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5.続・女の戦い

 それとはつゆ知らず、テアの母親は胸前で両指を組み、どこか嬉しそうに口を開いた。

「では、出発までお時間があれば、休憩がてらしばし遊んで行かれてはどうでしょう?
 レディに目を光らせるよう言っておきますので、女の子たちもちょっかい出される心配もありませんし」
「お、いいねェ。なぁ犬っころ、ちょっとぐらいは大丈夫だろ?」
「うーむ……まぁ仕方あるまい。
 俺も少し周りを見て調査して来るが、シェイラやレオノーラはどうする?」
「私はその……ここに残ります」
「わ、私も、レオノーラさんと待ってる――」
「分かった。少し酒も飲んでくるが、出来るだけ早く戻ろう」

 ベルグはそう言い残しドレスルームを後にしたのだが、その場に残されたシェイラとレオノーラは、これからどうした物かと思案していた。
 真っ暗な部屋の中でただ立ちつくす二人。カジノで遊んでみたい気持ちはあったものの、懐が寂しいのである。
 周囲にズラリと並ぶ、煌びやかな女の衣装(ドレス)を、ただじっと眺めるぐらいしかできなかった。

(へぇ、お姫様みたいなのもあるんだ――。こっちは……紐? 縄?)

 シェイラは“服”の意味をなしていない、ボンテージを手に固まってしまった。

「――あら、興味がおありなら着てみますか?
 作ったのは良いのですが、誰も全く着てくれなくて……」
「い、いえっ遠慮しておきますっ!……って、『作った』って、まさかこれ全部お一人で!?」
「母は暇な人なので、たまに病気かってぐらい服を作る時があるのです」

 テアは髪を掻きあげながら、驚いた声をあげたシェイラの方に顔を向ける。
 それを聞いた母親は、に小さく息を吐いた。

「大体のエルフは暇じゃないの……。あ、そうだテア。ちょっとお願いあるのだけど――」
「服は着ませんよ?」
「じゃあ買って?」
「私は、“壁の花”と遊んできます――」
「あ、ちょっとっ!」

 母の抑止の声も空しく、テアは冷たい目を向けながら部屋を後にした。
 娘が母に向ける目とは思えないほどの目であったが、いつもの事なのか、母親の方も特に何とも思っていないようだ。

「もうっ……いつもああなんだからっ。
 で、お二人はどうでしょうか? お安くしますし、サービスも致しますよ」
「い、いや、私はその……持ち合わせがあまりなくて……」
「あ、あはは……実は私もです……」

 残されたレオノーラとシェイラに矛先が向けられたものの、その言葉の通り、二人は全くと言っていいほど金を持っていない。
 二人合わせても金貨三枚にも満たず、このドレスルームにあるような服など、そうそう買えるものではなかった。もし買えたとしても、普段着で着ていれば、完全に“そっちの(商売)女”か、“イタい女”と思われるような物ばかりなのである。

「これらは私の趣味でやっているような物なので、材料費程度――金貨一枚でも二枚でも結構ですよ。
 お二人は見た所、殿方との複雑な距離感のご様子……あと一歩、を引き寄せる最高の一品がございます」

 その売り文句に、レオノーラはボッと火がついたかのように、顔を赤くしているが、

(あと一歩って――何のこと?)

 と、シェイラは首を傾げていた。
 そんな対照的な二人を他所に、テアの母親はマイペースっぷりで、ビスチェとガートルを二人の前に差し出した。美しいレースが施されているが、濃いグレーかベージュかと色味が少し地味であった。
 双方とも確かに、ローズにも『下着ぐらい色気を出せ』と言われているので、これぐらいなら欲しい所だが、

(いつも着けているのと、そう変わらないけど――)
(うーむ、あと一歩……と言うほどでは……。
 ベルグ殿が、こう言ったのを好むのなら――じゃ、じゃなくてッ!)

 二人が普段選ぶような色気もない、地味な印象が決定打に欠けているようだ。
 濃いグレーとベージュのそれは、年頃の女にはそぐわないデザインと色だろう。
 テアの母親はイマイチ反応の薄い二人を見るや、ニマリと不敵な笑みを浮かべ始めた。

「――これの効果は、着てみれば分かりますわ。ささ、どうぞこちらの試着室へ……」

 と、シェイラはその下着を持たされ、試着室に押し込まれた。
 続けてレオノーラも押し込まれ、二人は渋々と言った様子で、カーテン隔てガチャガチャと鎧を脱ぐ音を立てている。

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 二人もまさか、迷宮の地下で下着の試着をするとは思わなかったであろう。
 更衣室の中で着ている物を脱ぎ、真っ裸になるのは妙な気分であった。
 手渡されたグレーのそれを身に着けたシェイラは、その姿を正面の鏡に“己の姿”を写した。

(これって、元々ウェディングドレスとかの下に着るそれじゃなかったっけ?
 でも、これならお腹も冷えないし、全身が引き締まるって見えるし、意外といいかも――)

 身体のラインを作る下着と言うだけあって、サイズは若干キツいぐらいだが、鏡に映る姿は悪くなかった。滅茶苦茶に欲しくなるような下着、ではないが、これなら――と考えていると、

「着替え終わりましたら外へ出てみてください。互いの姿を見れば、効果は歴然ですわ」

 テアの母の声に、二人は異口同音に返事をして外に出た。
 すると、カーテンの向こうから現れた二人の姿は……

「れ、レオノーラさん!?」
「シェイラッ!? お前、ど、どうして裸なんだッ!?」
「それを言うならレオノーラさんですよッ!?
 ま、ままっ、真っ裸じゃないですか!? そんな趣味見せられても私は――」

 困惑の表情を浮かべるシェイラであったが、どこか悔しい思いがしていた。
 水浴びなどで、時おり見ていた身体であったが、この暗い燭台の燈火に照らし出されたその姿は、彼女にとっての理想のスタイルであり、艶めかしい物であったからだ。
 胸の下に出来た陰、引き締まった腰のくびれ、小さく可愛らしい尻――彼女にとっての理想を、レオノーラは全て持っている。

「ば、馬鹿者ッ!! 私にそんな趣味はないし、ちゃんと下着を着ているだろッ!
 ほらっ、ベージュのそれだから裸に見えているだけだッ!」

 見せつけるように身体前に突き出した彼女もまた、悔しさを覚えている。
 女らしく、柔らかく滑らかなラインを持った身体――普段見る、だらしなさが残る腹もどこか羨ましかったが、この場ではそれもスリムに見えてしまっている。

「もしかして、目()悪いんですか……?
 いくらベージュであってもその……胸とか丸出しになってたら、分かりますよ?」
「何をッ!? と言うか、遠回しに私を馬鹿にしただろッ!?」

 ――二人して言っている事がおかしかった。
 確かに二人は“下着を着用している”が、どちらの目にも、“相手が裸に見えている”のである。
 だが、テアの母の目には“二人とも裸”に見えており、満足気な様子でうんうんと頷いていた。

「ああっ、何と素晴らしい出来なのでしょうっ!」
「い、一体どう言う事なんですか!?」
「この下着は、名付けて――“皇帝の新しい服(裸の王様)”!
 本人にはちゃんと身につけているのに、周りからは何も着ていないように見える、と言う傑作なのです!
「え、えぇぇッ!? な、何なんですかそれ!?」
「可愛く、美しい物を求めて来ましたが、女は美は“裸”にあると分かったのです!
 ……ですが、これをテアにやったら、本気でブチギレられましてね。
 何でもデートで着て行ったら、痴女と思われてオサラバされたらしく――。
 その日以降、態度も他人行儀、私の作った服も着てくれなくなったのですよ……」

 その日以来、娘は変わってしまったと、母はがくりと肩を落とす。
 レオノーラは『当然だろうッ!?』と声をあげた。

「ですが、エルフ&私特製の魔法繊維を使用しているので、見た者が理想とするプロポーションに見せるんですよ?
 上から服を着てデートに行ってみてください。普通の男であれば、たちまち“狼”に変貌しますから」

 いらない、と思っていた二人であったが、その言葉に耳をピクりと動かした。
 羨ましく見える互いの身体は、その下着の効果だったのである。
 “狼”になるまではいらないが、気を惹くには――と考えたのである。

(スリーラインが、『お姉ちゃん凄い!』って見直すかも……?
 理想のそれが分からないけど、『レオノーラさんよりも』と思わせられるだけでも……。よ、よしっ!)

 その一方で、レオノーラも――

(ベルグ殿は、シェイラの事が気がかりであるがゆえに、であるし。
 それにここの所、シェイラが妙に私を敵対視している気がする……。
 ベルグ殿にその……されては困るが、ここは私が一歩踏み込まねばっ!)

 互いに相手を出し抜こうと画策しているが、二人して同じ物を買ったら意味がない事に全く気づいていなかった。
 テアの母はそれを知っていたが、二つとも処分できるかもしれないと思い、これを黙っている。

「さ、流石にこれは、な……?」
「で、ですよねっ……?」

 難色を示しながら、女たちはカーテンをくぐる。
 試着室に戻った二人は、カーテンの隙間から小金貨を握った手を出していた。

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