第四十三話
『火(カムラル)』の根源を祀るあの会場で、操られし者達と対していたウェルノさんたちは、屋敷ごと破壊しかねない『火(カムラル)』の魔力の暴発を受け、すぐにその場に駆け付けたらしい。
その場は、玄関ホールであったことなど分からないくらい形が変わっていて。
地面の剥き出しになっている爆心地には。
茫然と立ち尽くすごしゅじんと、その腕に抱かれ意識失ったおれっちがいたのだと言う。
そして少し離れたところに、火傷を負うもかろうじて無事であったさらわれていたはずの男たち。
何故か快復し目を覚ましたら、呪縛が解かれ正気に戻っていたそうで。
それなのにも関わらず。
レンちゃんたち、イレイズ国の三人の姿が見えなかったらしい。
「爆発に巻き込まれた? いや、しかし。だったらおれっちが止めた甲斐がないわけだが……」
「ええ。おそらく、どさくさに紛れて国に帰ったのでしょう。そしてそれこそが、イレイズ国の狙いだった」
呟くウェルノさんの言葉が、ぐっと低いものに変わる。
「それから、一日も経たないうちに、イレイズ国は宣戦布告をしてきたの。海の魔女と共に謀り、友好のために訪れていた我が国の姫を殺害した、その報復として」
「そんな、ちゃんと確かめたのか?」
証拠を、彼女たちの安否を。
すがるようにおれっちが言えば、ウェルノさんは怒りに眉を寄せ、それに答える。
「いえ、きっとイレイズ国は、建前さえあればどうでもよかったのよ。安否を確認するにしたって、彼女たちを匿い、外に出さなければいいだけなのだから」
「そ、それじゃあ、あの娘たちは最初からそのつもりで?」
「おそらくは。……ただ、実際国にとってみれば、無事かどうかはどうでもよかったのでしょう。あの操られしものたちに襲われた時、あの娘たちも驚いていたから」
言われてみれば、玄関で見た彼女たちは、玄関を塞がれていた時も意外そうにしていたような気がする。
それに、あの大砲だって確かに彼女たちに向けられていたからこそ、庇ったのだから。
つまりは、彼女たちは利用されたのだろう。
その事を知らなかったからこそ、彼女たちはあの場にいたのだ。
「それじゃあ、失踪したはずの船員たちを操っていたのは」
「十中八九、イレイズ国のものでしょうね。今となっては、詮索の意味もないのだけど」
至極、綿密に計算された謀。
そこまでして宣戦布告を、ロエンティ国へ戦争を仕掛けたがった理由はなんなのか。
窺うように顔を上げると、ウェルノさんは瞼閉じ、重々しく頷きそれに答えてくれる。
「もちろん、我が国が欲しかったと言う理由もあるでしょうね。だけど一番の理由は、海の魔女の主でもある、『魔王』に庇護されている、なんて言われている我が国を牛耳り、『魔王』の力を得ようといった腹積もりだったのだと思うわ」
我が国……既になんとなく気づいていたことではあるが。
やはりウェルノさんはそう言えるだけの地位を持つ人物であったらしい。
だが、それより気になる言葉があった。
「……魔王?」
思わず反芻すれば、やはりそれも知らなかったのねとひとりごちた後。
何かを一笑に伏すみたいに笑ってみせて。
「愚かなこと。魔王はどの国にも与さない。そもそもこういった人と人の愚かな争いを止めるものであると言うのに。まぁ、その事を私が知っていた、という意味では、庇護されていたと思われても仕方ないのだけどね」
「……それは」
かつて、聞いた事のある内容。
ごしゅじんのお母さんが、やっていた使命。
でも今、この世界に彼女はいない。
だとするなら、その使命を負うのは?
「一大事です、ウェルノ殿下! 魔王の軍勢が、我が国にも迫っております!」
まさしくこれ以上ないといったタイミングで。
扉を開け放ち、やってきたのは。
それが本来の姿なのだろう、男ものの騎士服を着た、ツンツン赤髪の、正真正銘男なクリム君であった。
「まぁ、こちらも兵を構えないわけにはいかないものね。予想していたことではあるけど」
それはすなわち、イレイズ国が仕掛けてくるから、と言うことなのだろう。
一層険しく表情を変えたウェルノさんは、クリム君とともに部屋の外、バルコニーへと足を運ぶ。
それについてゆくと。
どうやらここは、それなりに高い場所のようで。
大河を挟んで、イレイズ国の稜線が微かに見えるとともに、その両方へと迫る巨大な魔物たちの姿があった。
遥か高みから見れば、大河を彩る植樹帯のような、夥しい数。
「あれは……」
多種雑多で、様々な幻獣、動物たちを模した炎の魔物たち。
ごしゅじんの魔法だ。
おれっちは、それをよく知っている。
「今のところは魔物たちに動きはなく、膠着状態に陥っております。一体、何が目的なのか……」
何がって、一目瞭然じゃないか。
「今のうちだよ、ウェルノさん、クリム君。レンちゃんたちを探しに行くんだ」
「うどわぁっ! ね、猫がしゃべっ……!」
いや、気付くのが遅いよ、クリム君。
「剣を下ろして、落ち着きなさい」
「は、はっ」
ウェルノさんが平気そうだったから大丈夫だと思ったが、そうじゃなかったらしい。
慌てるクリム君をなんとか宥め、ウェルノさんはおれっちに発言の真を問う。
「しかし、彼女達は堅固に隠されていることでしょう。あるいは、証拠隠滅をと考えれば、もう」
「いいや。彼女たちは生きてるよ。おれっち、一度嗅いだ女の子の匂いと香りは忘れないから」
それこそ女装していたクリム君なんぞ、一目で看破できるくらいには。
そう言って笑うと、苦笑を噛み潰したように苦悩するクリム君がいたけれど。
それによりある程度は信じよう、と言う気になってくれたらしい。
「それじゃあ、見つけ出すお手伝いを、お願いできるかしら?」
冗談ではなかろうが、思わずついて出たらしきウェルノさんのそんな言葉に。
「もちろん、そのつもりさ」
おれっちは、すまして頷いてみせて。
ならば、時間は惜しい。
ごしゅじんが時間稼ぎしてくれている間に、彼女たちを連れださなくちゃいけない。
そう言って、飛び出そうとしたおれっちに声をかけてきたのは。
クリム君と同じく、ウェルノ殿下の近衛騎士であるらしい、ベリィちゃんだった。
「待って、おしゃくん! これ、ティカが渡して欲しいって」
「……っ」
相当急いでくれたのか、肩をつき差し出してくれたのは、ヨースの日記帳だった。
まさか、このタイミングで何か指令でもあるのか、淡く明滅している。
おれっちはそれを尻尾で受取り、そのまま倒れこむようにしてふかふか黄緑色の絨毯の上で、開いてみせる。
光が強かったのは、文字の書かれている最後のページ。
そこには、こう書かれていた。
―――世界の調停役となり、魔王として君臨する。
獲得星数、100。
合計星数、114。
星が溜まりました、おめでとうございます。
「ぐッ!?」
そして、最後の一文を読み終えようとしたその瞬間だ。
ついさっきまで忘れていた頭の痛みが、警告音を鳴らすみたいにぶり返してきたのは。
「おしゃくん!?」
何事かと駆けよってくるベリィちゃん。
しかし、それよりも早く。
カッ!!
「きゃっ」
「うおお、な、なんだぁっ」
部屋を真っ白に染めるような、閃光が辺りに迸って……。
(第四十四話につづく)