1.支え合う二人
シェイラの“問題”が解決されてから、約三週間が過ぎた――。
多くの者がうだるような暑さに参っている中、コッパーの町の外【ダシアーノの森】からは、シェイラのひときわ元気な掛け声が響き渡っている。
白い鎧姿もサマになってきた彼女の手には、白銀の槍が握られており、目の前の《グール》と睨みあう。
少し離れた場所では、抜き身のロングソードを手にしたレオノーラが立ち、同じモンスターと対峙していた。
鬱蒼としたその森の中には、まだ多くが徘徊したままであり、その“温かい人間”に気づいた《グール》たちは、“欲”を満たさんと次々と彼女たちに向かって来たのである。
「――これで、終わりですッ!」
白銀の槍に腹部を貫かれ、最後の《グール》は呻きをあげた。
かつて、恐怖で逃げ惑っていた彼女の姿はもうどこにもない。もはや《グール》なぞ取るに足りない存在、と言わんばかりに、次々とそれを撃破してゆく。
《グール》があげたのは“苦悶”の呻きではない。死者は“導き”を彼女に求めた。
彼女はそれに応えるように、“ヴァルキリー”の
朽ちた身は“開放”と共に灰へと姿を変え、木々の合間から抜ける光の筋の中で、キラキラと舞っていた。
「――よし。シェイラ、そろそろ休憩にしよう」
「はいっ!」
森に《グール》が増えてきたため、二人はその数を減らしに来たのだった。
同行していたレオノーラの方も片付いたのか、手にしたロングソードを鞘に納めながら、シェイラにそう告げた。
何体分の
「“呪縛”から解放されたからか、ここ三週間で動きが見違えるほど機敏になっているな。
あとは実戦経験を積むのみ……ふふっ、もう私が教えられる事は無いかもしれん」
「そ、そんなことないですよ――っ」
謙遜するかのように、胸の前で両手をふるふると振った。
頭を悩ませてきた“呪縛”から解放されたシェイラは、始めこそ戸惑いを見せていたものの、今では心身共に充実した毎日を送り、訓練もこれまで以上に精を出すようになっている。
金属鎧の下に着るクロークも、元から黒かったと思えるほど、汗で濡れている時間の方が多い。
町の者たちも、これまでのナヨナヨとしたシェイラのイメージとは打って変わり、日々凛々しくなってゆく姿に驚きの表情を隠せないようだ。
元々は明るい性格でもあったため、光を取り戻した彼女の笑顔は、年頃の男たちが思わずドキリとしてしまうほどものであった。
「……汗をかくって、こんな気持ちのいいことだったんですね」
「そうだろう! ローズにも教えたいのだが、あのインドア派は眉をしかめるばかりでな……」
シェイラには訓練が終わり、こうしてレオノーラと共に過ごす時間が楽しかった。
二人は事実上、ベルグの妻――“裁きを下す者”の配偶者である。
シェイラは『これまでの関係が失われるかもしれない』と気がかりであったが、特にそう言った様子もなく、普段ではいつもの“姉と弟”に戻っていた。
水面下ではレオノーラと争っているものの、血みどろの女の争いなどは起こさず、共に“妻同士”として良好な関係を築いている。
「なぁシェイラ、ベルグ殿について少し尋ねたいことがあるのだが……」
以前よりシェイラに聞きたかったことがある、と、レオノーラは少し言いにくそうに口を開いた。
「は、はい……何でしょう?」
「言いにくいことなのだが……ベルグ殿は何と言うか、その、人が好きと言うか、何と言うか……」
「……甘えた、ですか?」
「そうっ、それ! や、やはりそうなのか?」
「色々成長してますが、そこだけは昔のままですね……」
ベッドの中で睦み合うだけも多く、シェイラのその言葉に得心がいったようだ。
猫のように頭をこすり付けては『頭を撫でて』、『顎を撫でて』と言ってくるので、レオノーラはずっとそれが気になっていたのだ。
嫌でもないので、レオノーラも喜んで応じているのだが、普段の言動とはまるで違う、子供のようなベルグの姿に驚きを隠せないでいたようだ。
「でも、甘えさせっぱなしだと
拗ねてブシッて鼻を鳴らしますが、スリーラインの場合は、叱るか無視した方がいいです」
ベルグの扱いに関しては、シェイラの方が断然上である。
彼女の所にも甘えにやって来るのだが、昔から知る仲であるだけに、ダメなものはダメとちゃんと叱る。
逆にそれが、当時の二人のようでもあってシェイラは嬉しくもあった。
レオノーラは顎に手をやりながら、そちらが本当の“ベルグ”なのかと考え、口を開いた。
「“断罪者”であるが故に、己のそれを抑制している――のだろうか」
「そうかもしれませんね……」
「……共に、ベルグ殿を支え合って行こう」
「は、はいっ!」
「なので、私が“第一”――」
「それだけは認めませんッ!」
「順番的に私が先だろうっ!?」
いかに協力し合おうと決めた仲であっても、“第一夫人”の座が譲れないようである。
◆ ◆ ◆
その一方、そのベルグとカート、ローズは、ルクリークのテアの宿屋を訪ねていた。
問題が片付いたと言えど、シェイラの借金の問題だけである。
まだ、その元凶でもある“ワルツ”の支配者――“審理者”との一戦、“タブレット”を得てから、に“均衡”を取り戻す使命がまだ残されているのだ。
カートが調べさせた所、その“ワルツ”の組織は完全崩壊した……ようであり、今残っているのは残党となっているらしい。
噂では、横からエルフの組織が
「そんな物には興味がありません」
「ケッ、よく言うよ――消し飛ぶの分かった瞬間に、“ワルツ”のシマ占領するわ、ウチの店と
「偶然ですよ、はい。
“お金に困っている”からウチに来たのに、路頭に迷わせるわけにはいきませんからね。
預かるからには、それなりに責任を持って面倒見るのが我々ですし、はい」
しれっとそう話すテアに、ローズを始め皆がため息を吐いた。
「ホント、エルフもずいぶんとしたたかね……で、アンタにちょっと聞きたいことあるんだけど」
「はい、何でしょう?」
ローズの足下には、シェイラがスポイラー殺害に使用した、“金獅子”が入った箱が置かれている。
ズシリと重いそれを机の上に置くと同時に、テアの薄い両眉がわざとらしく上げられた。
「あら、うちのインテリアに良さそうな物をお持ちで」
「やらないわよッ! これについて聞きたい事あるんだけど――」
「呪いが消えたのでしょう?」
「し、知ってるの!?」
「見れば分かります。“女の憎悪”に満ちた“器”からそれを貪り、お腹いっぱいになった……と言った所でしょうか」
何でもお見通しだ、と言わんばかりにテアは“推論”を語った。
「――こうなる事を知っていた、わけではあるまいな?」
ベルグは、イラ立ちを込めた目をテアに向けた。
この“呪い”のせいで、シェイラは過酷な選択を迫られ、手を汚した可能性もあったからだ。
「ありませんよそんなの。いつの時代も女を食い物にする存在は居ますし……。
我々も、“金獅子”も、“その時が来るのを待っていた”と言ったところです。
いくらエルフと言えど、いつどこで何が起こるかまでは予測できませんから」
これは
しかし、呪いが解かれたと言えど、エルフはそれを所持するわけにいかない。
それを聞き、カートとローズは目を見合わせ、共に悪どい笑みを浮かべ合った。
ベルグはそれに複雑な表情を浮かべたものの、今回の件に関しては“スキナー一家”の助力が無ければなし得なかった上に、彼らにも――カートは、特に大きなものを失っている。
その報酬と補償として、彼らに“金獅子”を“保管”して貰うのがベストだろう、と判断していた。
「――で、俺からも聞きたい事があるだが」
「まずは、“守護者”就任おめでとうございます、と言っておきましょう」
「む、うむ……。まぁ、そうなる原因となった、“魂のメダル”と“審理者”の行方なのだが」
「“ワルツ”の偉い人が、【エンジェル・ロスト】にある地下処刑場に何とかと言ってた気がしますね。はい」
「エンジェル・ロストって……フォルニア国の最南端にある、あの荒廃都市?」
「ええ、ですが……“魂のメダル”を奪われたとなると厄介です。
何でまた、よりにもよってアレを盗まれるんですか……まったく」
他の“メダル”ならまだしも、それを奪われるのはマズいと言う。
“タブレット”はその相手の過去を映し出す物――つまり、“裁量”に必要な物だ。
それが失われたため、いつからか“三枚のメダル”を裁量の代用品として使用して来た。
そしてそのメダルは、“均衡”に必要な“鍵”である。
「こればかりは確証がありませんが……あの“審理者”には、“断罪者”や“裁断者”のような特別な力は使えません。
それにも関わらず、“断罪”の力を使ったとなると――“魂のメダル”を媒体にした秘術で、ある者を
「媒体に、秘術に、
「どちらかと言うと、“
“タブレット”の力をフルに発揮できてないのか……いずれにせよ、“断罪者の魂”を喚び、力を得ている事には違いありませんね」
「何と恐れ多い事を……死者の魂を、ましてや先代の魂をもてあそぶなぞ……」
「でも、そいつはいつの時代の人間なんだよ?
神サマの遣いが、ゾンビの類だってオチじゃねェよな?」
カートが疑問に思うのは無理もない。
以前の“タブレット”の持ち主がそのままであれば、数百年以上生きている事になるのだ。
エルフや比較的寿命が長いドワーフなら別であるが、これまで聞いた通りであるのなら、それは“人間”のはずである。
「――“審理者”は一度死にました。“断罪者”に討たれ、首をハネられたのです。
しかし、死んだ場所が悪いと言うか、悪魔に魂を売ったと言うか……執念と憎悪によって、自分の首を持って動き回る、“アレ”になりましてね」
「首を――って、まっ、まさか《デュラハン》になったって言うの!?」
デュラハンは、死の予言とその執行者――
死が近い者の下にやって来ては、魂を刈り取る存在と言われている。
罪を宣告して裁く、“裁きを下す者”の役目と似通ってはいるな……と、ベルグはどこか呑気に考えていた。