宿敵現る
防衛省庁舎、上層階にある談話室。
十六畳ほどの広さに厚手のカーペット敷かれ、高級そうな革張りのソファーが中央に置かれたガラス張りのテーブルを挟むようにして二台あり、そこには誰もおらへんはず……やのに――。
「な、何でお前がおんねん……僕が倒したはずやろ……」
視線の先、ソファーの前にはありえへん存在がおった。
「フハハハッ! 良くぞ来た! 我が宿敵!」
体全体に響く嫌悪感を覚えるほどの笑い声に、擦り倒したようなテンプレなセリフ回し。
頭にはあいつの特徴である黒い二本の角はなく、ここの職員のように紺色のスーツを着こなしている。
きっと僕とは違う方法で姿を変えたんやろう。
それやのに伝わってくるの異質な威圧感。
「いやいや、我が宿敵やないねん! 何で自分がおるか聞いてるんや! 魔王!」
そう、魔王。
僕が死闘の末に倒したはずの宿敵。
もしかして……生き延びて転移魔法を覚えて、僕のあとを追ってきたんか?
いや、今は考えてる場合やないな。
やったら――。
「もう一回、倒させてもらうで!」
【次元収納】から、光の加護を施されたバスターソードを取り出し瞬時に間合いを詰め、斬りかかる。
――ガキンッ!
けど、突然現れた白髪頭で灰色のスーツ姿の老人が、その手に持っていたステッキで、振り下ろした渾身の一撃を止めた。
「お前……誰や」
こんな奴知らへん。
というかどうなってんねん。
死んだはずの魔王はおるわ。
僕の一撃を止めるやつが出てくるわ――。
「ん? ちょっと待て」
この男からも僅かやけど、魔王のような威圧感を感じる。
「ってことは、目の前におるこの男も魔法を使って姿を変えてる魔族かなんか!?」
戸惑ったことで力が抜け、攻撃を弾かれ体勢を崩す。
「し、しもた!」
老人はそれを逃さまいとステッキを前にかざす。
「|加重力《グラビティ》|暗黒鎖《ダークチェイン》」
老人が詠唱を発した瞬間。
周囲に重力のような圧が掛かり、同時に闇魔法の特徴である紫色のマナを放つ鎖が発生し、僕を捕らえようとする。
「――ふんっ!」
間一髪で鎖を弾くことは成功した。
やけど――。
「これは……ピンチやな」
先に放った【加重力】の重さに耐えかねて膝を着く。
何や次から次へと……闇魔法まで使うとか反則過ぎるやろ。
「くそっ、どうやっても動けへん……」
バスターソードを振りたくても、握った柄を離さないようにするので手一杯。
こんな時、皆がおったらな。
ふと、脳裏に背中を預けた仲間達の姿が浮かんだ。
助けた、助けてきた。
そう思ってた。
やけど、僕も皆に支えられとったってことか。
でも、僕は勇者。
こんなところで……しかも自分の世界で好き勝手やられて、終わりなんて、信頼して背中を預けてくれた仲間に顔向けできひん。
「はぁ、はぁ……僕は勇者や……ま、負けへん!」
魔法を放った老人を睨みながら、バスターソードを床に刺しどうにか立ち上がろうと足掻く。
すると、目の前にデカい背中が飛び込んできた。
「うぐっ――。お、遅いわ……もうちょい早く助けてくれる……? ヒロおじ」
「ハハハッ、すまんな! 勇者様がカッコつけてるところを邪魔したらいけないと思ってな! ほら、こういうのが物語の見せ場だったりするだろう?」
悪びれることなく、こちらを振り向き笑顔を弾けさせる。
助けてくれたのは嬉しい。
やけど、このタイミングで来るとかもうツッコどころ満載でしかない。
でも、正直ここに来ての助っ人は助かる。
「言いたいことは山程あるけど、助かった」
ヒロおじが間に入ったことで、老人の集中力が途切れたのか、掛かっていた魔法が解除された。
「よしっ!」
すぐさま、攻撃に転じようと柄を握る手にグッと力を込める。
「全力でいかせてもらうで! |陽光《ライトニング》――」
「はーい! ストーップ!」
詠唱し一撃を放とうした時、後ろにいたヒロおじが凄まじい速度で移動しバスターソードの柄を掴んできた。
「何で止めるんや? ヒロおじ……」
「いやいや、止めるも何も向こうはお前を攻撃しようとしたか?」
そう言われるとしてないような。
「……してないな」
確かにしてない。
僕が自ら判断して斬り掛かったまでや。
「のう、もういいのか? ワシは全然続けていいがのう?」
老人の声が聞こえたと思ったら一瞬にして、空間を飲み込むような異質な威圧感が室内を満たす。
「こ、この威圧感は――っ!?」
恐らく魔王以上のものや。
僕はとんでもないやつに手を出してしまったのかも知れへん。
自分の過ちを悔いてると、ヒロおじの笑い声が響く。
「ハハハッ! まぁまぁ、落ち着けっての! 根は優しい奴なんだ。勘弁してやってくれ」
「ふふっ、そうか……宏斗が勇者に選んだくらいだからのう。そこはわかっているつもりだ。しかし、これで意識を失わないとは若いのにかなり強いのう……」
「強いに決まっているだろう! 俺が育てたわけだからな」
腰に手を当て自慢げに笑う。
急に現れて仲良しってどういうことやねん。
もうさっぱりわからへん。
次々と現れる人物、理解の追いつかん状況に頭をフル回転させている間にも、白髪頭の男とヒロおじが親しげに会話してる。
起きた全部を飲み込めるとかと言われたら、正直なところいくら何でも無理や。
でも、間を置いたことで少し落ち着いてきた。
僕に会わしたかったどんでもない人物が、この二人ってことか。
一人は死んだはずの魔王に、もう一人は魔王以上の存在。
「ふぅ……ーあかん、手に負えんし、考えんのやーめたアホらしい」
「フハハハーーッ! かなり戸惑っておるようだな! 我が宿敵よ! つまりだ。我はお前の敵ではない! そういうことだ!」
老人の後ろで、空気どころか全く見せ場もなかった魔王の声がうるさい。
こっちが意味わからへん状況で、脳みそフル回転させてんのに、内容の無いことバカでかい声出しよって。
しかも言うてることがピンポイント過ぎて全然わからへんし。
「のう、ヒューデリッヒよ……お前は少し静かにしておれ」
「し、承知致しました。お爺さま……」
これが年の功ってやつか、魔王の奴もう黙り込んで何も言わんくなった。
ナイスや、強い老人。
ちょっと待て、今聞き捨てならんこと言わんかったか?
確か――。
「――お爺さま……誰が誰のや?」
「いや、誰のって我のお爺さまだが?」
「はぁぁーーーっ?! もうこれ以上、ええってそういう詰め込んでくる感じ」
「当代の勇者よ、我が孫がすまないのう……」
「えっ、あ……僕は、全然気にしてないので……。というか、すみません。急に斬り掛かって――」
「ふふっ、それこそ気にしないでくれ。ワシらが今まで隠していたわけだしのう」
笑ってたら、普通のお爺ちゃんにしか見えへん。
それにしても、魔王の影薄すぎるやろ……生きてたことはびっくりしたけど、ここまで薄いとな――。
バツの悪そうな顔してる魔王の方を見る。
「我が宿敵よ……その、そういう目はやめてもらえないだろうか……いくら我でも、傷付く」
「あ……すまん」
あまりの悲壮感に普通に謝ってしもたわ。
「まぁ……あれだ! 積もる話もあるだろうから、座って話そうぜ!」
「そうやな、聞きたいことしかあらへんし」
「よし、じゃあ、早速――」
ヒロおじは真剣な表情になり、自分が勇者だった頃の話、何で二人がここにいるのかを語り始めた。