#03-09
後日談
どうも天野は、クラスメイトを殺すつもりはなかったらしく、あれから一時間もすれば、続々と目覚める生徒が出てきた。
というかむしろ、そのあとが大問題だった。
ここまで来て初めていう事実ではあるが、悪意というのは人の目では見れないのだ。
俺が見えていたのは、悪意に取り憑かれていたから。
とかではなく、単に悪意と会ったから。
居ないと思えば見えない、居ると分かれば見えている。
要は、博識か、無知か。
それだけの違いだった。
さて、そんな見えない彼らが見たものというのは、超能力のようなものを使って人を投げ飛ばす彼女、だそうだ。
なるほど、アフターケアーも必要らしいな。
とりあえず俺は、彼女を家に帰すとしよう。
天野を持ち上げると、どこからか黄色い歓声が上がった。
そんなこと気にならないぐらい、彼女の体はほっそりとしていて、とても軽かった。
「・・・てなことがあった」
「そうか。・・・少し痛むぞ」
「えっ、痛ッ!!!!!!!」
時はまた大幅に飛んで、あれから四日後の月曜日。
結局金曜日は、うちのクラスだけ休みとなったので、今日は久しぶりの登校日。
そんな日の早朝。
俺は母校より先に、堀山のところに来ていた。
「だから言っただろう。それより、その先を教えろ」
「・・・・・・わかった」
今はこいつに肩を直してもらっていた。
これがこいつの特技らしくて、つまりは人体構造を無視した再生が行えるそうだ。
さて、それはそうとその先の話。
土曜日の朝。
俺は寝ぼけ眼で郵便ポストに向かった。
結局あの後に携帯ショップに行くことはできなかったので、今のところは押し入れの奥から引っ張り出してきた目覚まし時計を使っていた。
だからその時は、一瞬見間違えたのかと思った。
郵便ポストの中にはなんと――――――――大量に重ねられた福沢諭吉と、二つ折りにされた一枚の紙が入っていた。
慌てて周りを見渡した。
だって、こんなのドッキリにしか見えなかったからだ。
周りに注意しながら、恐る恐る紙に手を伸ばす。
そこに書かれていたのは、ただ一言。
「ありがとう」だけだった。
何だ彼女か。
全く、彼女はいったい―――――――
どれだけ非常識なんだ。
いやまあ、この札束は彼女にしたら損害賠償みたいなものなのだろう。
実際、家具なりスマホなりなんなりを一通り壊されたし、それは弁償という意味では払うべきだろう。
だが、それにしては紙幣の枚数が明らかに多いのだ。
ぱっと見で数えてみても、二百万はあるだろうし・・・
正直、こんなに要らない。
あんなもの、五十万使ってもお釣りがくるだろうし、それに、彼女にとってもこの大金は必要なはずだ。
なんせ、彼女の両親は二人仲良くベットの上なのだから。
学校に行くという予定も無くなってしまった金曜日。
俺は、義母さんの見舞いに行くことにした。
義母さんの病室は四人一組のタイプで、だからこそたまたま気づいた。
その病室のネームプレートに、「天野」の文字が二つ並んでいたことに。
義母さんによると、昨日意識を失ったとかで緊急搬送されたんだとか。
しかも、通報したのは彼らの娘さんだそうで・・・
彼女の所業というのも、毎回呆れさせられるばかりだ。
さて、そんなわけで返しておいた。
ああ、もちろん彼女の意思も尊重するということで、半分の百万だけ頂いておいたが。
「なるほど。そういうことならこの金ももらっておくことにしよう。
俺は堀山に、さらに半分の五十万円を手渡した。
そして上着を羽織る。
「そうだ、お前に紹介したいやつがいるんだった」
「紹介?だれを」
堀山がまた指を鳴らす。
と、今度は扉が開き、そこからはなんと――――
「ひさ、しぶる、で、な」
なんと、しゃべる子犬が出てきた。
毛が茶色く染まった、しゃべる小動物が。
と言ってもその言葉はたどたどしくて、うまく聞き取れたものではないが。
「お前、どうやって仕込んだんだ」
「犬にしゃべりなんて仕込めるか。それに、先月会った人間ぐらいお前も覚えているだろ」
「先月?・・・ってもしかして」
先月に会った人間といえば、二人ほど心当たりがあった。
だが、だとしたらなんでそのままなのだろうか。
「赤石・・・」
彼は先月、天野と同じように悪意に飲まれた。
彼の形は、今と同じ犬だった・・・
「後遺症だ。ああ、安心しろ。今回の彼女はそこまで長く悪意と付き合っていなかったからな。後遺症は0に等しい」
そうか、それはよかった。
でも――
「治るのか?こいつは」
治せるのか?こいつは。
俺の問いに、非常か無常か。
堀山は、答えた。
「無理だ」
――――――――――そう、か。
まあそれは自業自得なのだから、仕方ないのだろう。
それに関していえば、俺も、天野も、赤石も。
何ら変わらないのだろうから。
俺たちは、皆が皆、愚者なのだから。
そんな気分も憂鬱なまま、今日も一時間目が始まる。
先週にあんなことがあったというのに、天野以外の席が埋まっているというのは、なんだか妙な違和感があった。
「はーい。じゃあ学級委員やりたいやつ~」
この時間は、学活。
うちの学校は委員会が前期と後期に分かれていて、今は後期の委員会を決めている。
そしていつものように俺は手を上げ―――――るわけではない。
すでに高校生活の半分を、俺はそれに捧げてきた。
もうこれ以上やる義理というのはないだろう。
「ほら、誰かいないか~?」
先生は教卓に体を任せて、ぐで~っと突っ伏していた。
そしてちらっとこちらを見て、目で訴えかけてくる。
「・・・しょうがない。じゃあ次に図書い――」
「はい、やります!!」
とうとう諦め、ほかの委員を先に決めようとした、その時。
突然ドアが、ガラッと開いた。
そこに居た人物を見て、クラスの人間は顔が真っ青になったことだろう。
もしくは、逃げ出そうなんて考えたやつもいたかもしれない。
そんな彼女は手をピシッと天井に向けて掲げ、その決意を固めていた。
なんだ、ちゃんと後遺症は残っているじゃないか。
それは、俺の思い過ごしかもしれないが。
気づくと、顔がにやけていた。
「なら、俺もやります」
皆の視線が驚きへと変わり、スポットライトが、今度は俺に向けられた。