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 その日は三月も中旬だというのに厚手のコートが必要な程に冷える日であった。
 薫は窓から差す太陽の光よりも、壁越しに外から伝わる寒さで目を覚ます。数日前から快晴が続いていたが、今日はもうすぐ雨が降るらしい。
 薫はベットから降りると、ぶるりと身を震わせた。
「家賃が安いからってボロアパートなんて借りるもんじゃないわね」
 冷気が伝わるその外壁の薄さに辟易しながらも顔を洗う為に洗面所へと移動する。蛇口を捻って出てきた水はまだ温かかった。
 昨夜の晩御飯の残りを温めながら歯を磨いていると、トントンと窓を叩く音が聞こえてきて窓の外に目を向ける。雨が降り始めていた。
 薫はこれから仕事に行く為に外に出る事を思い、少し憂鬱になりながらも、朝の支度を済ませていく。
 朝食を片付けまで済ませ、軽く化粧を施している時に時間を確認しようとテレビ付けると、丁度天気予報をやっていた。画面の気象予報士のお姉さんが言うには、どうやら今日は大雨になるらしい。
「はぁ」
 その事に薫が思わずため息を零した時、軽快な電子音が室内に響き、薫は携帯を手に取る。
「里美? 珍しいわね」
 社会人となって疎遠になりつつあった親友の名前に、薫は懐かしさを覚え電話に出た。
「もしもし。突然どうしたの?」
 学生時代を思い出し、僅かに弾む声に返ってきたのは少し大人になった懐かしい声。二三軽い挨拶を交わすと、里美は薫に本題を伝えた。
「…………え? 嘘? 紗季が? いつ?」
 それは学生時代に里美と共に薫がよく一緒に居たもう一人の親友の訃報だった。
 交通事故だったらしい。三日前の夕方頃に信号待ち中に居眠り運転のトラックが突っ込んできたとかで、即死という話だった。
 そこで紗季の死を悼むかのように雨音が強くなり、薫は外に視線を動かす。突然の事に現実感が持てずに呆然とその豪雨を眺めていると、葬儀が昼過ぎからある事を伝えて、里美は電話を切った。
 薫は暫く外を眺めていたが、我に返り会社に連絡を入れると、葬儀に出席する準備をしてからコートを羽織り、傘を片手に外に出た。
 外はコートを着ていても震えるほどに寒かったのだが、手に落ちた雨は何故だか妙に温かかった。

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