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8.悪党の町

 シェイラの騒動から約二日後――。
 ローズの巻き添えを受け、無理やり連れて来られたカートは、北西に位置するバルディア家領【デインズの街】を目指していたのだが……、

「ハァッ!? 後五日はかかるってどう言うこと!!」
「も、申し訳ありませんっ……。なにぶん、ここ最近、増水らの影響で寸断されている道が多くて――」
「言い訳はいいのよッ、せめて三日で辿りつくようにしなさいよッ!」
「し、しかし……」
「なにッ! まだ何かあんのッ!」
「いい加減にしろ。御者(ぎょしゃ)も好きで遅れてんじゃねェんだよ」

 予定よりも遅くなりそうだ、もう少し遅くなりそうだ、まだ……まだ……と、いつまで経ってもゴールが見えず、ダラダラと右往左往する馬車にローズはイラ立ち、ついには御者に当たり散らすようなっていた。
 横でキーキーと怒るそれに、困った表情を浮かべ続ける御者を見かね、カートがそれを諌める。

 しかし、御者の言葉に嘘偽りはない。
 ここの所、『神の裁き』と囁かれるほど、各地で原因不明の異常気象や自然災害が発生し、土砂崩れや川の増水や氾濫によって道が寸断されてしまっているのだ。
 以前より、カートはそれを聞いていたため『お天と様のご機嫌が悪いなら仕方ない』と、足が遅くなる事を受け入れている。

「ここなら近いのは……おい、【ファウラーの町】まで行けるか?」
「ふぁ、ふぁ、ファウラー!?」
「アンタ、あそこは――」
「お前、家に連絡入れてんだろ? デインズから荷物持って来てもらえ。
 ちょうど半分くらいだし、ウチからも手ェ出すなって連絡しておくからよ」

 御者の顔に、明らかな動揺が浮かび上がっている。
 カートが指示した町は、“スキナー一家”の支部がある悪党の町であったからだ。
 女の方がバルディアの名を出したから、無茶な要求も受けていたに過ぎない。
 家の名なぞ一切通らぬどころか、過去に一悶着あった家の名である。
 そんな町に踏み込むなぞ、真っ裸でドラゴンの巣に飛び込む以上に無謀な行いなのだ。

「“スキナー”は心配いらねェよ。()()()()()はそんな賊みたいなマネしねェ」

 それを聞いた御者は、心臓を掴まれたように身を縮こまらせた。
 バルディアの関係者に、“スキナー一家”の関係者――一体何者かと思ったが、御者にある悪い考えが頭に浮かぶ。

「わ、分かりました……」

 今いる場所からファウラーまでは、半日ほどで辿りつく。
 飢えたハイエナの中に、高慢な勘違いウサギを放り込んだらどうなるか――御者は『非常に楽しみだ』と、心の中で下卑た笑みを浮かべていた。

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 ファウラーは町としては、ごくごく平凡な所である。
 だが、そこは“スキナー一家”の巣のようなもの。壁に描かれたアート崩れの落書きから始まり、あちこちに転がるゴミと淀んだ空気がそれを証明している。
 “可愛いウサギちゃん”が貪り食われるのを心待ちにしていた御者であったが、それどころではないと感じていた。

「よし、ご苦労だったな」
「へ、ヘェッ、こ、これで失礼しますッ――」

 とてつもない勢いで、御者はその町から逃げ去った。
 カートが馬車から降りると、建物と言う建物から、“スキナー一家”のイカつい手下がゾロゾロ出て来ては、全員が『若――』と呼んで頭を下げたのだから無理はない。

「若、此度は一体――」
「いや、ちっとワケありでな。
 すまねェが、とっつぁんを酒場に呼んで貰えねェか?」
「はッ――」

 歩み寄って来た手下の男は、カートの横にいる女をチラりと見た。
 気の強そうなイイ女だ――と、僅かに心を震わせてしまう。

「コイツは大事な奴だ。同伴させろ」
「へ、へいっ――」

 思わずローズに見とれてしまっていた男は、大急ぎでカートの命を届けるべく町を駆けた。
 その男の背中を見届けたカートは、ふとローズが自分を見ている事に気づいた。

「あ? どうした?」
「え、あ、あぁ、べ、別に何でもないわよッ!」

 ふんっ、すまし顔をしているが、その顔は少し赤い――。
 カートに『大事な奴』と言われ、思わず胸を高鳴らせてしまったのだった。
 レオノーラとローズは、腹違いの姉妹である。彼女は妾の子――家の中ではあまり立場も高くないため、姉のレオノーラ以外『大事な存在』と言ってくれる者が居なかった。

「変な奴だ」

 カートはもちろんそんなつもりで言ったわけではないが、それでも少し嬉しかったのだ。
 馬車から降りてから、この町の空気が恐ろしく感じていたのもあった。
 ローズも馬鹿ではないため、こんな所で家の名を出し、大上段に構えることなどはしない。
 事情を知らない者たちは、ローズがまとう“バルディアの|威(い)”の下――真っ裸のローズを見ているのだ。

(バカみたい……)

 ツッ――と、肌を伝って落ちた汗は、この燦々と照りつける太陽の物だけではない。
 自分が如何に家名の庇護の下にあったか、それを今になって知った。
 まるで、“飢えたハイエナの群れに迷い込んだ子リス”のようにも感じている。
 頼れるのは、傍にいるカートだけ……準備ができ、目的の酒場に行くまでローズは必死に恐怖に抗っていた。





 目的の酒場はすぐ近くであり、立派な構えの小洒落た店であった。しかし、その中は――。

「何で外見だけなのよ……」
「おいおい、人と同じで、見た目で判断するんじゃねェぜ?
 ……と、言いてェが、まぁ……酒場での喧嘩は日常茶飯事だからな」

 カートが呆れるほど、店内はボロボロの机に、脚の長さか不均一の椅子が並んでいた。
 昨晩もやり合ったのか、カウンターにはナイフが突き刺さったままである。
 床もボロボロで、血の跡、嘔吐物の後、女の下着……まるで迷宮の通路のようだった。
 すると、そんな二人の声を聞きつけたのか、店の奥から還暦をゆうに過ぎた大きな男が、ぬっと現した。
 白髪の割合が多いその男は、粗暴な風貌ではあるものの、人柄の良さが顔ににじみ出ている。

「おおー! カートッ、久しぶりだなぁッ!」
「とっつぁん、すまねェな急に――」
「いいって事よッ! で、何だ、ひょっとして……コレか?」

 ローズの方を見た男は、腹の前で両手を山を作る様に動かした。
 その意味に気づいたローズは、顔を真っ赤にして

「ち、ちがっ――」
「違ェよ。ホント発想がジジイだな……」
「なんでぇ、厄介所の女孕ませたから、オヤジに話付ける手伝いをしろってんじゃねぇのか」
「――何だ、コイツのこと知ってんのか?」
「ん、まぁな。バルディアんとこ娘っこだろ?
 情報は入って来るからよ。へへッ、おめぇも中々やるじゃねぇか」
「なら話が早ェな。ちょっと協力して欲しいことがあんだよ」

 そう言うと、カートは今回の依頼を話し始めた。
 デインズの街から、荷物をここに届けさせるので“何事もなく”事を進めて欲しい――との内容に、男は『そう言うことか』と二つ返事でそれを快諾した。
 この男は、かつてカートの父の右腕的存在でもあり、“スキナー一家”のナンバー2だった。
 もう年だからと席を譲ったのだが、その存在と発言力は未だ健在のようだ。
 そのため、バルディアと“スキナー”の因縁に終止符を打たせ、穏便に事を進められるのはこの人しかいない、とカートは考えたのだ。

 ローズは二人の会話に、ゾッと肝を冷やした。
 どこで知られたのか、この者たちは自分がバルディアの娘と知っている。この町に降り立った時の視線は、それを知った上での、ボスの指示を待つそれであった、と。
 男を知らぬ、()()な白い身体は、獣にとって最高の貢物であろう――ローズは、その身体の震えを必死で堪えた。
 他の錬金術師(アルケミスト)、そこらの男に比べれば腕は立つ方であるが、その程度である。姉のレオノーラと比べれば、ローズは産まれたての赤子のようなものだ。

「――で、町の奴に、コイツに一切かかわるなと言っておいて欲しい」
「よし分かった。しかし、ここまで関わる義理はねぇのに、お前もよくやるな」

 カートは、ローズに目配せしながら、彼女の身の保障も約束させていた。
 しかし、途中から会話を殆ど聞いていなかったため、彼女には何のことか理解できていないようだ。

「まー……一応、うちの“教官”だからよ。
 それに何かあれば、“断罪者”サマにまたぶっ飛ばされちまう」
「“また”?」
「ああ……ちと一発ぶん殴られてよ……」

 会った翌日に、ほぼ言いがかりような形で“断罪”を喰らった、とカートは話した。
 それを聞いた男は、こみ上げてくる物をこらえきれず、

「ぶっ、わっはっはっはッ!!
 な、なんでぇ、おめぇ……ふ、不意打ち喰らった挙句、やられたってのかっ」
「る、るせぇっ!」
「くくっ、しかしこれで、おめぇにも()()が付くってもんよ。
 まぁ、ここは俺の家のようなもんだ、“彼女”と仲よくやんな」
「ちげーよ……ったく」
「だ、だから、そんなんじゃ無いからねっ!?」

 頬を染めたローズを見た男は、再び豪快に笑い飛ばしたのだった。

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