の一団を発見する。あれがそのまま北側の平原に入っていくのかもしれないな。
 しかし、特に何かするつもりはない。数はそんなに多くないので、問題はないだろうし。
 そんな観光を行いつつも、昼前には何事もなく目的の詰め所に到着した。少し早いが、中に入って昼食にする。
 詰め所の中は僅かに緊張感を孕みつつも、穏やかに流れている。
 そこに居るのは、例に漏れず熟達者達ではあったが、他の兵士とそこまで差があるようには思えなかった。これはハンバーグ公国の魔法使いの質が全体的に高いと称賛すればいいのか、それとも均質化が進んでいると嘆くべきなのか、悩みどころだな。それでも、質自体は全体的に高いのは確かだが。
 それとも、これぐらいが頭打ちなのだろうか? 一部の例外を除いて、この辺りが人間の限界なのだとしたら、夢も希望も無くなりそうな気がする。
 それでも数が増えれば、西か北の森ぐらいは切り取れそうではあるが。特に北の森ならば、今からでもいけるだろう。森の中に生息している敵性生物の数と種類こそ多いが、全体の強さは人間界を囲む森の中で一番弱いのだから。
 そんな詰め所に滞在している兵士達を確認した後、部隊長が持ってきた保存食で、早めの昼食を摂る。
 早々に昼食を食べ終えると、平原に眼を向ける。窓際には駐在している兵士達が居るので、離れたところからだが、肉眼で見る訳ではないので問題ない。
 一晩休ませただけでも、眼の調子は結構いい。
 平原には魔物が居るが、警邏の兵士達もいる。中には生徒達も確認出来るが、境界近くまで生徒が居るのか。それに、北側の敵性生物も少し混じっている。
 暫く観察していると、食休みまでが終わり、詰め所を出る。
 帰りは変わらず防壁の内側の見回りだが、ハンバーグ公国は防壁から少し離れたところに町が在り、たまに防壁近くで森も見掛ける。他にも小麦畑も見かけるが、今は収穫を終えて寂しいものだ。
 とはいえ、防壁の外側に比べれば、どこも防壁の内側は平和なもので、のんびりとしている。勿論ちょっとした犯罪などは在るのだろうが、そこは埒外の事なので関係ない。
 ボクの実家がある町は東門から南下していった方向なので、ここからは少し遠くて視ることが出来ない。それでも、近くの町は確認出来る。この辺りの町は、どこも似たような造りな気がするな。
 兄さんがスノーを倒したという森の場所は分からないが、防壁近くと言っていたし、多分この南北の見回りの何処かにある森だろう。
 しかし、やはり平和だ。防壁の内側が騒々しいと問題だが、何か少し変わった事ぐらいあってもいいのにな。
 空の色が変わっても特に何事もなく、見回りを終えて詰め所に入っていく。
 詰め所の中には誰も居なかったので、思い思いの席に腰掛けて夕食にする。それを終えると雑談を始めるが、ボクは変わらず独りで平原に眼を向けた。
 ボクが平原に討伐に出る日も近いのだが、その前にもう一度見回りだろうな。ここでは平原で野営をしながら討伐任務に就くので、今までの日帰り討伐に比べれば、長期の任務になる。短くても三日ぐらいは出ているのだとか。
 とはいえ、平原で野宿して敵性生物を討伐するのは初めてではない。それどころか、ボクは森で野宿した事さえあるものな。それに比べれば、楽なものだろう。しかし、いつだって油断は禁物だ。
 睡眠がほとんど必要ないというのは、そういう時に役に立つ。食事もほぼ不要だし、本当に遠征には最適な身体だな。

「ん?」

 気がつけば他の部隊員が居なかった。もうそんな時間になっていたのか。
 周囲に他の部隊員が居ない事を確認して、後続の見回りを気にしつつ、手のひらに収まる大きさの鉄塊を創造する。少し新しい圧縮方法を模索してみよう。
 まずは従来の方法を行う。組み込む魔法は何でもいいので、耐久性でも上昇させておくか。
 そう考えつつ魔法を圧縮していく。組み込んでは解除して、また組み込んでを数度繰り返して調子を確かめると、思いついた方法を端から試していく。
 しかし、やはりそう簡単にはいかないようで、どうにもうまくいかない。後続が詰め所の横を通るたびに緊張するが、幸い入ってくる部隊はいない。そのまま朝までかかって試行錯誤するも、進展はほとんどみられなかった。
 起きてきた部隊長と部隊員達に挨拶を済ませ、朝食も終わらせる。詰め所の外で整列したら、見回りを開始する。
 平穏な防壁の内側を眺めながら進み、昼には詰め所に立ち寄り昼食を食べると、少し休んで見回りを再開させる。それから少しして、まだ空が青い内に部隊は東門に到着した。
 東門前で解散して、ボクは割り当てられた宿舎に戻る。
 ボクが割り当てられた宿舎は綺麗で、全体的に明るい色合いをしている。もしかしたら、建てられてそんなに経っていないのかもしれない。
 すれ違う兵士が身を包んでいる軍服は深い緑色で、落ち着いた印象を抱く。それと、ここの宿舎に住んでいる兵士達は、全体的に若い気がするな。
 そのまま宿舎内を移動して、二階にある自分の部屋に入った。部屋は北門と同じ二人部屋で、そこそこ広い部屋にベッドが二つ置かれている。

「ああ、おかえり」
「ただいま」

 ボクが部屋に入ると、同室者のギギという少年が迎えてくれる。不愛想で口数は少ないが、こちらに干渉してこないので楽でいい。それに、今のように挨拶ぐらいはしてくれるので、仲は悪くないはず。
 会話がほとんど無いので、名前や年齢などの当たり障りのない部分と、見てわかる外見ぐらいしか知らないが、年はボクより一つ上で、燃えるような赤色の髪をしている。
 顔は整っているのだが、前髪が完全に目を隠していて、それに加えて気怠そうな暗い雰囲気が強すぎて、少し近寄りがたい見た目をしていた。背は高く、百九十センチぐらいはあると思う。
 ボクと違いギギは夜警に就いているので、中々会う機会がない。なので、こういう早めに任務が終わった時に少し顔合わせをするぐらいで、互いにほとんど一人部屋状態だ。
 今も夜警の準備をしているところらしいので、邪魔をしないように静かに自分のベッドの方に移動すると、任務中は大体いつも背負っている空の背嚢を仕舞い、お風呂に入る為にこっそり着替えを構築してから、先に部屋を出ていく。一緒にいても互いに何も話さないので、別々の方が何かと都合がいいのだ。
 そのまま浴室まで移動する。
 ここにも個人用の浴室はあるが、人気はそこそこだ。
 東門は魔法使いが多いからか、西や北の駐屯地ほど閑散とはしていないが、個室がすべて埋まるというほどではないので、ボクにはあまり関係のない話だ。個室が利用出来れば、その辺りはどうでもいいのだから。
 東門の浴槽は、今までのどの駐屯地よりも広かった。といっても多少ではあるが、それでも足が少しでも伸ばせるというのは有難い。
 その浴槽に湯を張り、身体を洗って湯に浸かる。
 この湯に浸かっているのんびりとした時間は、思考するのにうってつけの時間だ。それに、浴室では独りになれるので、集中できる。
 とりあえず圧縮方法の模索をしつつ、今回の見回りの事を思い出す。
 東門は平原が賑やかな分、見回りも時間が掛かる。東門に来て十日とちょっとだが、今のところ見回りの度に必ず一回は大結界近くで魔物を発見していた。
 詰め所の中は他の門と大差ないものの、兵士の質はこちらが高い。それでも、最強位に比べれば数段劣る。最強位はジャニュ姉さんにしか会った事はないが。
 それにしても、ここの平原は本当に賑やかだったな。生徒が境界付近まで来ている事にも驚いた。
 他には、相変わらず町や森が近い。別に防壁の真下にある訳ではないが、それでも肉眼で町が微かに視認出来るぐらいには近い。
 まあそんなところか、当分は景色には退屈しないだろう。
 この辺りは騒がしいからか、北門以上に色々な学園生が集まっているので、ジーニアス魔法学園の外の基準作りにも役立つ。
 圧縮の方も見回り中に考えていたが、中々うまくいかないな。
 考える事は色々あるが、それに対する答えを見出すのは苦労する。しかし、退屈しないという意味では、これもまたいいものだ。

「・・・うーん・・・ふむ」

 圧縮をどうやるかだが、今までの圧縮のやり方は、文字通りに力を加えて圧縮していた様なモノ。ならば、それの代わりに絵を描くのはどうだろうか? 幾つかの意味を絵へと変換して、それに対応した意味を定義づける。

「・・・いや、それの方が容量を使いそうだな」

 しかし、少し考えてみるも、それでは逆に容量が増える事に気がつく。いい考えだと思ったのだが、もっと深く考えてみれば、どうやって絵の定義をそこまで細かく対応出来るように変えればいいのだろうか? ボクは未だに情報を弄る事が出来ていないというのに。

「むむむ、やはり難題だな」

 難しいとは思っていたが、手が付けられないな。発想が貧困ということだろうか。
 ちょっと難しいので、一旦圧縮魔法の見直しは横に置いておいて、次は逆に容量拡張の新たな方法を模索してみよう。
 こちらは収納魔法を参考に改良したものだが、結構うまく機能している。おかげでかなり進展したと思うが、今はそれ以上の成果を欲しているのだ。どうやったらいいものか。
 現状の容量拡張でも割と限界まで無理矢理拡張しているので、これ以上は望めなさそうだが。

「・・・うーーん」

 今と同じ方法で拡張しては、素体が壊れてしまう。かといって、前回腕輪を創った際にかなり見直した魔法なので、同じ魔法では強引に拡張以外は難しいし。
 新しい方法を見つけ出さなければならないが、新たな技法など、そう簡単に見つけられるものでもないしな・・・前回同様に何か参考になる魔法はないものか。
 そこまで考え、少しくらっとしてしまう。どうやらのぼせてきたらしい。なので、入浴を終えて片付けを済ませると、着替えて部屋に戻る。
 人目があったので、久しぶりに普通に服を着た気がする。
 部屋に戻ると、ギギは既に居なかった。窓の外は薄暗くなってきてはいるが、まだ明るいので、そこまで長くはお風呂に入っていなかったと思う。
 独りの部屋でベッドに腰掛けると、持って帰ってきていた脱いだ服の汚れを魔法で取り除いて、情報体に変換しておく。
 それにしても、早く帰ってこれたな。誰の目もないし、実際に魔法を組み込みながら考えてみるか。まずは鉄塊を創造して。

「圧縮・容量拡張・保管・保存・記録。パッと考えただけでも色々あるな」

 どれから挑戦してみるか。とりあえず圧縮と容量拡張は後回しにしておくとして、保管の方法だ。素体が無事な限り情報はあまり劣化しないが、長期となると話は変わる。この辺りは品質保持の魔法を参考にすれば大丈夫だろうが、それを組み込む必要があるので、保管も楽じゃない。
 しかし、どれぐらいの保管を想定すればいいのだろうか? ボクなら肉体の状態に合わせて情報を更新していくので、同じ情報は精々十年程度だろうが、プラタとシトリーはどれぐらいになるのだろうか・・・それを考えると、難しい。情報が劣化してきたら更新するように組めばいいのだろうか? そうだな、あの二人は老化とは無縁だろうから、そうするとしよう。
 とはいえ、ボクと同じ仕様ではなく、念のために個別に合わせたモノも考えた方がいいか。

「うーむ」

 記録は状態を記録するということだが、これは転移の時に近い。あれも転移する対象を一度情報体に変換してから、魔力に姿を変えて移動させる方法だからな。
 なので、対象の情報の取得だけであれば問題ない。しかし、その取得した情報量があまりにも膨大なのが問題なんだよな。普通に転移する分には、世界に存在する魔力を活用するので大丈夫なのだが。

「・・・ん? んー?」

 体内の保管庫は理解不能過ぎて参考にならないが、周囲の魔力を活用すればどうにかなるか? その方法を模索すれば、諸々一気に解決してくれる気がするな。それどころか、今後容量に悩まされなくてよくなりそうな気がする。何せ、世界に存在する膨大な魔力を活用できるという訳なのだから、限られた容量をどう活用するかを考える心配が無くなるという事になる。

しおり