第85話 手柄は足で稼げ
「で、私達はどうすればいいんですか。租界の外周と言っても広いですよ。そこをたった二人で見て回るなんて無謀すぎます」
カウラの一声にサブマシンガンをポーチに入れる作業の手を休めてランが振り向いた。
「無謀も何もやるしかねーな。それがオメー等の仕事だ。所轄のお巡りさんが動いてくれないとなるとこれを使うしかねーな」
そう言ってランは自分の足を叩く。当然彼女の足は床に届いていない。それを見て噴出しそうになる誠だが、どうにかそれは我慢できた。
「しかし広大な湾岸地区を二人で調べるなんて無理があるんじゃないですか?いくら足で手柄を稼げと言っても限度が有りますよ」
カウラの言葉に頷きながら誠もランを見つめた。
「研究組織の末端の壊滅を目指すならそれは当然のそうなるわけだが……アタシもまったくその通りだと思うよ。だがよー、とりあえず実験施設の機能停止を目指すんなら別に人数はいらねーな。これまでは誰も口を出さないから摘発のリスクが低い状態で研究を続けられたわけだが、今度はアタシ等がそれを邪魔しに入る。さらに場合によっては同盟司法局の直接介入すら考えられる状況で同じペースでの研究をする度胸がこの組織の上層部にあるかどうかはかなり疑問だろ?」
そうランに言われてみれば確かにその通りだった。人権意識の高い地球諸国の後押しで法術に関する調査には何重もの規制の法律が制定され、東和での技術開発の管理は厳重なものになっていた。今回の違法法術研究者がそれを知らない訳は無かった。
「でもずいぶんと消極的な話じゃねえか。相手の顔色を見ながらの捜査って気に入らねえな。もっと積極的に相手の喉元に食らいつくような作戦がアタシの好みだ」
コーヒーを飲み終えたかなめがつぶやいた。
「別に西園寺の仕事の好みなんて聞いてねーよ。しかたねーだろ。もし……と言うかほぼ確定状況だが同盟のどこかの機関の偉い人が一枚かんでるかもしれないんだ。特に同盟厚生局が怪しい。安城のところの非正規部隊を動かせば間違いなくそのお偉いさんの顔の効く実力行使部隊……同盟厚生局には『同盟厚生局対薬物捜査機関』と言う実力部隊が存在する。恐らくその連中が対抗処置として動くことになる。それに最悪の事態だが、これが厚生局のスポンサーである遼北からの指示だったりすると……そこまで考えるのはやめよーや。アタシ等が出来ることを考えると虚しくなる」
そう言ってランは頭を掻いた。誠は呆然とランとかなめを見比べた。
「ああ、神前は知らないかも知れないが軍以外にも実力行使部隊はいるからな。同盟厚生局対薬物捜査機関、東和共和国関税検疫局実力部隊なんかが動き出したらかなりまずいことになるからな。装備、練度、どちらもここ東和でも屈指のレベルだ。まあどちらも強引な作戦ばかり展開しているから評判はかなり悪いがな」
フォローのつもりのカウラの言葉に誠はさらに疑問を深める。
「特に厚生局の薬物捜査機関ってのは薬物流通を手がけてるシンジケートに強制捜査を行うための部隊だ。全員が遼帝国レンジャーの資格持ちの猛者ばかりで構成されている部隊ということになってる。急襲作戦、要人略取、ストーキング技術。どれも東和軍のレンジャーや警察の機動部隊がうらやましがる装備と実績がある部隊だ。ほぼ全員が遼北人民解放軍のエリートばかりで構成されている。敵対はしたくねえな」
かなめの口からレンジャー資格持ちと言う言葉を聞いた時点で誠もようやく話が飲み込めた。薬物流通に関しては東都戦争の頃には甲武や地球諸国が関与していたと言う噂もある。その非正規部隊とやりあってきた猛者、そしてレンジャー経験者を揃える事で麻薬生産地への奇襲をこなしてきた部隊。それが動き出せば状況が複雑になるのは間違いないことは理解できた。
「じゃあ……」
「旗でも掲げて歩き回れば良いんじゃねえのか?『私達は法術の悪用に反対します!』とでも書いた旗持って厚生局の前をデモ行進したら悔い改めてくれるかもしれねえしな」
かなめはいつものように冗談めかしてそう言ってのけた。
「その冗談はもう先人がいるんだ。一昨日の朝刊を見とくといいぞ。まあとりあえずアタシ等は出るからな。今日行って貰う施設はオメー等の端末に送っといたから」
そう言ってランは立ち上がる。かなめも新聞をたたんで部屋の隅の書棚に投げ込むと立ち上がった。
「神前。早く食べろ」
カウラにせかされながら味噌汁を啜る誠を眺めながらランとかなめは食堂を後にしていった。