#04-01
人という生き物は、感情を多彩に扱って他人とのコミュニケーションを行っているが、果たしてその感情に、正解というものはあるのだろうか。
人は、ものを見て、触って、時には味わったり、聞いてみたり。
そして、感情を表に出す。
想いを、情にして。
しかし、その想いは、本心だろうか。
お世辞に似た行動を、知らず知らずのうちに私たちはやっているのかもしれない。
そうなると全人類は皆、人生という物語の
ほら、人間なんてものは曖昧だ。
今日も俺は、悲劇を演じる。
十月下旬
俺は今、天野の家で、天野の部屋で、天野と共にテスト勉強をしていた。
先月までなら考えられなかった状況だと、自分でも思う。
以前まではあんなに真っ白だったあの部屋も、今では少し汚されて、人間らしさがだんだんにじみ出てきている。
そういう意味でも、彼女はだんだんと成長しているのだろう。
「じゃあ問題ね。――――」
そんな状況下のなか、あの世紀の天才に教えてもらっているのだから、これほどに嬉しいことというのはないだろう。
「すまん、わからない」
「もー、しょうがないな」
そういうと彼女は、俺のノートにすらすらと数式を書きだした。
ほんの2、3行。
そのはずなのだが、しかしそれを理解しようものなら、俺はきっとテストで百点なんて余裕でとれるだろう。
そもそもの話ではあるが、俺は勉強という概念が嫌いだ。
嫌い、と言っても別段悪いわけではなく、定期考査では常に平均の椅子を死守している。
そんな人間が、天才の問題を解こうというのだから、それはもう不可能以前に不敬に当たる。
まあ実際不可能であるが故に言っていることなのだが・・・
そんなやり取りが十数度繰り返されたころ、気づくと時計の針は縦に一直線上で並んでいた。
床下からはトントントンと、天野の母親が食材を調理する音が聞こえる。
じきに彼女の父親も帰宅することだろう。
「そんじゃ、もう遅いし俺は帰るよ」
ノートをたたみ、愛用のペンケースをザックにしまう。
「あれ、今日も止まっていかないの?」
「・・・・・・」
そういえば、あの一件の時俺は、彼女への認識を改めるいい機会となった、と言ったのだが・・・
この半月、天野と仲良くなって、さらにこいつという存在が分からなくなってきたのだ。
まずその発言だ。
元が天才ということもあって、日常会話でも物知りで、知性的なことも言う。
こないだジョークを挿んだこともあったか。
その反面、どこか天然でさっきのようなことを、無自覚で言ったりする。
以前、彼女の父親の前でそんなことを言われたのだが、その時は焦った焦った。
といっても、彼は娘の発言に慣れていたようで、これといって険悪な雰囲気にはならなかったが。
そして、彼女の家庭事情だ。
・・・しかし、これは天野に聞いたものではない。
誰かと言えばそう、あのプライバシーもへったくれもない教師こと、玉倉教諭から教えてもらった。
そんな彼女によれば、天野の家庭は父サラリーマン、母は主婦。
どこにでもあるような一般的な家庭だそうだ。
ちなみに、天野が前に言っていた、共働きというのはまるっきりの嘘。
通りであの時、彼女は不思議そうな反応をしていたのだろう。
さて、そんなド天然をスルーして天野家の玄関へと向かう。
天野も、一応見送ってくれた。
「じゃあね。予習復習は?」
「・・・忘れないって」
「よろしい」
靴を改めて履きなおすと、天野家を去った。
途中、彼女の父親にも遭遇した。
家に帰ると食事の準備・・・の前に、PCを開いた。
調べものというには少し違うが、久しぶりに見てみることにしたのだ。
『天使様』の相談サイトというやつを。
ブラウザで検索してみると、それらしきものが数件見つかった。
なぜこんなことをするのかと言えば、それは奴らの被害情報などが集まりやすいと思ったからだ。
といっても、大体が「テストでいい点が取れますように」とか、「○○君が好きな人を教えてください」とか。
流石中高生としか言いようのない、しょうもない願い事が幾多と載せられていた。
酷いのだと「○○を殺してほしい」とかがあったが、これはどちらかと言えば加害側に回る奴だ。
「ない、か」
少し残念、いや、苦しむ人間が出ないというのは明らかに喜ぶことなので、別にいいのだ。
電源を落とすと、キッチンへと向かった。
今朝も、家のベルは鳴る。
はーい、と一つ声をかけて、鞄を持ち出した。
そしてドアを開くと―――
優しい制服に身を包んだ、天野がいた。
「おはよう」
彼女は俺に向かって笑顔で挨拶をしてきた。
「おはよ」
少しそっけなく挨拶をし返すと、ドアのカギを閉める。
・・・・・・というかヤバイ。
毎朝毎夕思うことなのだが、人の目というものがなければ、無意識のうちに抱きしめてしまいそうになる。
というか逆に、ここまで強く理性を保てている自分に拍手を送ってやりたい。
男は狼、ってのは、あながち間違いでもないと、今激しく実感している。
もしかしてこいつの悪意って、蛇じゃなくて
いや別に、彼女はそんなみだらな格好をしているわけでもない。
とても一般的な制服、それでいてちゃんと着こなしている。
なのに、だからこそエロく感じる。
そうか、俺って制服が好きだったんだな。
初めて知った、というか知りたくなかったそんな事実。
性欲を理性で押さえつけると、彼女の隣で歩き始めた。
人のうわさは七十五日。
そんなことわざが、果たして彼女に通用するだろうか。
というのも、相変わらず一部のクラスメイトの反応が変わらないからだ。
普通、男女が仲良く一緒に登校、なんて聞けば、クラス中で彼らをはやし立てるのが恒例行事であると思うのだが。
しかし、俺らに対する彼らの対応というのは、それこそ一風どころか十風ぐらい変わっていて、単なる無視。
はやし立てるのでも、祀り上げるわけでも、歓声が上がるわけでもなく、ただ単に無視。
良く言えてそれで、悪く言うとしたならば、存在否定。
毒蛇にはお似合いの、肩書、というやつだろう。