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リビングでは、すでに手を洗い終わった茉耶華がソファにどっしりと据わっている。
彼女は皿の上で震えるプリンに、いままさに、最初のひとさじを下ろそうとしているところであった。
典正はその隣に座り、いかにも親しげににっこりと笑う。
「茉耶華」
「な、なに? そんな顔したって、このプリンはあげないんだからね!」
「ああ、いや、そんな菓子の話じゃないんだよ、君はいままさに、人生の大きな壁というものにぶつかっているんじゃないのかい?」
「ああ、まあ、そうね。そのために異世界にまできているわけだし」
「ノンノン! お兄ちゃんの言い方が悪かったね、乙女の試練と言ったほうが良いかな」
「はあ?」
「つまりだ、茉耶華、君はいま、恋をしている!」
皿の上のプリンが小刻みに震えているのは、顔を真っ赤にした茉耶華が羞恥からくる怒りで片を震わせているから。
しかし、典正は容赦ない。
「どうだい、恋をしているんだろ、茉耶華」
「してたらなんだって言うのよ」
「さあ、教えてごらん、その男の名を、そうすれば俺は、兄としてキューピッドになってあげよう」
「なんであんたにそんなこと言わなくちゃなんないのよ」
「やだなあ、茉耶華、俺たちはたとえ仮とはいえ兄妹じゃないか、妹の悩み、それはすなわち兄である俺の悩みでもあるのだよ、さあ!」
さっさと言えといわんばかりに気取って手を差し伸べる典正の態度がそうとう癇に障ったのだろう、茉耶華がプリンがぶるんぶるんと震えるほど体を震わせる。
「絶対に言わない!」
「はっはっは、強情だなあ」
典正は彼女を宥めるためにその片手をやさしく取り上げ、自分の唇によせた。
そして、低くあま~い声で囁く。
「さあ、恥ずかしがらずに、言ってごらん」
茉耶華の顔が一気に紅潮し、小さな唇から奇声が漏れた。
「あふひゃぁあああ……」
「ん、どうしたんだい、茉耶華、ずいぶんと脈が速いようだが?」
「は、放しなさいよ、このセクハラ兄貴~っ!」
プリンをのせたまま、皿が宙高く舞い上がった。
茉耶華はからになった両手を軽く握り、肘を伸ばしきるようなパンチを典正のみぞおちにぶち込む。
「ぐほっ!」
身を折るようにしてソファに沈む典正から離れたこぶしは柔らかく開かれ、落ちてきたプリンの皿をそっと受け止めた。
「わ、私の好きな人がどうとか、今度言ったらそのクチ縫い合わすからね!」
プリンの皿を抱えるようにして振り向いた茉耶華の顔は真っ赤だ。
まるで恋する乙女のように……
リビングの入り口から一部始終を見守っていたアマンドは、そんな彼女の姿にひどく不安そうな表情を浮かべるのだった。