1−2: エリー
イルヴィンは勤務が明けると、予約していたレストランに向かった。ポケットにあるものを確かめながら。
「エリー」
レストランに入り、中を覗くと、すでにエリーは来ていた。エリーに手を振ると、イルヴィンはクロークに顔を戻し、エリーを指差した。クロークはうなずくと、片手を挙げた。ギャルソンが一人やってくると、イルヴィンをエリーの席へと案内した。
「じゃぁ、始めて」
エリーはギャルソンにそう一言だけ伝えた。
「オーダーは?」
「もうしてあるわよ」
せっかく練ったオーダーを考えていたのにとも思ったが、今日はエリーに任せるのもいいだろうとも思った。オーダーだけは。
食事は美味しかった。エリーと付き合って一年。こちらの好みもわかっており、また少しばかり驚かせる皿もあった。こういうところも、イルヴィンの好みだった。
「あぁいうのはな、」トムが言った言葉を思い出していた。「手に負えなくなるぞ」
そうかもしれない。それは言い方しだいだろう。たまにサプライズがあるのも悪くはない。思いどおりになる女性と一緒にいて、何が面白いのかとも思う。サプライズで納まらない衝突もある。だが、衝突もあるからこそ、お互いをわかるというものだろうと思う。
そして、デザートが終った。エリーは、スプーンを置くと、イルヴィンを見て微笑んだ。
その笑顔に何の意味があるのかはわからなかったが、イルヴィンは右手を高く挙げ、指を鳴らした。
それを合図に、奥からラ・トゥナが演奏を始め、イルヴィンとエリーの席へとやって来た。イルヴィンの後に立つと、一層高らかに演奏し、歌った。
一曲の演奏が終ると、周囲の席からも拍手が湧いた。
イルヴィンは席から立ち、床に片膝を着き、ポケットから細長い小振りの箱を取り出した。ラ・トゥナはそれに合わせて楽器をかき鳴らした。イルヴィンはその箱をエリーに差し出した。
「一周年だよね。よかったら、結婚を考えて欲しい」
ラ・トゥナは、また楽器をかき鳴らした。イルヴィンの言葉が聞こえていたのかはわからないが、周囲からまた拍手が湧いた。
「イルヴィン……」
エリーはそこで息を継ぐと、ラ・トゥナに目をやった。
「今度はこっちでお願い」
その言葉を聞くと、ラ・トゥナはエリーの席の後えと移り、別の楽曲の演奏を始めた。
イルヴィンは片膝を着いたまま、エリーの後に着いたラ・トゥナを見ていた。
また演奏が終ると、周囲から拍手が湧いた。
「私もお願いしていたの」
「君も?」
「一年でしょう? ただ、そのお祝いのつもりだったけど」
エリーが席を立ち、イルヴィンが差し出していた箱を手に取った。蓋を開け、中から指輪を通してあるネックレスを掴み、それを高めにかざし、そして周囲にそれを見せるように体を回した。ラ・トゥナはまたそこで楽器をかき鳴らし、周囲からはまた拍手が湧いた。
「よろこんで。これから忙しくなるわね」
そう言い、ネックレスを首にかけた。
それを見たラ・トゥナは、三曲めの演奏を始めた。
隣の席の男が、イルヴィンに歩み寄り、訊ねた。
「なんでネックレスなんだ?」
「エリーはエンジニアなんだ。研究もするし。指にはめるより、こっちの方がいいかなと思って。もちろん指にはめてもかまわないけど」
演奏が終ると、一際大きく拍手がホールに響いた。