#03-08
蛇が、蛇たちが。
それぞれの意思を持ってか、操られてかは知らないが、ともかく俺を制止させようと、こちらに向かってくる。
と言っても彼らは、それほど大きい図体を持っていない。
ならば、突破は容易だ。
空いた手で払いのけると、そのまま内側に詰め寄って一撃――――はいつもの如く無理だった。
よくみると、細い蛇の集団の中で三本、他とは違う異質な雰囲気を持った蛇がいた。
それは周りよりも太く、強い蛇。
おいおいまじかよ。
それを払うのは、よほどの格闘経験を持つ人間でもない限り不可能だろう。
俺もその多数派集団の仲間であったので、惜しいところでその蛇に弾き飛ばされた。
骨のきしむ音が、脳に直接響く。
とはいえここでへばってしまっては、(すでに効力なんて残ってないだろうが)あの殺害予告のようなものは、意味を失ってしまう。
・・・これを使うつもりなんてなかったが、逆にちょうどいいだろう。
少し確かめさせてくれ、これが
また運悪く赤信号につかまってしまい、少女は肩で息をしながら立ち止まった。
こんなこと、今日で四回目である。
ただでさえ遅刻をしているというのに、これ以上彼女から時間を奪って、神様というやつはいったい何がしたいのだろうか。
そんな事分かるはずもなく、彼女はただ過ぎ去っていく車を見ていることしかできなかった。
頭上では、飛行機が通り過ぎていくのが分かった。
そんな日常。
誰にも干渉することのできない、平凡。
信号はやっと青に変わり、待ちわびていたかのように人の波が一斉に移動していく。
少女も再び走り出す。
その集団を追い抜いて目指すのは―――――――
私立立桐高校。
惨劇の、学校。
ひとつ後ろにはねると、後ろ手でドアを閉めた。
その行動に意味があるかといえば特になく、単に視界を遮っただけなのだが。
どちらかといえば後ろに下がる、もしくは距離をとることが、本当の狙いだった。
着ていた上着の内ポケットに入っているものを、取り出した。
まさか役立つと、使うとさえ思っていなかった。
護身用として念のため持っておいたのだが、まさかそれが正解だったとは・・・・・・
そんな心情の中、それの柄を大きく開いた。
そしてそれを、鋏を彼女に向けて投げ付ける。
殺意を込めて、全力投球。
とはいえそんな見え見えな攻撃が当たるわけもなく、蛇に叩き落されてしまった。
もちろん、これが決定打になるとは思っていない。
むしろそれは計算通り。
逆にこんなの、囮にしないでどうするのだ。
投げたと同時に、俺も動いた。
誰もが知っているであろうが、鋏というのは二枚の刃が重なり合ってできている。
俺はそれを、壊したのだ。
さっき投げたのは、もう片方の刃。
彼女は刃に気を取られて、隙だらけ。
狙うならここしかない!!
刃が、彼女の首筋に向かって伸びていく。
と同時に、蛇が俺の右肩に噛みついた。
「いっ!!!!」
激痛が走り、思わず刃を落としてしまった。
無理やり蛇を引き離すと、再び後ろに下がる。
肩の肉が多少持っていかれたが、それはしょうがない。
必要経費と割り切ることにしよう。
「・・・チェックメイト~。ってところかな」
突然、天野は言った。
おどけた調子で、どうやら自分の状況が分かっていないようだ。
「チェック、なんで―――」
「毒だよ」
毒?
いや蛇毒だというのはその一言で理解できるのだが、たしかお前の蛇は毒持ちではなかったような?
・・・ああ、そういえば増えたんでしたね。
ならどっちかが毒持ちか。
「といっても、真矢君が死ぬっていうのは、よくよく考えれば大変なことだね・・・ ここはひとつ、取引でもしない?」
おっと、お前は俺を苗字どころか名前で呼んでくれるのか。
それにしても、取引か。
えらく上からの物言いだが、まあ優勢なのは天野であって、だからこそその言い方というのも正しいのだろう。
しかし取引な・・・
「内容は?」
「真矢君は、私に知ってること全部教えて。そしたら、解毒剤を打ってあげる」
「・・・まったくWIN-WINじゃないと思うんだがな」
「そう?理由を詳しく聞きたいな」
そうか、なら教えてやるよ。
「まず一つに、さっきも言ったが教える義理がない。というか、教えたところで意味がない」
「そっか。他には?」
「・・・これが一番の理由だな。根本的で、もっともまともな。実はな、俺―――――――――」
そこで言葉を止めると、器用に左腕のみを使って、着ていた上着を彼女に投げつけた。
それによって、視界がうまい具合に遮られる。
その隙に彼女に近づき、そして――――
左手を、彼女の胸元に当てる。
別にそれは、死の間際に自暴自棄となって行った行動というわけではない。
当て方というのも、腕全体を押し当てるものなので、別にセクハラとかそういったものに対して罪は問われないはずだ。
それ以前の問題で、セクハラで訴えるぐらいなら、暴行罪で訴えろって話だが。
そのまま腕を頭に向けて滑らせる。
と同時に足をかけ、強引に押し倒した。
そして馬乗りになると、そのまま顎の一撃を食らわせた。
彼女はこの一連の流れがどうも理解できていなかったようで、何が起きたのかわからないといった顔をしながら、気絶した。
蛇も、やはり彼女に連動するように、力を失くして落ちていった。
しかし運というのは、いつどこで役に立つかわからないな。
俺は武術の心得というものを全く持ち合わせていなかったから、ここまでうまくいったことに正直驚いている。
いや、それにしてもあれだ。
名人の技というのは、体験しておいて損はないな。
初めて、あいつに感謝した気がする。
さて、やるか・・・
正直、これが一番苦手なのだが。
そうやって愚痴りながらも、彼女の首元に手を回す。
そして、噛みついた。
さながら、伝説の化け物である吸血鬼のように。
ガブリと、首筋に。
人によって払い方というのは異なるそうなのだが、俺の場合はこれが一番いいらしい。
『これ』というのはつまり、悪意を吸い出す方法。
もとい、悪意を喰らう方法。
はたから見ればなんとも艶っぽくて、家族なんかには特に見せれるようなものではないが、それでもこれしか方法がないのだ。
彼女を殺す、救う方法は。
喰らうと言っても別に味がするわけでもなく、どことなく重い何かが、胃袋に流し込まれているのだけを感じていた。
長く噛みついているうちに、彼女に生えていた蛇の数も減ってくる。
あと少し、そんな時だった。
「しかし、こんな時間に来るっていうのも、大した根性だよ」
「そうですか?私も、ずっと病弱なままじゃダメですから、ね?」
閉じられていた扉が、開けられてしまった。
あの教師によって。
しかも、最悪なタイミングで。
「「・・・・・・・・・・・・」」
二人は真っ先にこちらに気づいたようで、何か面白いものでも見るように、もう片方は赤くなった顔を鞄で覆って。
「・・・・・あ~」
こんなのに弁解の余地があるわけなく、というか、周りの状況が見えていないのが唯一の救いだった。
ああ、一か月ぐらいはこのネタで、精神を削られそうだ。
そんなわけで、最後の蛇も消すことができたのだった。