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第123話 先の大戦の『戦争犯罪人』

「クバルカ中佐。西園寺。あの男の正体……教えていただけるんですよね。何者です?それと第一期『特殊な部隊』。最初に隊長が率いた部隊。どんな部隊だったんですか?『ゲシュタポ』の真似事をしていたと聞きましたが、秘密警察か何かでしょうか?」

 カウラは真剣な表情でランとかなめに目をやった。ランとかなめはお互い顔を見つめあった。

「カウラ。あの面、見たことが無いとは言わせねえぜ。オメエとアメリア、それにサラは『ラスト・バタリオン』。戦闘用人造人間だ。記憶力も遺伝子レベルで強化されてる。あれだけ個性的な面を見れば忘れることはまずないはずだ。恐らくはロールアウト時か軍での教育課程であの男の手配書は見ているはずだ。思い出せ」

 かなめはそう言ってカウラとサラの顔を覗き見た。

「元甲武国陸軍、在遼帝国武装隊副隊長、楠木伸介。先の大戦中における遼帝国内の民間人に対する殺害を含む暴力行為で手配中の戦争犯罪者。今でも地球圏では懸賞を掛けて追ってる戦争犯罪者ですわ。特にアメリカ。アメリカはお父様を銃殺したくらいでは満足していない。完全にその部隊そのものを消しにかかっている。あの男はその中心人物と言って良い人物ですわ」

 最初にあの大将の正体に気付いたのは意外にも茜だった。

「ほう……実の親父の部下のことくらい覚えてるんだな。カウラやサラより茜の記憶の方が確からしいや。ゲルパルトの人造人間製造技術って奴もあてにならねえもんだな」

 かなめの問いにはカウラではなく茜が答えたことに驚いたようにかなめは言った。誠が見るに、茜のその表情にはどこか悟りきったようなところが見えた。

「茜さんさすがですね……でも民間人の虐殺って……なんでそんなことを……」

 そう言う誠の中でこれまで起きた出来事が繋がった。

 司法局実働部隊部隊長、嵯峨惟基特務大佐は約二十年前の戦争で遼帝国で憲兵隊長の職にあったことは知っていた。誠もその頃の話を何度か聞こうとしたが、その度に人の話をはぐらかす天才である嵯峨に話題を変えられた。

 誠も遼帝国で非道なゲリラ狩りが行われたことは知っていた。先の大戦末期、遼帝国には反政府勢力を自力で排除するような余力は残ってはいなかった。恐らく嵯峨はそのゲリラ狩りのすべてを取り仕切り、先ほど見た大男とその部下が実際の殺戮を実行したのだろう。そのことを嵯峨が他人に語れば戦争犯罪人として追われている部下達に迷惑をかけることになる。だから自らの犯罪行為については誠達には話さなかったのだと納得がいった。

「思い出したわよ、楠木伸介中佐。捕まったニュースが無いから今でも逃げてるなあとは思ってたけど……こんなところにいたのね。まるで隊長を慕ってやって来たって感じ。今でも隊長の命令下にいる感じよね、この豊川に居るってことは」

 アメリアはそう言って納得したような顔をした。

「アメリア。思い出すのが遅いぜ。まあ楠木。手配書じゃ階級は中佐ってことだが、叔父貴は当時中佐だ。まあ、当時の実際の記録なんてどこにも残っちゃいないだろうから、手柄を上げたい連中が下駄を履かせたんだろうな。まあ、当時の陸軍の編成から考えれば下士官相当。良くて准尉ってところだろうな。副隊長として主に戦闘よりも状況分析を担当していたらしい。戦場の状況をよく観察できる御仁だ」

 相変わらず不敵な笑みを浮かべたままかなめはそう言った。

「あのう……」

 サラがおずおずとニヤけるかなめの前で手を挙げた。

「でも、楠木さんが手配されてるってことは、なんで隊長が手配されてないのよ……その上司でしょ。楠木さんとその部下が酷いことをしたのも全部隊長の指示だって考えるのが自然じゃない。隊長は司法局の局員なんだから逃げも隠れもできないのに誰も捕まえに来ない。おかしいじゃないの」

 自信の無さそうなサラの言葉に、島田が大きく頷いた。

「サラよ。テメエの上司が何者だったか知らないオメエは部下失格だぜ。あのおっさんはな。アイツはゲリラ狩りのプロだ。手段は選んだらしいが民間人虐殺の罪は消えねえ。実は叔父貴は一度、記録上は死んでるんだ。しかもアメリカ軍の優秀な銃殺隊の前でしっかり蜂の巣にされてる。戦争犯罪者、嵯峨惟基は民間人虐殺の罪により銃殺刑に処された。ただ、叔父貴は不死人だった。だから罪は銃殺されることで償ったわけだから今は手配されていない。それが現実だ。それに銃殺されて蘇った叔父貴にアメリカがしたことは……これは言わねえ方が良いな。アタシの口から言えたもんじゃねえほどのひでえことを連中はしたんだ」

 かなめの言葉に誠達は息を飲んだ。

 だが、嵯峨にそんな過去があっても不思議でないことは誠にもすぐに分かった。

 嵯峨は法術師である。しかもその中でも存在が稀な『不死人』である。不老不死。たとえ誰が嵯峨を殺そうとしても嵯峨は死ぬことが無い。銃弾が心臓を貫通したくらいでは数分後には息を吹き返すことくらい誠にも想像がついた。

「確かにあの人がそう簡単には死なないのは分かっちゃいるんですがね。あの人は『不死人』だって、クバルカ中佐も本人も認めてるし。でも、この国の絞首刑だって失敗したらもう一回やり直すって決まりになってるって昔のワルの時の仲間から聞きましたけど、一回銃殺されたくらいでその重い罪が消えるものなんですか?」

 手を挙げた島田の一言に隣に座るサラとラーナが頷いた。

「たとえ刑に処されたとは言え上級戦争犯罪人だった男の罪が不問になるのはあり得ねーってか?まあ、事実あり得たんだから仕方がねーよな。まああのおっさんは甲武やゲルパルトにコネがあるし、最初の任地は東和の大使館付き武官だ。当然東和にも手が回る。色々政治的に動いたんだろ……それ以外の理由もあるけどな。それについては本人に聞いた方が良い。ただ、あのひねくれ中年が素直に話すとはとーてー思えねーがな。アタシもかなめと同じ程度はアメリカが隊長にしたことは知っているが、アタシからも言えたもんじゃねえ。連中は正義の名の下に隊長を裁きその結果があれじゃあ、人の罪をとがめる資格はねーのは間違いねー。隊長が銃殺された後の事は口にするのもおぞましい地獄の体験だったとだけ言っておこうか」

 ランのつぶやきには怒りにも似たものがちりばめられていた。小さな上司のランは基本的に嘘はつかない。島田も渋々頷くしかなかった。

「ともかく叔父貴とあのうどん屋の親父の部下達が遼帝国の反政府ゲリラっを狩って回ったのは事実だ。その後、戦局が悪化したらそいつ等にかき集めた兵隊を押し付けて連隊規模で再編成後、南下を始めた地球側に立つ遼北人民軍の千倍の戦力とかち合ったわけだ。普通ならそれでしまいだ。圧倒的な物量の前に部隊は壊滅。ジ・エンド。だが、そうはならなかった」

 そう言うとかなめは口に筒を咥えた。

「西園寺。加熱式のタバコもダメだぞ。VIPルームは禁煙だそうだ」

 いつも通りのカウラの規則第一の言葉に誠達は緊張感を解かれて大きくため息をついた。

「我慢してたんだ。いいだろ?少しくらい。このタバコ、あんまり匂い残らないから平気だって」

 そう言ってかなめはタバコをふかした。そんなかなめを無視して深刻な話題は続くことになった。

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