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13.湖の町の後始末

 夜明けと共に“淫虐の町”の町は、その名に相応しい最期を迎えた。
 悲鳴と共に目覚めた住人達は騒然として、宿屋から次々と運び出される男女に目を向けている。
 統治者・タイニーの死はもちろん、宿屋にいた男女までもが惨殺されていたのだ。

「あの“飯屋”に居た、《ウェアウルフ》のジジイにやられたんだってよ……」
「え、えぇっ!? あの優しいおじいさんがっ!?」

 老犬の《ウェアウルフ》は、元々は“東の群れ”を束ねる長だった。
 かつての益荒男(ますらお)も老いには勝てず、息子に席を譲った後は、新たな長の方針に従っていた。
 しかし、新たな長には“器”が無かった。その世代交代は誤った選択とり、彼らの誇りはみるみる内に失われてゆくこととなってしまう。
 金と権力と欲に支配された男の“飼い犬”と化してゆく――そんな、情けない“狼”の行く末を嘆いていた時、道を正さんとする“神の遣い”が現れ、“長”を裁いたのだ。
 人間によって奪われた、狼の誇り・()()を今一度取り戻す事ができる、と老犬はこの千載一遇のチャンスに賭けたのだろう。

「ねぇ、あれギルドの職員じゃない? うわ、えっぐ……」
「うげ……()()()()あんなの見るけど、今回はもっと酷いわね……。でも、いい()()よ。
 タイニーって奴の関係者ってだけで、偉ぶってて鬱陶しかったもん」
「あ、分かる。職権乱用ってやつ? 私なんてこの前、値切られたよ」

 シェイラから依頼書を受け取った、ギルド職員もタイニーの関係者だったようだ。
『今日と言う日をすぐに終わらせ、明日――俺の(とき)を、永遠に続かせてくれ』
 流れる時は、全員同じ。この願いは、しっかりと“時の女神”へ通じたのだろう。
 彼の“今日()”は終わりを告げ、“明日()”が永遠に続く事となったようだ。

「ね、ねぇ、もしかして……全員タイニーの関係者じゃない?」

 口々に悪態をついていた“商売女”たちも、ハッとした表情を浮かべ押し黙った。
 老犬は感謝を忘れない。長く従わされていたので、誰が関係者かと言うのはよく知っていた。
 ベルグへの()、タイニーへの()として置き土産を残して行ったのだ。
 そんな、ぞましい光景に誰もが口に手をやり、目を背けている中――“支配者階級”の死体をじっと見つめ続ける男がいた。

「――ビュートの町は宵の口から始まり、朝ぼらけで終わる。まさにその通りだな」

 低いトーンでそう呟いたのは、“己の尾を噛む蛇のピアス”をつけた悪党、報復の“仕上げ”にやって来ていたカートである。
 だが、その中の一人には、決して目にしないようにしていた。
 見れば、手にした大事な“町の権利書”を握りつぶしかねなかったからだ。
 しかし、人間は『見てはいけない』と思えば思うほど、興味を惹かれてしまう生き物。
 欲求に負けたカートは、つい“()()”を一瞥してしまっていた――。

「――ぶっ……くッ……くくくっ……」
「ぼ、坊ちゃん、し、死体を笑っちゃ……ぐくッ……」

 “スキナー一家”と“ジム一家”の者たちも、カートにつられ笑いがこみ上げるのを堪えている。
 チラりと目をやった先には、老人のように痩せ細った〔タイニー〕の遺体が並べられていたからだ。
 生気を失ったその肉体は、まさに老人そのものであった。
 この町の統治者だけであってか、一段と立派に安置されている。
 しかし、発見されたままの姿であるため、誰もがその罰ゲームのようなそれに耐えているようだ。

「ぼ、ボケ老人か……っ、くくっ……。
 これからやるべき事が、あるっ、てのによ……くくくっ」

 カートはただ事の顛末を見届けに来たわけではない。
 タイニーの死は、当然ながらその従兄弟・スポイラーの耳にも入る。
 しかし、その(しら)せを持って来たのが問題であった。

()()()()で、おたくの者が死んでいたので、引き取りに来られたし。
 ついでに、“スキナー一家”が、シェイラ・トラルの借金を“全額”肩代わりするため、その証文を“全て”持って来るように】

 敵対勢力である“スキナー一家”が、これを持ってきたのである。
 従兄弟の死はどうでもいいが、()()()()――大きな収入源となっていたこの町が乗っ取られるのは、非常に大きな痛手となるのだ。
 取るものをとりあえず、スポイラーは誰にも相談しないまま、乗っ取られたビュートの町へ駆けつけた。

「おや、これはこれはスポイラー様。お早いお着きで――」
「……ふん、たまたま近くに来ていたからな」

 白々しく出迎えたカートを見て、スポイラーが不満げに鼻を鳴らした。

「……タイニーは?」

  “スキナー一家”の者が、無様な死にざまのタイニーに手を向ける。
 それを見た、スポイラーはその無様な姿の従兄弟を一瞥すると、小さく舌打ちをした。

「“商売女”の中に、《サキュバス》が紛れ込んでいたらしいスよ?
 ここは“愛欲の町”――男は女に無警戒ですし、つい『はいどうぞ』と招き入れたんでしょうね」
「くっ……」

 刺殺や毒殺などであれば、“シェイラ・トラル”に殺された――と言いがかりが付けられる。
 しかし、モンスター(サキュバス)に殺されたとなれば、それが一切通用しなくなってしまう。
 それに彼好みの体型にもなれるため、鼻の下を伸ばして招き入れたのだろう。

「だ……だがこの町は……」
「ええ、()()譲ってくれましたよ。
 ほら、ちゃんとここにタイニーさんのサインもある――」

 カートが手にした書類に、スポイラーは目を見開いてしまった。
 そこには、確かにタイニー本人の署名……《サキュバス》に言われるまま、サインしたのだ。
 権利書などもれっきとした本物――金庫の中に厳重に保管し、スポイラー本人以外開けるなと厳しく申し付けていたはずの物だ。

(あの犬っころ、やけにやつれていたらしいが……そんな難解なパスワードだったのか?)

 そのパスワードを見つけるのに、ベルグは非常に苦労していた。
 老犬から教わった〔ミラ〕と言う娼婦は、タイニーの大のお気に入りである。
 自分専用の女だと証明するかのように、女の性器付近に、命より大事なパスワード――【3682】の刺青を入れていたのだ。
 しかし……いくら愚か者でも、番号そのままであるはずがない。

【 3 6 8 2 】
 ↓
【 E 9 8 S 】

 ミラは、“ミラー”のそれであった。
 タイニーは、せめて彼女の前だけでも己を大きく見せたかったのか――。
 鏡に映し出された女を見て、ベルグはようやく答えが分かったのだった。

「だ、だがタイニーの最後の客は、シェイラ・トラルのはずだ!
 あいつは、お前たちの仲間だろう? その女を使ってやったんだろ!」
「おやおや、苦し紛れの言いがかりはよしてくださいよ。
 確かにね、シェイラ・トラルは俺たちの仲間ですが……依頼書は突っ返したはずですよ?
 『シェイラの名前が間違っていますよ』って――」
「な、なんだと!?」
「ほら、ギルドの中にあった……これが『シェイ“ル”・トラル』になってる。
 ウチの同盟のモンに頼んであったんですが……ここんとこそいつらが、“誰か”に()らてるみたいなんで――その時に《サキュバス》に奪われたんでしょうねェ」

 スポイラーは思わず、『あのバカ……』と忌々し気に言葉を漏らした。
 タイニーは悪筆な上に、識字・書写もあまり良くない。依頼書の誤字は無効となる事が多いので、ギルドの職員も気を付けねばならないのだが……チェックする側もまた杜撰(ずさん)だった。

「で、そのシェイラの借金についてですがね――」
「あ、ああっ! 訓練場に入ったせいで膨れ上がっててな、確か十……いや十五本ぐらいあるなっ!」

 シェイラの家の借金は、本来は金貨数十枚ぐらいである。
 暴利を吹っかけ、七百枚――“スキナー一家”が肩代わりするなら、つい躊躇するような額をでまかせで言ったのだ。
 だが、その苦し紛れの言葉にも、カートは微動だにしなかった。

「流石にそんな金はうちにはない」
「だ、だろっ?」
「――なので、それ相応のブツで払わさせてもらいますよ」

 そう言って、カートは木箱に入った“それ”を持って来させた。
 スポイラーの配下の者が箱を開き、中を検めるとそこには――

「な゛っ!?」
「“金獅子”の片割れ――うちも手放すのは惜しいんですがね、まぁ“今後のお付き合い”もあることですしね。
 これなら二十本……いや、その倍はいくかもしれませんな。いくら、個人の借金で”も、これ以上の額はいかないでしょう――」
「あ……ぅ……ぁ……」

 幻と言われた金色(こんじき)の一品に、“ワルツ”やその裏……スポイラーには、それら全てがどうでも良くなってしまう。
 彼は『シェイラの身体は、金のなる木だ』と思っていたが、それがとんでもない物をもたらしたのだ。
 “裁断者”か“金獅子”か――金貸しは天秤にかけた。

「――どうですかねェ? ダメならそれを他に売って工面しますが」
「い、いやっ、構わないっ! ほほ、ほらコレが証文だっ!」
「……全部ありますかね?」
「も、もちろんだっ! な、何なら一筆書いてもいいぞっ!」

 彼の天秤は、“金”の方に大きく傾いたようだ。
 全ての借用書をバッと投げ捨て、素早い動作で“金獅子”の蓋を閉じ、帰り支度を始めている。

「おや、今晩お泊りにならないんですか? いいオンナ、用意してありますのに」
「いい、いやっ! きょ、今日はちょっと用事があってなっ!」

 もし泊まって、タイニーのように寝首を掻かれてはたまらない。
 今は女の肌の色よりも、金色それを見ながらの一杯を楽しみたかった。

「なるほど、では道中お気をつけて。二つとない一品ですので……」
「あ、ああ……そうだな」
「そうそう。それ見つけた時、『女の恨み』がどうたら言ってましたが――」

 カートはそう言いながら、スポイラーの肩にポンと手を置いた。
 そして、彼の耳の近くに頭を持って行くと――

「次は、テメェの番だ――」

 と、“悪”は睨みを効かせながら言い放った。

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