第99話 かなめの仕掛けた罠
「嘘はないぞ。あれがあるとちょっと便利なんだ。まあアタシは使うつもりは無いけどな」
そう言ってかなめは大馬力のスポーツカーのエンジンをかけた。明らかにカウラのスポーツカーを意識して購入した車のエンジンが低い振動を二人にぶつけて来た。
「それじゃあ分かりませんよ。もしかして違法な取引の勧誘とか……まさか軍事機密?」
「そんなんじゃねえよ。むしろ民間系の情報だ。ベルルカン風邪ってあるだろ?あれの即効性の特効薬の開発に成功した製薬会社が明日それを公表するが、その情報だ。良くある話だろ?新薬の開発ネタは一番の株の値動きを左右する金になる情報だ。連中もきっと中身を見たら飛び上がって喜ぶぞ」
あっさりと言い切るかなめは車を急発進させた。
「それでも十分まずい情報じゃないですか。新薬開発の発表前の事前情報入手って……インサイダー取引ですよそれ。バレたらそれこそ本当に解雇ですよ」
そんな誠の言葉を無視してかなめは車を走らせる。租界の怪しげな店のネオンが昼間だというのに町をピンク色に染めていた。
「知ってたんだな……『インサイダー取引』って言葉。まあいいや、あの手合いから情報を穏やかな方法で手に入れるには仕方の無いことなんだよ。蛇の道は蛇と言うやつだな。それに実際今の段階ではと言うカッコつきの情報だ。発表が延びるかもしれないし……発表自体が無くなる可能性もある。と言うか無くなる予定なんだがな。連中にはそのことを教える必要はねえ。連中はその発表が無くなった時点で泣けばいい。それまでにこっちに必要な情報をくれるかどうか。それが問題だ」
大通りに入っても車は加速を続けた。誠はかなめの表情をうかがいながら曇り空の冬の街を眺めていた。かなめの生きてきた裏の世界の話を聞くたびに誠はどこかしら遠くの世界に彼等がいるように感じられた。
その時急にかなめは車を減速させて路肩に寄せて止まった。
「西園寺さん!急に車を止めて!危ないじゃないですか!事故でも起こしたらどうするんですか!また始末書ですよ」
誠の言葉に振り返ったかなめはにんまりと笑っていた。
「ビンゴだ。連中早速食いつきやがった」
そう言うとかなめはしばらくの間目をつぶり動かなくなる。脳に直接送られたデータを読み取っているとでも言う状況なのだろう。誠は黙ってかなめを見つめた。
「商品の保管場所は……遼帝国の駐留軍の基地か。軍を巻き込むとはずいぶん危ない橋を渡るんだな……言ってることとやってることがばらばらじゃねえか。何が君子危うきに近づかずだ。虎穴に入らずんば虎子を得ずの方が合ってらあ」
かなめの言葉で誠は頭の血液が体に流れ込むようなめまいを感じながらかなめを見つめていた。そして一気に手のひらが汗で滑りやすくなるのを感じていた。
「神前。暴れられるぞ。連中の商品の保管場所が分かった。そこを押さえれば違法研究の入り口を止められる」
そう言うかなめの表情にいつもの悪い笑みが浮かんでいるのに誠は気づいた。