ジャニュとオーガスト5
基礎魔法の中でも使用される頻度が高く、汎用的である火系統の魔法を選ぶと、まずは初歩も初歩である火球を発現させることにする。
とはいえ最終確認なのでそれなりの密度がなければならないだろうから、心を落ち着ける為にも丁寧に練り上げる。やはり自分で創ったモノの性能を試験する時は、どれだけ経験しても緊張してしまうものだな。
手元に火球を発現させると、それを反射魔法付きの防御障壁に放つ。
放たれた火球は結構な速度で一直線に飛んでいくと、防御障壁に衝突した。しかし、防御障壁にぶつかった火球は直ぐに飛んできた軌道をなぞって戻ってくる。
「成功だな」
飛んできた火球を、正確な位置制御でもって最小の面積の防御障壁で防ぐ。やはり火球は拡がる炎も防がないといけないので面倒だな。まぁそれでも戻ってくる位置が判っていればこれぐらいは可能だ。とはいえ、これは防御訓練としてはどうなんだろうか? 射出する角度を変えるなりして、そこら辺も考えてみよう。
防御障壁が魔法をしっかり反射する事を確認したところで、魔法訓練に入る。次は雷の矢だ。
雷と火系統は生物に有効な場合が多いので、よく使われる系統でもある。雷でも二次応用魔法なので、使用も難しくはない。
その中でも威力はそこそこだが、発現が早く、数をこなせて足が速い矢型か、矢に比べれば発現速度も発現可能な数も足の速さも劣ってしまうが、それでも貫通力が高い槍型の二種類が好まれる傾向にある。
ボクは発現させた雷の矢を防御障壁に向けて放つ。
上から下へと少し曲線を描くように放った雷の矢は、防御障壁にぶつかると、僅かに曲線を描き足元から襲ってくる。
それを最小限とはいかないまでも、小さい防御障壁で防ぐ。
「足の速い魔法は防御訓練にいいかも?」
咄嗟に防ぐことは可能ではあるが、出来るだけ無駄なく防ぐとなると意外と難しい。これで軌道が読めなくなれば更に難しいだろう。
威力の方はそのまま反射されているので、そこまで落ちてはいない。系統の特性もそのままなので、無駄なく防御するなら系統別に対処する必要もあった。
例えば火系統の魔法であれば、衝突後に火炎が拡がるので、気を付けなければならない。これは込められた魔力量によって温度や規模が変わるが、中には小規模ながら爆発する場合もあった。とはいえ、合成魔法の時ほど凶悪なモノではないが。
炎の熱の方は一瞬なので我慢するか、障壁自体を離して展開すれば問題ない。もしくは端を曲げて返しを付けるとか。
そういった系統別の特性もしっかり理解しなければ、確実な防御は望めない。それが面倒であれば、全体防御をしなければならない。個人なら全身防御もいいだろう。もしくは防壁のように広範囲な防御障壁でも何とかなる。
系統以外にも、型による性能もある。特に槍型のように貫通力に優れている魔法は少々厄介で、障壁を厚くして正面から防ぐか、表面を滑らせて受け流したりするのが基本だろう。
まぁそれでも貫通力を含めての魔法なので、魔法特化の障壁で槍型の魔法は防げたりする。そう考えると、西の森のエルフが本物の矢を混ぜていた攻撃は実にいやらしいものだし、実際の得物に付与・付加した武器もまた面倒なものなのだ。
そういう可能性を考えれば、特化型の防御魔法は運用が難しい。事前に組み込まれた魔法を起動するだけで柔軟性に欠く魔法道具だと尚の事だろう。
だから製作者は悩むのだが・・・いや、少し脱線しているな。話題を戻そう。えっと、何を考えていたっけ・・・ああ、無駄なく魔法を防ぐ方法だったか。
それらの特性や性能を熟知するより前にもっと重要な事があったな。それは、軌道予測。系統魔法や魔法の型の特徴をいくら熟知しようと、何処に来るか分からなければ、結局全体的に防御するか、広範囲に防御するしかないのだから。
軌道を予測するには、相手の思考を読んだり魔力の流れを読んだりと、幾つか方法はあるものの、どれも高度な技術が必要になるものばかりだ。なので、ここでは比較的簡単な放たれた魔法を解析する事にする。
魔法の解析は数があると大変ではあるが、解析自体は慣れれば難しくはない。
要は魔力視で視る対象を絞り、その魔法を構成している魔力の流れなどの状態を調べればいいのだから。
それも無理というのであれば、系統や型によって飛んでくる傾向を知って、可能性が大きい場所に賭けるしかないだろう。
さて、まずは魔法の情報を解析する事に慣れなければならない。
ボクは目の前に氷の棘を数本発現させる。槍の穂先を小さくしたような形状で、特徴は矢に近い魔法だ。ただ、矢よりは短いが、その分丈夫だ。
その氷の棘の一本を近くに寄せて詳しく視てみる。
現在は氷の棘は止まっている為に流れはゆっくりで、様々な方向で魔力が循環している。言うなれば、その場で形を維持している感じだ。
それを軽く横に動かすと、循環していた魔力の流れが同じ方向に流れ、若干速くなる。そのまま上下に円を描くように氷の棘を動かしてみると、方向転換をする数瞬前に流れが急に変わるのが分かった。
魔法の中にある流れは幾つかあるので、どれがどの方向に活発に流れるかで、動く向きが予測できる。魔法の周囲に流れる魔力の動きだけでもある程度予測できるので、そちらも参考になるな。
しかし、これはこれで難しい。魔法が発現して襲ってくる僅かな間に読み切って防がなければならないのだから。それに、やはりこれは少数の魔法相手の軌道予測だな。数があると処理しきれなさそうだ。
そうして観察と確認を終えると、早速一本の氷の棘を防御障壁へと僅かに角度を付けて放つ。しっかり見極める為に発射速度はそこまで速くはない。
氷の棘が低速で防御障壁にぶつかるといつも以上に防御障壁がたわんだようにみえたが、それも一瞬の出来事で、直ぐに氷の棘がボクの方へと戻ってきた。
その氷の棘をしっかりと観察して、どういう軌道でボクに向かってくるのかを確かめる。
氷の棘を構成している魔力の流れと、その周囲の魔力の流れを確実に見極めていく。
「ここ!」
その流れから予測した場所へと、最小の魔力で防御障壁を展開させる。
氷系統の特徴は、触れた対象の温度を低下させるというもので、一定以上に魔力密度が高ければ、触れた部分が氷漬けになる。更に密度を上げれば、周囲の空気が凍り付くこともあるとか。
今回の氷の棘は、触れればたまに凍り付く事があるという程度の魔力密度でしかないので、防御障壁はそこまで気にかけなくてもいい。
跳ね返ってきた氷の棘は、ボクが予測して展開した防御障壁へと吸い込まれるように衝突した。
氷の棘が衝突した防御障壁は、氷の棘と一緒に消失する。
「・・・丁度過ぎたか」
個人的には相殺される丁度の魔力ではなく、衝突した魔法が消滅しても防御障壁だけは一応残っているのが望ましい。
その辺りの微調整もしなければならない。贅沢を言えば、もう一二発耐えられる程度には原形を保ったまま残っているのがいいな。
とはいえ、やはりこれは数が多いときつい。低速の魔法一発でも見極めるのに時間が掛かったのだから。
「・・・・・・」
ボクは少し考え、残りの氷の棘を周囲に展開している反射付きの防御障壁へと射出する。全ての氷の棘の速度と射出角度をばらけさせた。
跳ね返ってくるその氷の棘に優先順位を付けて一つ一つ解析していく。
魔力を視るだけであれば問題ないが、魔力の流れを読むのはまだ一苦労だ。
ボクはそれらを確実に読み取っていき、先程の結果を活かして、少し多めに魔力を使った防御障壁を次々と展開していく。
「くっ」
それでも全てに対して丁度いい量の魔力での防御障壁を展開出来ず、幾つか多めに魔力を使ってしまう。流石に魔力量が足りなかったり、軌道を読み間違えた防御障壁は無かったが、途中で焦って認識がこんがらがってしまった。
「うーむ。難しい」
最初から難しいとは思っていたが、それでもどこかでボクなら出来るかもという思いがあっただけに、この散々な結果に少し落ち込んでしまう。
改めて気を引き締めると、次は風系統の魔法を試す事にする。まずは空気を集めて圧縮すると、それを弾として五発用意した。
その弾を一度観察すると、五発一気に射出させる。無論、速度と角度は統一しない。
射出された不可視の弾もしっかり防御障壁が反射すると、ボク目掛けて全弾が襲ってくる。
見極める為にしっかり眼を向けて動きを追うと、予測位置に防御障壁を展開していく。流石に不可視とはいえ魔法である以上、魔力視であればしっかりと捉えることが出来るので、後は落ち着いて全てに対処していくだけだ。数だってまだそんなに多くはないのだから。
一つ一つ落ち着いて丁寧に、それでいながら可能な限り早めに着弾点を判断して防御障壁を展開していったおかげで、今回は全て上手く対処出来た。
それでもこの辺りが対処できる限界だろう。やはり個での対策でしかないので、更に処理していくならば、ある程度無意識に対処していけるぐらいには慣れなければならない。
正直今のままでは実戦では全く役に立たないものの、相手が居ればその意思が魔法にも乗るので、ある意味やりやすくなる可能性はあった。それでも現状の仕上がりでは使わないだろうが。
ボクは数度深呼吸をして僅かに休憩をすると、次の魔法を構築しようとしたのだが、そこでプラタから声が掛けられる。
「訓練途中に申し訳ありません。ご主人様」
「ん?」
「そろそろ日付が変わる時刻で御座いますが、御休みになられなくても大丈夫ですか?」
「え! もうそんな時間!?」
プラタの言葉に慌てて現在の時刻を確認する。
「おぉ。いつのまに!」
確認した時刻は日付が変わる寸前であった。確か訓練を開始したのが夕方辺りだったはずだが、集中してると時間が経つのが早いものだ。
「それじゃ、戻ろうか」
プラタとシトリーが揃って了承のお辞儀をみせる。
訓練所に張っていた反射機能付き防御障壁を解除すると、周囲を確認して修繕や掃除を行い、クリスタロスさんの部屋まで移動する。
そこで待っていたクリスタロスさんに訓練所を貸してもらったお礼と、戻る事を告げた。
それが終わると、ボクはプラタとシトリーの近くで転移装置を起動させる。
一瞬の空白を挿むと、自室に戻ってきた。
自室に戻ってきた頃には日付も変わっていたので、さっさと就寝の準備を行い、その日は寝る事にした。また明日も訓練しないとな。
今回は明日までしか時間がない。実際に魔法を発現させて行える訓練時間は貴重なものなので、こういう時にしっかりやっておかないと。
そういう訳で翌朝。
いつも通りにプラタとシトリーと起床の挨拶を交わしてから朝の支度を済ませると、ボクは上級生寮を出てから食堂を経由して訓練所に到着する。
訓練所には昨日と同じ顔触れが集まっていた。つまりは今日も昨日の続きだ。
ボクもバンガローズ教諭との個人指導の続きである。といっても、バンガローズ教諭は困ったように「お、教えることがありません」 と言うので、ボクはバンガローズ教諭の前で適当に魔法を放つだけだが。他の生徒や教諭達とは離れているので、傍から見れば指導中に見えなくもない、と思う。
そんな変則的な授業を終えると、ボクは食堂経由で自室に戻った。
扉を開けてプラタとシトリーに迎えられると、帰宅したんだなと実感する。
二人を連れてクリスタロスさんの所に転移すると、今回は最初から訓練所を借りる事にした。
訓練所に入り、クリスタロスさんが出ていくと、今日も反射機能付きの防御障壁を展開する。それとともに、足首に嵌めている魔法道具も起動させる。
それが完了すると、プラタとシトリーが離れているのを確認してから魔法の展開を始めた。発現させる魔法は土系統の魔法で、こぶし大の土球を三つ用意した。
「さて、と」
それを防御障壁に向けて全弾発射させる。速度は昨日の射出速度よりは速い。
その飛んでいった土球が防御障壁にぶつかると、ボクに向けて跳ね返ってくる。
しかし、ボクも反射性能を付加させた魔法道具を起動させているので、ボクに向かって飛んできた土球を更に反射させて防御障壁へと跳ね返す。そしてまた防御障壁が土球を跳ね返し・・・。
そんな応酬が暫く続き、ボクと防御障壁の間を忙しなく行ったり来たりする土球。それでも、両方の反射に威力を増幅させるような機能は付けていないので、このままでは徐々に威力が衰えていくことだろう。それでも減衰するのがかなり緩やかなので、消滅までにはどれだけの時間を要するのかは不明ではある。
まぁそんな悠長に待つつもりはないので、程よいところで満足して昨日の続きに入ることにした。
まずは目の前で往復している土球の観察を行う。
そうしながら、もしかしたら動けば土球の動きが変わるのではないかと思い、身体を横に動かしてみる。それで軌道が多少変わりはしたが、それでも大して変わらなかったので諦めた。
大体の魔力の流れが理解出来たところで、一気に土球三つに対して防御障壁を張る。
「ふむ。魔法が内包している魔力の流れを視るのも、少しは慣れたかな」
そう思い、次は小さな重力球を五つ発現させる。
「系統を組み合わせる数が増えると、複雑さも増していくな」
今までの魔法を構成している魔力の流れは全てわかったのだが、重力球ぐらいに
それでもジッと観察を続けると、僅かにだが魔力の流れが視えてくる。しかし、ここまで複雑だと完全に把握する事は困難だな。これは、この階梯まできたら少ない魔力で、なぞ考えるモノではないな。
そう結論付けると、重力球を射出する。
「んー?」
跳ね返ってきた重力球に対しては、十分量な魔力で構築した防御障壁を展開してしっかり防いだものの、重力球を反射する際に感じた違和感に、周囲に展開している防御障壁に付与している反射機能の部分を点検の為に凝視する。
「・・・・・・もしかして、ここが限界なのかな?」
反射が崩壊しかかっているのが確認出来て、そう判断する。先程の重力球自体はそこまで魔力密度を高くはしていなかったのだが、どうやらここまで上の階梯の魔法だと、それでも威力が高すぎるようだ。
「反射部分の強度は高めていないとはいえ、実戦で使うとなると、もう少し改良する必要があるな」
足首に巻いている魔法道具の反射は強度も高めているとはいえ、それでもまともに放った重力球相手では保てないだろう。これは自室に戻ったら組み込み直さなければいけないな。その前に、組み込む為の容量に空きを作るにはどうすればいいかを考えないと、現在はぎりぎりのところだしな。
「・・・・・・ふむ」
そこで閃く。
付加する道具の容量を拡張するだけではなく、魔法自体を圧縮することは出来ないだろうか? それが可能であれば、今以上に魔法を組み込む事が可能になってくるが。
「・・・・・・」
本当に魔法は奥が深い。探求を止めない限りはまだまだ先が在るのだろう。
しかし困った事に、そこに思い至った為に頭がそちらの方向に切り換わってしまった。まだ試してみたい事があったのだがしょうがない。集中してやらなければ大怪我を負ってしまうかもしれないからな。そして時間はまだあるのだ、急に思い立ってしまい自室に戻るのも煩わしいので、ここで改良を行うとしよう。
そう決めると、魔法道具の起動を終わらせて、周囲に展開していた防御障壁も解除する。
「さてと」
ボクは空気の層を敷いてその場に腰を下ろすと、足首に嵌めている魔法道具を取り外す。まずは組み込んでいる魔法を一度取り除き、それから組み込む魔法を圧縮できるか試していかないとな。無理そうであれば同じものを再度組み込めばいいだろう。
まずは足首から取り外した魔法道具の調子を確かめる。
重力球は直前に防御障壁で防いだので、こちらの方の結界はそこまで強力な魔法を受けてはいない。なので性能に大きな変化はないようだ。魔法道具の素体自体に損傷もないので、状態は良好なままだ。
それを確認した後、ボクはその素体に組み込まれている魔法を全て丁寧に取り除いていく。ただ適当に取り除くのではなく、取り外す順序にも気を配って、容量拡張だけは最後に取り除いた。
それが全て完了すると、早速組み込む魔法の圧縮を行っていく。
容量拡張は収納魔法を応用して、隙間を無くす事で容量を効率よく使えるようにする為のものだが、魔法の圧縮は起動しない部分を圧縮休眠させ、必要な時に必要部分だけ魔力を供給して直ぐに動くように施す。
その上で、もし全て起動させても余裕が出来るぐらいにしなければならないのが難しい。起動に制限を設けてもいいが、あまり制限を設け過ぎては運用に支障が出てしまい、本末転倒だ。
その為にも起動部分をしっかり設定して、一つの魔法で全てが一気に起動しない様に調整する。全ての術式が連動して起動しなくとも、十分に性能を発揮できるのだから。
その辺りの釣り合いを調整しつつ、たまに手を止めて思案する。せっかくの試作機なのだから、挑戦的に組み込んでいこう。
そのまま組み込んでいき、とりあえず元々組み込んでいた魔法を全て素体の中に組み終える。反射の強度は上げたが、それでも前の状態よりも一割ちょっとは減量できただろう。せめて二割は目指したかったが、全力起動した時の折り合いを考えれば、これでも結構減らせた方だ。でもそのおかげで、軽いものならあと一つぐらいは組み込む事が出来るだろう。
「そうだな・・・」
少し考え、試験運用した際に必要かなと思った衝撃緩和の魔法も組み込む事にする。衝撃緩和は簡単な術式で起動できるので、そこまで起動に必要な情報量は多くはない。それに常時発動ではなく、攻撃を感知した時だけ起動すればいい。その辺りは結界と連動させればいいだろう。
これから先もこの魔法道具を運用していくならば衝撃緩和は必要なモノだと感じていたので、丁度いいとそれも組み込んだことで、一応の完成とする。結局、元々より少し減りはしたが、さして変わらない出来となった。もっと圧縮技術も磨かないとな。
完成した魔法道具を足首に取りつけると、ボクは立ち上がる。気がつけばすっかり夜となっている時刻であった。時間もないので、早速起動実験と性能試験を行っていく。
まずは反射機能の組み込まれた結界を展開する。
「・・・まずは問題なさそうだな」
少しの間起動したまま観察してみるが、不備はないようで、問題なく起動し続けている。
それを確認して一度結界を解除すると、これから実験を行う為に必要な反射機能付きの防御障壁を再度周囲に展開させた
防御障壁の展開を終えると、魔法道具を起動させる。
準備が整うと、まずは周囲に魔法を発現させる。結界越しに魔法を発現させるのはそこそこ難度の高い技ではあるが、ジーニアス魔法学園に入学してからは簡易的な結界を常在させているので、これにも慣れたものだ。
周囲に展開させた魔法を射出して、反射させた魔法で自分で自分を襲撃する。魔法がぶつかる感じがほとんどしなくなったので、衝撃緩和はしっかり機能しているらしい。当たった魔法が反射しているので、反射もちゃんと機能している。
ボクは魔法を分解すると、重力球を直接自分に向けて放つ。
「・・・・・・」
重力球の衝突に衝撃を少し感じたが、それだけだ。しっかり重力球を反射しているし、結界の損傷は少ない。
反射した重力球は訓練所内に展開している防御障壁にぶつかると、それは反射を破って防御障壁にぶつかる。魔法特化の防御障壁にしておいたのでそれで無事に防げたが、危ないところだった。前回より少し威力を上げただけでもう駄目なのか。魔法道具の方の反射は強度を上げておいてよかった。
しかし魔法道具の方の反射も、少しだが損傷してしまった。自己修復機能は付けていないので、後で直しておかないと。
「・・・むぅ」
いや、結界と反射部分だけでも自己修復機能は付けたいな。しかしそうなると、他を削らないといけないが・・・よし、自己強化の部分は削るか。そこは自分でやればいい。
そう決めると、早速展開している防御障壁と結界を解除して、またその場に座る。
足首から魔法道具を外すと、自己強化の部分を削って、結界と反射部分の自己修復機能を設定する。あまり性能のいい自己修復は容量を食うので、修復速度の遅い簡易的なモノにしておく。その代り、損傷している限りは常時発動型にしておくので、結界を起動していなくとも修復できるように組み込んでおこう。
それにしても、自作の魔法道具だからこうも融通が利くが、それでも組み込んだ魔法を弄るのは中々に難しい。元々魔力に触れられるようになっていたとはいえ、この辺りは兄さんの知識のおかげだな。
「これでよしっと」
早速修復が始まっているのを確認すると、ボクは魔法道具を足首に取りつける。
そこで時間を確認してみると、既に日付が変わっていた。
それに驚きつつ立ち上がると、プラタとシトリーを連れて訓練所を出てクリスタロスさんにお礼を述べる。
お礼を述べて軽く言葉を交わした後、クリスタロスさんから少し離れ、ボクはプラタとシトリーと共に自室へと転移した。
自室に帰ると、慌てて就寝準備を始める。明日は朝早くから北門に戻る為に列車に乗らなければならないので、準備を終えたら早々に意識を落として眠りについた。
それから空が白みだした頃に目が覚める。
いつもよりは少し遅めの起床ではあるが、車両の到着には十分に間に合う時間なので何の問題もない。
恒例行事を済ませて朝の支度を手早く済ませると、ボクは自室を出る。
そのままジーニアス魔法学園を後にすると、一路駅舎を目指して移動を始める。
駅舎に到着すると、そこには軍人の様な風体の男達が三人、列車の到着を待っていた。
三人はボクの事など目に入っていないようで、駅舎の中に入っていっても一瞥もしてこないで、ただじっと車両が来るのを待っている。
静かだしその方がいいので、ボクも端の方で大人しく列車の到着を待つ事にする。
そんな静寂の時間が暫く続くと、いつもと色の違う車両が入ってきた。
軍人と思しき三人がその車両に乗り込むと、それは去っていく。方向から予想すればハンバーグ公国行きだが、ナン大公国行きも同じ方向なので断定は出来ない。
三人の軍人を乗せた車両を見送って暫くすると、見慣れた車両が駅舎に入ってきたので、ボクはそれに乗り込み北門を目指す。
車中の個室に居るプラタとシトリーと合流すると、程なく車両が動き出した。
列車の速度が上がってきたところで、影からフェンとセルパンを呼び出す。最近は普段どちらかが外に出ているのだが、この時は二人共に揃うようにしているようだ。
まずはボクが学園滞在中に外を見てきたセルパンの話を聞く。今回は北に行って来たらしく、砂漠の話や、周辺の洞窟に居を構えている異形種の話を聞いた。
どれもとても興味深い話ではあったが、特に異形種の話は興味深い。
異形種は数が多い事と成長がやたらと早い事は知っていたが、人間側がその容姿から個別に名前を付けていた色々な種族は同じ場所で暮らし、協力しあっているらしい。もしかしたら見た目が異なるだけで全て同じ種族という事なのかもしれないな。
そんな興味をそそられる話が終わると、一度北の森に居る変異種の様子を確認する。相変わらず北門の北側に居るが、どうやら魔族と睨み合っているようだ。近いうちに戦闘に入りそうだな。
「プラタ」
「何で御座いましょう? ご主人様」
今回も一応保険は掛けておくとしよう。
「東門の時同様に、何かあった場合は北門の防御をお願いね」
「畏まりました」
「うん。よろしく」
これで何かあっても大丈夫だろう。それにしても、やはり常時監視が出来ないのは痛いな。
さて、とりあえず保険を掛けたところで、次は何の話をしようか。訊きたい事や知りたい事は山ほどあるが、何からにしようかと思案する。そうでもしていなければ、戻った後の事が頭に浮かんでしまうのだ。
「・・・・・・ふぅ」
いや、そう思っている時点で手遅れか。明日北門に戻ると、そのまま車に乗ってジャニュ姉さんの家まで連行されるのだろう。お披露目会には出ないが、それでも一日潰れる事になるか。
兄さんの幼い頃の記憶は、一部だがまだ微かにボクの中に残っている。その兄さんの記憶の中に残っていたジャニュという人物は勇敢にも、とにかく兄さんに勝負を挑む人物だったようだ。
兄さんは幼い頃に誰かに魔法を習う前に、独学で風系統の魔法だけは修得していたらしく、その風系統の魔法の中でも空気を固めて攻撃する魔法のみを集中して研究していたために、その魔法のみは既にかなりの域に達していた。
そんな兄さんに目を付けたのがジャニュ姉さんで、当時から強かったジャニュ姉さんは、自分よりも強い相手を求めて様々な相手に喧嘩を吹っかけていたらしい。
そんなある日、ジャニュ姉さんは当時誰からも距離を置かれていた兄さんの強さに気づき、勝負を挑む。
結果はジャニュ姉さんの惨敗で、ジャニュ姉さんが攻撃を仕掛けた瞬間に、兄さんが空気の塊でジャニュ姉さんを魔法ごと押し潰しての瞬殺だった。
それ以降、ジャニュ姉さんがクロック王国の貴族様に嫁ぐまでの間、兄さんは毎日昼夜問わずに執拗にジャニュ姉さんから勝負を挑まれることになった。・・・それだけならばただの戦闘狂なのだが、問題は兄さんと初めて戦った後のジャニュ姉さんの変化だろう。
毎回何も出来ずに兄さんに空気の塊で押し潰される度に、ジャニュ姉さんは笑うのだ。それも満足した様な危ない笑みを。
その怪しげな笑みを次第に兄さんと戦う前から浮かべるようになり、そんなジャニュ姉さんを目撃した周囲は気味悪がり、距離を取るようになった。
それを当の本人は微塵も気にしていなかったし、ジャニュ姉さんにその笑みを向けられている兄さんも欠片も気に留める事は無かったが。
ボクはジャニュ姉さんと直接会った事はないのだが、そんな記憶がある為に、今から既に気が重い。あの変態的な笑みを兄さんは気にしていなくとも、ボクは気になるのだから。
それでも、兄さんと代わる為には挨拶ぐらいはしなければならない。
「はぁ」
それ故に憂鬱な気持ちになるが、こればかりは避けられないだろう。覚悟を決めなければならない。
「・・・・・・」
しかし頭に浮かぶあの笑みと、それに伴い聞こえてくる気がするあの音程の狂った笑い声に、その覚悟は揺らいでいく。
明日この列車は北門に到着するのだが、到着しなくてもいいんだけれどなと、ついそんな事を考えてしまった。