招待状2
目を覚ましたボクは、まず時計を確認する。
どうやら一時間弱ぐらい眠っていたようで、外はそれなりに明るくなってきていた。
「御早う御座います。ご主人様」
「おはよう。ジュライ様」
「御目覚めですか、創造主」
「おはよう。プラタ・シトリー・フェン」
朝の挨拶をしてくれる三人にボクは応じながら、夢? の内容を思い出す。
それは妙にはっきりと記憶に残っている夢であった。
兄さんの闇というよりも、あれがオーガストという少年の本質の一部なのだろう。少なくとも、ボクには理解できない存在だ。
だけど、とりあえずそれはさておき、兄さんに言われた事を思い出す。確かフェンと五感共有するには、回路が閉じているから、魔力を強引に流して閉じた回路を開けばいい、だったか。
「フェン」
「何で御座いましょうか?」
「もう一度五感を共有させてくれる?」
「創造主の御心のままに」
「ありがとう」
承諾を得てフェンの五感を共有する。
相変わらず視覚は問題ないのだが、他が機能していない。兄さんの言っていた閉じた回路とやらは知覚出来ないが、とりあえずフェンの身体に魔力を巡らせるつもりで一気に流してみる。すると。
「おぉうっ!?」
フェンが驚いたような声を上げると同時に、驚くほど鮮明に視覚以外の感覚の存在も感じる。
「おぉ! 聴覚だけじゃなくて触覚も嗅覚も分かる!」
突然の変化に驚くあまり、五感の共有を解いてしまった。
「流石で御座います。ご主人様」
「でも、急にどうしたの?」
シトリーの疑問も当然だろう。昨夜あんなに試しても上手くいかなかったのが、少し寝たらあっさり上手くいったのだから。
「うん、ちょっとね。夢? で兄さんに助言をもらったんだ」
「オーガスト様に?」
「うん」
「何と御助言を頂かれたのですか?」
「回路が閉じているから魔力を流して回路を開ければいいって」
「回路? 何それ?」
シトリーがどういう意味かとプラタの方に顔を向ける。
「私にも解りません。元々同調した魔力がしっかりと行き渡っておりましたから」
「だよね。フェンは?」
「小生も解りません。ですが、先程何かが開通したと言いますか、目が醒めたような感じが致しました」
「目が醒める?」
どういう意味だろうか? というか、プラタとシトリーでも分からないのか。
「はい。言葉にするのが難しいのですが、突然身体が軽くなったような、視界がスッキリしたような感じです」
やはりよく分からないな。回路ってなんなんだろう? 繋がりって言ってたから魔力が行き届いてないのかと思ったんだけれど、どうやらそうではないらしいし。
「うーん。分かんなーい」
「申し訳ありません」
難しい顔をするシトリーに、己の説明不足を謝罪するフェン。
「我らとは御覧になられている世界が違うのでしょう」
「そうだろうね」
兄さんは自分は魔力が弱いと言っていたが、それでもあの次元が違うような圧倒的な雰囲気は、おそらくプラタが言うように観ている世界が違うからだろう。というより、住んでいる世界からして違うのだと思う。
あの世界で目の当たりにした兄さんの魔法は全くの別物というか、魔法を使用していたのに気がつけなかった。
「とにかく、これで無事に五感の共有が出来た訳だ。味覚も多分大丈夫だと思うし。ここまでくれば、どこかでもう一度魔物創造してみたいね」
「おぉ!」
そのボクの言葉に乗ってくるシトリー。
「いつする? いつにする? ジュライ様!!」
わくわくとするシトリーに、小さく笑みを浮かべる。
「それはまだ決めてないな」
「そっかー。楽しみだなー」
シトリーはにこにことしていて機嫌がいい。学園に滞在中に魔物創造を行ってもいいな。
そんな事を考えている内に完全に朝になる。もうすぐ列車がジーニアス魔法学園近くの駅舎に到着する頃であろう。
それを察してか、フェンがボクに一言断ってから影の中に戻っていった。
フェンを見送った後、プラタとシトリーと少し会話をしていると、徐々に列車は速度を落としていく。
「それではご主人様、先に学園で御待ちしております」
「じゃあまたねー。ジュライ様」
二人はそう言うと、瞬く間に姿を消した。毎度の通りに、学園にあるボクの自室に先行したのだろう。
それから程なくして列車が止まり、ボクは駅に降りる。
駅舎からジーニアス魔法学園までそう離れていないので、学園に到着した時にはまだ朝と言える時間帯であった。
そのまま上級生寮まで直接赴き自室に入ると、プラタとシトリーが出迎えてくれる。
それに挨拶を返して室内に入ると、さてどうしようか考える。
現在は昼前だが、今日の予定は何もない。
一日自由時間なのでどうしたものか、昼食も夕食も要らないしな。
暫し考え、久しぶりにクリスタロスさんの元を訪ねることに決めた。
クリスタロスの元へは学園に戻ってきた時に行くようにしていたが、二年生の終盤は学園に一度も戻っていなかったし、進級時に少し戻ってきたが、あの時は色々あって行けなかった。結局二ヵ月ぐらい間が開いたことになるのか。
それに、兄さんと分離したボクとしては、クリスタロスさんとは初めてに会うようなものなのだから、少し緊張するものだな。
クリスタロスさんの住む、二つ目のダンジョンの奥地へと転移する為に、ボクは一人で円形の魔除けの様な転移装置を起動させる。
今回はプラタとシトリーには留守番をしてもらう事にした。
一瞬の空白の後に、地下を掘っただけの様な空間に到着する。
「お久しぶりですね。オーガストさん」
到着して直ぐ、そうボクに中性的な声が掛けられた。
ボクはその声がした方へと顔を向ける。そこには声同様に中性的な見た目の細身の人物が親しげな笑みを浮かべて立っていた。
「ご無沙汰しました。クリスタロスさんがお元気そうでよかったです」
そうクリスタロスさんにボクが挨拶を返すと。
「おや?」
そう言って不思議そうな顔でボクの事をまじまじと見つめてくる。
「ん? どうかしましたか?」
それにどうかしたのかと思い問い掛けると、クリスタロスさんは我に返ったような顔を見せる。
「すいません。どうもオーガストさんの雰囲気が前と違うような気がしまして」
クリスタロスさんのその返答に、鋭いものだと思いながらも、正直に答えるべきかどうか逡巡する。
出来るだけおかしくならない長さの間をあけて、ボクは口を開いた。
「・・・流石ですね。信じてもらえるか解りませんが、少しお話をしても?」
「ええ、是非とも。ですが、ここで立ち話も何ですから、向こうの部屋で座ってお話ししましょう。お茶も淹れますので」
変わらず親愛の籠った微笑みを浮かべているクリスタロスさんの後に続いて、ボクはクリスタロスさんの部屋に移動する。
部屋ではいつもの席に腰掛けると、お茶を淹れに行ったクリスタロスさんを静かに待つ。
暫くそうして待っていると、クリスタロスさんがお茶を淹れた湯呑を載せたお盆を手に戻ってくる。
「お待たせしました」
目の前に湯呑を置いたクリスタロスさんは、ボクに微笑みかける。
「ありがとうございます」
それに礼を告げて、一口お茶を啜る。
「それで、どんなお話しでしょうか?」
向かいの席に座ったクリスタロスさんは、穏やかな声で先程の話の続きを問い掛けてきた。
「はい。実は――」
ボクはクリスタロスさんに兄さんの事と前までの自分について、今のボクについて説明する。
それを時折相づちを打ちながら静かに聞いていたクリスタロスさんは、ボクの話が終わると、納得したように大きく頷いた。
「では、オーガストさんではなく、今はジュライさんとお呼びすればいいんでしょうか?」
「はい。肉体は兄のオーガストのモノですが、意識はボク、ジュライですので、それでお願いします」
「分かりました。ジュライさん」
それににっこりと優しく微笑むと、クリスタロスさんは既に受け入れた証として、ボクの名を穏やかに呼んでくれた。
それからは呼び名が変わっただけで、今までと変わらない態度でクリスタロスさんは接してくれる。
おかげで会話も今まで通り自然と出来る。とりあえずこの部屋に来なかった間の話を掻い摘んで説明するが、約二ヵ月の間にもそこそこ色々とあったので、話の途中で気づけば夜になっていた。この部屋は外が見えないので、時間の進み具合が分かりにくい。
「もうこんな時間ですね」
時計を確認してそう告げると、クリスタロスさんは残念そうな表情を見せる。
「本当に楽しい時間はあっという間です」
寂しそうにそう口にするクリスタロスさんに、また明日にも来る予定であることを告げる。とはいえ、訓練所を借りると思うのだが。
「ええ、ジュライさんでしたらあの部屋はお好きにお使いください。では明日も楽しみに待っています」
それでも快諾してくれるクリスタロスさんに礼を述べる。
予定では魔物創造を行うかもしれない。もしかしたら、兄さんと分離した事で魔法に異変が無いかの確認に当てるかもしれないが。
とにかく場所の確保は出来たので、明日もまたここに来るとしよう。
そう決めると、まだ少し残っていたお茶を一気に飲み干す。流石に冷えていたが、クリスタロスさんの淹れてくれるお茶は相変わらず美味しかった。
お茶を飲み終えると、ボクは席を立つ。続いて立ち上がったクリスタロスさんがにこやかな笑みを浮かべる。
「それではまた明日お会いしましょう」
「はい。また明日来ます」
クリスタロスさんとそう言葉を交わすと、ボクは転移装置を起動させる。
この転移装置はクリスタロスさんの部屋に転移する際に発動した場所まで戻してくれるので、帰る為に起動した事で、ジーニアス魔法学園の自室へと到着した。
「御帰りなさいませ。ご主人様」
「おっかえりー、ジュライ様!」
到着するなりシトリーが飛びついてくる。
「ただいま。プラタ・シトリー」
帰宅の挨拶を二人に返し、ボクは抱き着いているシトリーの頭を軽く撫でる。
それで満足してくれたのか、シトリーはボクから離れてくれた。
「さて、ちょっとお風呂に入ってこようかな」
ずっと座っていたので縮こまっていた身体を伸ばすと、一度湯に浸かる事にする。
「いってらっしゃいませ。ご主人様」
そう言って恭しく頭を下げたプラタの横で、
「私もジュライ様と一緒に入るー!」
そう言ってシトリーが再度飛びついてきた。
「一緒って、この部屋の浴槽は一人用だから」
上級生寮は一人部屋な為に、当然備え付けのお風呂場も一人用である。浴槽なんて足を曲げなければ一人でも入れないぐらいに狭い。
しかし、断る口実になるので、今はそれが有難かった。
「大丈夫だよ! 私は大きさも変えられるから!!」
親に自慢する子どもの様ないい笑みを浮かべて見上げてくるシトリー。どうやら浴槽の狭さは役に立たなかったらしい。
「そ、そうなんだ。だけど、今は一人で入りたい気分なんだ」
シトリーは魔物である。だからという訳ではないが、別にシトリーと入っても何の問題もない・・・はずなのだが、何となくそれは不味いような気がするので、ここは断っておく。
「えー。だめー? ジュライ様」
甘えるような声音と表情で見上げてくるシトリーではあったが、そこでシトリーは背後から首根っこを掴まれた。
「ご主人様を困らせてはいけませんよ」
そう言うと、プラタはシトリーをボクから剥がそうと力を入れる。
「やー」
それに抵抗して、シトリーは更にボクを掴む手に力を入れる。
「ほら、大人しくここで待っていましょうね」
言葉自体は丁寧だが、プラタは両手を使ってシトリーを剥がしにかかっていた。
それに頑なに抵抗するシトリー。ボクは踏ん張りながらも、そんな二人をどうしたものかと困りながら眺める。
その状態は暫く続き、結局時間が遅くなった為にその日はお風呂に入るのを諦めて、大人しく就寝することにしたのだった。
◆
翌日。
まだ薄っすら空が明るい頃に目が覚めたボクは、隣で寝ているプラタに起床の挨拶を済ませると、張り付いているシトリーを剥がす作業に入る。
昨夜はお風呂に入れはしなかったが、汚れは自浄魔法で綺麗にしたので問題はない。
剥がそうそしたらシトリーが目を覚ましたので、起床の挨拶を交わす。
「ん~~~」
上体を起こして伸びをすると一拍置き、起き上がって朝の支度を開始する。
それが終わると、プラタとシトリーに見送られて自室を出た。
寮の外は太陽が昇り始めていて眩しい。今日は快晴だろう。まだ外気温がそこまで高くないのでいいが、正直暑いのはちょっと苦手だ。
朝早いので食堂に寄って食事をする。パンを貰って食べると、何だか久しぶりにパンを食べたような気がした。
朝食を終えると教室に移動する。
教室には誰も居ない。早かったからか、今回も最初は誰も居ないのか。
暫く窓の外を眺めていると、時間になり教員が入ってくる。
「お、お久しぶりです。オーガスト君」
入ってきたのはバンガローズ教諭であった。
相変わらず丸眼鏡で隠した鋭い目をオドオドと泳がせている。
「お久しぶりです。バンガローズ先生が今日の授業の担当ですか?」
時間になって入ってきたのだからそうなのだろうが、一応そう振っておく。
「は、はい! で、では、授業を始めますね」
そう言ってバンガローズ教諭が教卓の上で本を開くと授業が始まる。どうやら本当に今回も生徒はボク一人らしい。時期が悪いのかな? 一年生の時に最速で進級出来た弊害かな?
授業の内容は北門周辺で姿が確認されている魔物や動植物などについてだった。しかし、それについては生徒手帳に記載されている内容や、図書館に在った本などの資料で見たので知っていた。
それを察してか、授業の途中でバンガローズ教諭にその魔物や動植物などについて幾つか質問され、それに淀みなく答えるとバンガローズ教諭は満足そうに頷いた。
「しっかり勉強していますね。オーガスト君ならば北門での魔物や動植物などに後れを取るような事はないでしょうから、少し早いですが本日の授業はここまでとしましょう」
そう言って締めると、教卓に広げていた本を閉じた後、バンガローズ教諭は背中を丸めて教室を出ていった。
二年生以上では授業が義務ではないので出来る事だろう。これが一年生の時の座学であったならば、既知の内容でも時間いっぱい授業を受けなければならないのだから。
授業が昼前に終わったので、とりあえずどうしたものかと考え、食堂に移動する事にした。
生徒が授業を受けてる時間なので食堂はガラガラだ。気楽に食事ができる。
といっても長居する気もないのでさっさと昼食を済ませると、食堂を後にする。
「・・・・・・」
外に出て中天近くに昇った太陽を見上げて少し早いと思ったので、ちょっとだけ寄り道をしてみることにした。
向かった場所は訓練所。強さの情報集めも定期的に行わないとな。
そういう訳で到着してみれば、昼食時だからか人がほとんど居ない。それでも全く居ない訳ではないのでよしとしよう。
魔法訓練区画の大部屋には五人居た。全員一年生のようで、背の高い男子生徒と女子生徒が一人ずつ。背の低い男子生徒と女子生徒が一人ずつ。そしてもう一人、明るい髪色の中肉中背の特徴の少ない少年が居た。
その少年の内包魔力量は他の生徒よりも高いのだが、全く以って技量不足のようで、魔力効率が悪すぎて撃てる魔法の数が減っている上に、ほとんど力押し状態だった。
「・・・・・・うーん」
勿体無い気もするけれど、おそらく新入生なのでこんなモノなのだろう・・・。
そう思いながら結界外から観察していると、突然その少年がこちらの方に顔を向ける。
「?」
何事だろうかと思っていると、その少年は暫くボクを眺めた後に防御結界から出てきて、ボクの方に近づいてくる。
「あ、あの」
少年の声に、ボクは一度周囲を見回す。どうやらボクに用があるらしい。
「なんでしょうか?」
ボクの方が先輩ではあるが、おそらく彼は貴族だろうからあまり馴れ馴れしくしない方がいいだろう。
「魔法のご指導をお願いできませんでしょうか?」
「指導?」
頭を下げる少年。
「駄目でしょうか?」
顔だけを上げて問い掛けてくる。
確かにボクは三年生で彼は一年生だ。技量的にはボクの方が上だろうが、指導と言われてもペリド姫達の時も微妙だったのにな。
どうしたものかと思案するも、気がつけば他の四人もこちらを窺うように目を向けていた。
「・・・・・・」
それに驚いていると、少年も振り返りそれに気づく。そしてこちらを見ると。
「皆にもご指導お願いできませんでしょうか?」
あれ? 何かこの少年へ指導する事が決定事項になってるような? 気のせいかな?
五人の少年少女の期待に満ちた瞳に気圧されながらも逡巡すると、ボクは承諾した。
「・・・少しの間だけなら。でも、教えるのは得意じゃないですよ?」
「構いません!」
少しも迷わず断言する少年に苦笑すると、魔法訓練区画へ少年と共に移動する。
魔法訓練区画内に入ったボクの目の前に新入生五人が並び「よろしくお願いいたします」 とお辞儀をされる。
それに困惑しながらも、これからクリスタロスさんの所に行く予定なので時間が取れないからどう指導しようかと考える。
数秒の思案ののち、各自得意な魔法を一つだけ披露してもらい、それを効率化できるように教えようと決めた。
念の為に個室へと移動後、その方針を伝えて早速一人ずつ得意な魔法を披露してもらう。流石に得意な魔法なので、発動速度や魔力効率などが見学していた時の記憶よりも若干いい。
各自の得意な魔法を把握した後、特に気になった部分を各自に指摘し、同時進行で指導を行う。
皆素直に話を聞き、文句も言わずに実行してくれるので楽でいい。
そんな事を昼の終わり近く、訓練所に生徒が結構増えた辺りまで行った。
時間が来たので指導はここまでだと告げると、初回なので結構改善できたからか五人にはかなり感謝され、また明日も指導を頼めないかと懇願される。
ボクは少し考え、時間が合えばとだけ返しておいた。
五人に別れを告げて訓練所を後にすると、いい時間なので自室へと足を向ける。
それにしても流石は三年生とでも言うべきか、まさか指導を頼まれるとは思いもしなかった。それと、指導した五人は全員が他の生徒よりも魔力量が多かった。そういった部分はペリド姫達と似ていた。もしかしたら一番内包魔力量の多い少年が偉いのかもしれない・・・分からないけれど、わざわざ偉い少年が頼みに来るとも思えないが。
「・・・しかし、よくボクに頼もうと思ったものだ」
放出魔力と呼ばれる、魔力を持つ存在が無意識に外に出している魔力がある。それは魔力制御を完璧に行えれば一切外に漏れなくなるのだが、ボクはそれを行い、魔力をほとんど外に出していない。これは意識して観察しない限りは、放出魔力を感じないので、魔力が弱弱しいと認識される。
それに加えて、ボクは自分の内包魔力がそのまま視られない様に欺騙魔法を使っている。これはレイペスが魔力量が少ないと言っていたので、間違いなく起動しているはずだ。
その二つのおかげで、ボクは一般的には魔力量の少ない弱者にみえるはずなんだけれどな。
そんなボクに指導を頼むとは、上級生なら何か指摘できる技量が在るはずだとの判断なのか、ボクの技量を一端でも見抜いたのか、周囲に適任そうな人物が誰も居なかったから他に選択肢がなかったのか。よく分からないな。
そんな風に考えている内に、寮の前に辿り着く。
一年生寮よりも綺麗な気がするその寮の中に入り、自室へと向かう。
自室の扉を開くと、プラタとシトリーに出迎えられる。
それに帰宅の挨拶を返しつつ自室に入ると、一息ついてプラタとシトリーを呼び寄せて転移装置を起動させた。
一瞬の空白を挿み、前日同様に掘られただけの様な空間に三人とも到着する。この空間にあるダンジョンの入り口辺りへの転移装置が何だか懐かしいな。
「いらっしゃいませ」
転移したボク達をクリスタロスさんが出迎えてくれる。
「今日もお世話になります」
それにボクがそう返すと、クリスタロスさんはおかしそうにクスクス笑って「はい」 と頷いた。
「それでは移動しましょうか」
そう提案したクリスタロスさんを先頭に、ボク達はクリスタロスさんの部屋へと移動する。
移動した部屋ではいつもの席に腰を落ち着ける。プラタとシトリーもボクの両隣の席に腰掛けた。
暫くしてお茶を淹れたクリスタロスさんが戻ってくる。ボクとシトリーの前に湯呑を置いて、自分の前にもお茶を置く。プラタは飲食が出来ない身体なので、お茶は無い。
席に着いたクリスタロスさんに、昨日話した、来れなかった約二ヵ月間の出来事についての続きを話して時を過ごすと、丁度いい部分で話を区切って終わらせ、ボク達はクリスタロスさんに奥にある訓練所を貸してもらう。
クリスタロスさんの部屋の奥には、クリスタロスさんがお茶を淹れる際に使用している簡易的な台所があり、その先には二つの道が続いている。
ボク達はその片方の道を進むと、もの凄く広い空間に出た。
プラタとシトリーの二人と一緒にそのあまりに広い空間を進むと、入り口から適度に離れた位置で立ち止まり、まずは学園の魔法訓練区画の様に防御結界を内向きに展開する。
「少しだけ軽く魔法を使うね」
プラタとシトリーにそう告げて、何もない空間に適当な魔法をいくつか放ってみる。
「うん。まぁ大丈夫か」
北門でも魔法を使用していたので心配はしていなかったが、それでもこれから行う魔物創造の前に調子は確かめておきたかった。失敗はしたくないし。
「さて、それじゃそろそろ魔物創造を行おうかね」
「おぉ! いよいよだね!!」
ボクの言葉にシトリーは興奮したように反応すると、弾む様な声を出し、目をキラキラと輝かせる。
とりあえず前回フェンを創造した際の事を一度思い出して、脳内で魔物創造までの流れを確認する。
「・・・ふぅ。これで準備はいいかな。それじゃあ始めようかね」
一通り手順を脳内に思い浮かべると、一度大きく息を吸って心を落ち着ける。それが終わると、ボクは何もない空間へと手を突き出した。
まずは魔力を集結させる。出来るだけ上質な魔力を心がけたいも、未だに魔力の質については分からないからな。
とりあえず自分が思う質の高い魔力をこれでもかと凝縮させる。それが両手を大きく広げたぐらいの球体になったところで、意思を込める。
魔物創造も二回目だからか、今回は自分から何かが写されていくような感覚を覚える。
それが終わると、濃密な魔力の塊がグネグネと蠢くように波打ち始めた。
暫くそれが続き、魔力の塊の動きが一際大きくなると、ただの魔力の塊から何かの形に変貌をしていく。そして遂に。
「これが新しく創造出来た魔物か」
眼前に現れたのは、薄緑色の艶めかしい表皮を持ち、四肢を欠いた円柱形の長い身体を渦巻き状に巻いてわだかまっている魔物であった。
「・・・ヘビ?」
その魔物は何処からどう見ても巨大なヘビにしか見えなかった。
「
その巨大なヘビの魔物は、頭上から腹の底に響くような低く威圧的な声で語り掛けてくる。
「はい。そうです」
フェンの時も同じような事を聞かれたので、慌てる事無くしっかりと頷く。
「・・・なるほど。確かに吾を創造せし者のようだ」
観察するような間を置くと、巨大なヘビの魔物は納得したように頷いた。
「これから末永く世話になる。我が主よ」
「よろしくね。えっと・・・」
そういえば名前を考えてなかったなと、そこで思い至る。
「・・・そうだな」
あれやこれやと言葉が頭に浮かんでは沈む。それを幾度となく繰り返した後。
「君の名前はセルパンだ。これからよろしくね、セルパン。ボクの名前はジュライだよ」
「セルパン・・・良き響きの名です。吾に名をお与え下さり感謝致します。我が主、ジュライ様」
そう言うと、セルパンは伸ばしていた頭を地面近くまで下ろす。
そんなセルパンに、ボクはプラタとシトリーを紹介する。それと、影の中から呼んだフェンとも顔合わせをさせる。
四人が簡単な挨拶を済ませると、セルパンには今後はフェンと一緒に影の中に居てもらう事を伝える。
「畏まりました。我が主」
そう言ってボクに頭を下げた後。
「よろしくお願いします。フェン殿」
セルパンは改めてフェンに丁寧に挨拶をした。
「こちらこそ、共に創造主の御役に立ちましょうぞ」
それにフェンも言葉を返す。どうやら二人の相性は悪くないようで安心した。
「セルパンは自分が何が出来るか判る?」
一応聞いてみる。影に隠れる事を承諾してくれたので、影には隠れられるのだろう。こうして話しているという事は言語能力を保有しているという事になるのだから、それも当然か。プラタ曰く、影に隠れるのは言語能力の前に獲得する能力だったはずだし。
「まだ把握は出来ておりません。ですが、影を渡る事も魔法を操る事も可能かと」
「そっか。それだけ判れば十分かな」
影が渡れるのならば偵察も出来るし、魔法が使えるのであれば十分すぎる。満足の出来る創造だった。
「それにしても、相変わらずジュライ様は凄い魔物を創造するね!」
シトリーのはしゃぐような声に、顔をそちらに向ける。
「自慢の子達だよ」
僕の言葉に、フェンとセルパンが恐縮したように頭を下げる。
「こんな凄い魔物はそうそうお目に掛かれないよ!」
「そうなんだ。魔物の国の王もこんな感じ?」
強いと噂の魔物の王もフェンやセルパンぐらい強いのだろうか? セルパンの強さは未知数だけれども。
「うーん。あの子も相当強いんだけれど、フェンとセルパン程じゃないかなー」
「へぇー、そうなんだ」
正直フェンの実力も一端しか知らないんだよね。それでも強いのが分かるほどだからな。
魔物の王の実力は知らないが、シトリーがそう言うのならばそうなのだろう。それでも、今までの口ぶりから魔物の王が相当強いのが伝わってきたけれど・・・やっぱり興味あるな。
ボクはフェンとセルパンの方に目を向ける。
フェンは室内サイズだけれど、セルパンは見上げる程に長い。それでも身体の大部分がとぐろを巻いてる状態なのだから、凄い長いな。
「セルパンは身体の大きさを変えることが出来る?」
「可能です。小さい方が宜しいですか?」
「そうだね。普段はフェンぐらい小さい方がありがたいかな」
「畏まりました。では、そのように」
そう言うと、セルパンはフェンと同じぐらいの大きさに縮んでいく。
「これぐらいで宜しいでしょうか?」
「うん。ありがとう」
ボクの要請に直ぐに応えてくれたことに感謝する。
それにしても、魔物はみんな大きさを変えられるのかな? シトリーも大きさを変えられるみたいだしな。
「うーん」
「如何致しましたか? 我が主。まだ小さい方がよかったですか?」
ボクがセルパンを眺めていると、そう問われる。
「ううん、大丈夫だよ。・・・ちょっと触ってみてもいい?」
艶のある綺麗なその表皮を眺めていると触れてみたくなり、そう確認する。
「我が主のお好きなように」
ボクの視線で理解したようで、セルパンが少し首をこちら側に伸ばしてくれる。
「おお、つるつるしてる!」
それに近寄り触れてみると、表面に硬い膜が張っているのか、滑るような手触りでとても気持ちがいい。それでいて少しひんやりとしているのもまた素晴らしい。
「ご満足頂けていますか?」
そのまま暫く撫でていると、セルパンがそう確認してくる。
「うん。とても満足だ!」
ボクは手を離すと、セルパンに笑顔でそう告げた。
表皮の温度が少し冷たかったので、暑い日だと頬ずりしたいぐらいに気持ちがよかったな。