勇者と魔王
「――ほんなら、二つの世界を巻き込んだプロレスってことかいな?!」
ヒロおじの話によると異世界の平和を維持する為、二つ世界を巻き込んだ盛大な勇者と魔王のプロレスやったようや。
世界を滅ぼす存在である魔王で、多くの観衆を惹きつけ、世界を救う存在の勇者を中心とした他種族で結成されたパーティで倒す。それが行き過ぎた場合は魔王が勝つように仕向けたりしていたらしい。
そして使命を終えた勇者と魔王はこの日本へ共に転移し、勇者は地方公務員兼次代の勇者育成を行い、魔王が国を守る防衛大臣兼次代の魔王育成といった、それぞれの役割を果たす。
この事に関して真実を知る者は、勇者と魔王のみ。
総理大臣ですら知らんらしい。
「プロレスって――ハハハッ! まぁ、それで大方合っているな。遥か昔から、続く勇者と魔王の盟約だ。異世界の平和を維持する為のな」
「そうだ! 宏斗殿の言う通り! だから我と貴様は真には敵ではないのだ! しかし、プロレスか――フフフッ。さすが我が宿敵。例えも秀逸だ」
「コホン! ヒューデリッヒ……」
せっかく進んでた会話を止める魔王を注意するお爺ちゃん。
毎度、毎度大変やな―……ここまで来ると魔王に怒るとかやなくて、お爺ちゃんを労いたくなるわ。
「……すみません。お爺さま、黙っておきます」
注意を受けたことで、口をつぐみ肩を落とす。
お爺ちゃんに関しても、心なしか疲れて見える。
「ふぅ……わかればいい」
注意する度、ため息をついている。
そういえば、名前は何て言うんやろう。
「あのー……すみません。もっと早くに聞いとくべきやったんですけど、聞くタイミングがなくて……名前、教えてもらっていいですか?」
「ふふっ、本当に真の意味で強いのう……ワシの名前は、グランハート・オクタヴィアという。こちらでは間島幸一、この国の前防衛大臣だ。ワシらの方こそ名乗るのが遅れて申し訳ない」
自らをグランハートと名乗った魔王のお爺ちゃんは、隣で口をつぐみ微動だにしない魔王へと視線を向ける。
たぶん、魔王にも名乗ることを促してるんやろう。
それを汲み取ったようで、勢いよく立ち上がり名乗る。
「我は……いや、違うか。えーっと私は当代の魔王であるヒューデリッヒ・オクタヴィアである。こちらの世界では山本宗介と名乗っている。今は防衛省のいち職員として働いている。改めて、その……宜しく頼む」
若干ぎこちないけど、丁寧に頭を下げる。
名字が違うのは敢えてやろう。
一緒やとこっちで動きずらそうやしね。
何にしてもここまで愚直にこられたら、ちゃんと応じてあげたい。
立ち上がり少し前に出る。
「僕も改めて名乗らせてもらいます。一応、勇者をやってました。今は愉快な仲間達の面倒をみてます。本名は田中徹や。二人とも宜しくお願いします」
自己紹介を終えると、それを待っていたように、ヒロおじがその場を仕切り始める。
「というわけだ。お互い仲良くな! あー、そうだそうだ! 先代魔王に関しては防衛大臣としての職務滞っていてな。会うとしてもまた別の日になる」
「いくら元魔王でも、今は現役防衛大臣やろ? 無理に会わんでええよ。ヒロおじから宜しく言っといて」
「フッ、そうか。らしいな。しっかり伝えておく」
「宜しく頼むわ」
「おう! で、本題に戻るが――この度、ここにいる勇者トール。お前の活躍により、異世界は本当の意味で平和になったわけだ。歴代のどの勇者も、成し得なかった本当の平和をな――」
「うん? どういう意味や?」
「簡単なことだ。あの世界には勇者も魔王も必要無くなった。思いやりっていう真の強さを見せたお前のおかげでな」
「そんな大層なことしてきてへんけどね……」
本当に僕はただ早く使命を終わらせて、施設の子供達の面倒みたり、自分の時間を大切にできるスローLIFEを夢見て動いただけや。
もし僕が世界を平和にできた理由があるとしたら、ドンテツにカルファ、チィコの影響を受けたに過ぎひん。
「買いかぶり過ぎやで」
「そんなことはないぞ! 誇っていい……」
声を張り上げて否定してきたと思ったら、今度は肩を落とし表情が暗い。
「まだ何かあるん?」
「それは……だな」
口籠るヒロおじを見かねてか、グランハートさんが口を開く。
「その話はワシから説明しようかのう。当代の勇者……いや、田中徹君よ。君はまだ転移魔法を使えるだろう?」
「はい。使えます」
それがどうしたんやろう。
うん? この質問、ヒロおじにもされたような――。
あ、市長室からここに転移する時か。
「単刀直入に言うと、君に奇抜な発想で生み出されたオリジナル転移魔法を禁じるということを伝えたかったのだ」
「僕の転移魔法を?」
「ああ、普通の勇者は生涯に転移魔法を二度しか使えないのだ。来る時と戻る時といった感じでのう。そういう形に組まれている。しかし君のは――」
二回しか使えへん……それは知ってた。
だから、オリジナルとして新たに転移魔法を作った。
日本の国民的アニメに出てくる青いタヌキ型のロボットが使う「どこでも|扉《とびら》」を参考にして。
でも、そうか……やから二人は「まだ」使えるって言ったわけか。
それでも腑に落ちひん。
「確かに僕が使う転移魔法は、細かい条件はあっても使用制限はないです……でも、それで禁止する理由にはなリませんよね?」
「君は強い。そして若く求心力もある。パーティメンバーが君を慕い追いかけてくるくらいにだ。これが魔王VS勇者の構図となっている時は良かった。だが、今は――」
「……平和ですね。それやのに魔王と肩を並べる僕が異世界に行く。つまり僕自身が争いの火種になるってことですか?」
「そうだ。何度も言うのは酷かも知れないが、もう異世界には勇者も魔王も必要ない。どの種族も手を取り合い仲を深めようとしているからのう」
「そうですか……わかりました」
「理解してくれてありがとう。さすがは思いやりの勇者トールだ」
「勘違いせんとって下さいね。僕はそんなできた人間やないので。ただ、仲間と旅した日々を無駄にしたくなかっただです」
「そうか……次から次へと申し訳ないが、この契約書にもサインしてもらいたい」
グランハートさんが内側の胸ポケットから、一枚の紙を取り出しを手渡してきた。
それを受け取り目を通す。
「この契約書って……」
「ワシと宏斗が君の契約書を真似た物だ。だが、罰則はかなりに厳しいものになっている。内容に目を通せばわかると思うが……」
「魔法の一切の禁止……」
よほど酷い顔をしていたのか、ヒロおじが肩を叩く。
「勘違いするなよ? トー坊。あくまでも念の為だ。それに仲間思いのお前のことだ。もし仲間にすがられたら、絶対とは言い切れないだろう? 違うか?」
「そこは……まぁ、そうやな」
難しい話やない。やけど、この契約書が無かったら、間違いなく異世界に行くやろうな。
ドンテツ、カルファ、チィコの為やったらいつでもどこでも駆けつける。
僕の思いがまた顔に出てたのか、今度はグランハートさんが釘を刺す。
「これは君自身だけの問題ではないのだ。一緒に来たパーティメンバーの人生も左右することにもなる。君の転移魔法を禁じるということは、異世界には戻ることが出来なくなると言うことなのだからのう――」
申し訳なさそうに視線を逸らすと、下を向いた。
「――そうだな。グランハートの言う通りだ。まぁ、長くなったが俺が、俺達がお前に伝えたかったことだ。契約書のサインは年明けまで待つ。それまでに仲間と相談してこい」
「あと一週間かいな……何でも急過ぎるで……」
「そうだな……だがな、トー坊――」
「大丈夫や。その辺は言わんでいい。わかってる……」
「やはり、真に強いのう。当代の勇者、徹君は」
言葉を返したいけど、何も浮かばへん。
こんなしんみりさせるつもりはなかった。
やけど、さすがにな。
皆になんて説明すんねん。
それぞれ頑張ってこの日本に馴染んできた。
友達もおるし、恋人もおる。
談話室に何ともいえない空気が流れた。
そんな中、体全体に響く嫌悪感を覚えるほどの笑い声が響く。
「フハハハッ、当たり前ですぞ! お爺さま。あやつは我の宿敵なのですから」
魔王が僕の代わりに言葉を返す。
何で魔王がそないに自信満々やねん。
というか、絶対ここは笑うとこやない。
でも、そうやな。
僕も仲間を信じるか。
「宿敵」やからとか、意味わからへん理由で信じ切ってくる魔王のように。
って、僕が魔王に気付かされるとは――。
「ふぅ……ふふっ。なーんか魔王の笑い声聞いてたら、そんな考え込むことやない気がしてきたわ!」
「そうかそうか! 我が役に立ったわけだな! さすが我!」
「ああ、今回は役に立ったわ! よしっ、今日も帰ってご飯作らんとな。全てはそっからや!」
「……トー坊、切り替えてたようだな」
「ああ……もう大丈夫や! ほんなら、またな――」
「お、おい! 待て! 俺を置いていくつもりか?」
「急に色んな話言ってきおったからな。自分の足で帰ってくれる?」
「いやいや、そりゃないだろ! この後も公務があるんだぞ?」
「それは自分で何とかして、ほな! 転移魔法発動!」
血相を変えるヒロおじを置き去りにし、お腹を空かして待ってる仲間の元へと転移した。