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クリスマス

 ドンテツが雪子をトールに紹介した日から一ヶ月後のお昼時。

 今日はクリスマス。

 街には綺羅びやかな装飾が施され、定番の音楽が響いており、平日の昼間だというのに、家族連れや恋人達など人通りが多い。
 
 子供はサンタクロースに欲しい物をお願いし、親達はこの日までに色々と間に合わせる為に奮闘する。

 それはオカン系勇者であるトールも例外ではなかった。


 
 ☆☆☆

 

 勇者の住まいにて。

 休みの日であれば、昼食のいい香りが漂っており、賑やかなメンバーで食卓を囲んでいるはずなのだが。

 平日のクリスマスということもあり、トール以外はまだ帰宅しておらず、昼食のいい匂いも漂っていない。
 
 カルファ、ドンテツの大人組は共に仕事。
 チィコに至っては通常通り授業がある上、星屑の里で行われるクリスマスパーティーにお呼ばれしている。

 共に帰ってくる時間帯は七時過ぎ。

 なので、今日はその時間までこの家自体がトールの聖域と化していた。

「装飾はこんな感じええやろ。えーっとあとは僕からのプレゼントである料理か――」

 剣が描かれた白Tシャツに紺色のテパードパンツといういつもの装いにお馴染みの勇者と書かれたエプロンを付けている。

 先程、部屋の装飾やクリスマスツリーの飾り付けを終えたところで。

 あとはトールからのクリスマスプレゼントとであるディナーを仕上げるのみだ。

 今日の献立は勇者トールのスペシャリテ。

 丸鶏を使用したローストチキンに、低温調理で仕上げたローストビーフ、箸休めの豆腐と水菜のオニオンサラダ、デザートは夜中に作った苺づくしのホールケーキ。

 だが、一番の拘りはどれも地元スーパーで購入できる材料を使用し調理できることである。

「よし、ほなやっていきますか!」

 腕を捲り、素早い動きでリビングからキッチンへと移動する。

 一番初めに取り掛かるのは、ローストチキンとローストビーフの下ごしらえだ。

 ワークトップにバット、牛もも肉、丸鶏、ハーブ調味料各種、まな板を一つを用意し調理していく。
 
 まず、丸鶏を流水でよく洗い、表面に残っている毛なども処理をし。

 それを終えるとキッチンペーパーで腹の中もしっかりと拭く。ここで中を拭くことを怠ると凝固した血や、内臓の残りなどが出てくるので丹念に行わなければいけないのだ。

 あとの工程のことも理解しているトールは、丁寧に処理を終え、次の工程へと移る。

「あとは塩コショウと、刻んだタイム、ローズマリーを塗り込んでっと。あ、ニンニクも塗り込むか……いや、普通に擦り付けるだけにするか? いや、でもそれやとニンニク一欠勿体ないしな……ここは塗り込んだ後、刻んで鶏皮チャーハンに入れるか」

 通常のローストチキンであれば、ニンニクは香り付けのみに使用することが多い。

 だが、トールは丸鶏の中に入れるピラフ。いや、冷凍庫に保存していた鶏皮を使用したチャーハンに入れることにした。リメイクこそ料理の真髄であり、オカン系勇者の腕の見せどころである。

「えーっと、首のとこをローズマリーで止めてっと。あ、そやそや付け合わせの野菜も切っていかんとな。よし、もっと速度を上げてまとめで切っていくか」

 丸鶏の下ごしらえを終えたトールは次に冷蔵庫から、付け合わせの野菜である赤色と黄色パプリカ、じゃがいも各二個を取り出し大きさを合わせて刻む。

 その間に冷凍庫から鶏皮チャーハンも取り出し、その隣にある食器棚の上にある電子レンジで温める。

「刻み終わったし、次はローストビーフやな」

 今度はその流れのまま、もの凄いスピードでローストビーフの下ごしらえをこなしていく。

「もした、前半部分ローストチキンと工程一緒やん。纏めてやれば良かったなー……時間は……余裕あるな。ほんならまぁ、ええか。次や次」

 作業を急ぐあまり、近しい工程を同時にすることを忘れた。
 しかし、そこはオカン系勇者トール。
 すぐさま思考を切り替えると、左側のコンロに低温調理器を置き、右側のコンロにはフライパンをセットする。

「肉に塩コショウ振って、馴染ませてから保存袋に入れてっと! よし、これでおっけーやな。あとは低温調理器の温度設定を五十八度にすれば――完璧やね」
 

 ――チン!


 タイミングを見計らったように、鶏皮チャーハンの温めが終わる。

 もちろん、これもトールの計算内。

「アチチッ、ちゃんと温められてるな」

 熱しられた保存容器を開け、鶏皮チャーハンを下ごしらえを終えた丸鶏の中に入れていく。

 これであとはオーブンで焼くだけ。

「じっくり焼き上げいくか、えーっと時間は」

 不意にリビングに掛けられた時計を確認する。

「四時か、七時にはローストビーフも出来上がるな! 我ながらええ感じや」

 時間に余裕が出来たことで、いつもの鼻歌混じりスタイルへと戻り、シンクの片付けやサラダの準備をしながら、ふと仲間の帰宅を待つ静かな時間に思いを馳せた。
 


 ☆☆☆



 時刻は進み、いつもの夕飯時。


「ただいま〜!」
 

 ――チィコが元気良く扉を開けた瞬間。

 
サンタクロースの格好したトールが待ち受けていた。

「おかえりー!」と言うと同時にその手に持っていたクラッカーを引く。 

「わ、わぁっ! サンタクロースだ! ボクのところにもきたんだー! ほっら! みてみてドンテツ! って言うか、家の中も綺麗だよー! 料理もたくさんあるし」

 チィコはあまり見ないトールの姿、そして初めて目にしたサンタにぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ。

 友達から聞いていたが自分のところには来ないと思い込んでいたのだ。

 その上、煌めくイルミネーション、美味しそうな匂いを放つ、トール特製のクリスマスディナー。

 これに心躍らせないわけがない。

「ぬぉ!? チィコよ、そんなに引っ張るでない! っと、おお! これは――」

 ドンテツは目に飛び込んできた光景に息を飲む。

 実はこのイルミネーションは北欧の模したデザインで、ドンテツの故郷である鉄の国アイアンに近しい部分があるのだ。

 一見、装飾などには興味がないように思えるが、月乃屋商店で修行したかいもあり、そういった芸術的な部分にも自然と造形が深くなっており、このトールの粋な計らいに気付いたのである。 

「何ですって? トール様がサンタコスしてウホウホといいましたか? ト、ト、ト、トール様がサンタさん……プレゼントは僕……」

 自ら顔を覗かせたカルファは例の如く、しっかりとお腐り申し上げていた。

 しかし、ここにいる皆は耐性がある為、敢えてこの話題には触れず、温かく想いの籠もった料理と綺羅びやかな装飾が施された室内へと戻っていった。

「ちょ、ちょっと! 冗談ですよ? って、あれ? 鍵が開かない! トール様ー? チィコー! ドンテツー! えっ……」

 自らの過ちに打ちひしがれるカルファを置いて。
 
 

 ☆☆☆



 この後、なんだかんだとありながらも、一行はトールの思いが籠もったクリスマススペシャリテに舌鼓を打ち。

 トールもまた三人が選んだプレゼントを貰った。

 ドンテツからは自身が打った加護無しの三徳包丁。
 カルファからはおすすめの漫画、小説詰め合わせ。
 チィコからは学校で作った手作りリースにミトンを。

 そしていつもの定位置と化した場所で、今日あったことを語り合った。

 とても幸せそうな顔で。

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