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第204話 親として知りたかったこと

「でも一つだけ……一つだけ教えていただけませんか?これだけ聞けば私も立ち直れるような気がするんです」 

 遠慮がちに老人が口を開いた。ためらいがちにかなめも頷いた。

「アイツは死ぬ前の日にあの西園寺の御嬢さんが見えた日以来、初めてうちの店に来て……突然、『俺は幸せなのかもしれないな。サオリさんに再会できるなんて』なんて言ったんですよ。アイツが……明らかに死ぬ前の数日。あなたと再会してからアイツは表情が変わったんです。そんな奴にとって……あなたにとって……あの馬鹿息子はどんな存在になりますか?」 

 老人の視線が痛くかなめに突き刺さった。かなめは黙ったまましばらく志村三郎という存在について考えてみた。

 かなめの沈黙はしばらく続いた。

 三郎と過ごした東都での工作活動任務中の日々。思い出しても割り切ることが出来るほど軽くはなかった。身体を任せたからと言うわけではなく、非正規部隊の隊員として任務遂行の為に近づいたシンジケートの中で頭角を現しつつあった野心に燃えていた三郎の笑顔が思い出された。だが、その任務が終わってもかなめは三郎と会う日々を過ごしていた。

 お互い会う必要など無かったのに、いつの間にか当然のように二人は同じときを過ごした。東都の租界でのシンジケート同士の抗争が激化し、同盟軍の駐留部隊が侵攻した。それまでシンジケートに押されていた東都警察の包囲網が完成し、同盟機構の司法局員が駐留するようになって甲武軍は東都の権益を諦めてかなめにも帰国命令が出た。その時もぼんやりと密輸組織の元締めに収まって喜ぶ三郎のことを考えていたのは確かだった。

「確かに……東都といえば、まずアイツを思い出します」 

 弱々しくしか吐き出せない言葉にかなめは自分でも驚いていた。

「あの街に再びやってきて、アイツと会おうと思ったこともあります……」 

 ここまで言葉を繋げてようやくかなめにも心の余裕が出来た。視線を上げると涙を浮かべる老人がかなめを見つめていた。

「でも……もう会えませんでした。何も再びここに来た時の身分が正規部隊の隊員だったからと言うわけじゃないんです。アイツがあのまま変わらなかった。むしろ以前は反吐が出ると言った組織幹部に成り上がったのが裏切られたと思っていたのは事実ですけど……でも……もう終わったことだったので……」 

「そうでしょう。それでよかったんですよ。アイツの事は忘れてください。その方がアイツも喜びます」 

 老人の目は優しくかなめを見つめていた。先ほどまで息子を殺された被害者の目だったそれが、優しくかなめのことを見守っている父親の目に変わっていた。

「今回の出来事もアイツの自業自得ですよ。ただ、アイツのことをこれからも心にかけてくれるのなら……おかしい話ですね。忘れろと言ったり忘れるなと言ったり。年をとるとどうにも愚痴っぽくなってしまって……。今のあなたは立派な将校さんだ。本当はアイツのことなんか忘れてもらいたいと言うのに……親馬鹿って奴ですか」 

 力なく笑う老人にかなめも無理に笑顔を作って見せる。老人は取って置きの白いジャケットからハンカチを出して涙を拭った。

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