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「……ねぇ」
「何ですかぃ」
「なんでアンタと私が一緒なわけ?」
「テオ氏の指名ですからねぃ」
ヘドロを見る顔をするリタ。それを飄々と受け流すイル。
待ち合わせ場所に待機する二人の空気は最悪だった。
「……ってかさぁ」
敵意を隠しもしないリタが、イルを見上げ睨む。
なぜ自分がこれほどまでに嫌われているのか。
イルには明確な心当たりがひとつだけあった。
それはいわゆる。
「何でアンタみたいなうっさんくっさいオッサンが! テオ様の傍に侍っているんだっていうの!」
「オッサンはいくらなんでもひどくないですかぃ?!」
そう。いわゆるファン心理というものである!
民間自警団として発足したこの集団は当初、ピンチョス、ドルニカ、リュメイユの幼馴染三人衆、加えて彼らの家族親戚が集まった、いわゆる身内間の集団であった。
そこに、じわりじわりと噂を聞きつけやってきた、国に不満を持つ国民たちが集まって、中規模集団となっていく。
当初、様子見としていたイルたち、特にテオは、国の現状を憂い、少しだけ手を貸すつもりが、いつの間にか中心人物となってしまった経緯はさておき。
この少女、リタは、テオが加わった後に集まりに参加した。
曰く、救われたことがある、などと言い。
(テオ氏ってば、色んなところで手を貸しては無意識に人を助けてますもんねぃ……)
お陰で幾度、面倒事に巻き込まれてきたか……。
イルが遠い目になると、何を勘違いしたのかリタはキャンキャン吠える。
「自分は特別だと勘違いしないことね! テオ様は誰にでもお優しいのだから!」
(テオ氏の中途半端な優しさが、狂信者を今日も狂信者たらしめる……)
イルは口をむきゅっと尖らせて、言いたいことを飲み込んだ。
「やあ、リタ。待たせたかい?」
「叔父様!」
喧々諤々と(一方的に)吠えていたリタは、渋いナイスミドルな声が聞こえてきた瞬間、あっという間に猫を被る。
キュルンと可愛らしく顔まで作り、愛嬌たっぷりにその声の主に駆け寄っていく。
残されたイルは、ワンテンポ遅れて後ろを付き従う形で、彼の目の前に立った。
「久しぶりだね、リタ。また一層、母に似たな」
「叔父様こそ、お元気そうで何よりです」
「こらじゃれつかない。……貴方は、お話のあった?」
身内間の再会を喜んでいる二人。
叔父のほうが、いち早くイルへ声を掛ける。
一瞬、叔父の死角で、ものすごく顔を歪めたリタが、変なことを言うなと牽制の圧をかけるが、イルはそれをお構い無しに胸元へ手を当てる。
「ご挨拶遅れて申し訳ございません。アタシはイルと申します。先生のお噂はかねがね。王家御用達の看板を掲げる先生のご高名は、兼ねてより伺っております。こうして手腕を近くで拝見する機会をいただけ、感謝の極みでございます」
挨拶をした。一拍置いた。
リタの顔がものすごいことになった。
お前誰?! なんて、叫んでいそうな顔になった。
「はは、先生だなんて。わたしは物作りが好きだっただけの、運が良かった人間さ」
「運も実力のうちとはよく言う言葉ではありませんか。とびっきりの女神様の御寵愛を受けておられる先生に師事する機会をいただけたこと、不肖アタシ、イル。光栄にてございます」
「そこまで持ち上げられると、何、むず痒いね。普通にしていてほしいよ」
本当に照れているように、頬をかき染めるリタの叔父。
「ああ、ご挨拶が遅れて申し訳ない。リタから聞いているとは思いますが、わたしはオピ。リタの叔父で、こういうものを商品として取り扱っている者です」
一例として取り上げられた商品は、銀細工を巧みに使い、その中心には大きな緑色の宝石が嵌め込まれた、大振りの首飾り。
「ほほぅ、これは見事な……」
「どうだ、見事なものでしょう。この大きさのものは、比較的入手しやすい
「エメラルド、ですか」
イルは顔を上げ、オピを見る。
彼は微笑み、イルを見返す。
イルは剥がれかけた笑みを取り繕い、同意する。
「そうですね。見事な
オピはその笑みを深めた。
「では、行きましょうか」
オピが背を向けたその少し後で、イルの裾を思い切り引っ張ってくるリタ。
「ちょっと!」
「何ですかぃ?」
その声は前にすら聞こえない程度に強い囁き声。
「アンタ、目利きは信用できるってテオ様に言われていたじゃないの! 私にすら分かるコトが、アンタ分かんないの?!」
「はて、何のことですかねぃ」
すっとぼけるイルに、青筋を薄っすら立てるリタ。
「惚けてんじゃないわよ! だって、あれ、エメラルドじゃなくて、モゴッ!」
「それ以上は、いけねぇですねぃ」
リタの両頬を片手で掴み、イルは眉を下げながら困った顔で言葉を中断させる。
「いいですかぃ。商人として生きるなら、頭の片隅に、欠片は残しておいてほしい言葉があるんですよぃ」
解放したリタは、頬を擦りながらもこちらを睨みつける。
「雄弁は三流、愛嬌は二流。沈黙は時に
不満げなその視線に構わず、イルが心に秘めている信念のひとつを、リタのために言い切る。
「……ってねぃ」
不満げにむくれるリタの反骨心だけは一丁前だと思いながらも、まだまだ幼い少女だと、イルは笑みを深める。
ぶすっとむくれながら、リタは顔を背けて呟く。
「……聞いたこと無いんだけど。そんな言葉」
「そりゃ、あっしが勝手に言ってる標語ですからねぃ」
「コイツ……っ!」
おっと青筋がさらに深くなった。
笑みを浮かべながら青筋を立てるリタを、器用だなー、と見ているうちに、いつの間にか目的地に着いていたようだ。
「二人とも。これから王女様の御前となります。頭を下げて、許しを得るまで上げないこと」
オピから簡単な注意事項を受け、そのとおり、跪き頭を下げる。
大きな扉が開かれる音が、廊下に響いた。