1−3: 翌日
「通常運転」
机の向こうの壁の一面を占める10枚の大型ディスプレイを眺めながら、トムが呟いた。
「と言いたいところだがな」
トムは手前のディスプレイを叩いた。
イルヴィンも大型ディスプレイから手前のディスプレイに目を移した。稼働率はやはり90%を超ていたが、正常率が90%を割り込んでいた。
イルヴァンは大型ディスプレイに目を戻し、20万ユニットの状態表示を眺めた。
「イエローが多いか?」
「あぁ、いつもよりイエロー寄りだな」
イルヴィンが手前のディスプレイを叩くと、大型ディスプレイが昨日の状態と今の状態を交互に表示に表示した。
「ユニットの初期不良というだけでもなさそうだが」
「初期不良は、まぁ、いつものことだが。稼働させ続けて寿命が来たユニットでもまとまって出たかな」
イルヴィンとトムは手前のディスプレイに目を戻した。
「そろそろ来るぞ」
トムが呟いた時だった。ディスプレイにアラートが表示された。
WARNING
ORANGE
サービス障害の可能性あり
要警告
ユニット交換実行
YES/NO
そのアラート表示はオレンジのバックグラウンドに、黒く描かれていた。
「いきなりオレンジか。ユニット交換実行」
トムが呟いた。
「ユニット交換同意」
イルヴィンは復唱し、実行を指示した。実行の指示とともに、このセンター内にユニット間配線の変更、会社内にユニット間配線の変更の情報、さらに外部に向けて性能および速度の低下の警告が発信されたはずだった。
大型ディスプレイにパージ対象のユニットが表示されると、百数十個のユニットの表示がイエローからオレンジ、そしてまれにレッドに固定された。
それに続いて、イルヴィンは別の壁にあるもう一枚の大型ディスプレイに、ユニットのパージと交換の映像を映した。16箇所の様子が映し出され、それか数秒ごとに何回か入れ換わり、そしてループした。
いつもどおり、ユニットを積んだコンテナがレールに走り出し、ユニットの交換を始めた。
大型ディスプレイに映し出されるユニットの状態表示を二人は見ていた。イエロー、オレンジ、あるいはレッドの表示の上に次々に”A”, ”B”, ”C”と表示され、あるいはさらに”D”, ”E”, ”F”と表示され始めた。”F” にまで至ったユニットの状態は、ブルー、グリーン、あるいはイエローの表示に落ち着いた。
そうして、2/3ほどのユニットの交換が済んだ頃だった。イルヴィンはおかしな音を聞いた。すぐ隣から。
そちらを見ると、トムが椅子から落ち、床に倒れていた。
「トム」
イルヴァンは交換作業の進捗が示される大型ディスプレイに目を戻すことはなく、立ち上がり、そしてトムの横に膝を着いた。
「こういう時は、こういう時は……」
イルヴィンは横たわっているトムを前に、繰り返した。
トムを仰向けにし、首筋に指を当てた。
「脈はある」
イルヴィンはトムの机の上にもある内線電話で救急の要請をした。
「サービスセンター・アシスタントです。ご用件をどうぞ」
「緊急。サービス監視員、イルヴィン・フェイガン。監視員のトム・ガードナーが倒れた。救急を要請する」
2, 3秒の後、アシスタントが更に訊ねてきた。
「容態をわかる範囲でお願いします」
「脈はある。だが意識がない」
「どのような状況で、そのようになったかわかりますか?」
イルヴァンは今朝からの様子を思い出そうとした。だが、関係していそうなことはなかった。トムが、倒れることがあるような疾病を持っていたと聞いたこともなかった。関係があるわけでもないだろうが、思いあたるのは一つだけだった。
「ユニットの交換作業中に倒れた」
アシスタントは、また数秒の沈黙の後に応えた。
「その情報を元に、救急を要請します。しばらく、監視とともに、対象の観察も行なってください。また交代要員の要請も行ないます」
そこで内線は切れた。
イルヴィンは大型ディスプレイに目を戻すと、内線をかけている間にユニット交換作業は終っており、ユニットの状態はおよそブルー、グリーン、イエローの表示に戻っていた。首を伸ばし、トムの机にあるディスプレイの表示を見ると、稼働率90%以上、正常率90%程度に回復していた。
「ユニット交換確認」
イルヴィンはそう呟いた。
「トム・ガードナーの体調不良により、私、イルヴェイン・フェイガンのみによる確認とする」
イルヴァンはトムの横にいた。
数分後、紺の制服に「HUMANLY INTELLIGENCE」という会社のロゴと、赤十字がプリントされた救命士がやってきた。
彼らは持って来たストレーッチャーにトムを乗せ、すぐに部屋から出ていった。
「トムの状態は?」
イルヴィンは訊ねた。
「緊急を要すると思います」
答えはそれだけだった。
一人残された部屋で、イルヴァンはユニットの状態表示の確認を続け、交代要員の到着を待った。