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招待状3

 セルパンの表皮を堪能したボクは、一度時刻を確認する。

「もう夜か」

 確認した時刻は、もうすっかり夜になっている時間であった。相変わらず外が見えないから時間の感覚がずれてしまうな。

「御戻りになられますか?」
「そうだね。帰って寝ようかな」

 プラタの言葉に頷くと、フェンとセルパンにボクの影の中に入ってもらう事にする。

「畏まりました」
「それでまたお会い出来る日を楽しみにしております。我が主」

 そう言うと、二人は影の中に入っていく。どうやら前にフェンに聞いた通り、二人が入っても問題ないらしい。
 フェンとセルパンが無事に影の中に姿を消したのを確認した後、プラタとシトリーを連れて訓練所の外に出る。
 そのままクリスタロスさんの所まで戻り、訓練所を使わせてもらった礼と、今日は戻る事を伝える。

「そうですか、またいつでもいらしてくださいね」
「はい。また来ます」

 天使語もまだ習い始めたばかりだからな。明日は一人で来ようかな?
 そんな事を考えながら、プラタとシトリーを近くに呼んで転移装置を起動させる。どうやらこの転移装置は使用者の至近距離に居ればいいらしく、必ずしも触れていなければならないという訳ではないようだ。
 そして一瞬の空白を挿み、ボク達は自室に戻った。

「さて、寝る準備でもしようかな」

 準備と言っても、歯を磨いたり、寝間着に着替えたり、薄く硬いマットを床に敷くだけなんだけれどもね。
 それらを済ませると、マットの上に腰掛ける。このマットもそろそろ買い替えようかな?
 そんな事を思いながらも、明日の予定をどうしようかと考える。また学園の訓練所に行って指導するべきなのだろうか・・・誰かを指導するような器じゃないんだけれども。
 とりあえず、明日はクリスタロスさんに天使語でも習うとしよう。そう決めると、ボクはマットの上に横になり、眠りについた。





「何だ、また来たのか」

 ボクが目を覚ますと、そこには草原が広がっていた。そして、そこに立つ黒髪の少年がボクに声を掛けてくる。

「に、兄さん?」

 事態を理解しつつも、ボクは理解しきれずに兄さんに声をかけた。

「まだ何処かで混線でもしているのか、もしくは僕を少し引きずっているのか」

 ボクの声が届いていないのか、兄さんはボクを見ながらボクを見ていない。

「まぁいいか、いずれ直るだろうから。それよりも、どう? せっかく来たんだから遊んでいくかい?」

 ボクの心の内を見透かしているような目での問いに、ボクは当惑する。

「遊ぶって、何をして?」
「戦闘でもするかい?」
「せ、戦闘?」
「訓練だとでも思えばいい」

 兄さんの表情や声音からは感情が窺えず、どういう意図で言っているのかが判らない。

「で、どうする?」

 ボクは少し考える。兄さんに訓練をつけてもらえるなんて普通はない。そもそも同じ身体を共有している以上、外の世界ではまず出会えない相手だ。

「う、うん。遊ぼうか」

 折角の貴重な体験なので、やらないと損な気がする。兄さんは加減してくれるだろうし・・・多分。

「それじゃあ早速始めようか。もう少し離れるね」

 そう言うと、兄さんは一瞬で離れた場所に移動する。

「転移?」

 そう見えた。しかし魔法を使った様子は一切感じられなかった。情報体に変換するにしても、魔力の流れぐらいは感じるんだけれどもな。そういった予兆が感じられないのはここが精神世界? だからだろうか。

「始めるよ・・・ああ、ちゃんと防御するんだよ? でも、死んでも大丈夫だから気にしないでね」
「え!?」

 兄さんが気楽にそう告げると、目の前に無数の剣が現れ、ボク目掛けて剣先を向けた剣が次々と飛来してくる。

「な!!」

 慌てて防御障壁を張ったものの、その剣の衝突してくる威力が凄まじく、数本受け止めたところで、ボクの張った防御障壁はあっさりと突破されてしまった。

「ぐはっ! がっ! ぐっ!」

 身体に次から次へと刺さっていく大量の剣。不思議とかゆい程度で痛みはほとんど無いし、吹き出る血の量もそう多くは無い。それでも剣に押される感覚はあり、目に入ってくる光景はあまりに衝撃的であった。
 そのまま剣の勢いに押し倒されるようにして、ボクは地に仰向けに倒れた。

「なんだ、もっと手加減しなければいけなかったか。少々見誤ってたよ、ごめん」

 兄さんの少しも悪びれていないような謝罪が遠くから聞こえてくる。

「ほら、もう大丈夫でしょ? いつまでも寝てないで起きなよ」

 先程より鮮明に聞こえてきたその声に、探るように目を自分の身体に落とす。そこには先程まで生やしていた大量の剣も、穴だらけの真っ赤な制服も無く、綺麗な制服を着ている無傷な自分の姿があるだけだった。

「一体何が?」

 やはり精神世界のような空間だからだろうか? 蘇生を受けた感じはしなかった。
 不思議な体験だらけに困惑しつつも、ボクは立ち上がり、もう一度自分の姿を確認する。そこには何事もなかったような自分の姿があるだけだ。

「ではいくよ? 今度こそ防いでね?」

 兄さんの感情の読めない言葉が掛けられると同時に、眼前に無数の剣が出現する。それを受けて、ボクは再度防御障壁を展開させた。

「くっ!」

 襲いくる剣の衝撃に耐えながらも、十数本目の剣が目の前で折れて消滅する。しかし、ボクにはそれが限界だった。

「ぐはっ!」

 またボクの身体に突き刺さっていく大量の剣。それに吹き飛ばされ、ボクは再度仰向けに倒される。

「・・・これでもまだ強いのか。どうも魔力を視るのが下手になっているようだ」

 そんなボクの耳に感情が乗っていないながらも、呆れた様子の兄さんの言葉が届いた。
 再度立ち上がり、ボクは自身の身体を確認する。
 相変わらず服は綺麗なままで、血の跡も無ければ穴も開いていない。それどころかほつれすら見当たらない。
 しかし、何故ボクは制服のままなのだろうか? やはりここが精神世界? だからなのか。

「そろそろ慣れたかい? 次行くよ」

 兄さんの言葉が終わると、眼前に数多くの剣が出現する。
 ボクが同じように防御障壁を展開させると、現れた剣がボクに向かって襲い掛かってきた。
 十本、二十本と防御障壁で防いでいき、四十本を過ぎた辺りで終わりが見えてくる。目の前に浮いている剣の本数が数えるほどしかなくなってきた。

「ふむ」

 五十本目の剣を防いだところで、浮遊していた剣が全て無くなる。防御障壁はヒビだらけでボロボロだった。あと数本飛んできていたら防御障壁は破られていた事だろう。

「これぐらいか。理解した」

 その結果に、頷いたような兄さんの声が聞こえてくる。

「さて、次は君が攻撃してくる番だな」

 そちらに顔を向ければ、兄さんが両手を広げて立っていた。

「攻撃?」
「そう攻撃。攻守交代だよ。最初に言ったでしょう? これは遊びだと。ここでは死なないからね、僕を殺すつもりで攻撃してきなよ」
「・・・・・・」

 そう言いながらも、兄さんはどこか退屈そうな雰囲気で待っている。

「じゃ、じゃあいくよ?」
「いつでもどうぞ」

 恐る恐るそう告げて、攻撃してみる。どうしても人に、それも同じ容姿の相手に攻撃を向ける事に躊躇を覚えてしまう。
 それでも無数に発現させた氷の塊を兄さん目掛けて飛ばしてみるが、それは途中に魔法無効の境界でもあるかのように、悉くが半ばで消滅していく。

「なっ!」
「だから殺す気で来いと言っているのに」

 兄さんの呆れた様な物言いに、ボクはもう一度攻撃を仕掛ける。次の攻撃は巨大な重力球で、それを思いきり兄さんの頭上に落とした。

「・・・攻撃もこんなものか」

 重力球を軽く見上げた兄さんの呟きが聞こえたかと思うと、そんな重力球など始めから存在していなかったかのように一瞬で消滅する。
 一年生の頃より技術も魔力も上昇し、威力だって上がっているのだ。そのドラゴンでさえ屠れると思われる重力球を、退屈そうに一瞬で消されるとは・・・実力差がある事は知っていたが、ここまで何もできないとは思わなかった。

「次の攻撃は?」
「・・・・・・」
「そう。なら次は僕の番かな?」
「え・・・」

 事務的な口調で告げられたその言葉に、ボクは頬が引き攣る。

「そう、嫌か。じゃあ魔法の運用について教えてあげるよ。僕は魔力がほとんど無いからね、なけなしの魔力で魔法を運用する術は身に付けていると思うよ」

 そんな事を言われる。確かに兄さんからは魔力が全く感じられないが、それでも実力差が絶望的過ぎてそんな事は気にならない。というか、魔力を使っていた感じがしなかったが、どうやって魔法を使ったりしているのだろうか。分解っぽいのもボクのとは違っていた気がしたし。

「お、お願いします」
「うん。まずはね――」

 ボクの頷きに近くに来た兄さんが魔力を用いる際の運用方法を教えてくれるが、ボクとは観点が違っていた。それと、その説明の際に実際に魔法を使っていたが、その魔法はボク達と同じ魔法であった。
 その事を質問すると、兄さんは暫くジッとその冷たい目でボクを見詰めてくる。

「えっと」
「僕が最初に使っていたのは方法が違うからね」
「方法?」
「君が知りたいと願うのであれば、いつかは解るさ。君が使っているのは僕の身体なんだから」
「どういう・・・?」
「いいよね、先に人が居るって」
「?」
「僕には誰も何も教えてはくれなかったよ」

 口調も表情も何も変わらない。しかし、そこには蔑む様な苛立つ様なそんな複雑な感情があるようにボクには思えた。

「ご、ごめん」
「君は何に対して謝罪をしているんだい?」
「いや、あの、安易に訊いてごめん」
「なるほど。しかし、何故それが謝罪に繋がる? 知らないから訊いた、別に謝る案件ではないだろう」
「・・・・・・」
「それよりも、僕の説明は理解出来たかい?」
「え! あ、うん。分かったと思う」
「ならばいい。君はまだ強くなれるんだ、努力を怠らない様に」
「う、うん。分かったよ」

 兄さんの言葉に頷く。強くなれるのであれば努力しないとな。

「それじゃあそろそろ戻そうか。外の時間もいい頃合いだろうし」

 兄さんがそう口にすると、意識が浮上するような感覚に襲われる。

「早くここに来ないようになればいいね」

 その兄さんの言葉を最後に、ボクの意識は途切れた。





「僕から色々奪っておいてあの程度とはね」

 ジュライを戻した後、オーガストはジュライと遊んだ感想をどこか残念そうに口にする。

「しかし、最近世界を魔力で視ていなかったからか、魔力の感覚がどうもおかしいな。封印中の成長にまだ追い付けていないのか?」

 オーガストは自分の手に目を向けて、魔力視を実行する。

「もうほとんど魔力が残ってないな。それにしても、内包魔力量の認識がぶれているな。これは修正せねばならないか」

 オーガストは自分の身体に別の眼を向ける。

「あまり弄りたくはないがしょうがないか。折角だから色々おかしなところも修正しておこう」

 それだけ呟くと、オーガストは己の身体の歪みを強引に修正していく。

「しかしまぁ、鳥が人になっても飛べないが、人が鳥になったら飛べるはずなんだがな」

 オーガストはそう呆れたように言葉にすると、ふと思い出して呟いた。

「ああ、そういえば居ましたね、僕に色々教えた物好きが一人・・・あの余計な事をしてくれた者が」





 目を覚ましたのは空が白みだしている時間。いつもより僅かに遅い起床であった。

「・・・・・・」

 あれを夢、と言っていいのだろうか? 記憶はあるが、いまいち実感が持てない。
 少し考えてみるも分からない。何か言葉を当てはめてみるのであれば、やはり兄さんが言っていた精神世界というのが一番しっくりくるか。よく解らないが、まぁそれはいい。

「おはよう。プラタ」
「御早う御座います。ご主人様」

 起床の挨拶を隣で横になっているプラタと交わすと、抱き着いているシトリーを剥がす作業に入る。

「おはよう! ジュライ様!」
「おはようシトリー」

 剥がしにかかったところで直ぐに目を覚ましたシトリーと朝の挨拶を交わす。この一連の日常を繰り返すと、ああ今朝もちゃんと起きれたんだなと実感が湧いてくる。
 その後マットを情報体に変換して収納したり、顔を洗ったりして朝の支度を済ませると、ボクはプラタとシトリーに見送られて自室を後にする。
 食堂に移動して軽く朝食を済ませてから教室に入ると、時間が来るまでのんびりとした。
 時間になり教室に入って来たのは、昨日と同じでバンガローズ教諭であった。他の生徒が居ないのも昨日と同じか。
 今日の授業は毒や麻痺などの機能障害を治すまたは緩和する魔法や薬などについてだった。
 この辺りは北側の森に棲んでいる動植物などの特徴によるものだが、その辺りを治療する魔法は修得済みだ。念の為に薬も用意している。というか、死者を蘇らせられるのにそれぐらいが治せない訳がなかった。あらゆる治癒系の最終到達地点が蘇生魔法なのだから。
 その授業は元からあまり長くないのか、それともバンガローズ教諭が気を利かせてくれたのかは分からないが、昨日と同じぐらいの時間で授業が終わる。
 昼食もいつも以上に軽いもので済ませると、訓練所に足が向いた。
 訓練所に入ると、昨日の五人が既に訓練をしていた。
 一回の指導だけで急激に改善したようで、昨日よりもだいぶ良くなっている。どうやら理解力だけではなく、身につけるのも早いらしい。
 その五人は入ってきたボクを認めると、練習を中断して駆け寄ってきて、横一列に並んで挨拶をされた。他に人が居なくて本当によかった。
 それに挨拶を返すと、昨日同様に魔法訓練区画の個人向けの区画に場所を移して指導を開始する。
 指導と言っても基本は魔法の効率化と、魔力操作の技術を上げる事のみだ。
 因みに、昨夜兄さんに教えてもらった魔法の効率化はここでは取り入れない。あれは前提条件として魔力操作がかなりの域に達していなければならない。
 普通の魔法使いが魔法を使う順序というのは、魔力を集め、自分の影響力を与えて、目的に応じた魔法の系統を決めてそれを付与し、そして支配する。その後、それを濃縮して魔法を創り上げていくのだ。
 魔法の効率化とは、これの各工程を見直していくことなのだが、兄さんのそれはその工程全てを一度に行うという狂気の所業であった。
 あれは正直、ボクでも失敗する可能性の方が極めて高いほどの難度。後でクリスタロスさんのところで練習しないと、今のボクには過ぎた技術だ。
 それにしても、やはり個人差というか、得手不得手というものは存在するようで、既にコツが掴めてきだした者も居れば、まだ昨日よりは改善された程度の成果しかない者も居る。

「・・・・・・ふむ」

 それら教え子の様子を確認しながら、ボクは少し考える。おそらくだが、習熟が遅れている一年生は得意魔法が適正魔法ではないのだろう。

「そこの貴女。火の矢もいいのですが、少し付与魔法を試してみてはくれませんか?」

 ボクは懐から出す振りをして構築した、前に使っていたナイフを背の低い少女にそう言って渡す。

「は、はい!」

 背の低い少女は緊張したように頷くと、ボクからナイフを受け取り火系統を付与していく。

「ああ、やっぱり」
「え!? わ、私何かおかしなことしましたか?」

 ボクの呟きに、背の低い少女はオドオドとしだす。

「いえ、大丈夫ですよ。ただ、貴女は付与魔法に適性があるようですね」
「付与魔法にですか?」
「ええ。ですから、付与魔法で魔法の効率化の練習をした方が今より早く上達できるかもしれません」
「ほ、本当ですか!?」

 背の低い少女は驚きと共に輝く瞳をボクに向けてくる。どうやら自分が他の四人よりも遅れているという自覚はあったようだ。

「はい。付与魔法も基本は他の魔法と同じですから、まずはそれからやっていきましょう。そのナイフは暫しお貸しいたしますので」

 本当はナイフをあげてもいいのだが、安物のナイフなど要らないだろう。わざわざゴミを他人に押し付ける趣味はない。

「あ、ありがとうございます!」

 背の低い少女は勢いよく頭を下げると、早速付与魔法での訓練を開始した。
 ボクはそれを少しの間見届ける。付与魔法の少し先に付加魔法があるのだが、いずれ彼女はそっちの方面で大成するかもしれない。そう期待できるほどに彼女には付与魔法に対する適性があるように視えた。頑張ってほしいものだ。
 それを確認すると、ボクは次の人物へと目を向ける。次に目を向けたのは、五人の中で最も背の高い少年。
 この少年は水系統の魔法が得意らしく、先程から直径十センチ程の円盤状に発現させた水を高速で回転させて、百メートル先の的を通過させていた。
 現在使用している的は、小さな点を中心に一定間隔を空けて円が何重も描かれていて、命中精度を上げる訓練になる。
 この的は幻影の為に実体がないのだが、魔法が通過すると、通過してから五秒間はその場所に通過したままの穴があくようになっている。その間に全く同じ場所を通過させればそれだけ穴が閉じるまでの時間が更新されるので、命中精度がかなり高い人はずっと穴をあけ続けることが出来る。
 今回は百メートルと近い距離なので、出来るだけ同じ場所を攻撃して欲しいのだが、そう上手くはいかないようだ。
 今まで観察してきたジーニアス魔法学園の生徒達が同じ距離で中心を狙って攻撃した場合、大体十発中、中心点に三発当たれば比較的優秀で、的自体に八発も当たれば及第点と言ったところであった。
 今教えている五人は、昨日の時点では大体一般的な生徒と似たようなモノであったが、現在は的を外す事はまずなくなった。中心にも半数以上は命中している。
 それでも同じ場所へは偶然でしか無理なようで、穴をあけても直ぐに塞がっていく。
 そもそも五人は魔法の発現に時間が掛かりすぎている。
 入学して日の浅い一年生が一回の魔法の発現に五秒前後掛かっている感じなので、三秒前後で発現できるのは優秀な方なのだろうが、それでもな・・・でも命中精度と発現速度の両方を一気に直すのは難しいだろうから、まずはどちらを優先させるべきか。

「あ、あの!」

 ボクがどうしようかと考えていると、観察していた背の高い少年が振り返り声を掛けてきた。

「なんでしょうか?」
「その、お手本を見せて頂けませんか?」
「お手本?」
「はい。中々上手く当たらないもので」
「ああ、なるほど」

 見ていた感じ、背の高い少年は必ず的には当てていたが、中心には半分ぐらいしか当たっていなかった。

「分かりました。では同じ魔法を使いますので、よく見ていてくださいね」

 ボクの言葉に背の高い少年は頷くが、周囲からも視線を感じて、そちらに目を向ける。

「ん?」
「私達も一緒に拝見させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」

 そこに居た四人を代表して中肉中背の少年がそう尋ねてきたので了承すると、背の高い少年以外の四人も見学に参加することになった。

「ではいきますよ」

 まずは同じ円盤状の水の刃を発現させる。

「・・・凄い」

 ただそれだけでそんな声がした。まぁ発現に一秒と掛かっていないし、魔力濃度は同等でも工程の無駄を減らして効率化を図り、魔力の損失を出来るだけ減らしているので、使用魔力は背の高い少年が発現していた魔法の十分の一程度だからな。
 ボクはその発現させた魔法で的のど真ん中を通過させる。それを連続で行い、的の全く同じ位置を通過させ続ける。百メートルと近距離なので外す方が難しい。

「どうでしょうか? 参考になりそうですか?」

 撃って発現させて撃ってを十発ぐらい行うと、ボクは背の高い少年に問い掛ける。説明されるよりも実際に見た方が勉強になる場合があるからな。

「は、はい! 大変参考になりました!」
「それなら良かったです」

 参考になったならいいか。魔力制御と効率化を続ければこの程度の芸当は直ぐにでも行えるようになるだろう。

「やっぱり三年生は凄いんですね!」

 背の高い少年にそう返していると、背の低い少年が興奮した声を出した。

「確かに三年生は凄い。だが違うぞ。三年生が、ではなくこの方が特別凄いのだ」

 中肉中背の少年が、背の低い少年にそう告げる。やはり彼はレイペスと同種の人間らしい。

「そ、そうなのですか!?」
「ああ、そうだ。だから教えを乞うたのだ」

 どうやら彼の方が上位者のようだ。単に貴族と従者なのか、はたまたペリド姫達の様に同じ高貴な存在でも階級の違いなのか。
 まぁそんな二人は置いておいて、早速訓練を再開させた背の高い少年の方に顔を向ける。
 一度見ただけで劇的に変わるというのは一部の天才ぐらいだろう。普通は一度見ただけでは良くて何か掴めたかな? ぐらいだと思う。そういう意味では、一度見ただけで直ぐに多少の改善を見せたこの背の高い少年は優秀な部類に入るのだろう。
 このまま続けていけばそれなりに成長していくと思うので、次の一年生に目を向ける。
 次の生徒は背の高い少女だ。
 空気を圧縮して放つという風系統のちょっと難しい魔法を使っている。それにしても、この少女は本当に背が高いな。先程の背の高い少年よりは低いが、多分ボクよりも少し背が高いんじゃないかな。
 その背の高い少女が放つ圧縮空気弾は、圧縮するのが大変ではあるが、他の魔法よりも真っすぐに飛ぶために、初級魔法のなかでは命中精度が高く、比較的安定していて威力も減衰しにくいのが特徴の魔法だった。
 その魔法を上手に使ってはいるが、それでも一年生の域は出ていない。五人の中では一番魔法の操作が美味いんだけれどもな。魔力効率の方は中肉中背の少年が一番だが。
 昨日よりは結構進展が見られるので、現段階ではこの背の高い少女に個別に指導する必要もないだろう。まだまだ独自で改良点を見つけては改善出来ているようだし。
 次に、先程まで中肉中背の少年と会話をしていた背の低い少年の方へとボクは目を向けた。
 背の低い少年は、火の系統と水の系統を組み合わせた二次応用魔法である氷の系統魔法を放っていた。
 一年生の段階で二次応用魔法を使えている時点で十分な戦力だろうが、背の低い少年が放っているこぶし大の氷の塊は、少々魔力の密度が心許ない。もしかしたら得意な魔法ではなく、見栄を張っているのかもしれない。
 そういえば、魔法は一定以上の魔力密度に達する毎に色が少しずつ変化している気がする。特に判りやすいのが火の系統魔法だろうか。密度で威力が変わるのでそのせいかな?
 とにかく、背の低い少年が放つ氷の塊は魔力の密度が乏しく、また精度もあまりよろしくない。的には全弾命中してはいるものの、狙っている中心には十発中二三発しか当たっていない。

「えっと、応用魔法もいいけれど、基礎魔法も使ってみてもらえませんか? 基礎魔法がどれぐらい扱えるのかも知りたいので」

 とりあえずそういう事にしておこう。こちらとしても実力さえ分かればいい訳だし。

「分かりました! ではいきます!」

 背の低い少年はそう言うと、水系統の魔法を構築していく。
 三秒ほどして発現したのは、球状の水の塊だった。大きさは氷の塊の時と同じぐらいか。
 背の低い少年はその水球を的目掛けて放つ。それと同時に次弾の構築を始める。
 放たれた水球は的の中心点の上辺りを掠めて通過していった。
 その後も数秒の時間を置いて水球が放たれる。
 その全てが的に命中し、半分以上が中心に当たるか掠めていたので、やはり二次応用魔法はまだ覚束ないのだろう。
 今の結果から、この背の低い少年の魔法の効率性と操作性は、今まで確認した三人とそこまで大差はない感じか。上手い事ほぼ横並びの者達を集めたものだ。
 ボクは背の低い少年に簡単な助言を行ってから、最後の中肉中背の少年の方へと目を向ける。
 目を向けたその中肉中背の少年は、雷の系統魔法を放っていた。
 広範囲への放電なので、的にはあっさり当たっている。というか、電撃が的を飲み込んでいると表現した方がいいのだろうか。そういう意味では全弾が的の中心に命中していると言えた。
 それでも、元々の魔力密度がそこまで高くないようで、広範囲に広げた事で全体的に薄くなっている。これでは当たってもよくて痺れるぐらいだろう。捕獲目的や補助としてはいいかもしれないが、単純に攻撃目的としては役には立たない。
 ボクは中肉中背の少年に、広範囲が対象の魔法ではなく、範囲を縮めて威力を上げた魔法は使えないか尋ねてみる。それに中肉中背の少年は分かりましたと頷くと、的に目を向けた。
 そして、二秒ほどで先程の広範囲の電撃の代わりの雷の槍とでもいうべき先の尖った棒状の魔法を発現させる。長さは一メートルほどだが、魔力の密度は結構な高さだ。
 中肉中背の少年がその雷撃の槍を的目掛けて射出すると、もの凄い速度で飛んでいき、的の中心を射抜いていく。どうやら命中精度は中々のようだな。
 その後も十発ぐらい同じ魔法を放ったが、七発ほどが中心に当たっていた。先程の背の高い少女が八発だったので、ほぼ同等か。
 効率は中肉中背の少年の方が上で、内包魔力も中肉中背の少年が上。つまりは、彼の方が個人の戦闘能力が高いという事になる。単独での戦闘能力だけなら、前にここで見た三年生よりも上だろう。
 それでもまだ粗く見えてしまうのは、普段目にしている相手の実力が高いからだろう。それに、ペリド姫達に比べれば彼でも数段は落ちる。

「なるほど。二年生に進級するのは容易でしょうね。五年生ぐらいまでなら今でも十分通じるかと思いますよ」

 そう評すると、中肉中背の少年は丁寧にお辞儀をする。

「ありがとうございます。ですが、私は更に上を目指したいのです」

 そう告げた後、この少年からもお手本を見せてほしいと頼まれた。

「分かりました」

 向上心が在るのは良い事だ。ボクもまだ修行の身なれど、先輩として多少の手助けぐらいはしよう。

「同じ魔法でいきますね」

 ボクは背の高い少年の時同様に、相手と同じ魔法を同じ密度で発現させる。

「やはり素晴らしい」

 一瞬で同様の魔法を発現させて放つと、後ろから感嘆にも似た呟きが聞こえてくる。
 それを間断なく十発的に放つ。その全ては中心の同じ位置を通過していった。やはり百メートルでは近すぎるな。五人も慣れてきた頃だろうし、次は距離を倍にして、更に百メートル先の的を出現させようかな?

「どうやればあれほど素早く正確に魔法を扱えますか?」

 中肉中背の少年の問いに、ボクはどう答えたものかと考える。
 結局のところ、兄さんや天使の様な異質な存在ではない限り、可能な限り無駄をなくして、丁寧かつ確実に魔法を操作するのが一番なのだから。
 ボクはそれを伝え、少し上の訓練のやり方を伝える。訓練にも練度に合わせた鍛錬法というのがあるだろう・・・多分だが。

「なるほど。勉強になります!」

 それを聞いて、中肉中背の少年は勢いよく頭を下げる。本当に上を目指しているようだな。
 しかし、頭を上げた中肉中背の少年が目を輝かせているのに、嫌な予感を覚える。こういう目をしているのは大抵強さに憧れている相手だ。

「あ、あの! 図々しいお願いで申し訳ないのですが、高みを見せては頂けないでしょうか?」
「高み?」
「先輩の実力をお見せ頂きたく!」

 いつの間に集まったのか、中肉中背の少年の背後に四人が並んでいた。そして、中肉中背の少年の言葉と共に、五人は勢いよく頭を深く下げた。

しおり