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もういくつ寝ると

 トールが元勇者である富樫宏斗、元魔王のグランハート・オクタヴィア、現魔王であるヒューデリッヒ・オクタヴィアと談話室で話をしてから、一週間後。

 大晦日。
 
 日本に住む誰もがそれぞれにお世話になった人に向けて「良いお年を」と口を揃えて言う日。
 

 ☆☆☆
 
 
 勇者トールの住まいにて。

 勇者一行は朝から家の大掃除、買い出しと大忙しの午前中を過ごしあっという間に夕飯時を迎えていた。

 対面式のキッチンではトールがいつも通りエプロン姿でドンテツから貰った三徳包丁を使い料理をし。

 ダイニングテーブルでは、カルファがノートパソコンを広げ忙しそうに書類作成している。

 その奥のリビングでは、チィコがジャーキーを咥えながら冬休みの宿題を黙々とこなし。

 窓際ではドンテツがワンカップ酒(ヒレ酒ホットバージョン)片手にカーテンの隙間から空を見上げている。

「皆、できたでー!」

 キッチンからトールが声を掛け、その声に反応してキッチンへと三人が駆け寄る。

「いい匂いだねー! お蕎麦? あ、鶏が乗ってるー!」

「おお、儂のは海老天だの!」

「私のは、月見とろろですねー♪」

 今日の献立は年越し蕎麦。
 
 長寿、健康、仕事や勉強の成功。
 家族の縁も細く長く続くように。
 一年の厄を切って来年を迎えれるように。

 そんな願いを込めた一品。

 もちろん、材料にも拘っている。
 
 自家製昆布出汁と鰹出汁の合わせ出汁でつゆを作り、蕎麦は、喉越しと食感の良さから八割蕎麦を使用したものだ。

 具材に関しては、来年も皆が活躍できるようにとトールが選びそれぞれの好物をトッピングした。

「トールの分は?」

 チィコが年越し蕎麦片手に言う。

「僕のん? ちゃんとあるよ!」

 もちろんトールの分もある。
 ただし三人とは違い、自分の好物をトッピングしたものではない。
 調理の際に出た端材を寄せ集めたものだ。

「それでいいの?」

「ああ、これがいいねん! 気遣ってくれてありがとうなチィコ」

 チィコの問いかけに笑みを浮かべ頭を撫でる。
 実は今日が全員がこの家に揃う最後の日。

 そんな日だからこそ、端材のトッピングされた年越し蕎麦を食べたかったのである。

 まさに子供達が飛び立つオカンの気持ちだ。

「さっ、食べよか!」

 トールの一声に一行は、食卓を囲む。

「トールよ。本当に世話になったの」

「いやいや、そんなん言わんでええよ。ドンテツの選択したことやから」

 ドンテツが選んだのはこの日本に残ること。

 だが、この家を出ることを選択した。

 ドンテツなりに将来を考えた結果、トールから自立し、自分を愛してくれている、雪子や鍛冶職人として認めてくれている月乃夫妻の近くに住まうことを決めたのだ。

「グズッ……わ、私からも……本当に、本当にトール様にはお世話になりました。おかげさまでこの日本で心友と呼べる存在に出会うことができました。このご恩は決して忘れません」

「何で涙ぐむねん。自分のしたいことを見つけれたってことは誇ることやろ? 僕はずっと応援してる。舞香ちゃんのことは任しとき」

 カルファの選んだのは異世界に帰ること。
 もちろん書店店員として、この日本で働くことも考えた。
 だが、平和を体現している日本を目の当たりし続けたことで、エルフの王女として、その経験を祖国に生かしたいという思いが一段と強くなったのだ。

「ボク……は……」

 チィコは泣かない為、グッと唇を噛み締める。
 だが、堪えきれず、頬に涙がツゥーと伝う。

「チィコまで、泣かんとって……」

「――ゔん……大丈夫泣かない。本当にありがとうね。ボク、トールのこと大好き……ずっとずっと忘れないよ」

 チィコの選んだのはカルファと同じく異世界に帰ること。星屑の里、小学校に通う獣人族の子供達を連れてだ。

 自分の国では古い慣習があり、親達は自分や身寄りのない子供達を傷つけた。慣習が無くなろうとも、その事実は消えず、チィコや子供達の心の傷もまだ消えていない。

 だからこそ、前に進む為に牙の国《ガムラス》出身で獣人族の王様、|牙の王《リオン》の娘として帰ることを決めた。

「……僕の方こそ、本当にありがとうね!」

 トールは信頼する仲間、いや大きな子供達のような存在からの言葉に胸がいっぱいになった。

 言葉では言い表せないほどに、濃い日々。
 背中を預け異世界を旅した。冒険の果てに世界を救った。だが、一番記憶に残るのは日本での何でもない日々。

 食卓を囲んだり、買い物に行ったり、友達を紹介されたり、恋の悩みを聞いたり、学校に行ったりなど。

 日本に住んでいれば、誰だって経験してきたであろう当たり前のこと。

 しかし、幸せだった。満ち足りていた。
 どの日々よりも。

 だから――。

「よーし! ほれほれー! 湿っぽいのは終わりや! 麺のびるし、早く食べよう!」

 めいっぱいの笑顔を咲かせた。
 大切な存在が未来に向かっていけるように。
 背中を押すように。
 
「うん!」

「うむ!」

「はい♪」

「ほな、手を合わせて――」

「「「「いただきまーす」」」」

 最後の食事も彼ららしく賑やかに終えたのであった。

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