最終話 役目を終えたオカン系勇者の現実スローLIFEは、やはりままならない。
春風が吹き抜け、桜の花びらが舞い踊る時期。
日本のどこかにある、七階建てマンションの三階六畳の洋室が二つ、和室が一つある角部屋。
玄関からダイニングにリビング、トイレやお風呂、そして各部屋に至っても、全てモノクロに統一されており、塵一つもない。
そんな清潔感の漂う一室で、寂しそうに朝の支度をする元勇者トールこと、田中徹がいた。
大晦日までの賑わいはなく、仲間達が使っていた食器が棚の奥にしまわれ、クリスマスにプレゼントされた物だけが残っている。
窓際でワンカップ酒片手に外を見るドンテツも、リビングで宿題をするチィコも、ダイニングで化粧をするカルファも、誰もいない。
「静かやとやっぱ寂しいな……皆元気にしてるかな? ドンテツは上手くやってるみたいやけど………カルファは暴走してないかな? チィコは泣いてないかな? あかん、あかん。独り言がここまで長くなったらやばいな。さっさと行くか――」
家を出る為に、ダイニングテーブルに置いていた荷物を背負う。
そして、玄関に向けて数歩歩みを進めた。
すると、パリパリといった音が響き、その直後――。
バリッ! とひときわ大きな音が鳴り、同時に空間が歪みと亀裂が入る。
「「た、ただいまーーーーー!」」
「はぁ?!」
トールの目に見覚えのある弓矢を背負ったエルフの女性と、鉤爪を付けた獣人の女の子の姿が飛び込んできた。
そう、異世界に帰ったはずのカルファとチィコだ。
「な、何で? いや、どうやって?!」
突然の出来事に固まる。
「お久しぶりです。トール様! 驚かれていますよね! うふふ♪ なんとこのカルファ、転移魔法習得してしまいました!」
カルファは異世界に戻った後も、カツラの転移で掴んだ糸口を離さまいと何度も何度も試行錯誤を重ねた。
結果――そう、やってしまったのである。
勇者しか使用できない転移魔法をエルフ族であるカルファは習得してしまったのだ。
こうなると、古の勇者と魔王の盟約なんてもう何の意味もなさない。
事の重大さに気付いていない、カルファはトールに抱きつき長い耳をピクピクと動かしている。
その表情はとても幸せそうだ。
「トール〜! ひっさしぶりーーー!」
ブンブンと尻尾を振るチィコも少し遅れてトールの胸に飛び込んだ。
その様子は両手に華でなく、両手に子供といったところだろう。
「うぐぐっ! 二人共、ちょ、ちょっと待って! 苦しいし、わけわからんへんから――うわっ!」
二人に抱きつかれて、体勢を崩し押し倒される。
「無理ぃぃぃーーー!」
「同じく無理ですぅぅぅーーー!」
二人はトールの腕の中で無邪気な笑顔を見せる。
「ちょ、ちょい! こ、これ何の時間なん?!」
トールが二人に揉みくちゃにされていると、家の扉が開く。
――ガチャ。
「朝早くにすまんな……ちょっと近くに通ったでの。ついつい寄ってしもたわい――って、何だ!? どうなっておる! 何故二人が!?」
扉から顔を出したのは、月乃屋商店でトレードマークだった髭を剃り、鍛冶職人として働きツナギ姿が様になっているドワーフ、ドンテツだ。
あり得ない光景に驚き過ぎて、開いた口が塞がらない。
日課にしている散歩中に、トールの住まうマンションが目に入り、たまたま立ち寄った。
いつもはこのルートを通ることはないのだが、今日は何故か通りたくなったのである。
「あー! ドンテツ!!」
「髭モンジャラドワーフ!!」
トールに抱きついていた二人は、その標的をドンテツに変えた。
そして勢いよく駆けてき、抱きついた。
「ぬわぁーー! 儂にまでこんでよい!」
玄関で抱きつかれて、小さな体をバタつかせる。
だが、その目は少し潤んでいた。
瞬きしたことで、涙が一雫落ちる。
「あ、ドンテツが泣いてるー! 泣かないでドンテツ!」
その瞬間を持ち前の動体視力で逃さなかったチィコは、無邪気に笑い、頭を撫でる。
「だ、大丈夫だ! ちょっと目にゴミがの――」
涙が溢れてくるのを誤魔化す為、腕で隠す。
同じく抱きついたカルファはチィコの言葉や、トレードマークだった髭も無くなり清潔感の漂う装いになってしまったことなど。
色んなことを目の当たりにしたせいで、泣きながら笑う。
「うふふ、何で貴方まで泣いているのですが……グスッ。というか、何でいい匂いで髭がないんですか……ズズッ――ふふっ」
「髭もフレグランスも鍛冶職人の嗜みだの! って、久しぶりに顔を合わせて口にすることはそれかの!」
相変わらずのカルファに、ドンテツまで泣き笑う。
ダイニングから、その光景を見ていたトールの頬にも涙が流れた。
「ふふっ、何も変わらへんね……おかえり」
誰にも聞こえないくらいの声で呟くと、玄関で騒いでいる仲間の元へと向かう。
そして三人の前に着くと初めて日本に訪れた時と同じ提案をした。
「よし、まずは市役所や!」
「「ええー!」」
チィコとカルファが面倒くさそうな顔で声を上げる。
当たり前である。ただでさえ二人が異世界に戻る原因になった存在の一人。
その上、今回の件を知ったら絶対に怒られるのだから。
事の重大さを理解していないカルファであっても、その未来だけは予想できた。
「ええー!!もへったくれもない、自分らはこの日本のルールに従ってもらわなあかん! もちろん――」
トールは自分は関係ないという雰囲気で、その場から逃げようとするドンテツにも鋭い視線を向ける。
「えっ?! 儂もか?」
「そうや、ドンテツもこの状況を見たわけやしな。無関係やない」
「いや、しかし――仕事が」
「そんなん、カルファの転移魔法で送ってもらったらいいねん」
初めて異世界から日本に転移した頃、カルファが口にしたことをいたずらっぽい笑みを浮かべ言う。
「わ、私ですか?!」
「ふふっ、そうや」
「トール様、まだ昔のことを根に持っています?」
「いーや! 全く! 覚えてもないで? 僕の転移魔法を便利な移動手段扱いしたことなんて」
「絶対、覚えていますよね!?」
カルファは予想外の返しに、不服そうに頬を膨らませる。
だが、そんなやり取りすら嬉しいようで、すぐさま幸せそうに微笑む。
一行の間に、和やかな空気が漂う。
――そんな中。
ドンテツから離れたチィコがトールの服を引っ張る。
「ねーねー」
「どしたチィコ?」
「ボク、久しぶりにトールのご飯食べたいなー!」
久しぶりに会う仲間達のことも楽しみにしていたが、一番はトールの手料理である。
それはもちろん、ここにいるチィコ、カルファ、偶然立ち寄ったドンテツもだ。
「おお、それはぜひお呼ばれしたいの! 飯を食う時間ならあるぞ」
「確かにいいですね! 私もトール様の手料理が食べたいです」
「ったく、わがままやなー……ふふっ、ええよ! ほんなら、まずご飯や」
皆の料理を食べたい。
トールはその一言に小言を言いながらも、一番に部屋へと戻り、また三人も肩を揺らしながら続いた。
☆☆☆
この後。
オカン系勇者トールの住まいには、再会を喜ぶ仲間達の声と、忙しくツッコむ勇者トール自身の声、そして美味しそうな料理の匂いが立ち込めてのであった。
☆☆☆
役目を終えたオカン系勇者のスローLIFEは、やはりままならない。
おしまい🌟
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最後まで、読んで下さった皆様。
本当に本当にありがとうございます!
日常の癒しになったでしょうか?
少しでも元気が出たでしょうか?
トールをはじめ、勇者一行を身近に感じてたでしょうか?
この物語が皆様の人生を彩る一つになれば幸いです✨
そして、もし少しでも気に入って頂けたら評価のほどもして頂けるとめちゃ嬉しいです〜!🌟ヽ(=´▽`=)ノ🌟
では、まだまだ書き続けていきますので、どうぞよろしくお願い致します〜🌟