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第四十話



 ごしゅじんと一緒になって、会話にも参加せず背景の一部と化しつつも案内された場所は。
 思わずごしゅじんが大きく息を吐いてしまうほど、これまた見覚えのある光景だった。

 それは、ごしゅじんの実家、『火(カムラル)』を祀る舞台のある、大きな大きな教会の一室によく似ている。
 
 その壁をぐるりと囲むステンドグラスや、天井を覆う豪奢なきつね色のシャンデリアなど、一族の歴史に思いを馳せるのに十分な場所である。
 ごしゅじんの実家と違うのは、舞台がよく見えるように並べられた身廊の代わりにある、湯気立つ食事の並んだ丸テーブルだろうか。


 ごしゅじんづてに聞いていたおれっちでは、もれなく情景が浮かんでくる。
 
 愛する人、魔人族の彼を失い、深く傷つき涙しながら、人間族と魔人族を結ぶために。
 彼の形見である覆滅の魔法器を、ただ美しく心動かす音として、歌として、昇華した場所。
 
 それを成した世界の至宝と呼ばれた少女。
 それがごしゅじんの祖叔母にあたる人物。
 彼女はごしゅじんの憧れであり、ここはその憧れの場所を想起させる場所なのだ。


 元より無口なごしゅじんが一層言葉を失い、懐かしさを含みつつ辺りを見回す様は、とても感慨深げで。
 過去に思いを馳せ、夢の世界に浸かってゆこうとするごしゅじんは、幸せそうに見えた。
 肩口のファイナちゃんも、おれっちの真似して嬉しげにみゃあと鳴くほどで。

 故におれっちは、そんな大事な場所を穢そうとするやつらを、どうしても許せなかったんだ……。




 それは、海の魔女不在のまま、いるかどうかも分からないままに。
 ステアさんに促され、それでも美味しそうな香りにつられて、各々が食事を取り始めようかという時だった。

 未だ警戒を続け、食事にも手をつけぬままだったキィエちゃんが、ウェルノさんに食ってかかったのは。


 「ねえ、いい加減この依頼に何の意味があったのか教えてほしいんだけど。結局海の魔女はどこ? 誰なの? さらわれた船員たちはどこ?」
 「それは、私じゃなく本人に聞いたほうがいいんじゃないかしら」
 
 ちょうどごしゅじんの前で、キィエちゃんとウェルノさんの火花散る視線のぶつかり合い。
 本人、と言われ当然ざわつくその場。
 そしてその視線は、すぅっとごしゅじんのほうへと向いて。
 肩口にいたはずのファイナちゃんがいなくなっていたのはその瞬間。


 「は、はいっ。海の魔女の任は現在わたしが仰せつかっておりますっ」

 まさしく慌てて挙手する勢いで、身を乗り出し現れたのは。
 最初にまみえた青みがかった白髪の少女の姿そのものであった。
 
 おれっちとしては、ここはごしゅじんの家の一つなのだし、流れでいって本人の自覚なしにごしゅじんが海の魔女であったという答えを用意していたのだが、どうやら違うらしい。

 美味しそうな食事につられ、なあなあになりかけていた空気もきゅっと締まり、皆がファイナちゃんに注目する。


 「ええとですね。この、国と国の境を監視? 見守るお役目が海の魔女の仕事なのです。それでですね、ちょっとだけお休みというか、お墓参りに行ってたら船員さんたちがさらわれてしまったなんて聞いて、慌てて戻ってきたのです」
 「それではつまり、海峡の船員の行方不明……さらったのはあなたではないということですか?」


 油断なく構え、神妙な様子でそう問いかけるのはクリム君。
 ファイナちゃんは、それに心外だと言わんばかりに頷いて見せる。


 「違います。わたしじゃないですっ」
 「その証拠は? 何かある?」

 続くのはレンちゃん。
 信じてあげたいけど言葉だけじゃといった雰囲気が滲み出ているのは、彼女の人柄だろうか。


「ええと、うーんと。だって、ここに船員さんたちはいませんよ? お屋敷の中、探しても構いませんし」
「あれじゃないの、血肉を肝を食らうって云々かんぬん」
「そ、そんなことしませんよ! 怖いこと言わないでくださいっ」

 悪乗りしているジストナちゃんに、腕をぶんぶん振って泣きそうになるファイナちゃんは、確かに嘘をついているようには見えなかった。

 おれっちからしてみれば多少ぶっている(別にかわいいからいいけど)風に見えなくもなかったが。


 「それなら、船員をさらってどうするつもりだったのでしょうか? 船の積み荷もなくなっていたそうですが。まぁ、海の魔女さまとは無関係の海賊が、という可能性もありますけど……あの海の魔物たちは? 人間を食べたりしないのですか?」

 今度は冗談ではなく、真面目にそう聞いてくるクリム君。
 しかし、ファイナちゃんにはその違いが分からないようで、一層眉を寄せ反論してくる。
 

 「あの子たちは人間さんなんて食べないですよぉっ、わたしの魔力でできてるんですからっ」

 確かに、あの風船のような姿には、そんな雰囲気があり説得力があった。
 おそらく、というか船員の失踪に関しては、十中八九彼女は白だろう。
 少なくともおれっちには、そう見える。

 中には、そんなおれっちの観察眼を上回る悪者もいるだろうが、彼女はそこまで器用には見えなかった。
 しかしそう考えると、誰かが彼女……海の魔女に罪をなすりつけ、その噂を流した人物がいるということになるわけで。
 その意味、得になるのは誰であり何だろう?
 
 何か答えになるものはないものかと、なんとはなしに相も変わらず会話の蚊帳の外にいたごしゅじんを見上げると、しかしごしゅじんは会話に参加していないどころか、そのやり取りを見てすらもいなかった。
 
 じぃっと、それこそ何もないはずのところを見つめる猫のように。
 視線をあさっての方向に向けていた。
 
 おれっちが、そんなごしゅじんに対しどうした、と声をかけようとして……。
 
 
         (第四十一話につづく)






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