ジャニュとオーガスト3
そう思い至ったボクは、ボクは兄さんに問い掛ける為に内側で呼びかける。
『兄さん、聞こえますか?』
『・・・何?』
返ってきた反応に、ボクはジャニュ姉さんの招待状について説明する。
その説明を終えると、次はその間だけでも代わってくれないかとお願いした。
『代わって、・・・ね。まぁいいよ』
『本当!!』
兄さんの予想外の返答に、狂喜する。
『ただし、途中までは君が対処しなさい。姉さんとは会ったが事ないのだ、少しぐらい話してみればいい』
『うっ・・・わ、分かった』
『多少話すだけであとはこちらが表に出るのだ、そう悪い話ではないと思うけれど?』
『ま、まぁね』
『ならばそうあからさまに嫌な感じを出さない事だ。僕の気が変わっても知らないよ?』
『そ、それは困る!』
『ならば表層ぐらいは取り繕うんだね』
『分かった・・・』
『それで?』
『ん?』
『他には何も用はないの?』
『あ、ああ。うん。ありがとう』
『・・・それじゃあね』
そう言うと、兄さんは何も反応しなくなった。
「ふぅー」
ボクは我知れず細く息を吐き出す。
兄さんと会話をすると気圧されてしまい、精神的にかなり疲弊してしまうようだ。
暫くベッドに座りボーっとしていると、日が暮れて少し経った頃にレイペスが帰ってくる。
「ただいまって、どうしたの?」
「あ、おかえり。ちょっと疲れちゃってね」
呆けていたボクに心配そうに声を掛けてきたレイペスに、ボクは照れたように笑った。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。もう大分よくなったから」
「ならいいんだけれど」
レイペスは自分の荷物を片付けると、着替えを手に取る。
「今からお風呂に行こうと思うのだけれど、オーガスト君はどうする?」
「ボクはもう寝ようかと思っていたところだからいいや」
「そっか。早く寝て養生するんだよ」
「うん。行ってらっしゃい」
「じゃ、行ってくるね」
軽く手を上げると、レイペスは着替えを手に部屋を出ていく。
「さて、じゃあボクは寝るとするかな」
レイペスに早く寝ると言ったし、それに今日は本当に疲れてしまったな。
そう決めると一気に眠気が襲ってきたのでボクは横になると、それに身を任せることにした。
◆
壁や天井から魔法光が照らす、ただ広いだけのその空間に三人の人物が居た。
その一人である、ほとんど濃い赤にしか見えない黒髪の女性は、何かを発散させるかのように、自分で張った魔法障壁の中で大量の魔法を発現させては放ち続けていた。
「父様! やはり母様は凄いですね!!」
「ああ、そうだな・・・」
その女性を見守っている少年は、目をキラキラと輝かせて、興奮した声をあげる。
しかし、少年の言葉に同意を返した男性は、少年とは対照的に何かを考えるように女性見詰める。
「どうかしましたか? 父様」
男性の様子を不審に思った少年は、不思議そうに問い掛けた。
「いや、なんでもないよ。さ、ジャニュの勇姿を目に焼き付けようか」
「はい!」
少年は再度目を輝かせて女性の方に目を向ける。
「・・・・・・」
そんな少年を見つめ、男性は慈愛の籠った優しい笑みを浮かべる。というのも、産まれた時から少年はとても身体が弱かったのだ。
それは成長しても変わらず病気がちであり、薬や魔法による治癒もほとんど効果が見られず、寝てばかりの日々を送っていた。そのため、魔法の成長もかなり遅れていた。
少年の両親はとても優秀な魔法使いであるために、周囲からの期待は大きいモノであった。しかし、その分現実に対する周囲の失望も大きかった。
周囲のそんな勝手な想いが少年は辛かったが、身体が弱いのではどうにもならない。まずはそちらを治してからだというのは重々承知してはいても、未だ幼い身故に焦りしか湧いてこない。
クロック王国の貴族には、六つになった我が子を周囲の者達にお披露目するという習わしがあった。それも時が経つにつれ、特に嫡子を親類や知人などの周囲に紹介する慣習へと変わっていった。
少年の両親は当時他に子どもが居なかった為に、少年を周囲に紹介する事になっていたが、それは表向き少年の体調を理由に延期されていた。しかし、それとは別に魔法方面の成長が鈍いことも理由であった。
少年は両親とは違い内包する魔力量が乏しく、病気が多少良くなりなんとか短時間の魔法訓練ならば行えるほどになっても、成長はあまりに緩やかなものでしかない。
そんな状況でも少年の両親は変わらぬ愛情を注いでくれたが、周囲はそうはいかない。
少年が七つの頃には弟が増えたことで、母親の大事を取ってお披露目会は再度延期とされたが、それも八つになった今年は延期が難しかった。
しかも、まだ一歳の弟は健康で魔法的才能もあると言われているので、少年は内心で焦っていた。このままでは両親からも見限られるのではないかという幻覚に囚われそうなほどに。
だからこそ、魔法に対する少年の憧れは執念とも呼べるまでに凄まじいモノがあり、まだ弱い身体に鞭打ってでも、隠れて魔法の訓練を行っているほど。
そんな少年にとって、最強と謳われる母親は誇りであり憧れであった。
その憧れの存在の魔法を食い入るように見詰める。いつか自分もあの高みに至りたいと強く思い描きながら。
男性は少年のそんな想いを知ってか知らずか、女性に目を移し、その強大な魔法を目にする。
「・・・・・・」
男性は妻である女性の事をよく知っていた。そして、その女性の目が向いている相手の事も多少は。
だからこそ男性は知っている。女性がいくら強かろうと、未だに彼には遠く及んでいない事を。
男性が女性と初めて会った時も女性はその相手に挑んでいた。その光景を一言で言い表せば異様であろうか。それでも、男性はそんな女性に目を奪われてしまったのであった。そして、その相手の異常さも際立っていた。男性もなまじ強いだけにそれがよく理解出来ていた。
「・・・・・・」
男性は女性から少年に目を移す。
そんな異常な強さを持つ相手が近いうちに訪れるが、果たして少年は大丈夫であろうかと心配になりながら。
◆
翌日からはまた東西の見回りだった。
ジャニュ姉さんの息子であるパトリックのお披露目会はもうすぐだが、それでもまだ日はある。
まずは見回りや敵性生物の討伐などをこなして、学園から戻ってきた辺りでお披露目会だろうか。休日は潰れるが、それはまぁいい。別にやる事もないし。
そう言う訳で、お披露目会まで刻一刻と近づいていく為に気分があまり乗らないながらも、ボクは朝の支度を済ませて食堂へと向かう。
食堂で簡単な食事を摂ると、見回りに向かった。
見回りは予定通りの時間に始まり、西へと向かう。
北門に来た当初に比べれば多少は増えた気がするも、それでも平原には魔物などの敵性反応が少ない。それは敵性生物討伐の方に影響しているので、大騒動から時間が経った事もあり、問題になりそうな前兆を見せている。
その原因である変異種は現在、東の森から追い出されて北の森の東側を西側へと向かって移動している。しかし、それは東の森から魔族に追い立てられているだけなので行き先は不明ではあるが、実質南以外に変異種の行き先は無いとも言えた。
それでも南に在る人間界まで姿を見せないのは、魔力が薄い場所には行きたくないかららしい。それもいつまで続くかは分からないが。
とはいえ、変異種を追っている数名の魔族の動きの方は鈍く、変異種を狩りに来たというよりは、観察している印象を受ける。それでも隙あらば襲い掛かりそうな陣形で距離を保ってはいるが。
そんな状況に、南下してきそうな不安も僅かにあるも、それはまぁボクがするものではないだろう。シトリーの為にも変異種を助けてあげたいとは思うが・・・。
そんな風に考えながら行っていた見回りは何事もなく昼が過ぎ、夕方になって一日目が終わった。
夜中はいつも通りに独りで外を眺めて過ごす。気になる要素はあるものの、大きな変化は特にない。
朝になり、全員が朝食を済ませて西門との境目指して防壁上を粛々と進む。整然とした移動は見事ながらも、大結界付近は平和なので暇でしかない。
そのまま進み、境付近の一際大きな詰め所に入ると昼休憩を挿んで、来た道を引き返す。
西側も境付近まで来ると、それなりの数の敵性生物が離れた場所に確認出来る。これが北門付近であれば、六ヵ月以内に目標数の討伐も難しくはないのだが。
しかし、それが現実になるにはまだ時間が掛かるので、今考えたところで詮無い事ではあるか。
それにいざとなったら最終手段である、プラタとシトリーに森から敵性生物を追い立ててもらうという手段もある。・・・これは出来れば使いたくはないな。追い立てる数を間違えたらまた騒動になってしまう。
見回りの二日目も何事もなく終わり、途中の詰め所で一晩過ごして翌朝にはそこを発った。
それにしても、正直見回りは退屈である。西側でもそこまで何かあった訳でもないので、兵士の人達も大変だな。平和な事はいいことではあるが。
やはりこれは大結界を張る為に周囲の魔力を使っているので、この辺りの魔力が薄くなっているのが影響しているのだろうか? 真相は不明ではあるが、変異種の事を考えれば、それが正しいような気もしてくる。
大結界自体は限界まで引き延ばしたために、結界の厚さはそれほどではない。
元々どちらかといえば魔法寄りな結界である為に多少の魔法攻撃は防げるだろうが、物理攻撃では直ぐに壊れそうな危うさがある。それでも風で飛ばされた物がちょっと当たったぐらいで割れるようなことはないだろうが。
そう色々と考察しながら見回りを行っていると、夕方には北門に到着する。
北門前の広場の様になっている場所で解散すると、ボクは宿舎へと足を向け、そのまま自室に戻った。
部屋にはレイペスの姿は無かったので、空の背嚢を仕舞っただけで、浴室へと足を向ける。
個人用の浴室でも脱衣所は割と広い。それは、浴室は個室でも、脱衣所が個室使用者達で共用だからだ。脱衣所の先にそれぞれの個室に繋がっている。
とはいえ、個人向けの浴室というのはお湯の準備は自分でしなければならないからか、相変わらず人気がないので、脱衣所で他の人とかち合うことはあまりない。それでも誰も居ないかの確認は怠れないが。
ボクは誰も居ない脱衣所でいつものように服を収納すると、個室の一つに入る。個室に入ると、使用中という大きめの表示が自動的に扉の外に現れるが、鍵はかけられない。何かあったりやらかされても困る、という理由で鍵が取り付けられていないのだとか。
一応自前の魔法で扉を固定出来るが、特別な理由がない限りは見つかったら注意されてしまう。
ボクは浴室で身体を流して用意したお湯に浸かると、力を抜いてゆっくりと浸かる。
それで色々な事が頭に浮かぶも、やはり今はジャニュ姉さんところで開催されるパトリックのお披露目会が悩みの種だ。
いくらお披露目会に出席しなくてもいいとはいえ、お偉いさんが集まるところには近づきたくもないのだが。それに、ジャニュ姉さんに会うのも憂鬱にさせる原因の一つか。
そんな気分が沈みそうなことばかり考えていてもしょうがないと、どうにか別の事を考えようとするがそれは中々に難しかったようで、結局入浴を終えてもそのことが頭から離れなかった。
そんな休まったような逆に疲労したような状態で自室に戻ると、戻って来ていたレイペスと自室の出入り口のところで鉢合わせた。
「おや、風呂上がり?」
「うん。レイペスは食堂?」
「そうだよ。先にお風呂に入ろうかと思ったけれど、どうもお腹が空いてね」
レイペスはお腹の辺りを押さえて、空腹を表現する。
「そういう訳で、食堂に行ってくるよ」
「うん。引き留めてごめんね」
「ははは、それじゃあまた後で」
レイペスは軽く笑うと、手を振って食堂に向かっていった。
暫くそれを見送ると、ボクは自室に戻る。
ベッドに腰掛けると、一つ息をついた。レイペスと言葉を交わしたおかげで頭の切り換えが出来たようで、少し頭が軽い。
それでも完全に忘れることが出来る訳でも、忘れる訳にもいかないけれど。
「ん~~~、はぁ」
ボクは伸びをすると、気持ちを切り換え明日からの事を頭に浮かべる。
明日からは東に向けての見回りだ。それが終われば大結界の外に出て敵性生物の討伐だが、未だに北門に来た当初より気持ち増えただけなので、目標数は最低でも三体ぐらいだろうか。
大騒動前の北門では、余程もたつかない限りは二桁は容易で達成できたらしいので、随分と大人しい目標数になっている。しかし、これでも現在の北門では大変なのだ。
ジーニアス魔法学園で進級の為に北門で必要な敵性生物討伐の規定数は百五十体だから、現在の速度では一年以上掛かってしまう計算になる。六ヵ月の警固任務期間が過ぎればほぼ毎日外に出るようになると思うので、実際はもっと早く済むだろうが、それでも遅すぎるな。
ちなみに、この規定数は個人ではなくパーティーで加算されるので、十人パーティーで百五十体討伐しても、独りで百五十体討伐しても規定数に於いては同じである。
途中でパーティーを変えたり解散してもそれは受け継がれるので、途中から新たなパーティーに加入するのはバラつきが生まれてしまうから、実はちょっと面倒なのである。まぁ元々討伐数が同じだとか、今の学年だけのパーティーなら問題ないのだろうが。揃えるのは、それはそれで面倒そうだし。
それと、パーティーはジーニアス魔法学園生同士でなくても問題ないので、他校生に助力を乞うのは可能だ。ただし、助力を頼めるのは学生に限られているので、例えば魔法使いの兵士に加勢を頼んだとしても、その期間にどれだけ倒そうが討伐数には加算されない。
まぁボクは単独なのでその辺りは関係ない話ではあるが、とにかく平原が平和なのだ。
人間としては平和に越したことはないのだが、進級に必要な身には困った事態なので、難儀なものだ。まぁ、元々大結界まで近づいてくる敵性生物の数はそれほど多くはなかったみたいなので、元から平和だったと言えば平和だったのだが。
とにかく、その事をどうするか考えなければならない。北門に来てもうすぐ三ヵ月が経とうとしているのだが、現在の討伐数は三十に僅かに届いていない。
西門では複数体の敵性生物が一緒に行動しているところに頻繁に遭遇したが、北門ではそれがかなり少ないのも問題だった。ここに来て団体さんなんて、一度だけ二体一緒に行動していた毒牙を持った獣と遭遇したぐらいだ。
「さて、このままでは半年経っても規定数の半分も届かないな」
警固任務期間に加算されていない学園に帰ったり休日の日があるので、実際は半年では進級できないのだが、それでも期間中に規定数の半数でも届けば頑張った方だろう。緊急の処置として、一時的にでも規定数が下がらないかな? 無理か。元々の討伐規定数の設定数がそこまで高くはない訳だし。
しかし、そう考えれば西門での偵察任務は楽でよかったな。休みが少なかったので、おかげで半年ちょいで進級できたし、森に入ったりしたので討伐規定数も直ぐに達成できた。またああいうのがないものかと思うも、今回それがあったとしたら変異種の調査だしな。それも、もし学生を使うとしたら優先されるのはクロック王国の学園生だろうし。
つまりは、大人しく時間をかけるしかないという事になる。平原が賑わうのも時間が掛かるだろうから、焦ってもしょうがないか。ジャニュ姉さんの影響力が強いクロック王国から早く脱出したいが、そういう訳にもいかないらしい。
「はぁ」
せっかく気持ちを切り換えたというのに、結局また沈んでしまったところで、レイペスが食堂から帰ってきた。
「おかえり」
「ただいま」
「次はお風呂?」
「うん。少し休もうかと思ってたんだけれど、どうやらもう少ししたら兵士の人達が一気に戻ってくるみたいだから、今の内に入ってくるよ」
「そっか。いってらっしゃい」
「うん。いってくる」
レイペスはベッドの上に置いていた着替えを取ると、混む前にと、すぐさま浴室へと向かっていった。
それを見送った後、ボクは変異種の様子を世界の眼で視てみる。常に眼を向けられればいいのだが、その域に達するにはまだまだ掛かりそうだな。
変異種は相変わらずの濃度の高い魔力を放出しているおかげで直ぐに見つけられた。
現在地は北門と東門の境界線辺りの森か。移動速度が上がっているのは、追われているからだろう。
自我の有無はボクには分からないものの、前にプラタとシトリーに聞いた話ではほぼ失われているという事だったか。
それでも逃げてるという事は、そんな状態でも勝てる相手かどうかは分かるという事になるのだろうか? プラタとシトリーは自我を失えば何にでも噛みつくと言っていたので、少し興味深い。
とりあえず現状は確認した。移動速度が上がってるとはいえ、今のところ赤子が幼子になった程度なので、逃げる向きに注視していれば問題ないだろう。
さて、それを確認したら、次は改めて気分を切り換える為にもう少し楽しいことを考えるか・・・しかし、楽しいことなんて何かあったっけ?
それから何か面白いことはないものかと考えるも、そもそもボクは何を楽しみにしているのかが分からない事に気がつく。
前は独りで魔法の探究に没頭しているのが楽しかったものの、それは兄さんの思考回路が混ざっていたからで、今のボクが何を楽しみにしているのかが分からない。
別に考えるのは嫌いになった訳ではないが、それがとても楽しいという訳でもないし、魔法の研究もちょっと違う。プラタやシトリー達との会話も楽しいが、これも違うだろうし・・・。
「うーん」
中々の難題に行き詰ってしまう。これまで引き籠っていただけで、学園でも途中までは兄さんと感覚が混線していたからな。
三年生になって楽しかった事は・・・なんだろう? 全くない訳ではないが、だからといって夢中になれることは特には無かった。
「・・・はぁ」
ここがジーニアス魔法学園であれば、クリスタロスさんの所に行って訓練でもするのだが、少しすればレイペスが戻ってくるし、転移で移動するのは避けた方がいいだろう。
かといってここで何かするのはもっと危険だし。
段々と分からなくなってきたボクは、頭を勢いよく左右に振って仕切り直す事にする。
さて、ではまず何を考えるべきか。現在優先的に考えるべき案件は・・・そう考えてしまうと、振出しに戻ってしまうな。
堂堂巡りな思考にボクが完全に困惑していると、お風呂に行っていたレイペスが戻ってきた。
「おかえり」
「ただいま」
戻ってきたレイペスは、自分のベッドに腰掛ける。
「今帰ってくるときに兵士の団体さんとすれ違ったから、混むギリギリだったよ」
レイペスは笑って話す。
「それは危なかったね。じゃあ食堂も今頃混んでるかも?」
「多分ね。お風呂場に行ったのが全員じゃないだろうし」
それはなんと恐ろしいことか。兄さんと感性が分離しても、相変わらずボクは人混みが苦手だった。それでも多少はマシになった気がするが。
「この宿舎、普段はあまり人の気配が無いけれど、意外と人が生活してるよね」
「そうだね。特にこの宿舎は僕達のような学生が他よりも少ない分、兵士達が多いらしいし」
「そうなの?」
「らしいよ。僕も聞いた話でしかないけれども」
「道理で宿舎内では学生とあまり会わないと思ったよ」
「宿舎内だと会わないよね。外なら毎日誰かしらと出会うのに」
任務以外でも、駐屯地内を歩いていれば誰かしら学生と出会える場合が多い。
「そうだね。だけれども、任務以外では同じ学園の生徒とはそんなに出会わない気がするんだよね」
「オーガスト君はジーニアス魔法学園だっけ? どこの学校もそれなりに数は居るみたいだけれど、出来るだけばらけるように駐屯地の各所に割り振られているみたいだよ。僕も同校の生徒はあんまり見掛けないし。まぁパーティーメンバーは出来るだけ近くに配置されるように配慮されているみたいだけれど」
「へぇー。レイペスは詳しんだね」
「ここにはそこそこ長く居るからね。兵士の人達とも仲良くなって、色々と話を聞いているんだ」
「なるほどね。そんな事気にしたこともなかったよ」
他校生も居るなーぐらいにしか思っていなかったが、なるほど、同校の生徒は薄く広く配されているのか。
「それが普通だと思うよ。オーガスト君はここに来て間もないから、慣れるので大変だろうし。それよりさ、確かジーニアス魔法学園は大結界の外で敵を一定数倒す必要があるんだよね?」
「うん」
「今あんまり魔物とかを見掛けないけれど、そっちの方はどうなってるの?」
「全然進んでないよ。そもそもほとんど敵性生物と遭遇しないからさ」
「だよね。大変な時に来たね」
「はは、かもね。もう少し早かったら大騒動で稼げたのに」
「あの時はいっぱい来たからね」
「レイペスも活躍したんだよね?」
「あの時は無我夢中で、生徒も兵士も関係なく、戦える者はみんな必死で戦ったからね」
「いっぱい南下してきたとしか聞いてないけれど、具体的にはどれぐらいの数が南下してきたの?」
「正確な数字までは分からないけれど、多分千は優に超えてたと思うよ」
「そんなに!」
「うん。何度か大結界近くまで迫られたからね」
「へぇー。レイペスは単独で戦ったの?」
「いや、違うけれど・・・ああそうか、まだオーガスト君に話してなかったっけ」
「何を?」
「僕はパーティー組んでるんだよ。パーティーメンバーも近くの宿舎でお世話になってるし」
「そうなんだ。てっきり単独なのかと思った」
「違うよ。オーガスト君は単独だったっけ?」
「そうだよ」
「凄いよね。僕は独りじゃ外はキツイよ」
「今は大結界の外は相手も単独が多いから何とかなってるだけだよ。ボクも西門ではパーティー組んでたし」
「そうなの?」
「うん。ちょっとパーティーメンバーと都合がつかなくなってね」
「でも、オーガスト君ならどこのパーティーでも入れてもらえるんじゃないの?」
「はは、弱いから無理だよ。それに、任務の期間や討伐数が合わないと、進級の足並みが乱れてしまうからさ」
「そういうものなの?」
「そういうものなの」
「ふーん。じゃ、僕のパーティーに入る?」
「それは有難い申し出だけれど、討伐任務の時にしか一緒に行動できないし、何より討伐任務の度にわざわざ集まってもらうのは心苦しいからやめておくよ」
「そう?」
「うん」
「そっか」
はじめから無理だろうと思っていたのだろう。あっさり引いてくれたが、それでもどこか残念そうにみえたのは・・・うぬぼれが過ぎるのかもしれないな。
それからもレイペスとの会話は続く。
北門に滞在中は同じ部屋で寝起きするのだから、同室者とは良好な関係を築けるに越したことはない。同室者は余程の理由がない限りは変えてもらえないのだから。
そういう意味では、同室者がレイペスで良かったと思う。友好的な相手なので、無駄に争わなくていい。それに同郷なので親近感も多少は沸く。
そんなレイペスと他愛のない会話を続け、日付が変わる前にはそれも終えて就寝する。
その翌日からは北門の西側への見回り任務に就く。
相変わらず平和で退屈な見回りではあるが、周辺調査として考えれば少しぐらいは意義があるというものだろう。
それにしても、北門に来たばかりの頃よりも気温が上がったからか、平原にも緑が少しだけ増えたものだ。しかもそれらを踏み荒らす存在も現在の平原にはほとんど居ない。
そんな事を考えながら見回りを行い、無事に見回り一日目が終了した。
二日目は西門との管轄の境付近まで移動する。
境付近では、大分敵性生物を確認出来るようになっていた。といっても、大結界からは離れた位置に居るのだが、それでも一日一体ぐらいは大結界近くで目撃されているらしい。
それぐらい北門付近にも居てくれれば楽なんだけれども、そう簡単にはいかないようだ。特に、最近は変異種が北門の北側の森に近づいて来ているのだから尚の事。
西側は変異種が姿を見せる前の状態にほぼ戻っている事が確認出来ただけで、昼食を摂ってから北門へと折り返す。
そのまま前日に泊まった詰め所近くまで戻ってくると、付近の詰め所で一泊する。翌日の夕暮れ前には北門に帰着した。
宿舎の自室に戻ってくると、レイペスは居なかった。
それを気にせずお風呂に入り、寝る準備を終えて就寝する。結局、その日はレイペスは戻ってこなかった。
翌日からは東側の見回りを行う事になっているが、今回も三部隊で見回りを行うようだ。
北門付近の東側は、少しだけ平原に出ている敵性生物の数が増えた気がする。これも変異種の影響だろうが、変異種が現れる前の半分も居ないらしいので、喜ぶほどではないか。
それでも東側も平和なままで、見回り初日は何事もなく終了する。
二日目は東門との管轄の境付近まで向かい、折り返して戻ってくる。
東側の境界付近の様子は西門ほど賑やかではなく、兵士達の雰囲気のせいなのか、重苦しい静けさが漂っている様に思えた。
前日の昼食や夕食より早めに本日の昼食を終えると、さっさと引き返すことになった。
東側は防壁の内側と外側で雰囲気が全然違う。
防壁上を含めた外側の重苦しさと違い、内側は閑散としていて、ゆっくりとした時が流れている。
相変わらず人の姿がほとんど無いものの、田畑が多いだけに、農作業をしている人だけは少数ながら確認出来る。それにしても、防壁上周辺しか知らないが、東西ともに人の姿がなさ過ぎてクロック王国に国民が居るのか若干気になってくるな。
お披露目会の会場である、ジャニュ姉さんの住んでいる家が建っているのは王都ではないが、結構人が多い都市らしい。そこに行けば人が確認できるだろう・・・行きたくはないが、多分逃げられないもんな。
二日目の見回りも何事もなく終わり、三日目の夕暮れ前に北門に辿り着いた。
自室に戻るとレイペスは居なかったが、手紙が来ていた。
中身を確認してみるとジャニュ姉さんからで、当日の朝に迎えが来ること、お披露目会は昼前からではあるが、出席したくない場合は別室で終わるまで待っていてほしい旨が書かれていた。その場合、お披露目会が終わった後に息子のパトリックを紹介するという事が書かれていた。
他にも出席するのであれば、必要ならば服は用意している事と、出席しない場合は別室で待機する間、専属の従者を付けることも書かれている。それと、息子のパトリックの紹介が終わった後に手合わせする事もしっかり書かれていた。
「・・・はぁ」
手合わせの部分は兄さんが相手をしてくれるのでいいが、最初の挨拶はボクがやらないといけないらしいんだよな。どこで兄さんは代わってくれるのだろうか。その説明もしないといけない気もするし。
とりあえずお披露目会とやらに出席する気はないが、それでも気が重い。お披露目会当日までもう数日まで迫っているんだよな、改めてそれを意識すると気分が沈んでいくな。
とはいえ、いつまでも気にしていてる訳にもいかないので、こういう時には気分転換に話をしよう。レイペスはまだ戻って来ていないが、今日の昼頃に戻ってきたばかりのセルパンに話を聞く事にしようか。その代わり、今はフェンが居ない。明日の朝には帰ってくるらしいが。
『セルパン、聞こえる?』
『如何されましたか? 我が主』
『いや、大した用ではないんだけれども、今回は何処に行ってたの?』
『今回は東の方に足を延ばしてみました』
『東か。何があった?』
『色々とありましたが、人間界から遠く離れた場所に大きな湖がありました』
『大きな湖?』
『はい。もしかしたらあれが海というやつなのかもしれません』
『ほぅ。海か』
人間界に海は存在しない。しかし、海と呼ばれる大きな水たまりの話は幾つも残っている。中にはそれを空想だと笑う者も居るが、実際にあったのか。それはとても気になる話だな。