第2話 ~時代(とき)を超えて~
遮那王……!?
遮那王といえば、
とても女顔で、どこをどう見ても男には見えない。その辺の少女より美しいと言っても過言ではないだろう。
でも遮那王こと源義経には、美少年説とそうじゃない説があったよね?
小5の時から大好きな日本史の知識が、こんな形で役に立つなんて思ってもみなかった。
「そんな……本当に?」
遮那王本人の要素は十分に備えているけど、コスプレの可能性もある。にわかには信じがたい。
懐疑の目を向けてしまうあたしに、遮那王くんは穏やかな笑みと共に頷いてくれた。
「……ゴメンね。僕には、肯定する以外に術がない。それゆえ、夢幻魔界や僕のことを少しずつ知って、慣れていってほしい」
「遮那王くん……」
誰も居ないと思っていたのに、人が居たというだけでもだいぶ心強い。疑ってばかりいるのも良くないだろう。
あたしも信じるんだ――優しく肯定してくれる、彼のことを。
「僕と一緒に来て。そなたに
そう言って丘を下りていく遮那王くんを、あたしは小走りで追いかける。
会わせたいお方……? 誰だろう?
よく分からないけど、とにかく遮那王くんについていこう。
――丘を下りた先にあったのは、映画村のような雰囲気の町だった。
立ち並ぶ瓦屋根の建物に、コンクリートではなく土で出来た道路、そこを往来する何かの行列や着物を着た男女。東京スカイツリーは
ここは異世界だし電気が通っていないから、スマホが使えなかったのかもしれない。
大通りを歩く人々を
水干や直衣は主に平安時代の服装だし、小袴は戦国時代の武将が穿いているものだ。日本髪は確か、戦国時代から幕末維新くらいまで結われていた髪型だったと思う。
そう――
遮那王くんが言っていた、「源平、戦国、幕末を生きる人々集う異世界」がそこにあった。
被衣を被り、高下駄を鳴らしながら歩く遮那王くん。
身長はあたしとほぼ同じくらいで、男の子にしてはかなり小柄で華奢な体格だ。高下駄を履いている分、少し見上げる形になる。
やがて大通りを左に曲がると、細い道の先に小さな川が流れていた。そこには木製の橋がかけられ、川沿いの夜桜が周囲を彩っている。
「そこに居るのは誰?」
橋の真ん中辺りで立ち止まった遮那王くんが、後方にある桜の木を振り返って言う。
え……? 誰か居るの……!?
「……オイオイオイ、人に訊く前にまず
と、どこからか低い男性の声がした。随分とぞんざいな口調だ。
「……僕は遮那王」
「ふーん、さてはテメェだな……?
桜並木の陰から現れたのは、不敵な笑みを
首の後ろで無造作にまとめた
新撰組とは、幕末の京都で治安維持に務めていた、武装警察集団のこと。ダンダラ羽織と呼ばれる、浅葱色の着物の裾に白い三角の沢山描かれた着物が特徴的だ。
「……関わらぬ方がいい、行こう」
青年を無視して、遮那王くんが静かに歩き出す。青年の名前を訊く気配はない。
彼の後ろを歩こうとしたその
「……ッ!?」
少しでも触れると、簡単に切れてしまいそうなほど鋭利な
月明かりに照らされて刀身を滑るその光に、思わず体が硬直してしまう。
恐る恐る後方を振り返ると、新撰組隊士と
長い前髪から覗く瞳は、獲物を前にした猛獣のような狂気を
「ハッ……悪くねェ女だな」
青年はぞんざいな口調でそう呟きながら、あたしのことを頭から爪先までジロジロと見てきた。
遮那王くんがゆっくりと
「……彼女を放して。僕たちの争いに、彼女を巻き込んではならぬ」
「は? オレのことナメてんの? オレが新撰組一番隊組長・
お、沖田総司!?
新撰組の象徴であるダンダラ羽織を着ているから、もしかしてとは思っていたけど、よりによってなんで新撰組随一の天才剣士に……!?
唇を真一文字に引き結んだあたしは、沖田さんを思いきり睨みつけた。
怖くないわけじゃない。でも、命乞いなんかしたところで助けてもらえるとは思えないし、遮那王くんを困らせてしまう。
「……あ? 意外と気の
次の瞬間――首に激痛が走り、体が橋の上に叩きつけられる。
キィン……!!
何が起こったのか理解できずにいると、頭上からの金属音が耳を
音のした方を見上げると――抜刀して一気に間合いを詰め、あたしの背を越えるほどの見事な跳躍を披露した遮那王くんと、その
後ずさる沖田さんの前に降り立った遮那王くんが、あたしを背に庇いながら刀を構え直す。
首に手をやると、ベッタリと血が付いていた。
「うーわ、あっぶねェな。マジでビビった。……やんのか?」
刹那、光の筋が走ったかと思うと、それをなぞるように僅かな赤が
沖田さんの攻撃をかわそうとして再び跳躍した遮那王くんは、細い足首から少量の血を流しつつも、宙で華麗に回る。
フワリと着地したのは、欄干の上。
「……チッ」
眉を
その様子を臆することなく見据え、遮那王くんは二枚歯の下駄で、欄干の上に立ち続けている。
斬られた首が疼き、心臓が壊れそうなほど激しく動く。
あたしは、元々体を動かすのが苦手だった。中学時代は剣道部に入っていたけど、長期入院を控えた2年生の秋に退部してしまった。
助けてくれた遮那王くんを、置いて逃げることなんてできない。だけど、かといって彼の為に何かできるわけでもない。
ふと、遮那王くんが先ほど斬られた足首に目をやり、少しだけ眉根を寄せた。
「……よそ見してる暇あんのかよ」
繰り出される――稲妻のような三段突き。
「……ッ……!」
遮那王くんが危ないと思いつつも、あたしは反射的に目を閉じ、顔を背けてしまう。
「テメェ……バケモンだろ」
え……!?
沖田さんの声に、ゆっくりと顔を上げると――ありえない光景がそこにあった。
遮那王くんが、沖田さんの刀の上に立っていたのだ。
え、ウソ……!! どうやって……!?
あの状況でよけるなんて、いくら運動神経が抜群で身軽な遮那王くんでも不可能だったはずだ。なのによけただけでなく、その刀の上に立つという離れ業を彼はしてみせた。
満月を背にした遮那王くんの長く美しい黒髪が、フワリと
欄干から軽やかにジャンプした彼は、沖田さんの肩口を越えて、その背後に着地した。
素早く振り返り、喉元めがけて太刀を突きつける。
「おっと」
緊張感のない声音でそう呟いた沖田さんは、突然の攻撃を最小限の動きでかわすと同時に、刀を振り下ろす。
その一閃を完全に見切り、遮那王くんが軽くかわした刹那。
「ゴホッゴホッ!! ゲホッゴホゴホッ……ゲホッゲホッ!!」
突然、沖田さんが咳き込み始めた。
口元を押さえている骨ばった指の間から、鮮やかな赤が滴り落ちる。
その様子を見た遮那王くんが、「戦いは終わりだ」と言わんばかりの涼しい顔で、上品かつ丁寧な所作で刀を納めた。
「萌華殿、走ろう。手当ても必要だし、いつ誰に襲われるか分からぬゆえ」
「え、あ……でも……」
ケガをさせられたとはいえ、咳き込んで喀血している沖田さんを放っておいて大丈夫なのかな? さすがにマズいんじゃ……。
遮那王くんが沖田さんを一瞥し、首を左右に振る。そしてあたしを手を取り、走り出した。