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 扉が開ききり、その音が止む。
部屋の奥、遠くの方から、女の声が高飛車に響いてくる。

「あら、最近めっきり姿を見なかったから。生きているとは思わなかったわ」

 その声はどこか面白がっている風で。
笑い声を艶やかに含んだそれに被せるよう、扇子を開く音がする。

「王女殿下に置かれましては、ご機嫌麗しゅう。ますますそのお美しさに磨きがかかって、眩さに目が潰れんばかりでございます」

 まるで皮肉のような嫌味のような。
そんな言葉をかけられたにも拘らず、オピの返答は気にしていないように涼やか。

「結構よ。久しぶりに聞いたわ、貴方の賛辞」
「恐縮です」

 恐らくいつも行っていたのであろう定型的なやり取りをした後、王女から顔を上げなさい。と声がかかる。

 廊下に敷かれた赤い絨毯の色に目が慣れた頃だったから、贅沢にシャンデリアがひしめく空間の、その光量に目が眩む。

 廊下に跪いていたイルたちは、室内の真ん中を陣取る、王女の顔を見た。

 シャンデリアの強い光に照らされて、ギラギラ輝く銀の髪。
ティロ鳥の羽をふんだんに使った豪奢な扇。
隠された口元が、時折覗く度によく映える、真っ赤なルージュの唇。
着ているドレス一つをとっても、フリルやリボンに溺れ、ビジューは宝石という贅沢仕様。

 まるで飾り人形のようだ。
イルは思う。

 贅に彩られた姿の王女は、巷で囁かれている肩書の、聖女という称号に似つかわしくない姿に思えて仕方がない。

 しかし当の本人は、その姿であることが当たり前のようにそこに鎮座し、ティロ鳥の扇の裏で、満足そうな鼻息を吐いている。

 そんな彼女も、オピの背後に跪き、頭を垂れる見慣れない二人を見て、眉をひそめる。

「ねぇ。そこのは一体、何?」

 扇で完全に口元を隠す彼女の興味は、リタとイル。
オピは穏やかな声で紹介をする。

「ご紹介致します。彼女はわたしの姪で、リタといいます。将来的に家業を継いでもらう候補の一人です。本日は勉強のため、背中につかせています」
「ご、ご紹介、預かりましたっ! リタと申します!」
「ふぅん……。そっちは?」

 名前だけ聞いて、興味が失せたとばかりに視線を寄越すのは、イルの方。

「彼もウチの後継候補の一人でございます。リタと同じく、本日は勉強のために」
「ご紹介預かりました。アタシはイルと申します。王女殿下に置かれましては、ご機嫌も麗しいご様子と存知たてまつりまして、まことに結構なことと承ります」
「?!」

 挨拶口上を述べるイル。
隣でリタが驚く気配がした。
様子を見ることは叶わないが、せめて表情は取り繕っていてくれと願うばかりだ。

「まぁ……」

 王女からはただ一言。
それがどのような響きを含んでいるかは、イルから察することはできない。
しかし、扇を畳む王女の機嫌は、どことなく上向きに見えた。

「よくってよ。手持品をわたくしが見ることを許します」
「ありがたき幸せ」

 オピが深く頭を下げ、近くにいた侍従に持ってきたネックレスを箱ごと手渡す。
侍従はそれを観察し、揺らさないよう箱を隅々まで確認すると、会釈する。
そしてそれを彼の長に手渡し、その彼も侍女へと手渡し……。
 幾人かの受け渡しリレーを経て、ようやく王女の眼前へ、その品は披露された。

「まぁ。相変わらず見事な腕ね」
「恐縮です」
「見事なエメラルド(・・・・・)だわ」

 ハッと身動ぐ気配がした。
咄嗟に手を出せるよう、イルは右手の側に力を込める。

「でもね、わたくし、以前何と言ったか覚えてらっしゃる?」

 途端、不機嫌そうな声音で扇を開く音がする。

「申し訳ございません。以前、珍しい宝石を(・・・・・・)と仰られていたこと、よく覚えております」
「ならば、こんな愚かなことをした、言い訳があって?」
「言い訳のしようもございません」

 断固として言い訳のひとつもしようとしないオピを見遣り、王女は長い、長いため息を吐く。

「結構よ。貴方には失望したわ」
「ご期待に添えず」
「今までわたくしの目を楽しませた功績、無様に言い訳をしなかった潔さに免じ、王家御用達の身分を剥奪することで手打ちとします」
「あっ……」

 何事かを言い出しそうになったリタの、浮きかけた腕を、イルが咄嗟に抑える。
びっくりしたように体を硬直させる彼女に、イルは首を振り、元の位置へと体を下げさせた。

 一方、不機嫌そうな王女は、傍らにいた侍女に何事かを耳打ちし、侍女は頭を下げ、再びの伝言リレーを行う。
 やがてそのリレーは、イルたち一行の傍に待機する侍従へ伝わる。
彼は耳打ちを受けた後、深く頭を下げ、扉の外へとイルたちを促した。

 重い扉が、重い音を立てて閉まっていく。
最後に見えたのは、ツンと整った鼻筋を持ち上げ、天井へと突き出す、そっぽを向いた王女だった。

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