怪我
腹に開いた穴からドクドクと鼓動の度に溢れ出す大量の血液を抑える為に、倒れ伏している直人は、力を振り絞って何とか傷の上に手を置いた。
何でこうなったのか。ここ数ヶ月間ずっと繰り返している自問を再度繰り返す。
事の発端は、数ヶ月前にこの異世界に転移させられた事に始まる。
それが意図して行われた事ならば直人も納得出来ただろう。もしくは主役ならば。
しかし、現実は直人が召喚時に近くに居たというだけの話であった。所謂巻き込まれたというやつだ。
召喚主である王は、直人が一般人である事が判った途端、不要の一言で切り捨て城を追い出した。
異世界転生もしくは異世界転移を題材にした小説を直人は好んで読んでいたが、よもや自分がそれを体験する日が来ようとは夢にも思わなかった。
しかも、こういう物語には付きものの、チートな能力や強力なステータス、恵まれた環境なんてものは何一つなく、直人はどこをどう見てもただの高校生であった。
直人が読んだ中には、巻き込まれ系や不遇系も何本か混ざっていたが、それでも主人公には何かしらの取柄はあった。だけど、直人には本当に何もなかった。素敵な出会いも救いとなりそうな能力さえも。
見知らぬ世界に学生がただ独り放り込まれる。それだけで絶望的なのに、持ち物は充電が半分程しか残っていない携帯だけ、あとは着ている服ぐらい。
定番の携帯で興味を引くというのも試したが、この世界の技術の方が進んでいた為に見向きもされなかった。
しかも余所者である直人に住民は冷たく、更に追い打ちをかける様に、この世界の常識何て知る由もなかった直人は、取り返しのつかない失敗をしてしまう。
その為、サバイバル技術なんて持ち合わせの無い直人は、ひどく困窮した。飢餓寸前になる程に。
しかし、その国は幸い戦時中だった為に、直人は義勇兵に志願して飯にありつくことが叶った……のだが。
平和な日本の学生が、いきなり戦争の最前線に立たされる事態になる。技術は進歩していても、人が直接争う場面はあるらしい。
そして、直人は初っ端から腹に槍を突き立てられて、その場に倒れ伏したのだった。
周囲を敵味方関係なく争っていたのは先程までで、今は戦線を押し上げたために静かなものだった。踏まれなかったのは数少ない幸運だったろう。
離れた喧噪を耳にしながら、直人は死にたくないと涙を流す。
しかし現実は残酷なもので、ドクリドクリと傷口近くに心臓が移動したかのように、鼓動に合わせて腹に空いた穴からから大量の血液があふれ出てくる。その度に、身体から熱が奪われていった。
じわりじわりと寒気を感じるのは、血液と共に体温が出て行っているからか、死を間近に感じて恐怖しているからか。
しかし、中々終わりはやってこない。直人が死の恐怖に怯えていると、そこで天啓のように自分に備わっていた能力を知る。
それは死ににくいというものであった。これがゲームなら、誰かに助けてもらうために瀕死が長く続くというのは需要があるのかもしれない。だが、実際に痛みを覚え、それが長々と続いていくというのは、もはや拷問でしかなかった。
そんな能力のせいで直人が痛みと恐怖に耐えていると、とうとう霞みだした視界の中で走馬燈をみる。
それに伴い、感謝や謝罪に後悔と、様々な感情が胸中に湧き起こる。
そして、その嵐が過ぎ去り意識が落ち逝く中で、彼は最期に小さく呟いた。「お母さん、お父さん」と。