第四十一話
おれっちが、ごしゅじんに対しどうしたのかと声をかけようとして、それは来た。
ガシャン! と、何かが割られるような音。
複数聞こえるそれは、何者かが窓ガラスをぶちやぶった音のようだった。
更に、遅れて何かの燃える匂い。
(火を放ったか!?)
そう思い立ち、おれっちはすぐさま気配のある場所へと駆け出す。
「おしゃっ」
その後を、ごしゅじんが続こうとする。
おれっちはそんなごしゅじんに、手分けして当たらなければと叫ぼうとして。
おれっちが飛び出そうとした扉からの、爆発……おそらくためらいもなく打ち出された魔法……その音に衝撃に、身体の浮き上がる感覚。
(早すぎるっ!?)
吹き飛ばされていく身体は、そのために追いかけてきてくれたのか、ごしゅじんの掌にすっぽりと収まった。
相も変わらずな自身の矮小さに舌うちしつつも、突然の闖入者の手際の良さに舌を巻いていた。
最初の破砕音は、おそらく窓を割って侵入したことによるものだろう。
それが物盗りなのか、誰かを狙って来たのかは分からない。
が、迷うことなく間髪置かずここに来た。
それも複数人。
ごしゅじんにかき抱かれながら、おれっちはそいつらを観察する。
そこにいたのは、その誰もがどちらかといえば屈強な部類に入る男たちであった。
顔などは隠していない。
当然のごとくおれっちには知らない顔ばかりであったが。
その、どこか焦点の合わない曖昧な瞳に、見覚えがあった。
一度視界に入れば保護欲を掻き立てられ、危害を加えることなど不可能であったはずのおれっち自身を、躊躇いもなく攻撃してきたものたちに似ていたのだ。
というより、その者たちと全く同じ症状ではないか。
「っ、グラン船長!? どうしてっ?」
と、そのうちの一人にベリィちゃんの心当たりがあったらしい。
しかし、うつろでふらふらとしている相手はそれに、答えることなく。
手に持った無骨な円月刀を振り上げる。
「馬鹿っ、ぼけっとしてんなっ!」
ザズン! と真紅の絨毯を切り刻む音。
間一髪、ベリィちゃんを押しやったクリム君が、素の口調でいつの間にか取り出したワンハンドソードでそれを迎え撃つ。
「まさか、レヨンの……っ、みんなっ、失踪していた船員たちよっ! おそらくは魔法で操られているっ。無力化して、術者を探すのっ!」
「んもうっ、無茶いいますなっ」
ウェルノさんの、的確な宣言。
それに応えたクリム君を中心に、乱戦が始まる。
続くのは、目を見張る体術で、突っ込んできた一人をその足で蹴り飛ばすベリィちゃん。
「ティカっ! 消火だっ、火が回ってるっ!」
「ファイナさん、補佐をっ」
「わ、わかりましたっ」
おれっち、ステアさん、ファイナちゃんが叫ぶのはほぼ同時。
ごしゅじんはすぐに頷くと、ベリィちゃんが、ウェルノさんが抑え受けて立っている、
操られし男たちの脇を抜け、会場の外へと飛び出す。
その後に、当たり前のようにファイナさんがついてきて。
案の定、会場の外には火炎瓶のようなものか、あるいは魔法か、すでにかなり火が回っていた。
「消火なら、任せてくださいっ。ティカさまは出口へ、船を!」
そう言って何やら『水(ウルガヴ)』の魔力を持った魔法を紡ぎ始めるファイナちゃん。
海の魔女と言うくらいなのだら、『水(ウルガヴ)』の魔法を使っての消火などお手のものだろう。
「ラアアアァッ!」
と、その隙にと襲ってくる、外にもいた男たち。
「……カムラルよ、我が声に応え顕現し弾丸と成れ……【フレア・ビット】っ!!」
「ちょ、みゃっ」
それに対し、反射的にかごく短い文言で魔法を発言するごしゅじん。
それにより肥大し圧迫されるごしゅじんの魔力に、身体がずきりと悲鳴を上げたが、それどころじゃなかった。
ごしゅじんの攻撃魔法は強すぎる。
その楕円に渦を巻く炎弾ひとつとったって、あっけなく人をレアにする力が……
「グオオオォッ!?」
……なかった。
(あれ、制御できてる)
確かにその一撃だけで弾き飛ばされ焦げてはいるが、呻き声をあげられるくらいには無事のようで。
そういや最近、まともにごしゅじんの魔法、見てなかったっけ。
この世界において規格外の力を持っていることを、誰より理解していたのはごしゅじんだったのだろう。
おそらく、おれっちの見ぬ間に抑える努力をしていたに違いない。
顔をあげればどことなく安堵したような、満足げなごしゅじんがそこにいる。
何だよ、ますますおれっちがいる意味ないじゃん。
でもまぁそれは、ごしゅじんにとってみれば悪いことじゃない。
頭の芯からくるズキズキとした痛みを誤魔化すようにして、おれっちはそんな事を思っていたけど。
結局はまだまだだって言うか、油断していたんだろう。
おれっちが、ごしゅじんにどれだけ影響を与えていたなんてこと、気付けなかったのだから……。
(第四十二話につづく)