第20話 覚悟もできないまま
「飯食ってくれば良かったかな」
頭を掻きながらかなめがそう言うと茜とランが同情するような視線でかなめを見た。
「なんだよ、その目は。そうせ死体かなんかだろ?アタシの事じゃねえよ、神前の事だよ。アタシは腐るほど死体は見てるから平気だよ。どうだ?神前。結構えぐいかもしれねえぞ……しばらく肉が食えなくなるとか……いつもみたいに吐くとか」
かなめに脅されるが先日の『バルキスタン三日戦争』で異様な死体を生で見たので誠には死体を見てどうにかならない自信はあった。
「吐きませんよ……最近胃腸の調子がいいですから。でも……肉が食べられなくなるって……」
話題を振られて誠は戸惑う。死体の写真なら訓練所でもいくつも見てきたし、以前のバルキスタン戦では実物も見た。確かに食欲が減退するのは経験でわかっていた。
そんな雑談をしていた誠達の目の前のエレベータの扉が開いた。白を基調とした部屋の中には人の気配が無かった。
ただ静かな空気だけがそのフロアーを支配していた。捜査活動などで忙しく立ち働いている人からの白い目を覚悟していた誠には少しばかり拍子抜けする光景だった。
「不気味だねえ。何か機械人形でも出てきそうな雰囲気だ。ああ、機械人形はアタシか」
サイボーグのかなめは自分を皮肉るようにそう言いながら先頭を歩こうとする茜に道を譲った。誠もまるで人の気配を感じない白で統一された色調の部屋をきょろきょろと見回しながら歩いた。
「ここですわ」
茜はそう言うと白い壁にドアだけがある部屋へ皆をいざなった。
茜は何事も無いように歩く。扉を開いてそのまま部屋に入り、一度くるりと回った後そのまま部屋から出てきた。
「皆さんもどうぞ」
襟を正しながらそう言う茜に誠達は呆然としていた。
「いったい何が?」
誠の質問を無視するように今度はラーナが茜と同じように部屋に入り、くるりと回って出てくる。そしてランも当然のように同じ動作をした。
「無意識領域刻印型パスワード入力か?こりゃあ本格的だな」
そう言ったかなめも同じように白い部屋に入りくるりと回って出てくる。
「なんですかその……」
「大脳新皮質の一部に直接アクセスして無意識の領域に介入するのよ。そしてそこにパスワードを入力して現場ではそれを直接脳から読み取ってセキュリティーの解除を行うっていうシステムね。でもこれは東都警察でも最高レベルの機密保持体制よ。一体……」
そう言ってアメリアが同じ動作を行った。
「僕もやるんですか?」
初めて聞くセキュリティーシステムに腰が引ける誠だが、彼の頭をかなめが小突いた。仕方なく誠は扉を開き、真っ白な部屋に入る。
何も起きない。
まねをしてくるりと回る。反応は無い。そしてそのまま部屋を出た。
「あのー?」
「ああ、自覚は無いだろうがすでに脳にはパスワードが入力されているんだ。実際どう言うパスワードかは本人もわからない」
サラが続くのを見ながらカウラはそう言って後に続く。
「ああ、うちの技術部の連中なら無効化できるかもしれないけどな」
そう言って島田もカウラに続いた。それだけの重要機密が隠されている。誠は手にした剣を握りながら自分が何を斬ることになるかを想像してはやめる思考を続けていた。