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二人が家に帰りつくと、金髪碧眼高身長の美青年が玄関先で出迎えてくれた。
「おお、おかえり」
典正の父の箪笥をあさったらしく、どこかの土産で買った『海人』と文字プリントされたTシャツを着込んでいる。
下はこれまた父のジーパンだろうか、丈が明らかに短くて腰周りはこぶしがつっこめそうなほどゆるいのだが、日本人離れした美しい容姿というのは恐ろしいもので、むしろラフな休日着のようなハイセンスさを感じる。
典正は見知らぬ男の登場に驚いて軽く後ろに引いたのだが、茉耶華のほうは表情さえ変えずに靴を脱いで玄関へとあがった。
「あんた、なんで人の姿になってるのよ」
「そんなん、二人が朝食べた食器も洗わんと学校に行ってまったからや。ちっこいドラゴンのままじゃ洗いもんもようせんわ」
そのしゃべり方に典正もこの青年の正体に気づく。
「まさか、アマンド・ドラゴン?」
「せやで。なんや、いまさら気づいたんかいな」
「だって、完全に人の姿……」
「せやからこうして、このTシャツを着とるんやないかい」
「そのTシャツって……」
「海人(あまんど)やろ?」
「いや、海人(うみんちゅ)……」
「え、あまんど……」
「いや、うみんちゅ……」
いささか悲しげにTシャツの文字を見下ろして、彼はつぶやく。
「そっかあ……よく考えたら、ワイの名前がプリントしてあるとかおかしいわな、そんな訳ないわな」
「アマンド……」
典正は思わず彼を励ます手を差し伸べようとするが、茉耶華の声がそれをさえぎった。
「あ、人型って事はさあ、おやつ作ってくれた?」
「あ、冷蔵庫にプリンこさえといたで」
「やったね!」
「食べるんやったらちゃんと手ぇ洗って来ぃ」
洗面所に向かって駆けてゆく背中を眺めて、アマンドは目を細める。
「ホンマ、ウチの姫さんは無邪気っちゅうか、可愛いと思わんか?」
「まあ、可愛いほうだな」
「せやけど、惚れたらあかんで。姫さんは世界の命運を背負う重大な使命のためにこっちの世界に来たんや。色恋に現を抜かしとる場合やないんやで」
「ふ、俺はそうは思わんな。恋とは乙女の本能、止めて止められるものではない」
「まさか、姫さんを狙っとるんか?」
「それこそまさか、俺はたとえ仮であっても彼女のお兄ちゃんだ。兄として妹の真っ当な幸せを願っていると、そういうことなのだよ」
「うわ、めっちゃ不安になる発言しとるわ、この人」
「不安になる事など何もない。万事はこの俺、敷島 典正に任せておきたまえ」
典正は高らかに笑うと、リビングへと足を向けた。