運動会
天候にも恵まれ空には雲一つない、待ちに待った運動会当日。
キッチンからダイニングテーブルかけて、トールが昨日の夜に作ったおおよそ四十人前の手作り弁当を次元収納に入れた。
「よっし、これで準備完了やな! ええか、チィコ。今日は美味しいもんたくさん持って駆けつけるからな。頑張ってくるんやで!」
トールはボクの視線に気づいたようで満面の笑みを浮かべ親指を立てる。
「うん! 任しといて!」
ますます負けられないよね。
ボクが気合いを入れ直していると、ダイニングからカルファとドンテツの会話が聞こえてきた。
「トール様が保護者ということには納得しますが。何というかほぼ、暴論ですよね」
「何を言っておる……儂からすると、保護者でも何でもないなのに、どうにかして参加しようとしていたお主の方がやばいわ」
まーた、いつもの言い合いだ。
「もう――」
ボクが止めに入ろうとした瞬間。
トールが止めに入ったきた。
「こらこら、朝から揉めへん! それに今日はパーティ総出の応援やろ? 保護者として競技に出くても、ここにおる皆はチィコの保護者同然なんやから」
「そうですね、私としたことが……」
「うむ、その為に休みを取ったわけだしの」
「ここは――」
「はい――」
「「一時休戦ですね」」
カルファとドンテツは、ボクとトールの目の前で固い握手を交わした。
うん、やっぱり二人は仲が良い。
☆☆☆
普段の何倍も楽しげな声が響く賑やかな教室内。
黒板には、人数分けや競技の時間といった今日一日の流れが書かれている。
そこへ市を開こうとしている商人かってくらいの荷物を抱えたドンテツとカルファ、トールが来ていた。
「これで全員に身体能力低下の魔法をかけた。でもな、息切れとかはせえへんし、感覚的な部分は何も変わらへん。変わったんは単純な筋力のみや」
二人が抱えている荷物は言うまでもなく、トールお手製のお弁当。
学校にまで来て次元収納を使うことはできない。
だから、ドンテツとカルファがその手で持っているわけだ。
そんなトールが来たのは運動会開始前に、身体能力低下の魔法をかける為である。
「本当だ! ジャンプしても高く跳べないや」
獣人族の子供達の一人が言う。
「チィコはどんな感じ?」
トールが聞いてきたので、その場で動きを確かめてみる。
「ちょっと待ってね」
「わかった」
まずは反復横跳び、そして垂直跳び。
うん、高くは跳べないって感じだけで違和感はない。
「なんだろう、違和感はないけど、宙返りはできないね」
足に力を入れるだけで、それだけは何となく理解できる。
「まぁ、平均値にしてるから、宙返りはできひんやろうな。あとは大丈夫そう?」
「あと? うーんあとは、全力を出してみないとちょっとわからないかなー」
「そうか。んじゃ、確かめる? まだ始まるまで時間あるやろうし」
トールがポケットとからスマホを取り出し時間を確認する。
確かに時間はあるし、確認するものありだけど。
「ううん、問題ないよ! ボクらは元々人族より、優れているわけだし。これくらいのハンデはないとね」
元々、人族と獣人族との間では絶対的な差がある。
五十メートル走なんかで言うと、一般的な人族は十秒前後掛かる。
でも、獣人族なら四秒前後。ボクなら一秒で走り抜けられるんだよね。
だから、例え身体能力が低下しようとも、そもそもの感覚的な部分が違うし、何も問題ない。
「チィコ! そんなこと言っても大丈夫なのですか? 私はちゃんと確認して臨むべきだと思いますが」
「穂乃花は変なところで心配性だなー。大丈夫、大丈夫! ボクだけじゃなくて、他の獣人族の子達もそれでいいっぽいし」
「ええっ!? 皆さんそれでいいんですか?」
この問いかけに獣人族の子達は、二つ返事を返した。
「「「うん」」」
「皆さんも?」
穂乃花は少し戸惑いを見せている人族の子供達にも聞く。
「チィコとかさ、普段からあんなに凄いからな、ちょっと出来なくなったって問題ないんじゃないかな? って、僕は思うけれど――」
集団の中にいる子供の一人が言う。
この子は、ボクとよくドッジボールをする子供達の一人。
太田勇樹。穂乃花がリーダー役なら、勇樹はサブリーダーって感じだ。
穂乃花みたいに、グイグイ引っ張る感じじゃない。
だけど、クラスの雰囲気を明るくするムービーメーカーだと思う。
今だって、決して強くは言わないけど、みんなの意見を伝えてくれている。
その言葉を聞いたことで、戸惑いを見せていた子供達の表情が明るくなっていく。
「そうですか……わかりました」
みんなの一押しもあったことで、渋っていた穂乃花もボクらがそのまま競技に参加することを認めてくれた。
「よし、ほな。皆頑張ってきてな。僕らは保護者席で応援してるから」
意見が纏まったのを見届けると、トールは足早に教室を去ろうとした。
でも、それに違和感を覚えたのか、何かよくわからないけどお弁当を抱えたままカルファが引き留める。
「――ちょ、ちょっと! いいのですか?」
「うむ、今回ばかりはカルファに賛成だ」
一歩後ろで同じようにお弁当抱えていたドンテツもそれに続いた。
二人ともボクらのことを心配してのことだと思う。
だけど、これくらい冒険の日々と比べたら何の問題もない。
麻痺や毒で足を引きづったり、死にかけたりしてきたわけだし。
って、この事は二人とも知っているはずなのに。
みんなことを思ってだとしても、このボクのことを信用できないのかな。
「二人とも何を言ってるの? ボクが大丈夫って言ったら大丈夫だよ! みんなもいいって言ってるし! ボクはこれくらいじゃ――」
「はーい、ストップストップな! チィコもこう言ってるわけやし、それに他の子もやる気満々やで? 自分達で決めたことなんやから、それをとやかく言うのは保護者であろうと大人であっても無粋やで」
そう、トールの言う通りだ。
でも、何だろう。確かに信じてもらえていないとか、思えちゃってショックを受けたけど。
いつものトールなら誰よりも口酸っぱく言うよね。
「トール様がそこまで仰るなら……」
「だの……儂も何もいうまいて」
「せや、大人の僕らが言う事はない。ほら、いくで」
「は、はい」
「う、うむ」
トールの言葉が響いたのか、ドンテツもカルファも反対するのをやめ、去っていくトールのあとを追いかけて行った。