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5.こころざし

 ベルグ達は一本道を駆け、次の“間”へと足を踏み入れた。
 最初の“間”の影響か、通路でもモンスターが襲ってくるようになっているが、ベルグとレオノーラはもちろん、今やシェイラも立派な戦力の一員となっている。
 なので、迷宮の表層で現れるような雑魚モンスターの群れなぞ、取るに足りないものであった。
 余裕を持って踏み入れた“間”にも、以前と同じ石像があり、ベルグは前に立つと今度は“人のメダル”を要求し始める。
 よく見れば全く同じではなく、先ほどのよりどこか新しいようだ。

{確認完了――古いのを回収し、新たに発行を行います}
{媒体――OK……魂――無し……}
{“人”の繋がりを示してください――}

 と、石像の台座部分に何かを投入する穴が開いた。
 ベルグ達は、思い当たるような物を所持していない――急にそのような要求を出されても、答えられなかったのだ。
 何か持ってないかと、シェイラとレオノーラを訪ねても胸元や腰を叩くだけで、そこから出てくるのはホコリだけである。

「人の繋がり……投入口からして、“金”か?」
「そ、それは流石に、現実的すぎる気がします……。
 考えられるのは、“友情”や“愛”と言ったものですが、これは想いの形ですし、“物質”ではありませんし……。
 “愛”ならその、ゆ、ゆゆ指輪とかありますが……」
「指輪か……うぅむ……」

 ベルグは、しまったと言う顔をしていた。
 レオノーラに指輪どころか、アクセサリーの一つすら贈っていなかったのである。
 シェイラにも、ロームの町で得た“シークレット・リング”をあげたものの、ちゃんとした物は渡せていない――。
 ベルグは目を落とし、『自分の事にかまけすぎて、二人に何も出来ておらぬではないか……』と、己の甲斐性の無さを恥じた。
 その一方で……シェイラは“指輪”と聞き、何かが引っかかっていた。

(指輪もそうだけど……それなら “人” との、じゃなくて、“人”の、繋がりだよね……? “と”ってまるで、他の種族との――)

 シェイラはそこで、ハッと何かを思い出した。
 ベルグも獣人であり、“人”とは違う。しかし、ベルグから貰ったのは“シークレット・リング”だけであり、成り行きで貰ったそれは、“言葉”を証明する物ではない。
 だけど、シェイラには他の者から貰った、もう一つの物がある。

「これよ! これなら、その証明になるわ!」

 シェイラは、《サキュバス》との連絡用の “コール・リング”を取り出した。
 便りが無いのは元気な証拠――と言うが、どうやらカートが治めるようになった、ビュートの町で、彼女の“仲間”と共に、仕事に()()()()()いるらしい。
 人との繋がりであり、 “友情”の証明をするもの――シェイラは投入口に、その指輪を投げ込んだ。

{証明を確認……第二セクションに以降します}

 どこか遠くで、ガコン……と音がした。
 それと同時に、身体中の産毛が逆立つような、ざわざわとした感覚が辺りを包む。
 レオノーラは金属が擦れる音を立てながら、鞘から愛剣を引抜くと――

「ベルグ殿、シェイラ――先へ」
「しかしっ」
「“生徒”を守るのが、“教官”の役目でございます。
 戦いに向かぬ妹ですら、今必死になって戦っていると言うのに、戦う事しか能がない私が、ただ見ているわけにはまいりません――」

 誰しもが“役目”を担って、この地へとやって来たのだ。
 今この時が、己の“役目”を果たす時だと覚悟を決めている。
 それは、“教官”として“場所”を守り、“妻”として“夫”を守る――

「私は……貴方の、“守護者”ですから」

 それを言われてしまえば、ベルグはもう何も言えない。
 互いに背中を向け合い、各々進むべき方向を向く。

「任せるぞ――」
「はい。お早いお帰りを、お待ちしております――」

 レオノーラの腕を信用しているからこそ、可能なやり取りであった。
 先を急ぐ“生徒”を見送った “教官”は、目の前のグニャリと歪んだ空間に目やった。
 特徴的なそれは、出てくるものが限られている。
 霊魂《スピリット》や、幽霊《ゴースト》の類ではなくて良かったと思うものの、異空間から(いず)る“存在”は厄介な物だ。

{絆を示せ――}

 這い出て来た小悪魔(インプ)と同時に、石像が淡々と述べる。

「絆? もう示しているではないか、全く……。
 我が“生徒”、我が“夫”の下へは――誰一人として通さんッ!
 私、レオノーラ・バルディアが、“間の守護者(ガーディアン)”として、ここを守りきってみせようッ!」

 コウモリのような羽をした、小さな体躯の悪魔なぞ敵ではない。
 幼子のような短い腕を伸ばすも、それはレオノーラに触れる前に胴体を二つに分けられてしまう。
 小さな断末魔をあげる悪魔には目もくれず、レオノーラは次々と歪む空間に鋭い眼を向けた。


 ◆ ◆ ◆


 ベルグとシェイラは、その先にあった階段を下り、一本道をひたすら突き進んでいた。
 階段の途中で、『告げる者は素直でなくては』と、メモ書きのようなものが書かれていたが、何のことか分からなかった。
 モンスターが出るのは一階層だけなのか、二階層目にはまるでその気配がないようだ。
 そのせいか、不注意に駆けるベルグの姿は、どこか危なっかしい。
 それについて行くのがやっとであるシェイラは、僅かにイラ立ちを覚えていた。
 追いつけぬその後ろ姿は、かつて訓練場が襲われた時と同じである。

「――ちょっと、スリーラインッ!」
「ん、ああ……すまない……」

 距離が開いて来た事に気づかない“弟”に、“姉”つい語気を強めてしまう。
 イラ立つ原因は理解しているが、それはシェイラ自身あまり理解したくない物だ。
 ベルグは焦っている。平常心を保とうとするものの、それは見せかけだけで、気が付けば周りが見えなくなってしまっていたのだ。取り繕う言葉も今はどこか腹立たしく、心刺されるようなものであった。
 シェイラも、その原因もちゃんと分かり、理解している――はずなのだが、“弟”の優しさが辛かった。

「――レオノーラさんが心配なのは分かるけど……。
 もっと……もっと、周りも見てよっ……!」

 言うべきではないと、頭で思っていた言葉を言い放ってしまう。
 咄嗟に、“周り”とボヤかしたが、本心では『私』と言いたかった。
 シェイラは嫉妬していた。これまでにもあったものの、今回のように自己中心的で、己自身で醜いと思える、憎悪のような感情は初めてである。
 もやもやとした、真っ黒な闇が心の中で(うごめ)き、吐き気すら覚えてしまう。

「すまない、シェイラ……」

 シェイラも表に出さないように必死で抑えているが、唇を噛み、小さく震え涙を堪える姿はバレバレであった。
 その姿を見たベルグは、己の短絡的な行動を恥じている。
 彼女を(ないがし)ろにするつもりはないのだが、心のどこかで『理解してくれる』と、彼女の優しさに甘えていたようだ。
 口を閉ざし、力なく垂れ下がった耳――伏し目がちなベルグを見たシェイラは、ハッ……と、自分のしている事の愚かさに気が付いた。

「あ、その……ご、ごめん……なさい。言い過ぎた……」

 幼い頃、一度だけ虫の居所が悪く、感情のままベルグに怒った時があった。
 その時も、このような姿をしていたのだ――。

「いや、シェイラの言う通りだ――。
 俺自身、皆を信用しておらず……シェイラの優しさにも甘えていたようだ……」

 キューン……と喉を鳴らす姿に、シェイラの心に渦まく闇が消え去り、代わりに良心の呵責が生まれている。

「カートやローズ、レオノーラ――皆、あのような事でやられないのだ。
 うむ、一日ぐらい経過してもどうってことない奴らなのに……俺がやってやらなければならない、と言う思い上がりのせいで」
「さ、流石に一日はダメだと思うけど……」

 拗ねやすく、落ち込みやすいベルグであるが、長く引きずらないため切り替えも早い。
 すぐにいつもの、自由気ままな楽観的な“弟”に戻ったのを見たシェイラは、心の中で静かに息を吐いた。
 それと同時に、ふとある疑問が頭に浮かんだ。

「もし、さ……レオノーラさんじゃなくて、私が残る事になったら、スリーラインはその……どうする?」
「怒られても残る」
「そっか……って、えぇ!?」
「だって、シェイラは頼りないもん」
「む、むぅぅー……」

 シェイラが求めていた答えは、カートとローズのような“愛”による共闘、レオノーラに見せたような“信頼”である。
 だが、ワフワフと笑う“弟”が出した答えは『放っておくと、何しでかすか分からないから』との、保護者的な“心配”だった。
 ベルグは、いくらシェイラに溺れそうなほど愛していても、その本質は変わらないようだ。
 “弟”はやはり、“姉”を“姉”と見なしていない――と、シェイラは膨れっ面を見せ、『もう知らないっ』と鼻を鳴らした。

 ・
 ・
 ・

 二階層目は、道なりに進むだけの通路のみであった。
 どこか延々と続く道にも感じられたが、先の一悶着の後すぐにそこが見つかった。
 恐らく、腹に逸物を抱えていれば進めない仕組みであったのだろう。その先には、最後の“間”が広がっていた――。

「これが最後の石像だが……どうして、これだけやたらとボロボロなのだ?」
「な、何か見覚えあるような、無いような……」

 その傷も新しく、覚えがある。
 シェイラは『まさかぁー……』と思うものの、その可能性を捨てきれずにいた。
 そのせいか、あまり直視できないようだ。

{“金のメダル”を投入してください――}

 ベルグは、最後のメダルを投入する。
 もしここでも戦え、と言うのであれば、ベルグは迷いなく残るつもりでいた。
 だが、チャリン、と音を立てたそれは、これまでと様子がまるで違っている。

{認証完了――}
{媒体……OK……魂……OK……}
{ガッ……ガガッ……ノ(ツミ) ヲ、投入シ……ガッ……}

 ボロボロなせいか、声が途切れ途切れに発せられ、よく解らないでいた。
 台座には投入口が開かれ、先ほどのように何かを入れるのは確かである。

「『罪を投入』……でいいのか?
 罪と言えど様々だが、故障しているせいか何の罪か分からん」
「もしこれで、違うもの入れても……私たちの責任じゃないよね?」
「うーむ。入れる物と言っても、形のある“罪”なぞ……」
「スリーライン、は……この穴に入らないしね」
「何で俺なのだ?」
「だって……レオノーラさんの所に、行く回数のが多いもん……」

 唇を尖らせ、どこか拗ねたようにそう呟いた。
 そんな姿を見たベルグは、一つ息を吐くと、

「その分、シェイラを愛しているではないか――」
「な、ななっ、何言うのいきなり!」

 と、ベルグは時々、こうして直球で恥ずかしい事を述べる。
 ベッドの中でも耳元で、恥ずかし気もなく『愛している』など囁いたりするのだ。
 本人はただ思った事を、本能に従って口にしているだけなので、恥ずかしさなどはないのだが……シェイラからすれば、その“夫”の一言がかなり()()のである。

(う、嬉しいけど……こう言う、女殺しな所が罪深い、と言うか……ん?)

 ふと、自分の考えが引っかかり、スラリと細いマメだらけの手を見た。
 殺し……罪……解放感や幸福感に浸っていたせいで忘れていたが、シェイラは己の手を、血で汚しているのである。
 いくら仕方のない事とは言え、それは拭う事のできない“罪”であり、“裁きの間”でも『“スケープ・ゴート”に罪を(なす)り付けても、お前の罪が消えたわけでは無い』と告げられたのだ。
 いつか“裁き”の時が来る――その時に必要になる、と言われた物を彼女は持っている。

(名札……)

 ポーチの奥底に入っていたそれは、シェイラ自身の“罪”の証明である。

「シェイラ、それは」
「これを入れた所で、私の“罪”は消えないけど……」
「俺にも責任がある――シェイラ一人で、全て背負う必要はない」
「スリーライン……」

 シェイラは、出会ったのがベルグで良かったと改めて思った。
 ベルグの手は、彼女の震える手に添えられ、二人でその名札を投入口に入れると――

{ガ……ネの罪の認証完……ガ……}
{“(こころざし)”をおね……ガ……ま……}

 再び投入口を開かれた。言葉のままであれば、()()()()()()“寄付”を要求しているようだ。

「シェイラ、持ち合わせあるか?」
「え……わ、私あまり持ってないよ……?」
「俺は置いて来たからな……うーむ、ここに来て“志”か……お、そうだ!」

 どこかイタズラな顔で、シェイラの方を向いた。

「な、何で私を見るの!? ほ、本当に殆ど無い、んだからね?」
「――いや、金じゃない。シェイラ、手帳持ってただろう?」
「う、うん……」
「それちょっと貸して――」

 手をクイクイとするそれに、シェイラはワケも分からずそれを手渡した。
 彼女は、その事を忘れてしまっているようだ。ベルグは、ペラペラとそれをめくり始め、ごく最近のページを開くと――

「おい、この“志”ならどうだ?」
「あ゛ッ!? そ、それダメッ、それ見ちゃダメぇぇぇぇぇッ!?」

 石像の眼前に、昨日シェイラが徹夜して書いた『やりたい事メモ』のページを見せつけた。
 そこには――

 ・朝からオープンテラスのカフェに足を運ぶ
 ・そこでお店を開くための本を読む ←(出来る女!)
 ・“裁断者”をチョイチョイアピールしながら、人脈を作る

 ――などと書かれたページを見せつけられた石像は

{こ……“志”の意味ガ、ちガッ……}

 顔が動かせないため、ガタガタを震え始めた。
 起きて来ないシェイラを起こしに行った時、机の上に開きっぱなしにされたそれを、()()()()見てしまっていたのだ。
 あまりの“姉”の痛々しさに、絶句したベルグはどうしたものか……と目頭を押さえ、しばらく本気で思い悩んだほどである。

「次のページは、もっと()()()をしているぞ?」
「ちょ、ちょっと、それは本当に止めてッ!?
 そこはまだ、プランニングの段階なんだから!?」
「え……前ページのは完成なの……?」

 シェイラの最後の一言が引き金となり、石像は

{きょ、許可シマス……最後の“間”へどうぞ……}

 と、周りの空間を歪め始めた。

しおり