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第66話 利益を独占するものの対応

「司法局実働部隊の方ですね!」 

 その中で一人の将校がさわやかな笑顔を撒き散らしながらランに近づいて来た。

「広報担当か……気に食わねーな。アタシ達みたいなのには慣れてますって顔していやがる。部隊長を出さねーってことはアタシ等とは取引する気はさらさらねーってこった。これはわらしべ長者とはいきそうにねーな」 

 ぼそりとつぶやくランに表情を崩すことなくその中尉は闖入してきた誠達を迎えた。

「司法局管轄の人間だからってそんなに構えることねーだろ?部隊長はどうした?あんたみたいな広報の関係者には縁のねー話だ。部隊長を出しな」 

 にこやかに笑う広報の腕章の士官をランは冷めた目で見つめていた。その状況で誠はこの警備本部が非常に胡散臭いものに感じられてきた。

 同盟内部でも軍事機構と司法局の関係はギクシャクとしたものだった。特に司法局実働部隊のように軍事機構の権限に抵触する部隊には明らかに敵意をむき出しにする軍人も多い。一方で停戦監視任務や民兵の武装解除などを行っている場合になると軍事機構の側の人間の反応が変わるという話を部隊付き技官として出張した経験のある先輩の島田からは聞いていた。

 一つは明らかに仕事を押し付けてくる場合である。停戦合意ができた以上、危ない橋を渡る必要は無いと、武装解除作業を司法局実働部隊に押し付けて隊員は街にでも飲みに繰り出す。昨年春の東モスレムでのイスラム教徒と仏教徒の衝突が突然の和平合意で遼帝国陸軍の監視に向かったときには露骨に仕事を押し付けられたと島田は愚痴った。

 そしてもう一つのパターン。それが目の前のケースだった。

『明らかに邪魔者だから消えてくれって感じだな。同じ同盟の役人じゃないか。協力してくれてもいいと思うんだけど』 

 広報の士官のにこやかな笑顔が誠の神経を逆なでする。ランは広報の士官を見上げながら明らかにいらだっているようにかなめの脇を突いた。

「構えてなどいませんよ。それに本部長は外出中ですので……君!お茶を入れて差し上げて!さあ、こちらにどうぞ」 

 地図とにらめっこしていた女性下士官がそのまま立ち上がるのを見るとかなめはデータチップを手にした。

「別に挨拶に来たわけじゃねえんだ。これ、ちょっと面白いもんを手に入れたんだけど見てもらえるか?」 

 かなめのその言葉に広報の士官の態度が明らかに硬くなった。その表情でランとかなめは半分満足したようにそのまま広報の士官が立ち止まるのに合わせて通路の脇の端末を勝手に起動させた。

「ちょっと!困りますよ。それはうちの備品なんですから!部外者に触ってもらっちゃ!」 

「なにが困るんだ?こっちから良い仕事のネタを提供してやろうって言うんだから……ほい、出た」 

 かなめはすぐに人身売買や非合法の臓器取引のデータがスクロールするように設定して警備本部の広報中尉にそれを見せた。

「いやいや大変なものをお持ちになったと言いたいところですが、これがどうしたと?」 

 その反応の薄さにかなめはにやりと笑った。誠にも分かった。これはここの部隊にとっては当たり前の公然の秘密の事項なのだと。租界では臓器売買や人身売買など日常茶飯事の当たり前のことで、このデータにはまさにわらしべ程度の価値しかない。その事実に誠は憤りを感じた。

「ほう、こんな卑劣な犯罪を見逃す駐留軍じゃありません……そう言いたいわけか?これはフィクションで実在の駐留部隊とは関係ありません……とでも?良い度胸だ。どこまでもしらを切りとおす……覚悟はできてんだろうな?」

 脅すような口調でかなめはそう言った。かなめはそう言うセリフを吐くのは慣れているようで誠から見てもなかなか堂に入ったものだった。 

「ありえないですよ。租界から生体臓器が流れ出している?そんなデータどこで手に入れられたか分かりませんが、租界における人権問題の重要性は同盟内部でも常に第一の課題として……」 

 そこまで中尉が言ったところでかなめが右腕を端末の乗っている机に思い切り振り下ろした。机はそのサイボーグの強靭な腕の一撃でひしゃげる。そして広報の中尉はおびえたように飛び上がった。

「アタシの情報がでたらめって言うんだな?これは捏造されたデータだと。アタシが嘘をついていると。そんなに司法局が信用できねえのか?こっちは警察様だ。ちゃんと裏は取れてんだよ!それでもしらを切るつもりか!」 

 腕を机にめり込ませたままかなめがまるで無反応の広報担当の将校を見上げた。

「でたらめですな。マスコミの捏造記事じゃあるまいし……」 

 広報担当はこのような脅しには慣れているようで、威嚇するようなかなめの視線にも一切動ずる様子はなかった。

「火の無いところに煙が……って奴だ。邪魔したな」 

 そう言うとかなめは机にめり込んだ腕を引き抜き、振り返る。ランもせせら笑うような笑みを浮かべてそれに続いた。誠とカウラはただ二人が何をしたかったのかを考えながら警備本部から出ることにした。

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