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◇
「姫さん、ちょい」
プリンの皿を抱えたままリビングから駆け出してきた茉耶華を、アマンドが呼び止める。
「な、なに?」
振り向きもせず上ずった声を出す彼女に、アマンドはわずかな不安を感じた。
「あんな、こんなことは言いたないけど、姫さん、ワイらがこっちの世界に来た目的、忘れとらんやろな?」
「忘れるわけないでしょ、ちゃんとわかってるわよ」
「せやったら、色恋にウツツ抜かしとる場合やないって、それも?」
「わかってるってば!」
茉耶華がふうっと深呼吸したことは、肩の動きで明らかだった。
その後で振り向いた彼女は、実に落ち着いた表情をしている。
皿の上のプリンも、もう震えてはいない。
「さっきは不意打ちで驚いただけ。もう大丈夫」
「さよか」
「だいたい、あんななよっちい男に恋なんかするわけないでしょ、私、マッチョ好きだし。それに、仮ではあってもお兄ちゃんなんだから、さすがに禁断系っていうか……」
「姫さん、姫さん」
「なによ」
「ワイは姫さんの恋のお相手が典正だとは、ひとっことも言っとらんのやけど?」
「ふぁあ!!!!」
茉耶華の手の中で皿は大きく傾き、プリンが皿のふちまで滑り下りた。
「姫さん、プリン、プリン!」
「え、う、ああっ!」
慌てて皿を引き戻す茉耶華、ぷるんと震えて皿の真ん中に戻るプリン。
「へー、さよか、姫さん、アレが好きなんか」
「好きじゃないってば!」
「でも、脈なしなんちゃう? さっきのやりとりな、あれは他の男勧めるつもりみたいに聞こえたんやけど?」
「多分……今日の帰り道、私が『星受者』候補の男を観察していたのが誤解されたんだと思う」
「へえ、恋にウツツ抜かしとるばっかりやないんやな」
「当たり前でしょ、私は戦姫なんだから、ちゃんと自分の使命は心得てるの!」
「結構なことや。で、その男は『星受者』なん?」
「わかんない。外から見る限り、印は見当たらないし……」
ちょうどその時、リビングから典正が顔を出した。
「なあ、茉耶華、まだ怒ってるのか?」
「ひぁぅあ!! 怒ってない、怒ってない!」
「ならばいいんだ。真山先輩のことだけど、よければ……」
「うはぁ! 余計なことしないでっ!」
ついにプリンの皿が典正の顔に叩きつけられた。
「お兄ちゃんのバカぁあああ!」
茉耶華は自分の部屋目指して走り出す。
「ふ、恋に臆病な子猫ちゃん、可愛いじゃないか、なあ、アマンド」
典正がプリンまみれの顔でカッコつけて額に指を立てているから、アマンドは笑うべきなのか呆れるべきなのかを迷った。
「うん、まあ、せやな」
曖昧な返事を返した後で、ぽんと手を打つ。
「せや、その真山っちゅう男、顔繋げるんか?」
「中学の頃からの先輩後輩だからな、全く顔すら見知らぬ仲というわけじゃない」
「せやったら、一度ウチの姫さんと話させたってくれへんか? いや、余計なことはせんでいいよ、話だけでええから」
「つまり、デートをセッティングしろと、イッツ……オーライ!」
「や、デートとかあかんから、本当に話するだけでええんや」
「心配することはないぞ、アマンド、万事はこの俺、敷島 典正におまかせあれ!」
流石のアマンドも、プリンを顔から垂らしながら高笑いする彼の姿には、不安のふた文字しか浮かばないのであった。