第四十二話
ごしゅじんはその後も同じように、男たちを蹴散らし無力化し、辿り着いたのは屋敷の入り口、玄関の広間。
そこには船を守らねばといった同じ考えであったのか、入口を塞ぐようにしている男たちと対峙している、レンちゃんたち三人組の姿があった。
「あなたたち、どきなさいって言ってるでしょ!」
「……っ!」
「おしゃっ!?」
刹那感じたのは、あまりよろしくない【猫のしらせ】。
名を呼ぶごしゅじんを置いてごしゅじんの腕をすり抜け、おれっちは駆ける。
「レンっ!」
そんなおれっちに気がついたのはキィエちゃんだった。
何やらはっとしていたが、構わず突っ込む。
「だめっ、離れてっ!」
それに気づき、叫び声をジストナちゃんがあげるのと、ぎらりと黒光りする砲台が見えたのはほぼ同時。
瞬間。身体にすさまじい衝撃が走って、びしりと何かの砕ける感触。
それは、咄嗟に作り上げたおれっちの光の盾が割れる音で。
痛みの原因であった、おれっちを戒めていた何かが壊れる音でもあって……。
※ ※ ※
「……みゃっ」
目が覚めると。
おれっちは、ふわふわぬくぬくの所にいた。
それなりのダメージであったはずなのに。
どこかつかえが取れたみたいに軽い。
改めて辺りを見渡すと、そこは子猫には申し訳ないくらいの、大きくて豪奢できらきらの天蓋付きのベッドの上にいる自分に気づく。
「……え? あれ? どうなってる。ティカは?」
あの後気を失って、倒れでもしたか。
でもって、屋敷の寝室にでも運ばれたのか?
それにしては雰囲気も違う気がしたし、かなり炎が回っていただろうに、その燻った匂いも感じられない。
何より、目が覚めてごしゅじんがいないこの状況に、空虚感と焦りを覚えて。
「とにかく、状況を把握しないと」
あれからどうなったのか。
失踪していたはずの船員たちを操っていた黒幕は?
みんなは、ごしゅじんは無事だろうか。
おれっちは、それらすべてを知るためにと四肢を伸ばし起き上がり、ベッドから飛び降りる。
そしてそのまま駆け出し、道を塞ぐドアノブへと飛びつこうとして。
「失礼するわね、おしゃくん」
ノックの音と、そんなウェルノさんの声がする。
その声色だけでは、状況判断はできそうになくて。
澄まして前足を揃え、一声。
すると、顔を出したウェルノさんは、驚きに目をしばたかせて。
「あら、おしゃくん。起きたのね! よかったわ」
そう言って、安堵の息を吐いている。
一方のおれっちは、何故かがらりと変わっているウェルノさんの服装に驚いていた。
それまでは、地位とお金のありそうな冒険者といった感じだったのに。
すっかり地に足をつけたどこぞの貴婦人というか、上に立つ者の空気を今まで以上に放出していた。
おれっちがそれに首を傾げていると、自然な動作で抱きあげられる。
その服装変わっても素晴らしいままの包容力に、されるがままになっていると、やがてぬくい敷物の詰められたバスケットの中に下ろされ、小動物用なのか、小さな櫛で毛をすくわれる。
それが、あまりに手慣れていて。
日常の一部みたいで。
決してウェルノさんが悪いわけじゃないのに。
その場から逃げだしたい、そんな気分になってくる。
「うーん。まだ少し緊張してる? やっぱり元の飼い主さんのようには、いかないかしら?」
多分それは。どこか不安なままのおれっちに対し、思わず出た言葉だったのだろう。
「元? ……元ってなんだよっ!」
でもそれが、おれっちには我慢ならなかった。
思わず、それまで禁じていたはずの言葉を発してしまうくらいには。
おれっちが我に返り失敗に気づいたのはすぐのことで。
喋らないはずのものが急に口を利けば驚くだろう。
故に、その反動で突き放されることも覚悟していたのだが。
「ふふ。ようやく口を利いてくれたわね」
なのに、ウェルノさんは何だか嬉しそうにおれっちを抱え上げると、今度は備え付けの丸椅子の上にそっと下ろし、おれっちに向き直ってベッドに腰掛ける。
まるで、人間同士が会話するみたいに。
「え? 何で、それを知って……」
混乱するおれっち。
しかしウェルノさんは、そんなおれっちを宥めるようにひとつ頷き、言葉を続ける。
「あなたがティカさんの大切な存在であることは、本人から聞いたわ。そして、その本人にあなたを託されたの。……まぁ、とは言っても私は一時預かってるだけのつもりだったけどね」
どうやらさっきのは思わずではなく、おれっちの口を割らせるかまかけだったらしい。
だが、託し預っているという言葉の意味が、全くといっていいほど理解できなかった。
眉を寄せるおれっちに、ウェルノさんもそれを察したのだろう。
「そうね。まずは手順を追って話しましょうか。あなたが目を覚まさなかった、三日間の出来事を」
それにより発せられた言葉に、おれっちは瞠目する。
「三日!? おれっちは三日も寝てたのか……」
あの、船などによくあるような大砲を魔法障壁越しにとはいえ、受けたのだから。
ただ意識を刈り取られるくらい、ダメージのないほうだと思っていたが。
それにしても寝すぎだろう。
そんなおれっち自身に呆れていると、ウェルノさんはそれまでの事を思い出すみたいに中空を見上げ……口を開く。
「やっぱりあなた、自覚なかったのね。魔力の枯渇で死にかけていたのよ?」
「……」
言われてみれば、生まれてこの方そんな経験などした記憶もなかったので。みゃあの音も出ない。
だがしかし、確かにあの時、『光(セザール)』の魔力により作られた盾は壊れたが、それで自分の身も保てぬほどに力を使い果たしたかと言えば、首を傾げざるを得なかった。
「まぁ、それも仕方のない事なのでしょうね。反発しあう『闇(エクゼリオ)』の魔力に、常に触れていたのだから」
常に触れていた『闇(エクゼリオ)』の魔力。
思い出すも何も、それはごしゅじんのことだろう。
「だから……だから力を失って倒れたと? まさか、そんな事は百も承知だよ。おれっちはそのためにティカのそばにいるんだから」
強すぎる力が、悪戯に漏れぬように。
ごしゅじん自身が、その力を制御する事を覚えられるように。
元々、おれっちはそう言う一族なのだから。
「知っていて傍にいたと? どうして?」
「ティカの生きる証になればいいと思ったからさ」
僅かに見せるウェルノさんの驚きの表情には、きっと理解できないと言う部分もあっただろう。
そんなの構いやしない、なんて思っていたけど。
しかしそれに気づいたウェルノさんは、ようやく納得がいったとばかりに頷いてみせる。
「そう。生きる証ね。うん。それは正しかったのだと思うわ。だからあの時、それまで抑えていたはずのタガが外れたのね」
「……それってまさか」
「ええ。あなたは覚えていないみたいだけど。大切なあなたが傷ついたことで、ね」
それはレヨンの港町へと向かう途中、ウェルノさんたちと出会った時の状況に近いだろうか。
ごしゅじんは感情が昂ぶると、魔力が暴走……いや、それまで全開で抑えていた歯止めが緩んでしまうのだ。
だが、一度(ひとたび)ごしゅじんが力を全開で放てばあの島ごとなくなっていてもおかしくないはず。
それが、ウェルノさんがこうして無事にいるということは。
「ああ、おれっちが止めたのか」
故に、おれっちの魔力は枯渇したのだろう。
心神喪失の状態で役目を果たすとは、おれっちも中々のものじゃあないか。
いや、だったらそれ以前にそもそもごしゅじんを傷つけるような事をするなって話か。
「止めた? それが本当なら、イレイズ国の姫たちは生きて? ……でも、それも今更かしら」
なんて事を考えていると、何やら一人で悩みこんでいる様子のウェルノさん。
おれっちが視線でどういう意味かと問うと。
改めてウェルノさんは今までに起こったことを説明してくれたのだった……。
(第四十三話につづく)