親友と噂
煌めくシャンデリアに照らされる着飾った貴族や一流芸術家たちが、シャンパンを片手に談笑している。
アーシェンブルー侯爵家の広間では盛大な立食式パーティが催されていた。
ここにいる貴族たちは芸術活動に関心があるので、実質芸術関連の情報交換のような場所だった。
僕も正装に身を包んで、主催者に挨拶をする。
「ロード・アーシェンブルー、本日はご招待いただきありがとうございます」
「ミスター・マクレイ、来てくれて感謝するよ。ああ、キャロル親子なら、ちょうど今あそこで妻と話しているところだ」
侯爵が指を指した方を見ると、アーシェンブルー夫人と焦げ茶色の髪をした親子がいた。
2人ともすらっと背が高く、女性たちの注目を集めていた。
「ああ、ではまた後ほど」
侯爵に礼をして、ジョージとともにキャロル親子のもとへ向かう。
「レディ・アーシェンブルー、サー・エドワード。ご無沙汰しております」
アルバートが声をかけると、準男爵エドワードが振り返った。
「ああ、ミスター・マクレイ。お久しぶりですね」
「おお、久方ぶりですな。アルバート様」
「アルバート様なんてやめてくださいよ」
エドワードは英国王立芸術院の会員を務めている一流の画家で、その功績が認められて爵位を与えられた人だ。
そんな彼は一時期、僕の美術のチューターをしていたことがある。
「では、私は他の方へご挨拶に」
そう言って侯爵夫人は、僕たちから離れていった。
「アル、久しいな」
エドワードの息子ジャックがやっと声をかけてきた。エドワードがチューターとしてうちの屋敷を出入りしていたので、ジャックとは昔から顔なじみなのだ。
肩まで伸ばしている髪をひとつにまとめ、ブラウンとグリーンが混ざったヘーゼル色の瞳を持つ端正な少年である。
「君はくだけすぎだよ、"ミスター・"ジャック。親しき仲にも礼儀あり、だ」
「俺がそういうの嫌いだって、お前はよく分かってるだろ?」
「礼儀を気にしても、僕だって君と同じ『ミスター』、対等な立場だ。
「ま、だからこうして絵について語り合えるんだよな」
やれやれ、昔から大雑把で堅苦しいことが嫌いなジャックは、格式ある振る舞いに慣れないらしい。
僕は彼のそういうところが好きなのだ。
「こらジャック、ここには他の貴族もいらっしゃる。今は我慢しろ」
「……はい、父さん」
そんなジャックも、父親には勝てない。たしなめられて少し大人しくなった。
「サー・エドワード。次回の展覧会に出品なさるのはどんな作品ですか」
「ああ、あれはまだ内緒です。ぜひお越しください」
「教えてやりゃいいのに。アーサー王の――」
「おい言うな。……まあ、アーサー王に関するものですよ」
「なるほど、それは楽しみです!」
僕の反応が予想以上だったのか、エドワードは一瞬驚いていた。が、すぐに笑い始める。
「あなたもジャックも、本当にアーサー王の物語がお好きだ」
「そりゃ、騎士の話は誰もが憧れるからな。紳士の行動規範は騎士道精神と結びついているし、何よりアーサー王は愛国のモチーフだ」
その意見には同意する。それに、この物語が少なくともヨーロッパで広く愛されているという事実が、国境の隔たりを薄くするように感じられるのだ。
「……そうだ、私は他の方々に挨拶しなければ。ジャックと話していてください、では」
そう言ってエドワードは、僕とジャックとジョージを残して他の画家のところへ行った。
「ジョージ、お前さっきから全然喋ってないな」
「私は使用人です。例えあなたのようなぞんざいな方でも、ジェントリには礼儀を欠かさずに」
「ぞんざいって……いつもお前は一言多いんだよ。それに――」
また始まった……。確かに正直なところ、ジョージのほうがだいぶ上品な振る舞いをするし、ジャックの態度はお世辞にも品があるとは言えない。
それでもジョージはジャックに毒舌が過ぎる。
ジャックは呆れているが、気が乗れば煽りに付き合う。
そしてそれを止めなければならないのは僕だ。
「やめてよ2人とも。こんなところでいつもみたいに煽り合うな」
「失礼いたしました」
ジャックとジョージをたしなめている時に、突然隣の貴婦人たちが噂話を始めた。
「ねえご存知? よく当たる占い師がいるんですって」
「レディ・レイヴンのこと? 噂だけは聞いてるけど、会ったことはないわ」
思わず聞き耳を立ててしまった。
「
「なんのことだろうな」
ジャックもジョージも聞いてしまったらしく、小声で話してきた。
「私の運命の殿方が誰か占ってくれたのよ。そうしたら、最近お会いした方に占い内容と特徴が一致する方がいて、しかも向こうから声をかけてきたの」
「へえ、占いなんて興味がなかったはずのあなたがそんなに言うなら、確かに気になるわ」
「占いをしてもらわなくても、会ってみたらどう? とても美しくて知的な方よ」
占いか。産業革命や科学の発展がある一方で、心霊的な話が流行っていると聞く。
世紀末が近づいているし、社会も目まぐるしく変わる。
不安を抱く人が占いに頼っているのだろうか。
「レディ・レイヴン……。気になるな」
「本気かジャック」
「アーサー王物語のなかでもどんな題材が大衆受けするか、興味があるんだよ」
「君は、まったく……」
だが、ジャックにそう言われてみると、……確かに気になる。
しかし、どんなに当たる占いも、知ったところで意味はない。
無責任かつ無駄な希望を抱いて絶望を味わうより、自分を信じて頑張ったほうが、たとえ砕け散ったとしても残るものが多いはずだ。
ジャックと別れてタウンハウスに帰ると、もうすぐ11時になるのに居間の灯りがまだついていた。
ジョージも灯りがついていることに疑問を持っているようである。
なんとなく嫌な予感がしたが、どうしても気になったので様子をうかがうことにした。
「いつもそうだ!」
突然居間から声が聞こえて、鳥肌が立った。これはリチャードの声だ。
僕たちは居間の前に行って、聞き耳を立てた。
「父上はいつも、アルバートばっかり! 僕がどんなに頑張っても自由はくれないのに、あいつは暢気に絵なんか描いていても父上は何も言わない」
「あの子は次男だ。お前が息災である限り爵位も家督も継承権はない」
「家を継ぐ子には自由がなくても良いと? 僕が行きたくもなかったパブリックスクールで寮生活している間あいつは――!」
「リチャード! 少し落ち着け」
信じられない。お父様もお兄様も、あんな口喧嘩をしているなんて……。
「父上、継承者は完璧でなくてはならないのですか。監督生の称号も、名門大学の卒業も、そんなに必要なものなのですか。仮にアルバートが
「だからオックスフォードに通わせているのだろう?」
「パブリックスクールには行かせなかったではないですか!」
「リチャード……、称号に意味はある。お前にとっては無意味でも、他者は称号で人を判断するんだ。特に、身分社会が崩れない場所で生きていくなら必要なものだろう。そしてお前は、絶対にそこから逃げられない。アルバートにそれが必要になるのは、お前に何かあった時だけだ」
部屋からはもう、なんの音もしなくなった。
父の言葉を聞いてこれ以上の問答は無意味だと呆れたのか、自らが背負う
初めて知った兄の本音に言葉をなくした僕の肩をジョージが叩いた。
僕は頷いて、2人と鉢合わせしないように僕の部屋に足を向けた。