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ジャニュとオーガスト2

 そう考えボクは頭を切り換えるも、その前に最後にもう一度プラタに礼を言っておく。
 プラタに礼を伝えると、プラタとシトリーに変異種について思った事を訊いてみる。

「今北側に居る変異種は自壊しかけているらしいけれども、それって治せないの?」

 しかし、その問いにシトリーはどこか複雑そうな表情を浮かべた。

「変異種自体がほぼ治せない状態なんだよ。変異種の治療が魔物の悲願なんだけれど、それは上手くいってなくて。一番研究の進んでいる魔物の国でも軽い症状なら治せる可能性がなんとかあるぐらいなんだよね。だから、現状は症状を遅らせて延命させるので精一杯なんだ。いつかは症状を安定させて適応させることも可能になればいいんだけれどもね」
「そうなのか」
「うん。だから、自壊寸前まで症状が進んだ魔物を治療する(すべ)は未だに見つかっていないのが現状なの」

 いつもの明るさが鳴りを潜めたシトリーの声音が、事の難しさを物語っている。

「じゃあもう自壊を待つしかないのか」

 寂しそうな笑みを浮かべ、少し顔を俯けるシトリー。
 シトリーは魔物の中でも最初の方に生まれたらしいので、他の魔物は弟や妹みたいなものなのかもしれない。もしくは子どもだろうか? それにしても、こんなシトリーを見ていると何か力になれないかと思ってしまう。いつも助けられてばかりだしな。
 しかし、だからといって専門家どころか魔物の変異を最近知ったばかりのボクにどうこう出来る訳もないし、シトリーや魔物の国でも未だに治療できないモノをどうすればいいというのか。

「・・・うーん」
「ジュライ様?」

 ボクが使える蘇生魔法は、直前の情報をそのまま上書きするだけなので、直前に既になっていた状態や生来のモノはどうする事も出来ない。だからそれを転用は出来ないが、もし情報改変が出来れば何とかなったかもしれない話だな・・・ふむ、他に可能性があるのはプラタだが。

「プラタは変異種を治す方法については知らないの?」
「申し訳ありません。私は魔物の国ほどこの件に関する知識が御座いません」
「そっか」

 そうなれば他には誰も居ない・・・ん? そういえば、一人だけ絶対に知ってそうな人物が居たな。訊いてみるか。確か、内に呼びかければいいんだっけ。

「ちょっと兄さんに訊いてみるよ」

 四人にそう告げて、内に声を掛ける。

(兄さん、兄さん。聞こえていますか?)

 内側で呼びかける、というのはこれでいいんだよな?

(何か用かい?)

 それに返事がきて、ボクは安堵した。

(今のボク達の話を訊いていましたか?)
(いいや。僕は君の見る景色も、君の聞く音も共有してはいないからね。その話とやらが何の事かは分からないな)
(そっか。実はね――)

 ボクは兄さんに先程の話を説明する。

(――という事なんだけれども、兄さんはどうにか出来ない?)
(別に難しい事ではないよ)
(え!? 本当に!?)
(ああ)
(自壊寸前でも?)
(問題ない)
(じゃ、じゃあ! あの自壊寸前の変異種を治してくれない?)
(・・・それは機会があったらね。それよりも訓練はどうしたんだい? 動かない者は越されていくだけだよ?)
(う、それは・・・)
(それじゃ、努力するんだね。あまりに弱いままでは考えものだよ)

 そう言うと、兄さんは引っ込んでしまった。

「むぅ」
「どうされましたか?」
「いや、兄さんに変異種の症状を治せないか訊いたんだけれども」
「・・・無理だった?」
「ううん。治すのは簡単だって言われ――」
「ホント!」
「うん。兄さんにとっては自壊寸前でも難しくないらしい。だけど――」
「どうすればいいの!?」
「シトリー、ご主人様の話を最後までしっかり聞きなさい」
「・・・あ、はい」

 プラタに窘められてしゅんとするシトリー。

「・・・だけど、その前にボクが弱いって怒られてね。あの変異種については機会があれば治すって言われてしまった」

 実際その通りではあるが、中々に痛烈な一言であった。相手が兄さんであるのも効いた。

「・・・そっか。それは残念だなー。いつか治し方を御教え願えないだろうか」

 そう口にするとシトリーは窓の方に目を向ける。その横顔はどこか大人っぽかった。

「いつかは教えてくれるさ。その前にボクも修行しないとな。せめて兄さんから習った魔法の発現法ぐらいは出来るようにならないと」

 難しくはあるが、不可能ではないから教えてくれたのだろうし。

「ああ、そうだ。先日新しい魔法道具を創ったんだけれど、その性能実験をする為に協力してくれない?」
「御任せ下さい」
「いいよー」
「それで、如何様な魔法道具で?」

 そのプラタの問いに、ボクは足首に装着している装身具を見せると、それに付加している魔法について説明をした。

「なるほど。性能の高い魔法道具のようですね。結界だけでも、現在人間界を包んでいる結界を発生させている魔法道具よりも明らかに上のようですし」

 足首に装着している魔法道具を観察しながら、プラタが感想を述べる。

「そうだねー。人間界どころかその外の品と比べても性能が高いもんね」

 それにシトリーが同意を示す。どうやらやっぱりやりすぎていたようだ。まぁもう創ってしまったのだからしょうがないんだけれどもさ。

「それはそれとしまして、ご主人様」
「ん?」
「前にも申し上げましたが、如何な理由があろうとも、私がご主人様を攻撃する話など承服しかねます」
「私もだよー、ジュライ様!」

 確かに前にも言われたが、創ったのが防御系の魔法道具である以上、攻撃魔法は必要なんだよな。とはいえ、強要をしたくはないし。うーん。
 そういう訳で少し考える。今回の魔法道具の試験は前提としてボクが使用する事を念頭に置いている為に、ボクが使用して正常に機能しているのを確認しなければならない。
 しかし、それには少しは攻撃してもらわなければ困るんだよな。どうするか。

「・・・それじゃ、前みたいに魔法を置いてくれればボクが当たりに行くから、それでどう?」

 結界を設置型ではなく移動型にしているからこそできる芸当だが、機能を活かすという意味では丁度いいだろう。

「・・・・・・それでしたら承りました」

 空いた間が気にはなったが、大体予想がつくのでまぁいいか。

「それならいいよー。でも、加減はするからね?」
「うん。それでいいよ」

 シトリーの言葉に頷く。機能の確認が行えるのであれば、それぐらいは些細な問題だ。

「創造主」
「ん?」

 そこにフェンから声が掛けられる。

「小生達も魔法を行使出来ますが」
「そういえばそうか。あまりフェンに魔法を使ってもらう機会がなかったから忘れていたよ」
「それでも吾が主に牙を剥く事実には抵抗しかありませんが」
「プラタ殿達同様に魔法を空間に置けばよいのでは?」
「それもそうか」

 フェンとセルパンが軽く言葉を交わす。

「じゃあ今回は四人に頼もうかな」
「畏まりました」
「分かったー」
「御意に」
「仰せのままに。我が主」

 それぞれの承認の言葉を聞きながら、そこで不意に思い出したことをプラタに訊いてみる。

「そういえば、前に言っていた純度の高い魔力ってどんなものなの?」
「今体験なされますか?」
「出来るの?」
「いつでも可能です」

 恭しい礼を見せるプラタ。

「じゃあお願いしていい?」
「はい」

 プラタがそう言うと、室内の空気ががらりと変わったような気がする。
 何というか、森の中に入った時のような清々しい感じというか・・・この感じは、ナイアードが住んでいた湖周辺の清廉な空気を更に清めたような神聖さを感じる。これが純度の高い魔力というやつか。
 確かにこれなら身が引き締まるというか、スッと体内に魔力が浸透していくな。

「おお、凄いなこれは」
「御気に召して頂けましたか?」
「もの凄く満足だよ!!」

 なんか内より力が湧いてくるような感覚を覚える。

「しかし、ということは、ナイアードの周辺も魔力の純度が高かったってこと?」
「はい。あれぐらいの精霊になれば、魔力も浄化可能ですので」
「そっか。でも、プラタのはもっと凄いな! 何か自然と姿勢が正される思いがするよ!」

 あまりの感動に、少々情緒が不安定だ。それにしても気持ちのいい魔力だな。

「喜んで頂けて光栄で御座います」
「これだけの純度は妖精の森に行かなきゃ体験できないねー」
「そうなの?」
「うん。魔物の国でもここまでではないよ。ここまで純度を高められるのは妖精しか居ないからね」
「なるほど。それは凄いな」

 つまりこれは希少な経験という事か。良い体験をしたな。
 そんな風に時間を過ごしていると、気がつけば陽がすっかり暮れていた。
 学園に到着するまでに少しは寝ておきたかったボクは、四人に少し寝る事を伝えて、座ったまま壁に寄りかかって就寝する。
 もうこの状況でも普通に寝られるのだから、ボクも変わったものだ。





「んぅ」

 目を覚ますと、朝になっていた。
 朝といっても、まだ夜が明けきれていない暗い時間帯ではあるが。

「おはようございます。ご主人様」
「ジュライ様おはよー」
「御目覚めですか? 創造主」
「お早う御座います。我が主」
「おはようプラタ。おはようシトリー。おはようフェン。おはようセルパン」

 四人にそれぞれ顔を向けて挨拶を返しながら目を覚ます。顔を洗いたいところだが、今は車内なのでしょうがない。魔法で水の塊でも出してみようかな?
 少し考え、思い立ったので試してみる。
 小さい水の塊を出してそれを薄く延ばすと、仮面を被るようにそれを顔に乗せる。そのまま膜を形成している水に流れを生み出し顔を洗う。
 それが終わると、水を分解して顔の水気も適度に取る。

「うーん。楽だし悪くない?」

 割と結構目が覚めたので、良いかもしれない。魔法を使う事で頭も少し使うし。後は水の温度を下げたりしてみるのもいいかもな。

「・・・うむ?」

 規模を広げてこれでお湯に浸かるのもいいかも? まぁそれはいいか。
 改めて魔法というのは発想が大事なんだな、と思う。技術の向上も必要なんだけれど。
 さて、時間的には学園に到着するまで今少し時間が在りそうだが、どうしよう。

「・・・ああそういえば、フェンとセルパンって能力的には同じようなものなの?」

 内包魔力量的には大きな違いはない。言語能力や影に隠れたり渡ったり魔法が使えたりと、使える能力も似通っている気がするし。
 フェンも成長しているが、もしかしたらボクの成長も影響してるのかな?

「基本的な部分は似ておりますが、細かな所は異なります」
「そうなのか」
「はい。例えば小生は噛み砕くことが得意ではありますが」
「吾が得意とするのは毒でありますれば」
「毒?」
「はい。吾も噛み砕くというよりは飲み込む事は出来ますが、猛毒こそが吾の得意とするモノで御座います」
「なるほど」

 得手不得手が異なるだけで基本的な部分は近いか。

「その辺の把握もしていかないとな」

 何があるか分からない以上、特性は知っておいた方がいいだろう。
 それからフェンとセルパンの二人と言葉を交わしていると、列車が徐々に速度を落とし始めた。
 それから程なくして到着した駅舎に降りると、ジーニアス魔法学園へと移動を開始する。
 ジーニアス魔法学園に到着後、自室でプラタとシトリーと合流してからクリスタロスさんの許へと転移する。
 転移後に出迎えてくれたクリスタロスさんに連れられてクリスタロスさんの部屋に移動してから、四人で軽い雑談を交わした。
 その後に訓練所を借りると、防御障壁を張って早速魔法道具を起動させる。
 無事に結界が起動したのを確認すると、フェンとセルパンを呼び出してから早速実験を開始する。
 道具に付加している結界は物理寄りではあるが、まずは魔法の反射がしっかり機能しているかどうかを調べる事にしよう。そういう訳で、プラタ・シトリー・フェン・セルパンに魔法の発動を頼む。
 浮遊した様々な系統の魔法球が空間を埋め尽くす。その一発一発が、一般的なジーニアス魔法学園の一年生が扱う魔法よりも威力が高い。しかし、それでもかなり手を抜いて発現された魔法であった。
 ボクはもう一度結界と反射が機能しているのを確認してから、慎重な手つきで手近な魔法球の一つに触れる。

「・・・お!」

 ゆっくり触れた分、魔法球が小さく弾かれた様に移動する。それでちゃんと反射が機能している事が証明された。
 これで心置きなく他も試せると思い、魔法球の中をかき分けるように歩き回る。
 全身にぶつかる魔法球の数々だが、当たった感触すらなく次々と弾かれていく。弾かれた先で魔法同士がぶつかり消滅していった。

「ふむ。これぐらいだと問題ないな」

 それに納得すると、四人にそれを伝えて残っていた魔法を消してもらう。
 魔法については問題なかったし、動いた感じ身体強化も問題なく起動している。

「次は物理攻撃に対する耐久度を少しでいいからみたいんだけれども・・・」

 それはつまりボクへと攻撃してくるという意味であるから、窺うような声音で声を掛けてみる。

「「「「・・・・・・」」」」

 それに困ったような感じで互いに目配せしながら沈黙する四人。

「軽く叩くだけでもいいから」

 それでも困ったような感じは収まらない。

「な、撫でる感じでもいいんだけれども・・・」
「分かりました」

 それでやっとセルパンが了承してくれる。

「しかし、撫でるだけですぞ?」
「それでいいよ。ちゃんと機能しているかさえ分かればいいからさ」
「それでは参ります」

 セルパンがその長い身体を活かして、尻尾をボクへと伸ばしてくる。
 そのまま起動している防御障壁の上に尻尾を乗せると、少し体重を加えてくれた。

「・・・ふむ」

 それに多少の圧は感じるも、身体強化のおかげか、軽く小突かれた程度の圧力しか感じられない。衝撃緩和を付加していなかったのでどんな感じかとも思ったが、これぐらいならば問題ないだろう。こんな緩い攻撃でも、そこらの攻撃よりは重さがありそうだし。
 これで魔法に対する防御の要である反射と、結界自体が得意としている物理攻撃に対する耐久性の試験をひとまず終了としようかな。
 一応満足したとして、四人にその事を伝えた。
 それを終えると、次の訓練の移行する。そろそろしっかりやらなければ兄さんに見限られそうだ。それに、上は目指し続けなければいけない気もしている。
 まずは四人に好きにしていいと告げてから、この前精神世界? で行った魔法の効率化に挑戦だな。全てを一つに纏める奴ではあるが、流石にいきなりは難し過ぎるので、二行程ぐらいに分割してみることにする。一元化はそれが出来てからでいいだろう。何事も順序というモノがあると思うし。
 そう決めると、早速取り掛かる。最初は実際にやるよりは理論の組み立てだ。
 とはいえ、単純に分割すればいいのか、分けた後にその分けた部分に手直しが必要なのか、もしくは全体の構成を弄る必要があるのかを見極めなければならないのだから楽ではない。一元化もだが、二行程で魔法を創造するのも聞いたことがないからな。もしかしたら探せば資料ぐらいはあるかもしれないが。
 そういう訳で、まずは簡単な単純に二分割する方から思考する。無理がなさそうであれば実際に使用してみよう。





「ん? 何か言いたげだね?」

 光を拒絶した暗黒の世界において唯一の光源である小さな光は、暗闇で剣を振るう少年に何かを訴えかけるように明かりを明滅させる。

「――――――」
「ああ、いいんだよ。今は」
「――――――」
「それとも、君が限界なのかな?」
「――――――」
「ならばいいじゃないか」
「――――――」
「それに、今更出ていっても何もないよ」
「――――――」
「落とし子ね。あれらが本格的にやって来るのはまだまだ先だ。今は力をつけてればいい」
「――――――」
「ああ、僕はそれなりには戦えるが、上は高いよ。・・・例え前に背中がなかろうと、走り続けなければ簡単に追い越される。それは僕があの自称神の一部を消し去ったのだから分かるだろう?」
「――――――」
「何故そこが頂だと思える? 何故そこがどん底だと思える? この世界には上も無ければ下も無いよ」
「――――――」
「まぁいい。それよりも、彼に軍隊の作り方を教えてなかったな」
「――――――」
「数が必要な事があるかもしれないだろう? 彼は別に頂に居る訳ではない。数はある程度の質の差はひっくり返せるんだよ」
「――――――」
「勿論だとも。僕もまだ頂に辿り着いたとは思っていない。そうだ、様々な生き物の解剖の仕方も教えた方がいいだろうか?」
「――――――」
「ああ、覚えているとも。だが約束はしていない」
「――――――」
「何とでも言えばいいさ」

 少年はその光と語らいながらも、何も見えない空間でもう一人の自分との殺し合いに興じ続ける。





 クリスタロスさんのところで訓練を開始したのが昼が少し過ぎたぐらい。魔法道具の試験を終えたのが夕方前。
 それから自分の訓練を日付が変わる前まで行った結果、少し前進出来た気がする。まぁ多分気がするだけだと思うが。
 訓練を終えた後はフェンとセルパンには影に潜ってもらい、クリスタロスさんにお礼を告げてからプラタとシトリーを伴い自室に戻る。
 自室では早々に就寝準備に取り掛かり、マットの上で横になった。
 明日は午後からまたクリスタロスさんのところで訓練を行うつもりだ。というよりも、学園に滞在中は空き時間を全て訓練に振るつもりでいる。流石に今のままでは不味い気がするから。





 翌日からは午前は授業で、午後からは訓練の日々を送る。授業の後は今までのような寄り道はせず、すぐに自室に戻っている。食堂にすら寄っていない。朝食は食べてるから十分だ。
 そんな日々を三日過ごしたが、一元化で魔法を発現させるまでには至れなかった。しかし、二行程で魔法を発現させることは出来た。それでも実戦でギリギリ使えるかどうか程度の出来でしかないが。
 その翌日に早朝から列車に乗り、北門を目指す。
 今回も駅舎にはボク以外にも人が居て、二パーティーの十三人と一緒になった。今まで大抵ボク一人だったので列車は二両編成であったが、今回は五両編成で、尚且つほぼ満席だ。
 ボクは誰ともパーティーを組まずに独りの為に端の方ではあったが、人が多いので移動したり、近くに部屋に居る気配を常に感じる。
 そんな中でも、プラタとシトリーは普通にボクの部屋に居た。フェンとセルパンも影から出てきている。いくら眼を向けてるうえにプラタが部屋全体、特に窓や出入り口に入念に幻術を施しているとはいえ、ハラハラものだ。
 まぁパーティーメンバーならいざ知らず、人の部屋に勝手に入ってくる者はそうそう居はしないし、用があれば声を掛けるなり扉を叩いてくる事だろう。
 そういう訳で、外を気にしながらも四人とのんびり会話をする。
 普段からよく会話をしているので、あれを見たこれを見たや、あれが上達したこれが覚えたいなどの他愛のない会話ばかりだ。後はプラタとシトリーに魔族語を習ったりしたぐらいか。
 そんなゆったりとした時間を過ごした列車の旅も翌朝には終わり、駐屯地の最寄りの駅で降りてから、駐屯地へと移動する。
 そのまま自室に戻るも、部屋には既にレイペスは居なかった。
 今日は休日なので、ボクは宿舎を出ると適当に駐屯地の外に出る。
 まだまだ昼になるには時間がある。天気は曇りだが雲量は少ないので、太陽がたまに完全に隠れるぐらいで周囲は明るいものだ。
 今日は山でも目指してみようか。誰かの所有地だろうから中までは入らないけれども。
 とりあえず、駐屯地から西を目指して足を向ける。
 見回りを行った際、東側は田畑が多くて山は少なかったが、西側は小高い山だらけだったはずだ。
 まぁそれは既に遠くに木が茂っている山がいくつか見えているのだから確実だろう。
 その山の近くに防壁周辺を警備している兵達が見受けられるが、近くに寄るぐらいならば問題なかったはずだ。見つからない様にはするが。
 念の為に早めに存在を消しつつ、山に向かっていく。
 山には割とすぐに辿り着けた。
 防壁上からでは小さな山に見えたが、近くに寄って下から見上げてみれば結構な大きさに思えてくる。
 とはいえ、沢山の同じ種類の木が整然と立ち並んでる様子は、ここが人工的に整えられている山だと実感させられるには十分なものだ。
 それを暫く眺めた後、ボクは山の周囲を回ってみる。小高い山とはいえ、山は山。一周するだけでも大変だな。

「・・・・・・あ、そうだ」

 そこで閃く。存在を消しているのであれば、フェンも同じようにすれば背に乗って移動しても大丈夫なような気がする。移動だけであればそれでばれることはそうそうないだろう。

『フェン』
『何で御座いましょうか? 創造主』

 現在セルパンは何処かへ行っているようで、残っているのはフェンだけだ。

『背に乗せてくれる? 姿はこちらで見えないようにするからさ』
『畏まりました』

 そう言うと、ボクの影からぬっとフェンが現れる。その途中からボクは素早く不可視の魔法をフェンに掛けた。

『これでいいだろう』

 とはいえだ、いくら姿が見えずとも、この魔法は見えなくなるだけで匂いや音まで遮断するモノではない。声を出して喋っていたら声だけがどこからか聞こえてくる怪現象になってしまう。それに、そこからばれてしまうことだって十分有り得る話だろう。
 それらを遮断する魔法もあるし併用も可能ではあるが、それは今は必要ない。隠密がそこまで重要な場面でもないし。正直ばれたらばれたでやりようはある。

『それじゃ、まずはこの山を一周してみてくれる?』
『お任せください』

 ボクの頼みを快諾してくれると、フェンは移動を開始する。
 速度はボクが魔力的な補助が無い状態で全力で走るよりも明らかに速いのだが、慣れたもので、これぐらいであれば問題なくフェンの背に乗っていられた。
 そのままフェンの背に乗っていると、直ぐに山を一周してしまう。これは本当に速いし楽だ。やはり旅に出たらこうやって背に乗せてもらうしかないな。
 そう実感しつつ、フェンの背に乗っての山の周囲を一周し終えた後は、まだ時間があるので他の山へと足を延ばしてみる。
 滑るように進んではいるが、山の周囲が平地だというのはおそらく関係ないのだろう。
 とはいえ、列車より揺れの少ない快適な旅であるので、周囲の景色が似ていると眠くなってくる。フェンの体毛は柔らかくて気持ちがいいからな。まぁ直ぐに到着したので問題ないのだが。
 次の山も前の山と同じようなもので、人工的な山であった。
 同じ種類であろう木が植えられているが、前の山に植えられていた木とは種類が違うような気がする。よく分からないけれど、葉の形が違う気がした。
 その山も一周回ってみるが、フェンの足では直ぐに一周し終わる。しかし、やはり木の種類以外は似たようなものだ。
 それからも山の間を進み、フェンとの旅を楽しむ。警備以外の人間は遠くで二三人を目にしたぐらいで、ほとんど誰も居ない。お陰で気楽に進める。
 気がつけば陽も大分傾いていたので時刻を確認してみると、もうすぐ夕方になる時刻になっていたので、途中までフェンの背に乗って駐屯地まで戻る。
 駐屯地から適度に離れた位置でフェンには影に戻ってもらい、周囲を確認してから不可視の魔法を解除した。
 そのまま歩いて駐屯地に入り、宿舎に戻って自室に帰ろうとした時、同じ宿舎の兵士の一人がボクを呼び止める。

「なんですか?」

 顔を向けてそれに応えると、その呼び止めた兵士に丁度来客があった事が伝えられる。

「ボクに来客ですか?」

 来客など初めての事で不審に思う。
 なにせ最近初めての手紙が来たばかりだ、それを考慮したら相手は一人しかいない。身分上直接本人が来るとは思えないが、警戒するに越したことはない。
 兵士にお礼を言うと、来客が待っていると教えられた面会室に向かう。
 面会室は主に兵士の家族が会いに来た時に使われる部屋ではあるが、その性質上、客室でもある。
 ボクは面会室の前まで来ると、一つ息を吐いて心を落ち着けて扉を叩く。それに扉越しに応答の声が届き、扉を開ける。
 面会室内は中央に向かい合わせのソファーと机の一式が置かれているだけで、他には飲み物が用意できる簡易的なものと本棚が在るぐらいの自室より少し広い程度の部屋に思えた。
 そのソファーの前に一人の男性が立っている。身なりがよく、清潔感のある背の高い青年であった。

「オーガスト様でしょうか?」
「はい」
「私はウィッチヒロ・ジャニュ・デューク・レイド・ワイズ様の使いの者です。この度は突然の来訪をお許しください」

 ボクが室内に入り近寄ると、そう言って深く頭を下げる男性。そして顔を上げると、懐から一通の手紙を取り出す。

「これは私が、我が主であるウィッチヒロ・ジャニュ・デューク・レイド・ワイズ様より直接預かって参りました、オーガスト様宛の手紙で御座います」
「わざわざ有難う御座います」

 ボクは丁寧に差し出されたその手紙を、両手で丁重に受け取る。

「それとウィッチヒロ・ジャニュ・デューク・レイド・ワイズ様よりの言伝が御座います」
「言伝?」
「はい。では、そのままお伝えいたします」

 男性は頷いてそう前置くと、そこで一度言葉を切ってコホンと小さく咳払いをしてから言葉を再開させる。

「『当日の迎えの車は用意した。日程の調整もこちらで済ませた。お前の参加は確定事項である。逃げることも隠れることも拒否することも許されない』 との事で御座います」
「また無茶苦茶な」
「申し訳御座いません」
「いえ、貴方が謝る事では・・・」

 相変わらず好き勝手な姉である。それに強大な権力まで付随したのだから質が悪い。
 それからソファーに腰掛け、使者の男性と質問のようなちょっとした会話を交わすと、使者の男性は帰っていった。

「・・・・・・はぁ」

 男性を見送った後、自室に戻ったボクは、精神的な疲れからため息を吐いた。
 もうすぐ日暮れではあるが、レイペスはまだ部屋に戻って来ていない。
 独りだけの部屋で、先程使者の男性から渡された手紙を開封して確認する。

「えっと・・・」

 ボクは中に入っていた紙に書かれた文字を目で追う。
 そこには使者の男性が伝えてきた内容の他に、希望するのであればお披露目会には出なくても構わないから、昔みたいに私と遊びましょうとも書かれていた。
 最早招待状の意味がない提案ではあったが、それは構わない。しかし、続く昔のように遊ぼうという一文だけで行きたくなくなる。それは即ち戦いましょうという事なのだから。
 いくらジャニュ姉さんとはいえボクの敵ではないだろうが、問題はジャニュ姉さんが不気味なことだ。完膚なきまでに叩きのめされても喜ぶほどの度し難い変態でありながら、幾度も挑んでくる不屈の変態なので困るのだ。本当に、行きたくないな。
 それに、兄さんの記憶ではジャニュ姉さんを知っているが、ジュライとしてのボクとは初対面なのも行きたくない理由でもあった。
 出来ればジャニュ姉さんと会う時だけでいいから兄さんと代われないものだろうか? うーん、それは流石に無理な願い、なのかな・・・? 一応駄目元で兄さんに訊いてみようかな。

しおり