ジーニアス魔法学園2
翌日。
窓から僅かに射す光に網膜を刺激され、僕は目を覚ました。
「おはようございます」
僕が起きた事に気がついたティファレトの耳心地の良い小さな声が耳に届く。
「・・・おはよう」
周囲を確認してティファレト以外がまだ夢の中にいる事に気が付いた僕は、ティファレトに倣って小声で朝の挨拶を返す。
「オーガストさんは早起きなのですね」
慈愛に満ちたようなティファレトの声に、僕は「貴女の方こそ」と返そうとして、その言葉を飲み込む。しかし、ティファレトは僕が何を言おうとして何故それを引っ込めたのかを察したようで、出さなかった手紙の返事が返ってくる。
「ワタクシは睡眠を必要としていませんので、別段早起きという訳ではないのですよ」
そう言ってニコリと微笑むティファレトに、僕は恥ずかしさから苦笑めいた小さな笑みを浮かべる。
(本当に、ティファレトは・・・ティファレトさんは人と変わらないな)
僕は改めてそれを実感するとともに、ティファレトさんに敬意を抱く。ついでにそれを造ったセフィラにも若干は。
「昨夜はみんな遅かったんですか?」
確か、昨夜睡魔に身を任せていく間も話し声は聞こえていたはず。
「はい。ワタクシは途中で輪を抜けましたが、アルパルカルさんとヴルフルさんは大分夜が更けるまで話されていましたね。セフィラさんは空が白みだすまで作業していましたから、眠ったのはつい先ほどですけど」
そう言い終わると、呆れたような視線をセフィラに向けながらティファレトさんは小さく息を吐いた。
「入学式には出ないんですか?」
「はい。ワタクシはここの学生ではありませんから当然としましても、セフィラさんも呼ばれてはいませんね」
入学式に出席しない生徒は、その間に各自のクラスや学園の地図など先に渡されるとともに、学園や寮についての簡単な説明と、今後学園で生活する上での注意事項なんかを教えられる。
その後、各教室で早速簡単な授業を受ける流れになる。
「では、もう少し時間がありますね」
僕は手元の時計を確認しながらそう告げる。
「そうですね。もう少し寝かせておきましょう」
ティファレトさんは微笑みながら、それぞれの寝顔に視線を送る。
それを聞いて僕は少し考えるも、二度寝はしないでおこうと思い直す。初日から気を緩めてしまうと、これからの学園生活が続かないような予感を覚えたから。
それから事前に通知書に書かれていた時間になり、誰も入学式に出席しない僕達は揃って寮を出る。
「そういえば、オーガスト君はここに入学する前はどこの学校に通ってたの?」
ヴルフルの問いに、僕どうしたものかと僅かに考える。
ジーニアス魔法学園に入学するのに学歴などは関係ないのだが、この学園に入学する生徒の大半は魔法だけではなく教養などを含む基礎となる部分を学ぶ為やその前段階としてどこかの学校で学んでいる場合が多かった。
(まぁ僕はどこにも行ってないんだけどね・・・)
そんな理由から、行ってないと正直に言うことが少しだけ恥ずく思えてくる。
「・・・僕は学校に通うのここが初めてなんだ」
おどけるように言おうと努力したが、声の音程が普段より若干高くなっただけだった。
「そうなんだ。珍しいね」
何となく同情されたような気がして、気にしていないのに少し微妙な気持ちになる。
そのまま少し歩くと、案内人の腕章を付けた生徒を見つけ、僕達は指定の建物まで案内してもらう。
その道中、同じ案内人の腕章を付けた生徒を学園敷地内で散見する。その中には僕達みたいに案内されている新入生もいた。
建物に入ると既に結構な数の新入生が居り、入り口に近い新入生が入ってきた僕達に目を向けるも、直ぐに興味が失せたように前を向き直す。
それから暫くの間入り口から少し離れたところで待機してると、やっと説明役の教員が入ってくる。その間も次々と入ってくる新入生の数に、僕は改めて新入生の多さを実感した。
「まず、皆さんジーニアス魔法学園への入学おめでとうございます!」
そんな風に観察していた僕の耳に教員の言葉が届き、説明を始めた教員へと目を移す。
とはいえ、説明される内容は魔法を悪用しないようにとか、これからの授業で怪我や最悪死亡することもあるとか、二年生からは個室がある寮に移れるとか、いつでも学園を辞められるなどの、事前に学園の情報を得ていれば知っていて当然のような話ばかりであった。それに、いま説明されている内容は、これから配布される生徒手帳代わりの端末にも書かれているという話だった。
結局、教員の説明や生徒手帳の配布に二時間以上掛かった。
説明の途中にあったのだが、地図などの情報の全ては既に生徒手帳の端末に入っているという話であった。相変らず技術は進歩しているものだ。
その後は生徒手帳に入っているクラスの場所を確認してから、各自が配された教室へと移動する。
どうやら僕はセフィラとは同じクラスになったらしく、僕とセフィラとティファレトさんの三人で教室に移動した。
その道中で聞いたのだが、ティファレトさんはセフィラの武器扱いになっているらしく、そのことを話すセフィラは随分ご立腹であった。しかし、ティファレトさん自身は気にしている様子はまるでなく、逆に不機嫌なセフィラに「おかげでどこでもセフィラさんと一緒に居られます」 と告げて落ち着かせていた。・・・いや、あの今にも踊りだしそうな喜びようを落ち着いてるとは言えないかもしれないが。
そしてそれを涼しい顔で告げるティファレトさんの手練に、僕は背中に冷たいものが伝ったような錯覚を覚える。
(これが噂に聞く魔性の女というやつなのだろうか?)
結局、教室に着くまでの間に僕のその疑問への答えは見つからなかった。
教室に着くと、三人揃って教室に入る。
教室内は前方に教壇があり、その向かい側の床は扇状に湾曲した階段状になっていた。そして、床のそれぞれの段には長机と椅子が置かれている。
僕達三人は既に半数近くが埋まっている席から、三人分空いている席を探してそこに座る。
初日の授業は全員集まらないので、ちょっとした説明とおさらいを兼ねた初歩的な内容らしい。
「おさらいね」
学校に通うのが初めての僕には、その辺りの事はよく分からなかった。とはいえ、気が向いては独学で勉強していたので、無学という訳ではないのだが・・・それがどこまで通じるものか。
僕は生徒手帳を取り出すと、その辺りの事が書かれている部分を読む。
どうやら初めて学校に通うという僕のような人間の為に、教養を少し含む基礎からしっかりやるらしい。ただし、時間的にはそこまで長く取れないというのは致し方ないことなのだろう。
ここの授業は実践に重きを置いているらしく、それも関係しているのだろう。学年が上がると授業のほとんどが遠征ということになっていくらしい。
「遠征、か」
人間の生活圏の拡大を目標に、人間の国家は一つにまとまっている。
ここで言う遠征はその国家連合の進軍の為の調査という側面が強い。というより実際に国家連合側から依頼されているらしく、学園側としても目的である守護者や討伐者、開拓者などの人材育成の一環になるとして受けているという話であった。ついでに学園運営には報酬という名の援助も必要なのだろう。
(まぁ、そんな大人の思惑なんかどうでもいいけどさ)
新入生である僕達は学園からそうそう出ることはない。一年生の授業で一番難易度が高い授業は、学園側が造ったダンジョンと呼ばれる施設の攻略だろうか。
この世界には魔法生物、一般的に魔物と呼ばれる存在が居る。
その魔物は遥か昔に天使と魔族が争った際に魔族が大量に生み出したとされる人口の生物であるが、それが何時しか自我を持ち、更には自力で増殖しだすようになってからは魔族の手から離れ、今では数だけならば世界の一大勢力にまでなっている。とはいえ、国家らしきものは持っていないと聞いている。まぁ正確には確認できていないというべきか。
とにかく、その魔物は元々魔族が魔法で生み出したものである以上、同じ魔法が扱えるようになった人間でも生み出せるは道理というもの。
その学園が造ったダンジョンには、優秀な魔法使いでもある教員が生み出したとされる魔物が解き放たれていた。
そして解き放たれている魔物の強さ別にダンジョンは三つ用意されており、その三つ全てを攻略するのが、二年生に進級の為の条件の一つでもあった。
(人はまだまだ魔法の扱いには慣れてはいない。ね)
新入生からしたら強い人製の魔物も、魔族製に比べたらあまりにも弱く、それがそう言われる所以でもあった。つまりは、ここで
それを僕の兄二人は通過しているのだから自慢の兄であり、またある意味僕でも通過出来るという証明でもあった。
(こればかりはしょうがない)
比べてしまうことへの罪悪感から、僕は心の中で二人の兄に謝罪する。しかし事実は事実である。本当、こればかりはどうしようもないことだ。
僕が少し自分自身に嫌悪感を抱いて顔を上げると、丁度前方の教室の扉が開かれる。
「そろそろ最初の授業を始めるぞー」
そう言いながら入ってきたのは、どことなく疲れた印象が強い中年の男性だった。
入ってきた教員は教室内を軽く見渡すと、持っていた本のような物を無造作に教卓に放り投げる。
「さて、早速授業に入ろうと思うが、その前に名前呼ぶから返事しろー。自己紹介は・・・要らんだろう、それは学年が上がったら聞いてやる。必要なら授業時間外で勝手にすればいいだろうし。とりあえず名前呼ぶからそれで覚えろ」
面倒くささを微塵も隠そうともしない教員に、僕は少しだけ好感を覚える。これぐらい適当な方が個人的には好みだ。
それから教卓に放った本のようなものを広げると、生徒に有無を言わさず教員は早口で順番に名前を呼び始めた。それに僕らは返事をしていく。それでも数が居る為に、全員の名前を呼び終わる頃にはそれなりの時間が経過していた。
「ふむ、残念ながらもうまともに授業する時間はないな。ああ、そういえば俺の名前はグラッパだ、今日からお前たちの担任だからよろしくな」
グラッパ教諭は適当にそう名乗ると、教壇の上に開いていた物を閉じる。
「まぁ授業は明日からとして、取り合えずお前たちにはこれから色々あるだろうが、これだけは伝えておこう」
そこでグラッパ教諭は一呼吸分間を置くと、真面目な声音で告げる。
「死ぬなよ。無理と思ったら生徒手帳を置いてさっさと学園を去ることを勧める」
そこで授業の終わりを告げる鐘が鳴る。
「それじゃあまた明日だ。今日は他にやることもないだろうから、早く寮に帰れよ」
面倒くさそうな声音に戻ったグラッパ教諭は、それだけ言い残してさっさと教室を出ていく。
「意外といい先生・・・なのでしょうか?」
ティファレトさんがこちらを見て小首を傾げる。まだグラッパ教諭という人物を測りかねているようであった。
「あれは単に面倒くさいだけ」
そのティファレトさんの疑問には、横のセフィラが答える。
「そうなんですか?」
「事後処理とか色々面倒なんでしょ。まぁ分からなくもないけど」
セフィラはゆっくりとした動作で立ち上がる。
「そんなことより早く帰ろう。ここは面倒なにおいがする」
そう言って辺りに向けたセフィラの目線を追えば、こちらをチラチラと窺うクラスメイトの姿があった。より正確にはティファレトさんを見ていた。美人というのは大変だ。
「分かりました。では戻りましょう」
セフィラに続いてティファレトさんも立ち上がったので、僕も慌てて席から立ち上がる。
そうして三人揃って教室を出ようとしたのだが。
「あ、あの!」
遅かったようで背後から声を掛けられる。その声に振り返ってみると、先程からこちらを窺っていた三人の少女と二人の少年達の姿があった。
「はい? ワタクシに何か?」
視線を向けられているティファレトさんは優しげな微笑みを浮かべると、僅かに小首を傾げた。それだけで声を掛けてきた少女達は更に緊張したのか、顔を赤くしたまま言葉に詰まる。
「お、お名前を伺ってもよろしいでしょうか!?」
代わりに音程の外れた声で話し掛けてきたのは、少年の内の一人だった。
「ええ、勿論です。ええっと・・・?」
ティファレトさんは変わらぬ微笑みのままそこで言葉を止める。問い掛けてきた少年は一瞬その意味が分からずキョトンとした顔になる。しかし直ぐに理解したのか顔を赤く染めた。
「す、すいません! ぼ、僕はウィークです! そして隣の彼がフェーブル。彼女達は左からデボレ、シュヴァハ、フラッコで、五人ともこの学園に入る前から同じ学校に通っていた友達です!」
緊張して声を上擦らせながらも、ウィークと名乗った少年は勢いよく喋る。
「ウィークさん、フェーブルさん、デボレさん、シュヴァハさん、フラッコさんですね。初めまして、ワタクシはティファレトと申します。そしてワタクシの隣の彼がセフィラで、その隣にいらっしゃるのはオーガストさんです」
ティファレトさんは一人ずつ名前と顔を一致させるように見詰めながら名前を呼ぶと、そのまま僕達を紹介する。
その紹介に僕は軽く頭を下げるも、セフィラはつまらなそうにどこか別のところを見ていた。
それを確認したティファレトさんは、早々に話を切り上げるべく「それでは」と頭を下げてその場を後にしようとするが、それをウィークの質問が引き留める。
「あ、あの! ティファレトさんは前はどこの学校に通われていたのですか!」
最初にその質問が来るということに、この学園ではその質問はそんなに一般的なのかと僕は内心で驚く。ヴルフルにもされたし。
「いえ、ワタクシはアンドロイドですのでどこの学校にも通っていません」
ティファレトさんが変わらぬ優しげな微笑のままでそう告げると、五人は言われた意味が分からずポカンとする。
ティファレトさんはその僅かな間を逃がさずに、「それでは」と告げて今度こそ教室を後にする。そのティファレトさんの後に続いて僕とセフィラも教室を出た。
その間も彼らは固まったままであった。
教室を出た僕達は、そのまま寮へ帰る為に校舎を出る。
同じ学園の敷地内とはいえ、僕達のクラスがある校舎から一年生の寮までは少し離れている為に、僕達三人は暫くの間歩いて移動する。
その途中で何人もの生徒とすれ違ったが、人通りが少なくなった頃にどこからか「おや?」 という男の声を耳にした。
「・・・・・・」
どこか聞き覚えのあるその声に僕は歩く速度を上げるも、その声の主が進行方向に現れたことで通行を遮られた僕は観念して足を止めた。
「・・・何か御用でしょうか?」
目の前に居る明るい黒髪の男に赤髪の女、金髪の男女の四人の内、僕は思った通り見知った顔だった明るい黒髪の男に仕方なくそう問い掛ける。
「何かって、相変わらずだな。まぁ、外に出ているお前が見れて嬉しいからいいけどさ」
明るい黒髪の男はにかりと暑苦しい笑みを浮かべる。
「はぁ」
そんな男の反応にため息を零す僕は、隣からの視線を感じて目の前の男を一言で紹介する。
「・・・兄です」
「そうなんですね」
「・・・・・」
ティファレトさんが驚きの声とともに頷く中、セフィラは相変わらず興味なさげに兄達の奥をぼんやりと眺めていた。
「それにしても本当に久しぶりだな。母さんから手紙でオーガストが入学する事は聞いていたが、早速友達が出来たみたいで兄ちゃんは安心したぞ!」
暑苦しい笑みとともにバンバンと僕の肩を叩く兄のジュンを見ながら、見つかるならもう一人の兄であるユーリ兄さんが良かったなーと、内心で残念に思うも、流石にそれを表には出すようなことはしない。
「まぁ、ね。ティファレトさんとセフィラには良くしてもらってるよ。それで、そちらはジュン兄さんのお友達?」
さりげなくティファレトさんとセフィラを紹介しつつ、どうにか話題を変えようとそう振ると、ジュン兄さんは「おお!」 という掛け声とともに後ろを振り返る。
「そうだ。俺とパーティーを組んでる友達で、髪の赤い女がアリアン、金髪の女がトーリャ、金髪の男がフリーデンだ」
ジュン兄さんからの紹介に、アリアンは頭を下げ、トーリャとフリーデンは片手を上げて反応を返す。
「いやーそれにしても、ジュンの弟なのに大人しいねー」
トーリャさんは僕をしげしげと観察すると、ジュン兄さんに向けてからかうような声音でそう感想を口にする。
「ん? ユーリだって似たようなものだろう?」
対するジュン兄さんは不思議そうな顔をするだけだった。
「まぁ確かにユーリ君も大人しいですが、この子は彼とはまた違った大人しさですね」
アリアンさんの言葉に、ジュン兄さんは「そうなのか?」 と首を傾げる。それにしても、そういう話は本人の居ないところでしてくれないかな・・・。
そう思いながらも、僕はどうしたものかと思案する。何となく不用意に声を掛けるとこちらに飛び火しそうな気がしていた。しかし黙って待っていてもまだまだ続きそうな気もするし、何よりティファレトさんとセフィラもどことなく退屈そうに見える・・・セフィラは毎度のことか。
「そういえば、何か用事があったの?」
僕は話題を変えようと、ジュン兄さんに声を掛ける。
「いや、たまたま見かけたから声を掛けただけだ。母さんからも手紙でよろしくって言われてるしさ」
「そうなんだ。それじゃあ僕達はもう先に行っていい?」
「ん。そうだな、顔を見る以外には他に用もないし、引き留めて悪かったな」
「それじゃあまたね」
「ああ、また」
僕達はジュン兄さん達に軽く頭を下げて横を通ると、寮への歩みを再開したのだった。
◆
「ふーむ。行ったね」
静かにジュン達の会話を聞いていたフリーデンは、遠ざかるオーガストの背中を眺めながら呟く。
「なんて言うか、おどおどしてて頼りない感じだったね」
トーリャは手を広げると、微妙な顔をする。
「期待外れ、ですか?」
「うん。ぶっちゃけねー。ジュンとユーリくんの弟だって言うからどれほどの実力者かって密かに期待してたのに」
ジュンの前だというのに僅かも隠そうともしないトーリャに、アリアンは肩を竦める。
トーリャの意見には賛同出来るし、ジュンがこの程度で気分を害するような男ではないというのは分かっているが、それでもトーリャのあまりにも明け透けな態度に、アリアンは呆れるしかなかった。
「ふむ。やっぱりそう思うよなー」
ジュンは何か思案するように上空に目線を向ける。
「でも、あいつは強いよ」
昔を思い出すようなしみじみとした呟きに、トーリャ達はそんな感じはしなかったと僅かに首を傾げる。
「オーガストは前にちょっと失敗してね、その影響で力を抑えてああなってるけど、本来のあいつは意外と好戦的だよ」
ジュンは懐かしむように小さく笑う。
「へー、それはちょっと楽しみだね」
ジュンの言葉に、フリーデンは好戦的な笑みを浮かべる。
「ああ、もしあいつがあの頃の性格に戻ったとしたら、もしかすると俺らより先に卒業するかもしれないな」
「ほぅ、それはそれは楽しみですな!」
トーリャは楽しげ声音とともに笑みを浮かべるも、それは見る者をゾッとさせる程に鋭利な笑みであった。
そんなトーリャとフリーデンに呆れながらも、アリアンも少し楽しみになっている自分に気がつく。
それは信頼する仲間の言葉を聞いて、彼に背中を預ける日がそう遠くないのかもしれないという予感を覚えたからかもしれない。
◆
ジュン兄さん達に別れを告げた後は特に何事もなく僕達は寮に帰り着く。部屋にはまだアルパルカルとヴルフルは帰ってはいなかった。
「まだ夜にもなってないというのに、長かった。本当に今日という日を長く感じた」
自分の占領地に帰還した僕は力なく床に横になると、魂が抜けたようにボーとする。
「あ、毛布・・・まぁいいか」
タオルケットを手元に引き寄せると、それに
「ああ、ちょっと落ち着く」
僕がそうやって何かに包まれているという感覚に安らぎを覚えていると、ティファレトさんが可笑しそうに声を掛けてくる。
「ふふ、お疲れ様です」
その声に顔だけを動かしてそちらに視線を向けると、こちらを優しげな瞳で見つめているティファレトさんと目が合う。その隣では相変らずセフィラが何かの作業に没頭していた。
「ティファレトさんとセフィラもお疲れ様ー」
気の抜けた声で僕がそう返すと、ティファレトさんは一層可笑しそうな顔をする。しかしそこに馬鹿にしているような雰囲気はなかったので、別段気にはならなかったけど・・・物珍しかったんだろうか?
僕はそう思いながらも視線を外すと、窓の外に目をやる。まだ陽は沈んではいなかった。
「外の世界、か・・・」
今までと違う景色や匂いに、音。落ち着くとそれらを改めて意識して、家に居た頃と違う現状が染み入るように意識に広がっていく。
そうして実感すると、家に帰りたい想いが浮かび、最早懐かしささえ覚える部屋に想いを馳せながらも、これからの事について考える。
とりあえず目標は卒業かな。そう改めて定めると、僕は頭の中でジーニアス魔法学園について知っていることを整理する。
暫くの間そうして考えていと、急激に眠気が襲ってくる。
色々考える事はあったものの、眠気に負けて考えることを放棄してそのまま睡魔に身を委ねる。肉体的にはそこまで疲労していないが、思っていたよりも精神的にきていたようであった。