第1話。新戦力争奪合戦in東京①
2020年春、その出来事は突如起きた。
人類が憧れ、好み、創り続けてきた一大ジャンル、ファンタジー。
現実には決して起こり得ないことも創作、ことファンタジーなら自由にできる――その許しと権利を行使して、これまで人類は幾多数多のファンタジー物語を創り続けてきた。
それこそもうアレだ、人類史=ファンタジー史と言っても過言ではないくらいに。
しかし、創り続けられるということは、情報量が増え続けるということ。巨大化極大化したファンタジーというジャンルは、人類の与り知らぬところで意思と力を持つ概念と化した。
誕生したファンタジー概念は「そんなに憧れ好きならば、いっそ現実をそうしてくれる」との通知を送り、圧倒的な情報量を源泉とする巨大な力を現実の地球に送信した。
一瞬の出来事だった。人類生物全てが、ファンタジー作品にありがちなキャラクターへと変貌させられたのである。
大木は動き口で食事を取るようになり、ドラゴンやキメラ、ゴブリンといった異種族が現れ、墓場の遺体もゾンビやスケルトンとして動き出す。
そして人類は……ほぼ全員、原形を留めない異形と人型の混血種へと変わってしまった。
頭部が動物のものに変わった者達。尻尾が生え下半身が恐竜のようになってしまった者達。完全にもとの姿とは違うエルフ耳の種族へと変貌してしまった者達。鬼と化してしまった者達。そして妖怪幽霊エトセトラetc、とにかく人類の全てがファンタジー世界の登場人物へと変貌させられてしまったのだ。
たった数人の、例外を除いて……。
そう、人類の全てはファンタジー化の影響を受けた。だが、人そのままの姿を保った者達が数人いたのだ。ファンタジー化の影響を受けつつもヒトのカタチを保ったその者達はファンタジー概念こと“Onett(ワネット)”から事の経緯を直接知らされた。人類の想像力と想像力、その罪と罰が人間のいる現実をファンタジーにしてしまったことを。
その『告知』を受けたとき、ヒトのカタチを保っていた数少ない“人間”達はふたつの主張を持つに至った。
ひとつ、「なってしまったのはしょうがないので、とりあえず生きる」という考え。
ふたつ、「なってしまった以上、人間である我々が世界を支配すべし」という考え。
そう、たった数人の人間はここでも仲間割れを引き起こしたのである。いつの世も一致団結できない人間の性――否、業はここでも現れたのである。
ヒトのカタチを保ちつつ、ファンタジーでよくあるチカラ――魔法や超能力といったものを手に入れた残り少ない人間達はふたつの集団とはぐれものを形成した。
ひとつめの理念を掲げる集団は「ハットワンズ」。
ふたつめの理念を掲げる集団は「カプリコンズ」。
ただ、両者には共通するものがあった。両者ともにある人物の関係者が多かったのである。その人物の名は――心環一乃。
ファンタジー化の際に消息不明となった彼と関りをもっていた者達が、ファンタジー化の中でもヒトのカタチを保てていたのである。
特にハットワンズの中核を為すのは、ずばり「心環三兄弟」
心環空行、心環虚探、心環論実と、心環一乃が引き取り育てた三人の養子がハットワンズの核だった。
一方、カプリコンズの指導者は、心環一乃のビジネス成功を共に歩んできた野心溢れる危険因子、ベガトロン。
彼に従う者彼に雇われた者、彼と同じ理念を持つ者彼になんとなく付いている者。その総数はハットワンズよりも圧倒的に多い。
しかし、まだどちらに付くとも決めていないはぐれ者のヒトやワネットが告知で教えてくれた定期的に現れる新たなヒトを戦力に加えられれば、勢力図は簡単に塗り替えられる。
その第一弾とも言える新たなヒトことプロトメイト第一号が日本の首都東京、臨海副都心に出現すると知った両陣営は、本拠地から日本へ急行した。
「急ぐんだ空行、シャルロット。空を飛べるお前達が先行してプロトメイトカプセルを回収しろ。ただでさえ僕達ハットワンズは数的に不利、プロトメイトを味方にするのは風見みずほ先生よろしく『最優先事項よ!』なのだよ。僕と論実とウィルは道路を走ってく。さあ早く行きなって!」
「わかってるよ虚探。でもあと10秒頂戴。買収用として父さんのコレクションどれ持って行くか選ぶから。ナミコちゃん! 今回のプロトメイトはどんな嗜好してるのか教えてちょ」
空を飛べる心環空行とシャルロット・ファリエールに急行を命じる心環三兄弟の一人心環虚探。しかしマイペースなリーダー心環空行はこの一刻を争う場面で自身の嫁にてファンタジー化の影響で実体同化意思を持つに至ったハットワンズのナビゲータ、ナミコちゃんへと呼びかける。するとナミコちゃん、旦那の依頼に対し陽気な声で答えを発する。
『んーとね……今回のプロトメイトは変な奴でねー、モノよりも食事って感じかな〜。豊洲市場のベンゼンまみれのアジなんかがいいかもねー?』
「さすがあたしの嫁ことナミコちゃん。そして父さんありがとう。すっかり賞味期限切れのマッズーイベンゼンに汚染されたアジの刺身がウチの冷蔵庫チルド室にはあるんだってねーっ。よーし梱包完了。シャルロット、先発隊出動だ!」
「うん、空行! FFF展開! ラララ星の彼方ー!」
時代錯誤なモノと古くさい歌詞を土産にしてハットワンズの空中戦力心環空行とシャルロットは本拠地である東京の心環家屋敷からハットを被って魔法行使。エアロムーブとFFFで空を飛び臨海副都心へとかっ飛んでいった。残る地上部隊の心環虚探、心環論実、ウィリアム・デイドリームも屋敷の戸締まりをした後、ハットを被って魔法の機動力を駆使し、臨海副都心目掛けてアクセル全開、見るより速く飛び出した。
一方敵対集団で人員的にはハットワンズを圧倒しているカプリコンズもプロトメイトカプセルの情報を嗅ぎ付け、空中戦力であるスピーディアとレグリル、アルドックス、そしてリーダーベガトロンが、空を飛行して臨海副都心へとiPhoneの音楽流しながらリズムに乗ってやってきた。空飛んでいるのに選挙カーもかくやという煩さである。しかも音楽のチョイスが萌え系のアニソンだからタチが悪い。その煩さに物申したのは地上ルートで別行動をとるカプリコンズ一の常識人、アンダレアであった。
「ちょっとリーダー、うるさいわよ? この世を支配しようっていう理念と野望があるのなら、この世の生き物達に嫌われること迷惑かけることは慎みなさいな」
至極真っ当な忠告、しかしベガトロンは「黙れお黙りだまらっしゃい!」と逆に怒鳴る。結果煩さは先程比3.5倍増しの超騒音レベル。低気圧が消滅し地球が悲鳴を上げたほどだ。こうなると手がつけられないのでアンダレアもドン引く手を引く口を引く。ベガトロンが暴君化しているのも事実だが、それ以上にアンダレアが引き際というものを心得ているのだ。彼女、常識人だから。
しかたないので同じカプリコンズの女子仲間であるスピーディアとレグリルに「作戦忘れないように」と伝言し、自身はプレセラ、エル、アウスリーを連れて他の仲間達と分かれ迎撃に入る。狙いは勿論数で劣るハットワンズの地上戦力の足止めである。なぜか4人で「東京特許許可局!」などの早口言葉を連呼して滑舌を良くすると、銀座で心環虚探、心環論実、ウィリアム、ハットワンズの地上戦力と見事鉢合わせたのであった。日曜日なので歩行者天国だが、周囲のファンタジー化した元人間達はヒトの姿を見て駅伝の観衆よろしく歩道へと引っ込み、固唾を飲んでヒト達の対峙を見守る。知性でも身体能力でもなく、魔法を得たヒト達の動きを……。
互いに動きを止め、相手を見やるハットワンズとカプリコンズ。お互い心環一乃の関係者、面識は何度もあった。会いたくない時も在ったくらい会った。そして、先に口を開いたのは……心環一乃の養子になりその背中を見続けてきた心環三兄弟の一人、心環論実だった。
「ちょっとちょっと知り合いさん! ここ(銀座)はウチらの縄張りやで。同じ東京でも沖の鳥島に基地を構えとるおたくらに我が物顔で通行されたら犬のお巡りさんに突き出すしかないんじゃな〜い?」
「言ってくれるじゃない血縁もない心一族が」論実の皮肉に応じたのはエルとプレセラだった。アンダレアが止めるのも聞かず、若い二人は論実の言葉に言葉で応酬。
目には目を。ならば言葉には言葉を。なのだろう。あーヤな展開の予感がするわ。
「あーら論実。おひさしぶりー。あいかわらずギャグめいた難癖つけては人を挑発して反応楽しむドSな趣味を貫いてるのね。ホント、そんじょそこらのご近所さんならまだしも、うちのプレセラに言ったことはハッキリしっかり償ってもらうわよ! なんてったってこのプレセラこそわたし的No.1ニューリーダー適性者なんだから! ね〜?」
「そうねそうよねそうですねー。私と論実じゃ格が違うのよ格が。初恋経験恋愛経験失恋経験どれをとっても私の方が二桁上! そこの恋愛チキンな童貞クンとはドラマの質が違うのですよー。全くなんであの一乃さんが論実なんかを養子に選んだのか、今でも理解に苦しむわ」
「テメ! プレセラこの野郎! 言うに事欠いて父さんのこと貶しただろ今! ウチのことならいざ知らず、父さんを貶されて黙ってる心環論実だと思うなよ! 行くぜ虚探、ウィル。ハットワンズの底力見せたるわ!」
プレセラの幼い容姿からは想像つかない挑発返しに仕掛けたはずの論実がドツボ。虚探とウィリアムを唆して臨戦体勢に入る。一方のカプリコンズ地上部隊も武器を構えて戦闘体勢、それを見た周りの人達は一目散に逃げ出し恐慌状態となるが、時既に遅し。
ヒトサイズとは言え、ミサイルやロケットランチャー、果ては魔法の象徴である好戦やらレーザーやらビームの撃ち合いが始まったのである。勿論周りにお構いなく!
「あらあらあらあら!」「ほれほれほれ!」
「バカにしたるでコラ!」「焼き肉万歳!」
各々が口癖っぽいズレた掛け声を叫びながら激しく撃ち合う。あっという間に銀座は戦場、悲鳴と爆音が木霊する。
その時である。カプリコンズの地上部隊リーダーであったアンダレアが秘密通信でこう囁いた。
「ベナトール。今よ、奇襲開始!」
『了解ダス! ケーラケラケラケラ!』
その音声とともに、突如ハットワンズは背後からガトリング弾の一斉掃射を受けた。単独行動で動いていたカプリコンズの一員、ベナトールが奇襲をかけたのだ。
「あうビックリいったーい!」
「あうビックリもうダメー!」
「あうビックリやられたー!」
三者三様の悲鳴を上げて心環論実、心環虚探、ウィリアムの三人は地に伏した。実に呆気なく。ついでにギャグっぽく安っぽくだ。「カプリコンズの忍者」の異名を誇るベナトールの存在自体を忘れていた。でも名誉と言い訳のために言っておくとハットワンズ地上部隊の落ち度という訳では無い。むしろベナトールの忍者ぶりが際立っていたのがこの奇襲を受けた要因、ただ相手が凄かっただけ。
そのベナトール、背後から背中に弾を食らって(描写のために言っておくと魔法を扱えるこのヒト共は銃弾くらい弾いてしまう肉体強度を持っている。ただし衝撃でダメージは食らうってだけ)倒れ込んだ心環虚探、心環論実、ウィリアムの三人に近寄り戦闘不能状態を確認すると「ケーラケラケラ! ベナちゃん、強い!」と高笑いする。それを正面側から確認したカプリコンズ司令塔ことアンダレアは秘密通信でボスであるベガトロン達に「人質確保」の報告をする。ベガトロンから「褒めて貶して褒めたげる」との御言葉を賜ったあと、プロトメイトとの交換材料に使うべく、アウスリーの魔法で小さな水晶の中に閉じ込められるハットワンズの三人。主役メイン主人公サイドっぽく描かれてた割にこの体たらく、一体事態はどうなるのか? プロトメイトはどっちが手に入れるのか? 人質となったハットワンズの三人はどうなっちゃうの?
と言うわけで続きはまた次回。今回は、ここまでじゃ!
読んでくれて、ありがとよ!