ジーニアス魔法学園
「ほあー、長いなー」
僕は目の前に連なる、鋼鉄の箱の列に目をやる。
正直、列車が到着した時のその威容には圧倒された。
僕は学園に向かう為に久しぶりに外に出たのだが、家の外の世界には色々な驚きの連続だった。
その中でも、この列車が動いている様は、おそらく今日一番の衝撃となるだろう。
「世界は日々進化している、か」
誰だったか、昔僕にそんなことを言った人がいた。
その時はいまいちよく分からなかったが、今ならその言葉の意味が理解出来るような気がする。
僕は緊張しながらも、目の前の列車に乗り込む。
中は両側に個室が並び、中央に通路が通っていた。
そのためだろうか? 外観から見た時よりも少し狭く感じて、僕はちょっとホッとする。
「えっと、僕の部屋は・・・」
僕は事前に学園側から来ていた、入学までの流れや注意事項などが細かい字で書かれた通知書を見やりながら、自分に割り当てられている個室を探す。
「こっちが501で、あっちが511。僕の部屋は503だから・・・」
どうやらこの部屋番号は最初が何両目かで、次が左右どちらかを示し、最後が進行方向から何番目の部屋かを表しているようであった。因みに、一つの車両には片側三部屋ずつの六部屋があった。
「ああ、ここか」
やっと落ち着ける。僕はそう思って部屋の扉を開くと、そこには何故だか先客がいた。
「ん? 同室の人かな?」
ソファーに腰掛けていた先客の男性は、扉が開く音に窓の外に向けていた顔をこちらに向けて、にこりと親しみのこもった笑みを浮かべて立ち上がる。
「初めまして、私はペルダです。学園まで同室のようですね。よろしくお願いします」
ペルダと名乗った男性は笑みを浮かべたままスッと手を差し出してくる。
えっと、これって多分・・・。
「あ、ぼ、僕はオーガストです。こちらこそよろしくお願いします」
僕は恐る恐る手を差し出すと、途中でペルダが両手でがっちりとその手を掴んでくる。
どうやら握手で間違いなかったようだが、その勢いに僕は軽く恐怖を覚えた。
長いこと引きこもっていただけに、こういう挨拶は正直苦手だった。
ペルダと名乗った先客との挨拶を済ませると、二人とも向かい合わせで設置されてるソファーに腰掛ける。
当然だが、僕はペルダの斜向かいに座った。正面に座るとかどこの勇者だ。
荷物を足元に置いたままソファーに腰掛けた僕に、ペルダがソファー下が収納スペースになっている事を教えてくれたので、礼を言ってそこに荷物を収める。道理で少し座高が高いと思ったよ。
それが終わると僕は改めて学園から届いた通知書に目を通す。
(あ、書いてある)
そこには、部屋番号の右下に、ただでさえ小さな文字を更に小さくしたカッコ書きで(相部屋)と書かれていた。
(何でわざわざ小さく?)
少し疑問に思いはしたが、僕か目の前のペルダが部屋を間違えていない限り、彼と相部屋なのは間違いないようであった。
二人の間に沈黙が横たわる。互いに距離感がまだ掴めてないのが原因なのだろうが、知り合ったばかりの相手と少々広めとはいえ個室で二人きりとか、正直気まずいったらなかった。
暫くしてペルダは僕が入ってきた時のように窓の外へと目をやる。それにつられるように僕も窓の外へと目を向けた。
目を向けた時には丁度列車が草原を走っているところだったようで、一面に広がる少し背の高い草がもの凄い勢いで次々と横に流れていく。それとは対照的に、遠くにある高い山はゆっくりと横に動いていた。
(おー、面白いなー)
僕は初めて見る流れるその風景に、僅かに感動と興奮を覚える。
そんな僕の様子に気づいたのか、どこか興味深げな表情でペルダが問い掛けてくる。
「列車に乗るのは初めてですか?」
その問いにペルダの方に顔を向けると、僕は少し恥ずかしげに「実はそうなんです」 と、頷く。
その僕の返答に、ペルダは嬉しそうに僅かに口の端を持ち上げると、少し身を乗り出してくる。
「そうなんですか! 実は私もこれが初めてなんですよ!」
心なしか声音も弾んでいるような気がする。
「この列車の外観にも驚かされましたが、高速に流れる景色というものがこれほどまでに新鮮だとは思いもしませんでしたよ!」
喋っているうちに徐々に興奮してきたのか、ペルダの声の音量が段々と大きくなってくる。
「実は私は名も無いような小さな村の出身でして、今までその村から出たことがなかったのですが、今回ジーニアス魔法学園にに入学するにあたって初めて外に出たらもう驚きの連続で、外の世界は広いんだなーと痛感した次第でして。それでですね・・・」
どんどん早口になって身を乗り出してくるペルダを、僕は手をあげて制止する。どう考えてもこれは長くなる。というかこんな人だったんだ。紳士っぽい雰囲気との落差が凄いな、人は見かけによらないものだ。
そんな事を僕が考えていると、僕の制止に次第に落ち着きを取り戻してきたペルダは、自分の言動を顧みたのか顔を羞恥に染めて謝ってくる。
「すいません。熱くなってしまったようです」
「気持ちは分かります。僕も色々と驚きながら来ましたから」
そんなペルダに親近感が湧いた僕は、そう言って小さく笑いかける。
それを切っ掛けに僕達の距離は一気に縮まったのか、その日は長いこと会話を楽しんだ。
◆
列車の旅の一日目は、喋りつかれて眠るだけで終わってしまった。
二日目は窓から差し込む朝日の刺激で目を覚ます。
「おはようございます」
「ああ、おあよう」
少し早く起きていたペルダが僕が起きたことに気づいて挨拶をしてきたので、僕はそれにまだぼんやりとした口調で挨拶を返した。
それが可笑しかったのか、ペルダが小さく笑う。
「今日は朝食が食堂で用意されてるんだっけ?」
僕は軽く頭を振って眠気を飛ばすと、通知書の内容を思い出しながら問い掛ける。
確か一日目の食事は各自持参で、二日目だけは朝食と夕食が食堂に用意され、三日目は希望者のみ朝食だけが二日目同様食堂に用意されていると書いてあった。因みに僕は三日目の朝食は希望していないので持参品だ。
「そうみたいだね。どんな料理かな?」
ペルダは頷くと、期待に満ちた目をする。
そんなに食事ってのは楽しみなものなのかね・・・よく分からんな。
僕達は現時刻が食堂が開いている時間なのかどうかを手持ちの時計で確認すると、揃って部屋を出る。
六車両目が食堂車になっているようで、僕達は部屋を出て一分と経たずに隣の食堂車へとたどり着く。
「豪華なものだなー」
食堂車に入った第一印象はそれだった。
全体的に落ち着いた色合いの車両内に置かれたテーブルもイスも見るからに高級そうであった。
僕は食堂車に一歩踏み込んで、その床に敷かれている絨毯の柔らかさに驚きを覚える。
「すごいね!」
隣でペルダが興奮したようにキョロキョロと辺りに目をやる。
「いらっしゃいませ」
そこに落ち着いた男性の声が掛けられる。
「二名様でしょうか?」
白のワイシャツの上に黒のジャケットを羽織り、黒のズボンを履いたその男性の服装はどれも仕立てがよく、品を感じさせる。おそらくここの店員であろうその男性の確認の問い掛けに、ペルダが頷いた。
「こちらです。どうぞ」
そう言って先導する男性の後に二人とも大人しくついていく。案内されたのは朝日の降り注ぐ明るい窓際の席であった。
「朝食はあちらの料理からお好きなものをお好きなだけお選びください」
店員の男性が示した場所には、十種類ぐらいの料理が置かれた場所があった。その近くには皿やフォークなどの食器類も置かれていた。
「ただし、出来るだけ食べ残しの出ないようにお願いいたします。それと、衛生上の理由から料理を持ち帰ることは禁止とさせていただきますので、悪しからずお願いいたします」
それだけ伝え終わると、店員の男性は一礼して僕達の席を離れた。
「なんかすごいね!」
ペルダが興奮気味に話しかけてきたので、僕はそれに頷く。内心こんな明るく華やかな場所から一刻も早く撤収したいと思いながらも。
とはいえ、せっかく来たのだ、一口ぐらい朝食を食べなければわざわざここに来た意味がない。例え徒歩一分と掛かってない場所だとしても。
ペルダが早速料理を取りに行こうと立ち上がったので、僕もそれに倣って料理を取りに行く。
「さて何にしようか」
僕は皿を片手に料理の前で考える。魚や肉、野菜に卵等々。メインとなるものは違えど、どれも上品そうに見えた。
僕が悩んでる間に、ペルダは少量ずつ三品を一皿に盛ると、それを席へと持っていく。
他の乗客もペルダのように数種類ずつ皿に盛っては席に持っていく。その動きにはさもそれがルールであるかのように迷いがなかった。
僕は少し考えて正面に置いてある一口ずつ切り分けられている卵を焼き固めた物と、魚を蒸して野菜と茸を混ぜた餡をかけた料理を極々少量だけ皿に盛る。これを食べたら部屋に戻ろう。
テーブルに戻ると、ペルダが二人分の飲み物を用意してくれていた。
「ありがとう」
僕の席の前に置かれたコップに一度目をやってから、ペルダに礼を言う。
それにペルダは微笑を返した。
「さ、食べようよ」
ペルダに促されて僕は席に着く。
「いただきます」
二人ともそれぞれの食前の儀式を行う。僕は手を合わせ、ペルダは胸に片手を当て黙とうしていた。
それが終わると、二人して朝食を食べはじめる。
料理はおいしかったのだが、ペルダはその細身に反して意外と
朝食を食べ終わると、僕達は部屋へと戻った。
「おいしかったね!」
余程おいしかったのか、先程から何度となくペルダが満足げに感想を漏らしていた。
「そうだね」
それにとりあえず相づちを打っておく。
まぁあれだけおかわりしてたら満足だろうね。おかげで予定より長い間食堂に居た気がするよ。
僕はソファーに座ると、これから何をしようかと思案する。通知書に書かれていた注意事項には部屋を出て動き回るのは極力控えるようにと記載されていたので、無暗に外には出ずにこのまま部屋に居た方が賢明だろう。
(動き回るなんて許可されててもしないけどねー)
出来れば今すぐ寝たいと思ったが、流石に同室のペルダが起きてるのに目の前で寝るというのは気が引けた。というか、ペルダの存在が気になって多分眠れないと思う。
そんな風に僕が悩んでいると、ペルダが声を掛けてくる。
「そういえば、オーガスト君は知ってるかい?」
突然そんな事を問われても分かる訳がないが、それはペルダも承知していたようで、僕が何かを答える前に続きを話し出す。
「ジーニアス魔法学園には幽霊がでるらしいよ」
「幽霊?」
確か幽霊は魔力が生み出す実体のない存在・・・だったかな? ということは、ジーニアス魔法学園には魔力の密度が高い場所でもあるのかな? それとも魔法使いが沢山集う影響なのかな? むむむ、分からん。
「そう、幽霊。聞いた話だと女性の幽霊らしいよ」
「ふむ」
魔法使いが多いのだ、幽霊が現れてもそれが見えてもおかしくはない。
「会話も出来るとか」
「は!?」
僕はペルダのその言葉に、ついつい大きな声を出してしまう。
魔力体、つまりは幽霊が見えるまでは分かる。ジーニアス魔法学園は魔法使いを育成している学校なのだから。
幽霊がいることも同じ理由でまぁ納得できるのだが、それと対話出来るとなると驚きを隠せなかった。
何故なら、そもそも幽霊とは魔力の世界に生み出された存在で実体が無い。それを見るだけなら魔力を多少使えれば何の問題もないのだが、それとこちらから接触する、もしくは対話するとなると、必要となる条件が大分厳しくなってくる。少なくともそれだけ事が行える技術を有する魔法使いが居るか、それだけ密度の高い魔力集合体ということだ・・・それとも僕の知らない何かの魔法とか?
思考の迷宮に囚われだしたそのタイミングでペルダが続きを話し出したので、僕は直前で現実に戻ってくる。
「あくまで噂だけどね。実際にその幽霊と出会って会話したって人が誰かも分かってないし。というか、大分昔の話だって噂もあるし」
ペルダは僅かに肩を竦める。
「他にもどこかに天使が居るとか、妖精の住む部屋があるとか、ドラゴンが人に化けて教鞭をとってるとか、ジーニアス魔法学園って本当に噂話が沢山あるんだよね」
それから僕は、ペルダが知るジーニアス魔法学園の噂話を沢山教えてもらう。
ペルダの話を聞いていたらいつの間にか夕方になっていたので、二人して食堂へと移動した。
食堂の料理は朝食と違って肉がメインの料理が多く、少し重めであった。そして味も濃いめであったために僕は一口できつくなったのだが、それでも相変わらずペルダはかなりの量を食べていた。
夕食を食べ終わり、二人して部屋へと戻ると、自然と明日の話になっていた。
「明日にはとうとうジーニアス魔法学園に到着か~」
待ちきれないという感じでペルダが明日に思いを馳せる。
「明日の昼過ぎ着の予定だったね」
僕は通知書の入学までの流れにそんなことが書かれたいたのを思い出す。
「どんなところかな~」
ペルダはジーニアス魔法学園に入学することがとても楽しみなのだろう、見るからにわくわくしていた。羨ましいものだ。
「着いたら色々手続きがあるみたいだね。入学式は着いた翌日か」
やることも無かった僕は通知書を鞄から取り出すと、改めて目を通す。
「一年生は数人で一部屋みたいだね。せっかく友達になれたんだし、一緒の部屋になるといいね」
流れを記憶しているのか、ペルダは通達書を取り出すことなく僕に話し掛けてくる。
「そうだね」
僕はぎこちないながらも微笑を浮かべて頷く。慣れてないからか、愛想笑いって難しい。
(しかし友達ね・・・)
ここ数年、家族意外とはあまり接してこなかったため、その言葉の意味は理解していても、いまいちピンとは来なかった。
それでも見知らぬ人たちの中に少しは親しくなった相手がいるというのは気が楽かもしれないので、ペルダの意見には同意だが。
(うう、意識したら胃が痛くなってきた)
こんな話をしていると、明日にはとうとうジーニアス魔法学園に入学だと強く意識させられて、胃の辺りがキリキリと痛み出す。家から出るときはまだ実感が湧かずに余裕があっただけに、余計に痛みが増したような気さえしてくる。
「オーガスト君大丈夫?」
そんな僕の様子に気づいたペルダがこちらを心配そうに声を掛けてくる。
「大丈夫だよ。ちょっと緊張しちゃって」
僕は苦笑いにならないように気を付けながら、心配ないという意味を込めてペルダに笑みを向ける。
「そう? それならいいんだけど・・・」
未だ心配そうにこちらを見てくるペルダだったが、気を遣ったのかそれ以上は何も言ってはこなかった。
そのまま微妙な空気が流れだしたので、僕は気まずさから何か話題はないかと必死で脳をフル稼働させる。
「そういえば、ペルダは一人でジーニアス魔法学園に?」
脳内を漁りまくってやっと出た話題がそれだったことに、僕は密かに自分に落胆するが、出した言葉は戻せない。
「いや、もう一人私の幼馴染も入学する予定だよ」
「そうなんだ。その人も同じ列車に?」
そう返しながらも、僕は意外にも話が続いたことに内心で驚く。
「いや、違う列車だよ。その子少し前に引っ越したから、他の列車に乗っているんだ」
「へー、そうなんだ。久しぶりの再会なんだね」
「まー・・・そうだね」
「何かあるの?」
僕が微妙にあった間が気になって問い掛けると、ペルダは少し難しい顔をした。
「いや、久しぶりではあるんだけど、その・・・んー・・・あまり・・・いや、何でもないよ」
その幼馴染のことを思い出しているのだろうが、その顔は嫌そうというか面倒くさそうな顔だったので、それ以上は流石に僕も追及はしなかった。
「もう気づいたらいい時間だね! 寝ようか?」
ペルダは手持ちの時計を確認しながらわざとらしく話題を変える。
「そうだね。今日はさっさと寝ようか」
時間的にはまだ寝るには少し早かったが、このままだとまた気まずくなりそうだったので僕はその提案に乗ることにした。まぁいつでも寝れるのは僕の数少ない特技だし、視線さえなければ時間が早かろうと何の問題もないんだけどね。
早々と寝たことにより、二日目の夜はあっという間に過ぎていった。
そして列車の旅も最終日の三日目。
その日は朝から雲の多い日だったが、僕の気持ちは更に曇天模様だった。ジーニアス魔法学園に到着するころには土砂降りだろう。
「はぁ」
寝起きから気が重く、ついついため息を吐いてしまう。
「おはよう!」
そんな僕とは対照的に、ペルダは快晴のように清々しい笑みを浮かべていた。
「おはよう」
「ん? 元気ないね?」
「今起きたばかりだからねー」
「そう?」
ペルダは特に不審がることも無く、ベット代わりにもなっているソファーから立ち上がる。
「さ、朝食を食べに行こうか!」
そう言って元気にペルダは僕を誘ってくるのだが。
「ごめん。僕は朝食は希望してないんだ。だから今日はペルダ一人で行ってきてよ」
その僕の返答に、一瞬残念そうな顔を浮かべたペルダだったが、すぐに元の元気な顔に戻る。
「そっか、なら行ってくるね!」
ペルダが部屋から出て行くと、閉められた扉を少しの間眺める。そして、力を抜くように僕はひとつ息を吐いた。
「久しぶりの一人だー」
僕は伸びをすると、そままソファーに横になる。
「せっかくだ、寝るか・・・」
そして僕は再び眠りについた。
◆
「おーい、オーガスト君! 起きてー!」
身体を揺さぶられる感覚と、ペルダの声で僕は目を覚ます。
「おはよう。早く準備しないともうすぐ到着するよ!」
そのペルダの言葉に、僕は気だるげな眼差しを窓の外に向ける。いつの間にか太陽は中天を過ぎていた。
「もうそんな時間か・・・はぁ」
出来ればこのまま寝過ごしてしまいたかったが、そういう訳にもいかないだろう。そんな事をしたらペルダに迷惑をかけてしまう。
僕は大人しくソファー下の収納から鞄なんかを取り出すと、出していた荷物をそれにしまう。
僕の準備が終わった頃に、見計らったように列車の速度がゆっくりと落ちていく。
「そろそろ到着だね!」
ペルダが嬉しそうに窓の外を眺める。僕はそんなペルダに聞こえないように小さくため息を吐いた。
◆
「忘れ物はないね?」
列車が目的地に到着して停車すると、ペルダが部屋を出る前にそう確認してくる。
「大丈夫だよ。鞄の数も足りてるし、外に荷物もあんまり出してなかったからね」
そう返しながらも、僕は念のためにもう一度ソファーの上やその周りに目をやった。
「じゃ行こうか!」
僕の様子から忘れ物がなかったことを確認したペルダが先に部屋を出る。
僕はそれに続いて部屋を出る前に、最終確認をするように部屋に視線を巡らせ、密かに部屋の中央辺りの虚空を一瞥した。
そのままペルダを先頭に、食堂を横切って一番近い出入り口がある七両目に移動する。
そこには僕達と同じ新入生が数名居たが、忘れ物の確認などで少し遅れたからそこまで多くは居なかった。その代わりに、列車の外は新入生で溢れかえっていた。
「・・・・・・・・・」
あっちを向いても人、こっちを向いても人、どこを向いても人、人、人。僕はその光景だけで吐きそうになる。
「向こう側かな?」
ペルダが出口を探して人が流れている方角へと顔を向ける。
「でも進まないね・・・」
「だ、大丈夫?」
元気がない僕を割と本気で心配するペルダに、僕はぎこちない笑みを向ける。
「あと少しなら何とかね・・・」
流石に大丈夫とは言えずに口元に手を当てる。吐くことはないだろうが、倒れそうではあった。今なら少しだけ学園が恋しく感じられた。
それからしばらくの間、プラットホームの端の方で僕は嵐が過ぎるのを待つかのように縮こまりながら、人の数が減っていくのを静かに待った。
その間もペルダは心配して僕の傍に居てくれたが、ジーニアス魔法学園に早く行きたがっていた彼には悪いことをしてしまったかもしれない。
それから人が減った後に僕達は遅れてジーニアス魔法学園へと向かう。とはいえ、ジーニアス魔法学園は終着駅から徒歩十分程の場所なので、すぐに到着出来たのだが。
「ここがジーニアス魔法学園か!」
校門を見上げたペルダが感動したように感想を漏らす。
校門の鉄の門扉は巨人でも出入りしているのかと思う程に高く、その門扉が取り付けられている煉瓦造りの壁もまた同じように高かった。
その校門を過ぎてジーニアス魔法学園の敷地内へと入る。
校門から正面の校舎までの間の庭も広く、校舎と校門の中間辺りには大きな噴水があり、その噴水の周囲や噴水を囲むように配置されているベンチには、制服を着た沢山の男女が集まっていた。どうやらその噴水の周辺は生徒達の憩いの場になっているようであった。
校舎まで延びる道は幅が広く、噴水の辺りで枝分かれしている所から察するに、校舎の正門以外にも延びているようであった。
僕とペルダはその道を他の新入生と共に進む。新入生や噴水周辺の生徒以外にも、道の左右の芝生に腰掛けた生徒などが居て人は多かったが、幸い敷地内が広いからか、そこまで窮屈には感じなかった。
新入生の集団が作る流れに乗って歩んでいると、到着したのは校舎ではなくだだっ広い建物だった。
「凄い人の数・・・・」
「大丈夫?」
僕の呟きに終着駅でのことを思いだしたのか、ペルダが心配げに問い掛けてくる。
それに僕は申し訳ない笑みを浮かべながら、大丈夫だと小さく手を上げた。
建物の奥には机が置かれ、その向こう側には椅子に腰掛けた教員のような人が居る。集まった新入生は、その教員に何かを申告して何かを受け取ると、列を離れて建物の横の扉から出て行っていた。
「ここで何するんだっけ?」
「確か寮の部屋割りだったかな?」
僕の問いに、ペルダは通知書の内容を思い出しながら答える。
列の流れは早く、思ったよりも早く僕達の番になった。
「名前と通知書に書かれていた新入生番号を教えてください。通達書を見せてもらえるだけでもいいですよ」
その問いをしてきた男性に、僕は名前と新入生番号を告げる。新入生番号は長かったが何とかそれだけは覚えていたので、わざわざ通達書を出さずに済んだ。
男性は手持ちのノートサイズの端末に告げられた名前と新入生番号を入力すると、確認の為だろうか、一度僕の方へと顔を向ける。顔写真でも載ってるのだろうか?
「こちらが鍵です。部屋番号はそこに書かれていますので失くさないようにお願いします。失くした場合は状況によっては何かしらの罰則が発生する場合がありますのでお気を付けください。そちらの扉が出口です」
鍵を差し出しながらそう簡単に注意事項を述べると、男性は建物の横の扉を指し示した。
「ありがとうございます」
僕は丁寧に鍵を受け取りながら礼を告げると、扉の方へと移動した。
「ふぅ」
外に出るとひとつ息を吐く。そこに、ここ数日ですっかり聞き慣れた声が掛けられる。
「部屋番号何番だった?」
その声の方に顔を向けると、案の定ペルダだった。
「えっと、080614って書いてあるね」
鍵に付随しているタグを確認しながら答えると、ペルダは残念そうな顔をみせる。
「そっか、私は080808だったよ」
そう言って鍵に付いているタグを見せてくる。それはとても覚えやすい番号だった。
「でも、寮の建物は同じだね」
部屋番号は最初の二桁がその部屋がある寮の建物番号になっており、次の二桁が階数、最後の二桁が端からの数えた部屋の場所を表していた。
「そうだね、落ち着いたら遊びに行くよ」
ペルダはそう言って笑う。
「じゃ寮まで一緒だし、行こうか!」
ペルダは鍵をポケットにしまうと、寮に向けて歩き出す。そのペルダの後を追って僕も足を踏み出すのだった。
寮はそこまで離れた場所に建っていなかったようで、そう歩かずに到着した。
「八番寮はここだね」
新入生用の寮が幾つもの建ち並ぶ一角へと移動すると、その内の正面に08と数字が書かれている寮の前で僕達は足を止める。
「なんというか・・・これは趣があると言えばいいのかな?」
その外観に僕はそう感想を抱く。はっきり言ってぼろかった。別に
「入ろうか」
ペルダの言葉で寮へと入ると、定期的に掃除がされているのか、外観ほど古屋の印象は受けなかった。
そのまま二人して廊下を少し歩くと、横側にエレベーターの扉と階段があるのを発見する。
僕とペルダはそのままエレベーターに乗ると、六階で僕は先に降りる。
「じゃあまたね」
「またー」
ペルダに手を振り別れると、僕は14とだけ書かれた扉を、渡された鍵で開いて室内に入る。
部屋は玄関から入って直ぐが簡易的な台所になっていて、その横に伸びている短い廊下を少し進むと、トイレと風呂場の扉が両脇に向かい合わせるように取り付けられていた。
「おや、次の同室の方かな?」
僕が入ってきたことに、玄関からまっすぐ台所を突っ切った先の大部屋から声が掛けられる。
「あ、はい。そうです。お世話になります」
僕は突然の声に、緊張から固い声でそれに返す。
「はは、そう緊張しなくてもいいよ。それに、こちらこそお世話になります・・・というより、よろしくね」
笑いかけるような親しみの感じる声に、僕は若干緊張が解ける。とはいえ、見知らぬ相手というのはそれだけで身が固くなってしまい、つい身構えてしまうのだが。
「そ、そうですね!これからよ、よろしくお願いします」
相変わらず固い声だったが、声が上擦らなかっただけ自分を褒めてあげたかった。
玄関で靴を脱いでからスリッパに履き替える。そのまま靴を脱がずに室内に入る地域もあると聞くが、外で何を踏んでいるか分からない以上、ここのやり方通りに靴は脱ぐ方が僕は好みだった。
奥の大部屋に入ると、そこには三人の人物が居た。他に部屋が見当たらない所から、これで今この部屋に居る三人で全員なのだろう。
「やあやあ、改めてこれからよろしくね。君の部屋・・・というか、領地? はそっちの端の方ね! 個室なんて無いみたいだからねー」
最初に声を掛けてきたのは、卵型の輪郭にクリクリとした目、茶髪を額が隠れるぐらいの長さに切り揃えた中世的な見た目の少年だった。
「・・・・・・」
もう一人のキラキラと光を反射させる綺麗な銀髪で目元を隠した猫背の少年は、ちらりとこちらを一瞥しただけで、何か作業をしている手元へと視線を戻した。
「えっと・・・」
最後の一人に僕は困惑した声を出す。それは猫背の少年と同じ銀髪に涼しげな目元をした、凹凸のはっきりした身体の女性だったのだ。
確か男女は別だったはずじゃなかったっけ? と僕が疑問を覚えていると。
「あぁ」
その困惑を正確に理解した茶髪の少年が、猫背の少年へと目線を向けながらその疑問に答えてくれた。
「彼女はそこの彼が作ったロボットらしいよ」
「え!?」
その僕の短い驚きの声を聞いた猫背の少年は、目をこちらに向けると、つまらなさそうに口を開いた。
「アンドロイドね」
「へ?」
「ロボットでもいいけど、彼女はアンドロイドだよ」
「はぁ」
知りたいのはそこじゃないと言いたかったが、あまりの出来事に咄嗟に言葉が出ず、そんな間の抜けた声が口から漏れ出た。
「聞きたい?」
そんな僕に猫背の少年が暗い声音で聞いてくる。
「う、うん」
それに僕が困惑しながらも好奇心から頷くと、茶髪の少年は、あーあとでも言いたげな表情をして自分の荷物が置いてある場所へと戻っていく。
「じゃぁ教えてあげよう」
声に視線を戻すと、そこには変わらず暗い雰囲気を纏った猫背の少年の姿があったが、その瞳はランランと輝いているように見えて、僕は茶髪の少年の反応の意味が理解出来たような気がする。
そして、猫背の少年は完全に顔をこちらに向けると語りだした。
「さっきも言ったけど、彼女はアンドロイドなんだよ。つまりはぼく達のような生身の人間じゃなくて、機械で出来た人間ってこと」
そこで猫背の少年は一度言葉を切ると、少し照れたように話を続ける。
「そして彼女は、ぼくの伴侶なんだ」
「・・・・・はぁ」
最初、その言葉の意味が理解できずに呆けたように数度瞬きを繰り返すと、僕はやはりいまいち理解できずにそう返した。
「ああ、ティファレトは美しいだろ? 彼女こそこの世の最上の美だよ!!」
ティファレトというのはそのアンドロイドの名前だろうか? 猫背の少年は先程までの雰囲気を一変させてうっとりとしたように彼女を見上げる。
(なんかここだけ切り取ったら、神に跪き赦しを請う人間といった感じがするな)
僕があまりの変わりように呆れたというか冷ややかにそれを眺めていると、ティファレトと呼ばれたアンドロイドが口を開いた。
「セフィラさん、相変らず気持ち悪いです」
「あぁ」
「・・・・・・」
ティファレトが拒絶するような冷ややかな目と温かみの感じられない言葉でセフィラというその猫背の少年を見下ろすと、セフィラは思わず濡れたような吐息を漏らした。僕はそれを眺めながら少しずつ後退る。
「ああ、申し訳ありませんね。こんな人でもワタクシの造物主なので、出来ましたら仲良くしてあげてください」
そんな僕に顔を向けたティファレトが申し訳なさげに目礼すると、まるでセフィラの母親のようにそんな事を頼んでくる。
「え、ええ」
僕が気圧されたように頷くと、ティファレトは優しげな笑みを浮かべた。その様子はどう見ても人のそれであった。
「あれ?」
そんな事を感じていると、ふと一つの疑問が頭に浮かんだ僕は、それをセフィラに問い掛ける。
「じゃ何で君はこの学園に?」
その疑問の意味が理解できなかったのか、こちら側に戻ってきたセフィラは首を傾げる。
「ん? ぼくがこの学園に居るのが何かおかしいかい?」
「いえ、それだけの技術があればわざわざ魔法ではなく機械工学を学ぶ方がよいのではと思いまして。見た感じそのアンドロイドには魔法は使われていないみたいですし」
「ああ、なるほど。当然の疑問だね」
僕の補足説明に、セフィラは納得してように頷いた。
「知ってるかい君・・・ええっと」
「あ、僕はオーガストと言います」
「そうかい、ぼくはセフィラだ。それでオーガスト君、知っているかい? 研究ってのは兎にも角にも金と時間が掛かることを」
セフィラのその問いに僕は頷く。貨幣経済の人の世に金はつきものだ。
「そしてね、機工技師と魔工技師では文字通り収入が桁違いなのだよ」
「それで魔工技師を目指すためにこの学園に?」
その僕の問いに、セフィラは首を横に振って即座に否定する。
「ぼくは機械に魔法を組み込む為にこの学園に入学したんだ。別に魔法だけで何かを造るつもりはない。あくまでベースは機械だ。それに・・・」
そこでセフィラは
「そもそも機械とは機械であるから素晴らしいのだ! 魔法だなんだと異物を混ぜるなど邪道もいいところ! 見ろこのティファレトの美しさを! これは純然たる機械だからこその美しさなのだよ!!」
どんどん熱くなるセフィラに、僕は最初の疑問をぶつける。
「じゃ何でこの学園に?」
その僕の質問にセフィラは苦い顔をみせる。
「保険だよ」
「保険?」
「あと金だな」
「はぁ」
「様々な技術を学ぶのは新たな発展を生むことがあるし、いざという時に役に立つ。それに、機械だけより魔法を絡めた方が受けが良いから金になるんだよ・・・甚だ不本意ではあるけど」
それだけ言うと、セフィラは興味が失せたかのように元々行っていた作業に戻る。
それに僕はどうしたものかと思いながらも、教えてもらった僕の部屋代わりの床に足元に置きっぱなしだった荷物を移動させると、腰を落ち着かせる。
ちょうどそのタイミングで、扉が開く音が部屋中に響いた。
ガチャリと扉が開いた音に向かって、茶髪の少年が僕の時と同じく声を掛ける。
「同室の方かな?」
「あ、はい~そうです~」
茶髪の少年の問いに、間の抜けてのんびりとした声が返ってくる。
その後に扉が閉まる音が響き、大部屋に一人の少年が姿を現した。
その少年は淡い青髪にまん丸とした目が特徴の、少女のような見た目の少年だった。
「・・・・・・」
その少年はティファレトを見て、そのただでさえ丸い目を更に丸くして驚いていた。
「ああ、それは―――」
茶髪の少年が僕の時のように、入ってきた淡い青髪の少年に説明を始める。なんか通過儀礼みたいになってきた。
一通り説明が終わると、淡い青髪の少年は納得したように頷いた。そこで思い出したように手を合わせる。
「そういえば自己紹介がまだでしたね~!」
そう言うと、淡い青髪の少年は一度全員の顔を確認する。
「初めまして~、僕はアルパルカルと言います~」
そのアルパルカルの挨拶を機に、全員が名を告げる。
「俺はヴルフル。よろしく」
「あ、僕はオーガストです。はい」
「セフィラ」
「ワタクシはティファレトと申します」
「ヴルフルさん、オーガストさん、セフィラさん、ティファレトさんですね~、これからよろしくお願いします~」
アルパルカルは一人ずつ丁寧に顔を確認しながら名を呼ぶと、全員に向かって深く頭を下げた。
「こちらこそよろしく」
「よ、よろしくお願いします」
「・・・・・・」
「これからよろしくお願いしますね、アルパルカルさん。勿論ヴルフルさんとオーガストさんもよろしくお願いします」
アルパルカルに続いて他のみんなも挨拶をする。セフィラだけは名乗った後は我関せずとして手元の作業に集中していたけれど。
全員があいさつを終えると、アルパルカルも自分の場所に移動する。
その後はあれやこれやと自分の事を話し合うアルパルカルとヴルフルの間に、たまにティファレトが加わって雑談に花を咲かせていた。
その雑談も自然、明日の入学式の話に移っていく。
入学式と言っても新入生の数があまりに多い為に一度に入れる場所がないようで、その為に全員が参加出来る訳ではなく、主に成績や生活態度などを加味して選ばれた生徒が学園側から今夜通知されるらしい。元々選ばれている新入生も多数居るらしいが。
そこで僕は列車で最初からずっとこちらを監視していた球状の物体を思い出す。しかもご丁寧に透明化までしていたから、あれは盗撮ではないのか・・・・。
そう思いながらも、他にやることもない僕は、今も部屋に浮いている同じものをぼんやりと眺めながら思う。何でこれに誰も気が付かないのだろうかと。
僕は不思議な気持ちで同室の面々に目線を向ける。誰一人として気づいている様子はない。それはペルダの時も同じだった。そのため、僕はそんなものなのかと自分を納得させると、外の世界の基準作りの参考にしようと考える。
その後も出来るだけ目立たないようにと、自分に充てられた場所の端の方で、持ってきていたタオルケットを被りながら丸くなる。寒かったが、毛布は嵩張るから持って来てはいなかった。明日にはどうにかしたいものだ。
そんな事をしていると、急に眠気に襲われる。これだけ寒くても眠くなるものだと変に感心しながら、僕はその睡魔に身を委ねた。