第84話 少し遅くなった朝食
「おう、遅えーじゃねーか。朝は早く起きるもんだ。その方が健康に良い」
朝と呼ぶには少しばかり遅い時間だった。事実、出勤の隊員は食堂には一人もいなかった。そしてテーブルには小型のサブマシンガンFN-P90を組み立てているラン、そして奥の席でコーヒーを飲んでいるかなめがいるだけだった。
「すいません。で、他の方は?」
誠の言葉に手にしていたサブマシンガンの組み立ての手を休めたランは上を指差した。そのあたりにはこの寮のエロが詰まっている『図書館』と呼ばれる部屋があった。ダウンロード販売のビデオやゲームを視聴するために、アメリアが持っていた最新の通信端末が装備されていることは使ったことのある誠は知っていた。
「昨日の茜さんが当たった中では同盟厚生局の調査ですか?あそこ……やっぱり黒ですか?」
「まーそう言うことだ。一番清廉潔白な役所が一番何かを企んでいる可能性が高い。今回の一番の容疑者はあそこだ。それにどっかの軍、警察辺りが絡んでるとアタシはにらんでる。もしこれが遼北人民共和国の国ごとって話まで行くと……そこまで行くとアタシ等じゃ手に負えねー。政治家さんの出番だ。そーならねーことを祈るばかりだ」
そう言うと銃を叩いて組み立てを完了したランはサブマシンガンのマガジンに装填用の専用器具で弾丸を装填していった。
「ああ、それにカウラはシャワーでも浴びてるみたいだぞ。なんならのぞきに行くか?純情童貞君?」
かなめの言葉がいつもと同じ明るいものに変わっているのに気づいて誠はほっとするとそのまま厨房に向かった。味噌汁と鮭の切り身、そして春菊の胡麻和えが残っている。それに冷えかけた白米を茶碗に盛りトレーに乗せてかなめの前の席に陣取った。
「そう言えば今日からはお二人で動くんですよね。いきなり銃撃戦になるようなことは無いですよね」
すぐさまかなめの正面に腰掛け、一番に味噌汁を口に運びながら彼女を見上げた。かなめはコーヒーを飲みながら手に新聞を持って座っている。彼女はネットでリアルタイムの情報を得ることが出来るのだが、『多角的に物事は見ねえと駄目だろ』と誠に言っているように新聞の社説に目を通していた。
「まあな。銃撃戦の方は無いだろうな。駐留軍の連中も馬鹿じゃねえからな。そんなことしたら藪蛇になるくらいの知識はある。まあ、アタシも足が欲しかったからな。良い機会だ。だから今回はバイクじゃなくて車で動く」
「は?」
誠は突然のかなめの言葉の意味が分からなかった。こういう時はかなめに聞いても無駄なのでランに目を向ける。
「ああ、こいつ車買ったんだと。それもすげー高い外車。あんな金……って甲武のお姫様にとってははした金か。失礼した」
あっさりとランは答えた。誠は荘園制国家である甲武国一の荘園領主であるかなめならどんな高級車でも選び放題なのは知っていたので、それほど驚かなかった。
「車買うって……車ってそんなに簡単に買えるもの……確かに西園寺さんなら簡単に買えますよね。あの人の年収っていくらなんだろ?」
そこまで誠が言いかけたときに背中に気配を感じて振り返る。
「なんだ。まだ食事中か?」
そこにはすでに外出用の私服のつもりと言うような紺色のワンピース、そして色がどう見ても合わない茶色のダウンジャケットに着替え終わったカウラが立っていた。そのまま食事を口に運ぶ誠を見ながらカウラはその隣の席に座った。
「車を買っただと?相変わらず金使いが荒いな。その金は平民の血と涙の結晶だと言うことを忘れるんじゃないぞ。無駄遣いはその成果をすべて無にする愚かな行為だ」
「余計なお世話だ。あれはアタシの金だ。アタシがどう使おうがアタシの勝手だ」
かなめの言葉を聞くと笑みを浮かべながらカウラは小型の携帯端末を取り出した。そしてカーディーラーのサイトにアクセスすると画面を誠に見せた。東和製ガソリンエンジン仕様の銀色の高級スポーツカーが写っていた。
「即金でこれを買った……ってうらやましい限りだな。こんな暮らし、貴様の父親の政権があと十年続いたらできなくなるぞ。まあその方があの国にとっては良いことなんだがな」
カウラはため息をつきつつそう言った。その値段は誠の年収の8年分程の値段である。そのまま硬直した誠はかなめを見つめた。
「ああ、やっぱり馬力だけは譲れなかったからな。そこを押さえて選んでったらその車になった。金を使うな、安くあげろってオメエ等は言うが、それなら今すぐに島田の馬鹿にその馬力の車をフルスクラッチしろって言っても無理だろ?それに800馬力のガソリン車に乗ってるテメエにそんなこと言う資格はねえ。あれだって現物をオークションで買ったらこんな値段で住む代物じゃねえんだ」
平然とかなめはそう言い放ってコーヒーを啜る。カウラは呆れた表情を浮かべていた。助けを求めるように視線をランに走らせるが、ランは小型のバッグにサブマシンガンと予備マガジンをどうやって入れるかを考えていると言う格好で誠に言葉をかけるつもりは無いような顔をしていた。