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第165話 追えない二つの目標

「馬鹿か?オメエは!そんなにバッタンバッタンドアを閉めたり開けたりしたら、あのおばはんにバレたらどうするんだ?もっと静かに入るってことは考えねえのか?オメエの学習能力は島田並みだな」 

 かなめが迷惑そうな声を上げた。その手に焼きそばパンを握らせると、かなめは視線を片桐博士のマンションに固定したまま袋を開けた。

「確かにあれでは片桐博士にバレても文句は言えまい。あんまり感心しないが……おでんか。気を使わせて悪いな」 

 そう言うとカウラは誠からパックの中に汁と共に入っているおでんを手に取った。

「何かあったんだろ?オメエは島田より良いおつむを持ってる。何かあったんだな、コンビニで」 

 カウラの言葉に誠は静かに頷いた。

「北川公平を見ました。海で出会ったあの革命家です」 

 その言葉に勢い良くかなめは顔を誠に向けた。明らかに非難するようにいつものタレ目が釣りあがって見えた。

「なんで知らせなかった!アイツはオメエの拉致未遂事件の重要参考人だぞ!とっとと捕まえてやらなきゃならねえ奴だ。アイツは危険すぎる!」 

「ですが通信なんて使ったら僕の存在がばれてしまうかも知れませんから」 

 頼るように誠が目をカウラに向ける。カウラは口の中に大根を運んでいるところだった。

「下手に動かなかったのは正解だろ。それにいくら革命家だってコンビニくらい行くんじゃないか?刑事事件の関係者でも食事くらいはするだろう。ただ、場所が場所だ。奴の目的はおそらく片桐博士だ。そう見て間違いないだろう」 

 のんびりと大根を味わうカウラを諦めたように一瞥した後、かなめは再び視線を片桐博士のマンションに向けた。

 もはや日は沈んでいた。わずかな夕日の残したオレンジの光を今度は家々の明かりが補おうとしているかのように見える。黙って焼きそばパンを口に運びながらかなめは監視を続けた。

「でもいいんですか?北川公平は……」 

「良いも何も……片桐博士と関係があるようなら事情を聞くために身柄を押さえるのもいいが、今動けばどちらにも逃げられるだろうからな。ただ、逆を言えば片桐博士の身柄を確保する良い口実としては使えるかもしれない。あの北川公平の関係者だと分かればそれだけで任意聴取の対象にできる」 

 カウラは冷静にそう返した。パンを頬張るかなめの口元にもトラブルの度に見てきた悪そうな笑みが浮かんでいた。

「二人が接触するなら話は別だけど。まあこっちの仕事をちゃんと遂行しようじゃねえの。アタシとしては接触してくれた方が面白くなるんだがな。特に、アイツが干渉空間を展開して手持ちのサタデーナイトスペシャルで発砲なんてしてくれると最高だ」 

 そう言うとかなめはパンのかけらの最後の一口を口にねじ込んだ。

 沈黙の中、国道を走る車の音が遠くに聞こえる。通信端末をいじっていたカウラがそれを閉じてかなめを見た。

「あれ……」 

 かなめの声にカウラと誠は視線をマンションへ向かう路地に移した。

 買い物袋を手にした北川がそこに立っていた。何度か周りを見回した後、玄関のある方向へ歩き始めるのが見えた。

「ビンゴか?」 

 そう言っているかなめの口元が残忍な笑みを浮かべているのが見えた。

 かなめはバッグからコードを取り出すと首筋のスロットに差し込む。しばらく沈黙してその後でいらだちながらコードを握り締めた。

「公安の奴等、怪しいとすぐ盗聴器をつける癖に思い過ごしとなると後でマスコミがうるさいからすぐに外しちゃうもんだが……くそ、見切りが早ええんだよ……って残ってたか」 

 いらだちながらかなめがつぶやく。サイボーグである彼女の得意な電子情報確保を行っているのを見ると再び誠は片桐博士の部屋の明かりを見ていた。

「西園寺……また東都警察のデータベースにハッキングか?それでデータは……」 

「焦るなって」 

 カウラの心配そうな声にかなめは静かに答える。そんな緊迫した状況に合わせるようにそれまで止まっていた冬らしい北風の季節風に揺れる木々を見ながら誠は黙って自分用に買って来たとんかつ弁当を食べることを諦めた。

「あのクラスのマンションは指名手配犯を見つけたら近くの警察に連絡が入るシステムがあったんだけど、そのシステムが動かないか。北川の野郎の着込んでるのは電子迷彩か?それともシステムにハッキング……金があるんだねえアイツの飼い主は」 

 電子迷彩は監視カメラから警戒システムにデータが転送される間にそのデータを改竄して警戒システムを無力化する最新装備である。最新のものの予算計上を先月拒否されたかなめは苦笑いを浮かべていた。

「訪問先はあのオバサンのところ……?じゃないな」 

 かなめは首をひねる。その言葉に身を乗り出してきたカウラの気配を悟って仕方が無いように振り向いた。

「隣の302号室だ。隣の部屋だが……空き部屋だな。おそらくあの博士と何か関係がありそうだな」 

 そう言ってかなめは再び視線を戻す。誠も視線を戻すとカーテンに影となった片桐女史の姿が見える。

「どうします?」 

 誠は緊張に耐え切れずにカウラを見た。あごに手を当て考え事をしているカウラが見えた。

「北川は茜のお姫様ですら軽くいなす腕利きの法術師だぜ。確かにアイツを押さえる目的で踏み込むってことも出来そうだが、本当に無関係ならアタシ等がまだ諦めていないことがバレるわけだ。押し込む理由は出来た訳だが……どうする?小隊長さんよ」 

 そう言うとかなめはカウラを見つめた。

「じゃあ行こう。このタイミングなら同時に身柄を確保できる」 

 カウラはそう言うとドアに手をかけた。

「良い判断だぜ、小隊長殿。黙っているのはアタシらしくないからな。行くぞ、神前」 

 そう言ってかなめは誠の座っている助手席を蹴りつけた。

 仕方が無く誠はドアを開けて路地に降り立った。カウラもかなめも手には拳銃を握り、誠も胸のホルスターからモーゼルモデルパラベラムを抜いた。

「装弾していいぞ。間違いなくやりあうことにはなるからな。相手はあの北川公平だ。手加減無用で行け」 

 そう言ってかなめは走り出した。暴発の可能性があると言うことでかなめから発砲直前まで装弾しないように言われていたことを思い出してすぐに誠は銃のトルグを引き上げて銃弾を薬室に込めた。突入経路はこの場所に付いたときに設定してあった。かなめはそのまま右手に仕込んであるワイヤーをマンションの屋上に向けて投げる。カウラはそのまま銃を構えつつ走ってマンションの非常階段を目指した。

『行くぞ!』 

 誠は気合と共に目の前に力を集中する。訓練のときのように立ち止まった誠の目の前に銀色のかがみのようなモノ、干渉空間が展開された。

「じゃあ行きます!」 

 そう叫んだ誠はそのまま頭から銀色の鏡のような空間に突っ込んでいった。

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