第三十四話
「さあ、着きましたわよ。ここが合宿所ですわ。」
「こ、これって、温泉宿っていうカテゴリーに入るのかしら。」
大悟たちの前にある古びた木造平屋建ての建物。小型スーパー程度の大きさで、あちこちの窓ガラスは割れ、建物を覆う杉の木もかなり煤けている。
「ここはかつて温泉宿でした。利用客が年々減少し、今では空き家となっていますので、合宿費用はかかりませんわ。素晴らしい企画でしょう。」
「超すごい!部活でもないのに、合宿なんてできるのかと思ってたんだけどォ、こんないいところを用意してくれたなんてェ。謝念の字~。」
「ここは営業していないんでしょ。電気とか水道とかはどうなってるの?」
「それは心配ご無用ですわ。最低限生活可能なインフラは整っています。食器や布団もありますし、なんといっても温泉宿ですから、美容にいいお風呂もありますわ。」
「そうなの。でも料理はどうするのよ。」
「衣好花様が料理できますわ。忍者はどんな過酷な環境でも生きていけるだけの生活力があるとのことですわ。女子力も生活力も、『衣好花様>楡浬様』という不等式が成立しておりますわ。」
「そんな能力、神様には不要なんだからねっ。いらないものを持つことこそ、エコ活動に優しくないわ。だからこそ、出る杭は打たれて地中に沈むし、豚には真珠が与えられなくなるし、猫は小判がもらえなくなったんだわ。」
「言ってる意味がわかりそうでわかりませんわ。それでは大作戦第3話合宿、スタートですわ。」
「お~!」
大悟と衣好花の手は高々と上がっていたが、楡浬は握りこぶしを口に入れて歯噛みしていた。
衣好花の作った精進料理系のヘルシーな食事を終えた三人。
「食後は、合宿最大のお楽しみであるお風呂へと参りましょう。」
「わーい、わーい。これが合宿だァ!家の事情で中学では修学旅行も行けなかったので、超楽しみィ。沸湧の字~。」
衣好花は散歩前の飼い犬のように、飛んだり跳ねたりしている。
「念のための確認なんだけど、お風呂は男女で、ちゃんと分かれてるんでしょうね?」
「それは大丈夫です。ほら、この暖簾の通りですわ。」
大悟の指差す先の四角く赤い布には『女用』と書いてある。
「うん、これならいいわ。・・・ちょっと、全然大丈夫じゃないじゃない!どうして、馬嫁下女も一緒に入ろうとしているのよ!」
「あら、これは異なことをおしゃいますのね。オレのからだは完全に女子なんですのよ。パーツ比較の観点では、楡浬様にとって雲の上の存在にポジショニングされていることは、明々白々ではございませんこと?」
「外見が下女だとしても、中の人は不純異性交遊第一志望の男子じゃないの。」
「失敬な。健全な精神は健全な肉体に宿るのです。肉体が女子であれば、精神も同調(シンクロ)するのが人間の摂理というものですわ。・・・あれ?オレ、これでいいのでしょうか?」
「下女は、男子復帰への道を忘却の彼方に置いて来てるわよ。神痛力の効果が進行しているのかしら。」
「そ、そんなことあるわけないじゃないですか。ははは。はあ。」
大悟はそこはかとなく不安を覚えたが、首を振って、気持ちを落ち着かせるしかなかった。